彼女は諜報部員(ちょうほうぶいん)。それは誰(だれ)にも知られてはいけないこと。今日もまた、彼女に秘密(ひみつ)の指令(しれい)が届(とど)けられた。
「あなた、ごめんなさい。わたし、今日は出かけなくちゃいけないの」
「でも、今日は僕(ぼく)たちの……」
「分かってるわ。わたしたちにとって、大切(たいせつ)な日だってことは……」
「何の用(よう)か知らないけど、明日にしてもらえばいいじゃないか。今日は、二人で――」
「それはダメなの。訳(わけ)は聞かないで。とっても大事(だいじ)なお仕事(しごと)なのよ。私にしかできないの」
「君(きみ)は……、どんな仕事をしてるんだ? 僕に話してくれてもいいじゃないか」
「そ、それは……、営業(えいぎょう)よ。食品会社(しょくひんがいしゃ)で働(はたら)いてるって言ったじゃない」
「それは聞いたけど、休みも取れないなんて…。もしかして、ブラック企業(きぎょう)じゃないのか?」
彼女はひとり言のように呟(つぶや)いた。「んんっ、ある意味(いみ)、そうかもしれないけど…」
「辞(や)めてもいいんだよ。僕ひとりの収入(しゅうにゅう)でも十分(じゅうぶん)やっていけるんだ。この間(あいだ)だってそうじゃないか。急に出張(しゅっちょう)になったって連絡(れんらく)してきて、一週間も帰って来なかっただろ」
「今度は大丈夫(だいじょうぶ)よ。たぶん…。ねえお願(ねが)い。わたし、今の仕事が大好きなのよ」
彼女が甘(あま)えるような声で言うと、彼はそれ以上(いじょう)何も言えなくなった。彼女は彼とキスを交(か)わすと優(やさ)しくささやいた。「愛(あい)してるわ。あなたのこと、いちばん愛してる。忘(わす)れないで」
<つぶやき>危険(きけん)なお仕事なのかもしれませんね。彼のところへ無事(ぶじ)に戻(もど)って来て下さい。
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