友々素敵

人はなぜ生きるのか。それは生きているから。生きていることは素敵なことなのです。

どんな終わり方なのか注目

2024年08月31日 17時24分27秒 | Weblog

  川が氾濫したという大垣の方を我が家から見ると、雲が切れて夕陽が零れている。それでもこの西濃方面は雨が続くようで、厳重注意が求められている。台風10号のおかげで各地で被害が発生しているが、この地方は大丈夫だろうか。

 NHK朝ドラ『虎に翼』で、家庭とは何かとか、男と女の問題とか、平等な社会とはなど、答えられそうに無いテーマを取り上げていた。女性の社会進出が始まった昭和30年代、「でも、女は好きで働いているんでしょう。男は働いて家族を養わなきゃいけない」と中学生の男の子に言わせていた。

 ストレートな答えは無かったが、「別に勉強しなくてもいいなら、働かなくてもいいなら、頑張りたくないよな」と言う男がいた。でも現実は、学校を出て、高い給与を得なくてはならない。小学校からズーと競争である。強くならなければ生き残っていけない。自分よりも弱い者を見つけて、安堵している。そんな話(?)だった。

 「法の下での平等」には限界があるということだろう。主人公は、妻を亡くして子どもふたりと父親の後妻の、4人で暮らしている男性に心惹かれていく。男性も主人公の人柄に魅かれ、「結婚」を考える。しかし、主人公は亡くなった夫との、男性も亡くなった妻との、「永遠の愛」を裏切ることは出来ない。それで、「夫婦のようなもの」でいようとする。

 この「家族ごっこ」が耐えきれないと、男性の娘がブチ切れる。そこから「本音」で話し合おうということになるが、果たして上手くいくのだろうか。いくら家族だからと言って、本音をぶつけ合えば、亀裂も生まれるだろう。互いへの気配りばかりでは、本心が見えないこともある。

 何でも話し合えるのは理想だが、そこに相手への気配りが無ければならないだろう。人がいつも求めるのは、自分が満たされたいからだ。けれど、相手も同じだということを忘れてはならない。『虎に翼』も9月末で終了のはず、どんな終わり方なのかと注目している。

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伝わるって怖いな

2024年08月30日 17時08分28秒 | Weblog

 台風10号が迷走しているため、洗濯物を外に出したり入れたりしている。エアコンを除湿の自動にしておいたら、寒くも無く快適だった。カミさんが「いい感じね」と言うので、「除湿にしておいた」と答えると、「除湿が一番電気代がかかるのよ」と切られてしまった。

 エアコンの温度設定も、機能設定も、なかなかふたりは一致しない。感覚が違うのだから止む負えない。カミさんは今朝、クリニックへ出かけて行った。「熱は無いけど、咳が出て、鼻水も出る」と言う。そんな症状になったことの無い人なのに珍しい。クリニックから帰ると、「コロナでは無いと診断された」とホッとした表情で言う。

 娘や孫や曾孫がやって来て、忙しかったし、何よりも気が張っていたから、その疲れが出たのだろうと思うが、元気で何よりだ。午後から、友だちとゴルフの打ちっぱなしに出かけて行った。先程帰ると、「疲れたから、ちょっと横になる」と布団にもぐり込んだ。

 私はこの冬から、右手の肘の内側が痒くて、寝ていても爪でひっかいてしまう。右の膝の内側も同じように痒くなる。我が家に曾孫が来ていた時、4歳の上の子が「カユイ」と泣き叫んで、肘の内側をかきむしっていた。次女が保冷剤をハンカチで包み、痒いところに当てていたことを思い出し、私も同様にやってみた。

 患部が冷やされて痒みも無くなる。これはありがたいと思ったが、起きている時はいいが寝てしまうとズレてしまって具合が悪い。カミさんが曾孫が使っていた「軟膏があるから使ったら」と差し出してくれる。けれど、私には軟膏よりもメンソレータムの方がよく効く。でもこれ、長い間我が家にあるけど、いつの製造なんだろう。

 こんなことは滅多に無いので、自撮りしてみた。80歳のジジイの腕はなんとまあ―醜いのかと思った。父も祖父も、この歳まで生きられなかった。曾孫の肘の内側の痒みは、私の遺伝子を受け継いだものだろう。伝わるって怖いな。再び雨が降ってきた。

 

