私が青年運動をしていた頃、ある議員の方が紹介していた本で、その後、私の「座右の書」の一つになった本がある。「君たちはどう生きるか」の著者であり、雑誌「世界」の初代編集長であった故吉野源三郎氏の「同時代のこと」(岩波新書)。しばらく、本棚の奥に眠っていたが、今度の震災で本棚が崩れ、片づけをしていたときに「再会」した。
この本は、多くが1970年代に書かれた「歴史的」文章なので、個々の内容的には訂正しなければならない部分はある。しかし、その思想は、いまでも十分に通用するし、いまだからこそ、光があてられるべきだろうと思っている。
この本の中では、冒頭の「同時代のこと―序にかえて」と最後の「一粒の麦(1973年4月)―ベトナム再論」は名文であり、私は多くのことを学んだ。
「序にかえて」は、短い文章であるが、この文章を書くために同氏は、約1年半もの間、熟慮を重ねたと聞いている。
「世界をゆるがすような大きな歴史的事件が足許から起ころうとしているのに、ペトログラ―ドの市民生活は、芝居も音楽会も変わりなく続けられていて、小官僚の妻君たちは、お茶を飲みながら、暮らしにくくなったことをこぼしあっていた。そして、同じ頃日本人は、大戦による好景気に酔いしれていて、ロシア革命をまったく無知のまま迎えた。このことは、半世紀以上前の話とはいえ、いまも笑えないことではないかと思う。ひょっとすると、いつの時代でもこんなものかもしれぬ、とさえ思われることである。現実の私たちについても、現実と私たちとの間には、知らないうちに何かビニールの膜のようなものが出来ていて、現実の真実の姿がなかなか目に映らないのである。形勢が重大になってきて、現実の方がこの膜を破って姿をあらわすまで、私たちは気付かずにいるか、あるいは多少気付いても直視しようとはしない。そして、いよいよ目がそむけられなくなった時には、もはや簡単には処置しようもなくなっている、という段取りは、現に私たちが、1960年代の日本経済の高度成長を経て、深刻な公害・都市問題・インフレーションに直面するに至った過程で、実際に経験してきたことであるが、それは、かつて、5・15事件や2・26事件を経て、日本が完全に軍国主義に制圧され、軍部独裁の体制ができあがっていった過程でも、私たちが痛い思いをもって経験したことなのである。(中略)実際に日常の生活に衝撃を与えるような事件が起こるとか、そのような状況が発生しない限り、大多数の人々は自分たちの日常に直接かかわりのないことに眼を配ろうとはしないのが常である」
私は、今度の東日本大震災に直面して、自分がいかに地震や津波のことに無知であったか、原発や放射能が自分の視野に入っていなかったのかを痛感している。党全体としては、先駆的な問題提起をしてきたわけだが、その成果を私自身がきちんと身に着けていたとはいえない。私が、どう日本の現実に向き合ってきたのか、いろいろな日常業務に埋没していたのではないのか。
吉野氏は最後にこうくくっている。
「水に入らずに泳ぎを覚えることができないように、人間的な関心に身を投じないで人間的なものに触れることは、ましてや、これを論じることは不可能である。そればかりか、私の経験では、この関心の強度こそ、いわば人間の人間としての実在性を支える内延量にあたるものであって、社会的・歴史的現実というものも、ほかならぬ、この関心にもとづく私たちの切実な願望や行動に対する非常の抵抗として、はじめてその露わな姿と力とを示して来るのである。与えられた現実を克服しようとする努力も、ここから真剣な現実のたたかいとなる。そして、歴史が同時代のこととして、私たちの前に展開してゆく」
今年も我が家の「家宝」・アンネのバラが咲きました。
最近ふとしたきっかけで学生時代(30数年前)に読んだ「同時代のこと」を読み直そうと思い、自分以外の方の感想が知りたく、ネットで検索したところ貴ブログにたどり着きました。読ませていただき大変参考になりました。
ところで、はじめの引用「世界をゆるがすような大きな歴史的事件が足許から起ころうとしているのに、・・・眼を配ろうとはしないのが常である」は、P22~23であるのは分かったのですが、最後に引用された「水に入らずに泳ぎを覚えることができないように、・・・・・・・・・現実のたたかいとなる。そして、歴史が同時代のこととして、私たちの前に展開してゆく」の部分は何ページになるのでしょうか?お知らせ頂けると幸いです。
お忙しいところ申し訳ございませんがよろしくお願いいたします。 岩上欣也
先日の問い合わせの件、解決いたしました。私の持っている「同時代のこと」は1974年10月21日第一刷でした。第八刷(2005年)には、確かに引用部分が最後に記されていました。第二刷以降のどれかで、改定されているようです。お騒がせしてすみませんでした。お仕事うまく行かれますこと祈っております。 岩上欣也