ヒトリシズカのつぶやき特論

起業家などの変革を目指す方々がどう汗をかいているかを時々リポートし、季節の移ろいも時々リポートします

新生児用人工呼吸器という医療機器で有名なメトランの社長にお目にかかりました

2013年06月11日 | 汗をかく実務者
 埼玉県川口市内に本社・工場を構えるメトランは、新生児用・小児用の人工呼吸器という医療機器分野では、世界的に有名な先進企業です。

 1984年にベンチャー企業のメトランを創業したのは、ベトナム出身のトラン・ゴック・フックさんです。現在は日本に帰化されて、日本名の新田一福さんを名乗っています。



 体重が1キログラム以下の“未熟児”として産まれた新生児は、肺が未発達で小さいために、ごく少量の空気を肺に送り込まないと、未熟な肺は耐えられません。このため、ごく微量の空気を細かく送り込む仕組みが必要になります。この仕組みは、外国のある研究者が提案し、カナダなどの大学病院の教授がその実現に必要な技術を学術論文などに公開していたものです。

 ベトナムの裕福な資産家の息子として育ったフックさんは、将来、ヤシ油を原料にした洗剤メーカーをベトナム起業したいと考え、ベトナムの仏教組織からの奨学金を基に、日本に留学して大学で工業化学を学びました。

 大学を卒業後、日本の企業で事業の進め方を学ぶために、医療機器メーカーに研修生として入社し、営業や開発などの仕事のやり方を学びました。この間に、ベトナム戦争が終結しベトナムが共産主義国家になったために、資産家の一員だったフックさんは帰国できなくなり、同社の正社員として医療機器事業の仕事に励んだそうです。

 製品企画部門に配属された時に、人工呼吸器という医療機器のニーズに出会います。人工呼吸器は、万一、その機能が停止すれば、患者の死に直結する機器だけに、このハイリスクを恐れて、日本の医療機器メーカーは参入していなかった分野です。日本は輸入品に頼っていたそうです。

 フックさんは、人工呼吸器に対する病院での現場ニーズなどを調査する過程で、人工呼吸器の学術文献を紹介されました、未熟な肺に、小さな圧力で高頻度で酸素などを送る高頻度振動換気タイプ(HFO)技術についての学術情報を学びました。

 そして苦労して、1分間に900回も、極低圧で酸素ガスなどを送るHFOタイプの人工呼吸器のプロトタイプをなんとかつくり上げたそうです。当時勤務していた医療機器メーカーでは「そのプロトタイプを各病院の医師などに見せて、使い勝手を評価してもらい、その事業性などを検討するように」と指示されます。結果としては事業化が見送られました。

 1984年に独立することを決意したフックさんは同社を退社し、メトランを創業します。創業後に、米国の国立衛生研究所(National Institutes of Health=NHI)から、高精度人工呼吸器のコンペティションに参加しませんかと打診する手紙が届きます。米国の国立衛生研究所の関係者が、フックさんがHFOタイプの人工呼吸器のプロトタイプをつくり上げたことを知っていたからです。何とか、国立衛生研究所が提示した仕様を満たすプロトタイプ機をつくり上げ、米国の国立衛生研究所に送りました。

 合計8社あった応募企業の中で、ただ1社の外国企業であるのメトランが合格を勝ち取ります。勝因は「我が社だけが現場の医者のニーズに十分応えていたから」とのことです。この結果、米国の国立衛生研究所はメトランに85台の実機を注文します。

 85台の注文を受けたメトランは、役員・社員が3人の少数精鋭態勢で、実用機「ハミングバード」(Hummingbird)を設計し製造し、米国に送り出します。これが、メトランが人工呼吸器事業に進出した経緯です。

 フックさんは独自の技術シーズと医療現場のニーズを付き合わせて実用化の可能性を考え、可能と判断すれば、その事業化リスクを取る姿勢で挑戦しました。

 その後も人工呼吸器「ハミングバード」の改良を続け、日本市場では機種名「ハミング」とし、未熟児向けの人工呼吸器として、日本での市場を確保しました。日本の病院のNICU(新生児特定集中治療室)では、メトランの人工呼吸器の採用率は、約90パーセントと業界では推定され、ほぼ独占状態になっています。

 最近は成長戦略として、メトランは業務提携などのアライアンスを積極的に取り始めています。例えば2010年11月には、大手医療機器メーカーの日本光電と業務提携を提携し、日本光電はメトランと人工呼吸器の独占販売契約を締結しました。さらに、2012年10月にはフクダ電子(東京都文京区)とホームケア関連機器の開発を目的とした合弁会社ブレステクノロジー(東京都文京区)を設立しました。

 現在はベトナムに製造子会社とソフトウエア開発の子会社をそれぞれ1社ずつ設立し、グローバル化を推進しています。

 メトランは現在、役員・社員が30数人の規模の会社です。創業から約30年間は新生児向けの人工呼吸器市場というニッチェ市場で、独自の先進技術を磨いてきました。その分だけ、企業規模の成長は遅くなりましたが、他社は持っていない独創技術の蓄積はできたようです。独自技術を持つオンリーワン企業です。