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友々素敵

人はなぜ生きるのか。それは生きているから。生きていることは素敵なことなのです。

よみがえれ青春

2008年01月13日 14時13分40秒 | Weblog
 今日は久しぶりに、中学からの友だちとの新年会である。出会ってから半世紀近くなるのだから、これは誇りに思っていいのではないか。中学3年生の時はよくまとまったクラスだった。担任は私には「生涯の師」のような存在だった。

 中学2年の時、転校していく女の子から使っていた縦笛をもらった。それを目撃した先生が、その女の子の担任で3年で私の担任となった先生にそれを告げ、私は職員室に呼び出された。それでどうなったのか、まるっきり覚えていないが、先生はなぜか私が好きだと言っていたやはり先生のクラスの初恋の女の子を呼び出すと言っていたことと、私が何も話さなかったことから、「こういう子は将来が思いやられる」と話していた先生がいたことだけは印象に残っている。私の方の担任が収めてくれたのか、初恋の人が職員室に夜ボ出されることは無かったけれど、私はなんと理不尽な先生かと思った。

 ところが担任となって、接してみると短気なところはあったけれど、思いやりのある先生だとわかった。2年の時の担任は頭もよく弁が立つ人であったが、この3年の担任は熱情家だった。そんな担任の下で、今日会う4人と出会った。私は小学校の頃の私ではなくなっていた。小学校では手を上げることもできない、内向的な子どもだったが、中学校では全く違っていた。積極的な人間になっていたし、人の面倒も見られる人間になっていた。勉強はしていなかったのに成績はよかった。特に範囲が決まっていない統一テストがよかったので自信になっていたのだろう。

 4人のうち2人は同じ小学校の卒業だが、一度も同じクラスになったことが無く、残る2人は他の学校からの転入生だった。高校を卒業して大学に入ったが、1人は希望する大学に入れず浪人していた。その浪人が夜になると、度々我が家にやってきて、そこから1軒の居酒屋へと出かけていった。1人は東京の大学に行っていたが、残る私たちは地元の大学へ通っていたので、家庭教師が終わる9時過ぎにその居酒屋に集まった。居酒屋には私たちよりも歳の若い女給さんがいて、私たちがお金の無い学生であることを知っているので、閉店間際になると注文もしていないのに、つまみやビールを持ってきてくれた。

 「昔のことを懐かしがってどうする。もっと前を向いて生きよう」と、ダンディーを気取った奴が言う。そう言いながらもまた、昔の話に戻っていくことだろう。まあいいではないか、自分たちがどんな風に生きてきたのか、自分が何者なのか、昔話の中に見つけたいのだから。それは自分がこれからどう生きていくのか、その支えにもなるはずだから。

 1人が自分のブログにこう書いている。「45年前のあの時代が、私たちの今の土台を作っていることは、誰が何と言おうが、疑う余地がない。(略)4人が揃ったとき(みんなで5人になるが)、自分が生きた軌跡が、自分の視点では、点でしか辿れないことが、もしかすると、線に繋がるかもかも知れない。」

 よみがえれ、青春時代よ!そんな気持ちでこれから行ってくる。
コメント (1)
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