友々素敵

人はなぜ生きるのか。それは生きているから。生きていることは素敵なことなのです。

電車の酔っ払い

2008年01月11日 23時18分40秒 | Weblog
 朝、まだ8時過ぎだった。金山駅に電車が着くと、ホームには片手に缶を持った男がいた。明らかに酔っ払いのようだった。乗り込んでこなければいいのだがと思っていたのに、男は電車に乗り込んできた。こういう時に限って私の隣は空席だ。客は次々に席に座っていく。男は片手の缶チューハイをフラフラさせながら、あろうことか私の隣の席に滑り込んできた。

 酒臭い匂いがプーンと鼻に来た。男はブツブツと独り言を放っている。男の向こう側には女の人がいて、汚らわしいものは見たくないとばかりに横を向いている。私だってこんな酒臭い男にかかわりたくはない。けれども男は、誰かに語り掛けたいとばかりに獲物を探している。近頃は、何が起きるかわからない。凶器を振りかざして飛び掛ってくるかもしれない。みんなかかわりあいになるのを恐れている。

 周りを見る限り、ここでこの男の相手をするのは私しかいない。彼に殺されるようなことはいやだけれど、私が逃げたのではここの誰かに被害が及ぶことになるかもしれない。周りは若い人が多いから、仕方ない、私がこの男の相手をしてやろう、そう腹をくくった。人を殺すような暴挙に出たところで、一発で殺されるならともかく、そうでなければ死ぬことは無いかもしれない。

 そんなに長くいろいろと考えていたわけではないが、周りを見渡していた男が私の方を向き、なにやら話しかけてきたので、「朝からお酒ですか?」と逆に聞いてみた。「昨日から飲んでるんだ」と男は怒ったように言う。男は素足にぞうりを履き、コートも着ていない。「オレはいい男なんだが、パーだから、アホなことばかりやって‥‥」と後はよく聞き取れない。「いいじゃないですか。みんな完璧な人はいませんよ」と私は相手に合わせる。男は下水の仕事をしていると言う。「クソの始末だ」と言うので、「偉い人ですよ。あなたのように働いてくれる人が本当は一番偉い人なんですよ」と持ち上げる。

 酒飲みには逆らわない、ウソは言わない、反対はしない、これは私が到達した智恵だ。「これから家に帰るんですか?」と聞くと、「ウチのカミさんはうるさいんだ。厳しいし、怖いぞ」と言う。「何も言わないことですよ。黙っていれば大丈夫です。ヘタに言い返せば、やられてしまいますよ」とアドバイスをする。すると男は「あんたはいい人だ」と言って握手を求めてきた。男の手は大きくて冷たかった。働いてきた手だ。男は私の手を強く握り、何度も「いい人だ。あんたの言うとおりだ」と言った。

 男は堀田駅で電車を降りていった。人ごみに吸い込まれるように。そのまま下ったと思い、私は目を車内に戻した。電車が駅を離れる瞬間に誰かが私の後の窓ガラスを叩いた。振り向くと男が手を振っている。危ないよ、巻き込まれたらダメだよ、そう思ったが、私も小さく手を振り返した。少し胸が熱くなった。
コメント (3)
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