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楽しい日々だけを追い求めて

2024年08月29日 17時17分49秒 | Weblog

 台風10号のためか、朝7時過ぎた頃からシトシト雨が降ってきた。今日は友だちと会う約束だったので、変更してもいいよというつもりで電話したら、「10時には行くわ」と言う。彼が好きだという女性を呼んで驚かせようと思ったが、「忙しいので」と断られてしまった。

 友だちは5月に開いた「80歳の集い」の記念写真をもらっていないと、取りに来たのだ。どうも行き違いがあったようで申し訳ない。彼は今も様々なところで活躍しているから、「いつでも写真は渡せる」からの判断が、却って誰かが渡すだろうということになったようだ。

 シルバーでの仕事の他に、ボランティアで防災や障がい者の手伝いやら、いろいろやっている。「こき使われているわ」と笑って言うが、楽しそうだ。「頼まれるうちは花だ。頼まれなくなったらおしまい」と笑うが、必要とされていることが羨ましい。

 「ゲートボール場が草まみれになってたんで、担当の職員に言うと、予算が無いと。アホか、それを何とかするのが仕事じゃー無いか」と怒る。「市の職員は、面倒なことはやらん、ホントに腹が立つ」。別の友人が児童公園に、トイレを設置して欲しいと市に掛け合ったら、「予算が無い」「設置した後の管理の費用が捻出できない」と言われて怒っていたことを思い出した。

 「もう、ワシも80だよ。4つ年下の弟が亡くなり、ガックリきた。田舎に帰ろうかなと思ったけど、頼まれていることはいっぱいあるし、悩むわ」とまた笑う。「孫のために贈与税のかからない範囲で金を残してやらなくちゃーいけないし、結構忙しいんだよ」と続ける。

 以前、彼がどんな仕事に就いていたのか知らないが、いつも活気に満ちているから、周りの人には頼りになるジイジなんだろう。チラッと聞いただけなので、それに深入りしてはいけない気がしたから定かではないが、複雑な家庭でもあるようだ。

 「落ち着いたら、一杯やろう」と盛んに言う。よし、彼が好きな女性も呼んで、気楽な宴席を設けてやろう。私たちも皆、高齢になってしまった。後先のことは考えず、楽しい日々だけを追い求めてもいいだろう。

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「カードなし ケイタイなし 被害なし」

2024年08月28日 18時07分25秒 | Weblog

 中3と小4の孫娘が我が家へ来た時、ふたりとも夏休みの宿題を持参し、1時間か2時間のわずかな時間を使って取り組んでいた。最近、夏休みの宿題を廃止した県もあると聞くが、まだまだ宿題を課す学校は多いようだ。

 私自身は夏休みの宿題が苦痛だった。お盆過ぎにやっつけ仕事のようにやっていた。だから全く意義を感じなかった。夏休みは母の実家へひとりで出かけたり、名古屋の姉のところへも出かけたし、自転車で周りの街を巡ったりして忙しかった。

 何か、身についたかと問うてみても、ただ遊んで時間を潰したに過ぎなかった。自分なりに、夏休みは普段では無い過ごし方をする期間なのだと決めていた。学校は夏休みに普段以上に宿題を与えて、何を期待しているのだろう。

 どこの調査か知らないが、夏休みの宿題について、廃止すべきが16.7%に対して、現状維持が33.3%と出ていた。誰が誰にどのように質問したのか分からないが、50%は無回答だったようだ。

 廃止するなら、それに代わるものを提案しなければならないから、考えつかないということかも知れない。子どもたちにとって、思い出深い、充実した、夏休みであって欲しいものだ。百人一首に興じるのもいいし、百科事典を眺めるのもいい。

 私は今日、半年に一度のペースメーカーのチェックで日赤病院へ行って来た。電車の中は、夏休み中の学生たちが多かった。久しぶりに見る若い女性たちの素足が眩しい。年老いたのに、どうして女性に目がいってしまうのだろう。

 昨日、友だちが「面白いわよ」と川柳を見せてくれた。「この動悸 昔は恋で 今病気」「恋かなと 思っていたら 不整脈」「忘れえぬ 人はいるけど 名を忘れ」「なぜ消える メガネと鍵の ミステリー」「厚化粧 笑う亭主は 薄毛症」。

