み仏のみ名を称ふるわが声は
わが声ながらとふとかりけり 甲斐和里子(かいわりこ)
明けましておめでとうございます。大晦日から元旦にかけて大風が吹き荒れましたが午後からは風も治まり、比較的暖かくて穏
やかな新年となりました。本年もどうか宜しくお願いいたします。
1月の法語は昨年9月の法語、甲斐和里子先生のお歌「み仏をよぶわが声は み仏のわれをよびますみ声なりけり」が
掲げられていましたが、本年1月も和里子先生のお歌が上げられています。
如来さまが名号となられ、私の口から私を喚ぶ声となって私の耳に聞こえてくださる。心に時おり響いて下さって、「大丈夫!
大丈夫!ここに居るよ」と、寄り添い下さってある。
和里子先生の『草かご』の昭和31年の随筆の中からこのお歌に関連したご文を紹介させていただいておきます。
嬉しいことに私も眼はまだよく見えます。どんな細字でも読めます。けれども何分老眼のことゆえ酷使してはならぬと思い、もっと読みたいのになァ、とひとりごとしつつも大概夜の十時までで中止するよう克己しています。
次に私の口について申し上げます。もとより総入歯で妙な口でございますが其の妙な口からお念仏がおでましくださいます。いかなる大善大功徳よりも一声のお念仏の方がより尊いと聞かせていただいておりますが、さほど尊いお念仏が、ややもすれば人をそしったり、要らぬことを言いちらしたりする下品な下品な私の口から、昼でも夜でも又之を書いている只今でもドンドンお出ましくださるということは誠に不可思議千万で、勿体のうてたまりません。殊に人なき林の中などで声たててお念仏していると、何だかお浄土の如来様とお話をしているように感ぜられだして泣けてくるときがございます。
みほとけの御名を称ふるわが声は
わがこゑながら尊とかりけり
和里子先生のお住まいは京都右京区の臨済宗相国寺派になる等持院近くでした。ご自宅での聞法会には等持院などの雲水さんた
ちも聞法に見えていたそうです。
和里子先生は昭和37年11月27日にご往生、95才であられました。