リスタートのブログ

住宅関連の文章を載せていましたが、メーカーとの付き合いがなくなったのでオヤジのひとり言に内容を変えました。

キレイごとのシンちゃん

2018-07-15 06:23:00 | オヤジの日記

世田谷区羽根木の長谷川の家に行ってきた。

 

大学時代の同級生だ。

さすが3年前まで、中堅商社の社長様だった男の家だ。豪邸である。

部屋が何部屋あるかは、聞いていない。

もし10部屋あるなどと言われたら、火をつけてしまうかもしれないからだ。

その豪邸のリビングに備え付けられたバーカウンターで接待を受けた。

「昼間から酒を飲めるなんて、ついこの間までは、考えられなかったよ」

午後1時過ぎ。私は一番搾りを飲み、長谷川はカティサークのロックを飲んだ。

つまみは、チーズの盛り合わせだ。

 

3年前に、突然長谷川から電話があった。

「社長を退任しようと思うんだけど、どう思う?」

そんなの知るか、お前の勝手だろうが。

「なんとなくマツに聞いてみたくなってな」

それは、奥さんに医療現場に戻ってもらいたいってことか。

長谷川の奥さんはもともと医師をしていた。しかし、長谷川が社長を継ぐにあたって、医師を休業して長谷川のサポートに回ったのだ。

長谷川は、そのことに、いつも負い目を持っていた。

「だって、俺の代わりはいくらでもいるけど、医師は代わりがいたとしても足りることはないだろう。俺は、俺より有能な女房を社会に返してあげたいんだ。命を救える人は何人いてもいい」

 

さすがに「キレイごとのシンちゃん」だ。

私は、大学時代、いちいちまともなことや純粋なことを言う長谷川のことを「キレイごとのシンちゃん」と呼んでいた。

飲み会の席でも、四方八方に気を配り、キレイごとを言う男。

私が、そんな長谷川に皮肉の言葉をあびせると「さすがマツだな。皮肉にも愛情がこもっているな」という長谷川。

それを聞く度に、私は、鼻毛をペンチで抜いてやろうかと思った。

御坊ちゃまだと思った。

 

その御坊ちゃまは、大学を卒業すると、スポーツ用品メーカーに就職した。

そして、32歳のとき、女医と結婚した。

子どもも立て続けに生まれた。

その後、人生が、急転直下した。

長谷川が35歳のとき、父親が病に倒れ、半身不随になったのだ。

長谷川の父親は、中堅商社の創業者だった。その時点で会社の経営は、まだ磐石と言える状態ではなかった。

社長が倒れたことで社員が動揺して、会社を辞めるものも出てきたという。

そのとき、病室に長谷川は呼ばれて、父に頭を下げられた。

「俺の会社を助けてくれないか」

長谷川の一歳下の妹も呼ばれた。

「トライアングルの体制で、今の危機を乗り切りたい。頼む」

父親の鬼気迫る姿に、長谷川と妹は、頷くしかなかったという。

 

その後、創業者の「血の結束」が入ったことにより、社内の動揺は徐々に収まり、業績は持ち直した。

その業績を確認した父親は2年後に息を引き取った。

37歳で、長谷川は会社を継いだ。とても若い社長だ。

「でもな」と長谷川は言う。

「あの会社は、親父が作った『親父の会社」だ。つまり、俺が作ったものではない。だから、俺のものではない。世襲は、俺の代で終わらせたい」

そう言って、自分の2人の息子には、別の会社に入るように提案した。

息子たちも会社を継ぐ気はなかったようだ。

その結果、3年前、長谷川は部下に社長の座を譲った。

 

どこまでも「キレイごとのシンちゃん」。

 

社長を辞めたと言っても、長谷川は筆頭株主であり、オーナーなのだ。

したたかだな、おまえ。

私が、そう言うと、長谷川は、「オーナーとしての権限は、行使するときが来るかもしれない。社員の生活がかかっているときだけな」とカティサークの3杯目を飲みながら、高らかに笑った。

経営に携わる者とは、そういうものなのかもしれない。

俺が、甘いのだろうな。

「いや、マツは、こんな世界とは違うところで生きて欲しいと俺は願っているんだ。どこまでも、あるいは何歳まで、俺たちの現実世界を笑って生きていけるか、俺はおまえにそれを期待しているんだ」

 

所詮は「キレイごとのシンちゃん」。

俺をバカにしてるんじゃないか。

4本目の一番搾りを空にしたとき、長谷川が、「あー、そう言えば、言ってなかったよな」と酔いの回った目で私を見た。

「七恵が、三連休に東京に来てるんだ」

はあ? 早く言えよ、この家に今いるのか。

「いや、ちょっとした買い物を頼んだから、もう少し時間がかかるかもな」

「帰ってきたら、マツを引き連れて、邦子の墓参りに行くって言ってたぞ」

墓参り、おまえはしたのか、と長谷川に聞いたら、「とっくにな」と、まるで人を落とし穴に陥れるような邪悪な笑顔で、答えた。

 

七恵は、長谷川の妹の養女だ。今年28歳になるお転婆娘だ。ふざけたことに、私のことを「マッチん」と呼んでいた。

たまに、「ヒョロヒョロ」と呼ぶこともある。お茶目なガイコツを何だと思っているのだ。

 

七恵にとって、俺は何なんだろうな、と当然の疑問を長谷川にぶつけた。

 

「七恵にとって、マツは、ものすごく細い糸で繋がれた赤の他人だ、と言っていたな」

「細い糸だけど・・・他人だけど、切りたくない糸だとさ」

 

すぐにも、ちぎれそうなほどの細い糸だが、ないよりはましってことか。

「いや、ないよりは、絶対にあった方がいい糸だ」

そんな感動的な話をしていたとき、お転婆娘が帰ってきた。

 

「マッチん、墓参りに行くぞーーー」

 

この話、次回に続く。