 そんな中で、私が実践している、「カードなし ケイタイなし 被害なし」を、カミさんが「あなたのことね」と笑う。

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活力の源であり、喜びの源泉である

2024年08月27日 17時25分30秒 | Weblog

 台風10号が近づいているため、空にたくさんの白い雲が浮かんでいる。23日から次女とその娘、孫娘とふたりの曾孫の合計5人が、そして23日は長女の下の中3の娘も来て泊まっていった。24日は地域の夏祭り、小4の孫娘は浴衣で、曾孫は甚平を着て出かけて行った。

 次女と孫娘たちはおしゃべりが尽きない。それが楽しいから、再会が待ち遠しいのだから当然である。次女の小4の孫娘は、宿題を持って来たが、その宿題が「新聞つくり」と「読書感想文」だったので、私が担当することになった。

 小4の孫娘が、「百人一首、知ってる?」と言い、「いにしえのならのみやこのやえ桜」と暗唱した歌を聞かせてくれた。読書感想文はナイチンゲールの伝記のようで、看護師をしている長女にいろいろと質問していた。明らかに甘えん坊さんから脱皮して、大人になりつつある。

 さらに驚かされたのは、次女が娘に注意していると、「それって、ママがパパに、いつも言われてることじゃん」と言い返したことだ。誰もがこうなって欲しいと相手に求める、それは愛情の裏返しなんだと、孫娘の言葉を聞いてそう思った。

 出来無いことを指摘しているように見えて、実は相手にこうなって欲しいという願望の表れなのだ。幾つになっても、人は相手の愛情を手に入れたい。それは1歳と4歳の曾孫兄弟を見ていても同じだ。

 4歳の兄はひとり遊びも出来るようになった。1歳の弟はよちよち歩きだが、高い所も登れる。弟は兄から羽交い絞めにされても、叩かれても、決して泣かない。遊んでもらっていると思っているのか、笑っている。

 けれど、兄は母親が弟ばかりを抱いていると、母親にしがみついて独占しようとする。それは弟も同じで、母親を兄にとられた時は泣きだす。子は親離れしながらも、親の関心をひとり占めしたいようだ。

 怒涛のような、それでいておしゃべりとトランプに興じた3日間だった。カミさんは大喜びだったけれど、かなり張切った分疲れたのではないだろうか。子どもや孫そして曾孫が来てくれるのは、活力の源であり、喜びの源泉である。

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国や人種の交流は促進されるべきだ

2024年08月23日 16時05分22秒 | Weblog

 兵庫県西宮市へ引っ越した次女と小4の娘が、今晩から泊りでやって来る。台風の影響で雷雲が発生し、ゴロゴロと雷鳴も聞こえている。こんな時に車で来て大丈夫かと心配していたら、すでに日進市の長女の上の娘の家に着いたようで、庭のプールで曾孫のふたりと遊んでいる動画が送られてきた。

 子どもたちはジジババよりも、子ども同士の方が遊ぶには適している。私もお盆に叔母たちの子どもが来ると、その相手をさせられた。母の実家に行った時は、年上の女の子ばかりだったので、ひとりで周りの畑や丘を歩き回った。農家が多いが、中には立派な屋敷があり、表札を見ると医院だった。

 知多半島の小さな村落でも、医者になる人はいるのだ。そう言えば従兄弟が「君のお母さんは、こんな田舎から安城学園の先生になったんだから、大したものだ」と教えてくれたが、何を言っているのか分からなかった。女の子に学問をさせようと、家から出した母の父親は立派な人だと、後になって分かった。

 次女たちが夕方に来ることになり、おかげで高校野球の決勝戦をゆっくりと観られた。ピッチャーがいいとバッターはなかなか打てない。そんな典型的な試合で、息詰まる思いで見入ってしまった。関東一高が優勝か、いや待てよ、京都国際が優勝するのではないか、そんなことを繰り返しながら観ていた。

 9回まで0対0が続くと、観ている方が疲れてしまう。延長10回のタイブレークを制したのは京都国際だった。「東海の海 渡りし 大和の地は 偉大な祖先 古の夢の場所」の校歌を聞くことが出来たが、公共放送で韓国を讃えていいのかとイチャモン付ける人がいるだろう。

 日本人の祖先は朝鮮人という学説もある。オリンピックを観ていても、人種の区別は無い。人間そのものが混血を繰り返してきたのだから、国や人種の交流はもっと促進されるべきだろう。おっと、早めに終わらないと、孫や曾孫が来そうだ。そんな訳で、明日24日から26日までブログは休みます。

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小説のような幕切れ

2024年08月22日 18時36分29秒 | Weblog

 盆が過ぎたのに暑い日が続いている。子どもの頃、祖母が「お盆を過ぎたら海に入ったらだめだよ。ご先祖様に足を引っ張られるからね」とよく聞かされた。確かに盆が過ぎると、海も川も水が冷たくなっていた。

 盆過ぎになると私は忙しくなった。後回しにしてあった、夏休みの宿題をやらなくてはならない。その度に、どうして宿題なんかあるのだろうと思った。中3の夏休み明け、私は担任に「宿題は提出しません」と宣言してしまった。ど叱られると覚悟していたが、「そうか」の一言だけだった。

 高校1年の夏休みに、新聞部の仲間6人で「くらがり渓谷」へハイキングに出かけた。山の中だから結構涼しい、私はみんなを先導して歩いた。途中でにわか雨に襲われたが、ホンの一時、雨宿りして過ごした。けれど、道がぬかるんだりして大変だった。

 道が小川で途切れていた。私は先に立って岩に登り、一人ひとり手を引いて導いた。新聞部には貴重な女性部員がひとり居て、彼女の手を握った時、その柔らかさにときめいた。女性の手を握ったのは初めてだった。中学の時、フォークダンスで女生徒の手を握ったはずなのに、全く違う感じだった。

 同じ新聞部の男友だちから、彼女のことが好きだと告白され、自分の出る幕は無いと悟った。私にとって初恋の人は、中1で出逢た彼女が運命の人なのだと思ったのに、彼女を遠くから眺めるだけで何もしなかった。高2の時、彼女の家が新築され、私を含めて数人の友だちが呼び集められた。

 彼女の家で何度か、トランプで遊んだことを思い出す。高校生になれば、川端康成の『伊豆の踊子』や伊藤佐千夫の『野菊の墓』の世界が訪れると、私は思い込んでいた。手を触れることも無く、ただ、「あなたが好きなのは、あなたが思い描いている人なのよ」と言われ、まるで小説のような幕切れがやってきた。

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いつか親の愛を受け止めてくれるだろう

2024年08月21日 17時13分13秒 | Weblog

 今朝は、後期高齢者の特定検診で、8月1日行われなかった残りの胃ガン検査だった。レントゲン検査では無く、胃カメラ検査を希望していたようで、暗い検査室に連れて行かれた。胃カメラは何度やっても苦しくて辛い。

 申し込みはカミさんが行ってくれたので、私は「はい、はい」と看護婦さんに従うだけだ。検査が終わって、受付嬢が「お疲れさまでした」とねぎらってくれる。「検査費用は4千円です」と言われて支払う。レントゲン検査なら無料だが、胃カメラは別なようだ。

 カミさんに迎えに来てと連絡するが、スマホが話し中で繋がらない。そんなに遠い距離では無いから歩いて帰ることにする。途中の田んぼの畔で、母親と男の子がふたり水路を覗き込んで何かを捕えようとしていた。そんな光景に出逢えたのも、ボンヤリと歩いて来たおかげだ。

 親子は血で繋がっているが、夫婦は何で繋がっているのだろう。今朝のNHKの朝ドラ『虎と翼』は、夫婦って何ですかと問うていた。私は単純に、結婚は幸せな生活の始まりと思っていた。結婚によって「姓」が変わることにも無頓着だった。

 私は3男で、別の「姓」になっても何も困らない。むしろ、全国どこにでもいる「鈴木」の「姓」よりも、カミさんの「姓」を名乗った方が面白いとさえ思っていた。でも、カミさんには弟がいる。私がカミさんの姓になれば、長男の彼は不愉快に思うだろう。どうでもいいなら、このままでいいと思った。

 娘が論文を発表する時、「旧姓で発表しないと途切れてしまう」と悩んでいた。研究論文を発表するというのは大変なことだと教えられた。画家も自分の画風が変わっても、サインだけは変えない人がいる。これが自分の作品、これが自分の業績と残したいからだろう。

 子は親の作品、業績なのだろうか。そうした面は確かにあると思うけれど、子は親から独立していく。親はむしろ、子の応援者であるべきだ。口を出さず、静かに見守る応援者に徹すれば、子もいつか親の「愛」を受け止めてくれるだろう。

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騙される方が悪いのか、騙した方が悪いのか

2024年08月20日 17時42分23秒 | Weblog

 フォークソングの高石ともやさんが亡くなった。学生運動で荒れた後、自分の気持ちを言葉したフォークソングが流行した。そんな世代も老齢になったのか、そう思っていたらフランスの俳優、アラン・ドロンが88歳で亡くなったと大きく今朝の新聞に出ていた。

 私がアラン・ドロンの映画を観たの高校生の時で、刈谷の小さな洋画館だった。洋画と言えばアメリカの西部劇が主流(?)だったのに、『太陽がいっぱい』は全く違うリアルさが衝撃的だった。暑い真夏の太陽を見上げ、「太陽がいっぱい」のセリフはドロンそのものを表わしていた。

 貧しい青年が裕福な青年を殺し、身代わりになって何もかも手に入れる、そんなストリーだった。格好いい美男子の青年が、実は途方もなく悪い奴で、金と女を手に入れ、新しい人生を夢見て満足気にほほ笑む。美青年は善良な人というイメージをぶっ壊した映画だった。映画はさらに、北欧を中心に超リアルな映画作りへと進んで行った。

 今、自民党の総裁候補がマスコで話題になっている。真っ先に名乗りを上げた小林鷹之氏が、テレビや新聞で取り上げられている。総裁候補は10人に及ぶと報道され、いかにも自民党は大きく変わろうとしている印象を与えている。立憲民主党は40代の泉氏を党首に選び、脱皮しようとしたが何か変わっただろうか。

 古いものは廃れていく。これは歴史の真実だが、必ず古いものが一掃される訳ではない。新しいものの仮面の下に、古い残滓が隠れている。そうやって、少しずつ新しいものに変わっていく。一気に変わる時は、巨大なエネルギーが必要で、多くの犠牲を伴う。

 党首の顔を変えただけで、党そのものが変わったように国民は思ってしまう。党が変わるためには、党内での激しく厳しい論戦が必要だ。論戦も無く、党首が変わるから国民はすぐに騙される。

 騙される国民が悪いのか、騙した党が悪いのか、あれ、これは演歌だよね。

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準決勝戦が待ち遠しい

2024年08月19日 17時46分09秒 | Weblog

 高校野球の甲子園大会は、準々決勝が一番面白いと言うが、朝から観ているとハラハラドキドキの連続で疲れる。スポーツは勝ち負けを決めるものだから、勝者と敗者に別れるのは仕方がないことだが、出来れば双方とも勝たせてあげたくなる。

 あんなに堅い守りのチームにミスが連続したり、強打を誇ってきたチームが全く打てなかったり、そうかと思えば、ヒットは毎回出ているのに点が入らなかったり、えっ、どうしてと目が離せない。筋書き通りにいかないのが、準々決勝の特徴なのだろうか。

 好投手と思われていたのに、なかなかストライクが入らない。好打者と評価が高かったのに、なかなかヒットが出ない。そうさ、そんなに毎回毎回、上手くいくはずはない。良い時もあれば、悪い時もある。それが人生だ、などと偉そうことを呟きながら観ている。

 自分の人生なら、きっと必死になってしまうだろうが、たかが高校野球では無いかと居直っている。みんな、スポーツ観戦が好きなのは、他人事だからだろう。「いけいけ、やれやれ」と応援するのも、「あーあ」とため息がでてしまうのも、他人事ながら勝敗の行方が気になるからだ。

 私の娘たちは、高校野球に夢中だった。池田高校やPL学園が活躍していた頃だと思う。今になって、あの子たちが夢中になって観ていた気持ちがよく分かる。私はスポーツをやることも観ることも、余り好きでは無かった。

 それでも高校の時は、サッカーの名門校と言われていたから、サッカーの時間は頑張って走り回った。でも、ぶつかってメガネを壊してしまい、父に申し訳ない気がした。メガネを外してプレイをすると、どこに球があるのか分からなかった。

 そしていつの間にか、スポーツは観るものになっていた。なのに、勝敗がつくと、もう観るのは止めようと思ったりする。優柔不断で頭デッカチ、だからスポーツ大好きな娘たちから、「理屈ばっかり」と嫌われてしまう。

 なのに、準決勝戦が待ち遠しいと思う自分に呆れてしまう。

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