2月は歴史を感じる月です

2013-02-21 21:30:58 | 雑感

2月は歴史を感じる月です。昨日、2月20日は、戦前のプロレタリア作家、小林多喜二が築地署で虐殺されて80年目の日。一昨日は、戦前の経済学者で日本共産党の中央委員長も務めた野呂栄太郎の79年目の命日でした。私にとっては、さらに2月15日に森実一広さん(元民青中央委員長)が亡くなって15年たったことも忘れることはできません。

さて、最近、本(主に新書)を次々と買ってきて読んでいますが、今読んでいる本が萩野富士夫小樽商大教授が10年ほど前に書いた『思想検事』。来月、民青の学習会で綱領の講義をするので関連文献を買い込んで読んでいますが、その一冊がこれ。いや、この本は、数年前に買ってそのままになっていた本だった。本棚で見つけて読んでいます。特高警察とは違い、「思想検事」「思想検察」とは、一般的にはあまりなじみがありませんが、戦前、共産党などの運動の弾圧を推進するうえでは、特高警察とは別の角度から強烈な役割を果たした機関です。検挙や拷問は主に特高ですが、いわゆる「転向」(変節)を誘導したのが「思想検事」です。戸沢重雄という3・15事件にかかわった代表的思想検事は「たとえて云えば、無政府主義者は人体に生じた腫れ物のようなものですが、この共産主義犯罪の方は結核菌のようなもので、まあ共産主義理論を放棄しない限りは、結核菌の保有者でありますから、これは健全な社会から永く隔離しておくことが必要なので…」と述べ、共産党員を結核菌に例えています。そう思わなければ、あんな非人道的な取り扱いはできませんから。ちょっと異常な頭の構図です。問題は、国民運動を弾圧した思想検事や特高が戦後も形を変えて、温存されたことです。戦犯政治です。そして戦犯政治は拡大再生産されています。そうでなければ、戦後、60年以上も経って、天皇の元首化をめざす憲法改定が政治の大争点になるはずがありません。いま進められようとしている「教育改革」も、まさに子どもたちの心を支配しようとする狙いが見え見えです。従順な若者をつくりあげ、最後の狙いは憲法の、とりわけ憲法9条の改定です。国民の精神を、心を支配しようとする企みを許してはなりません。それが、小林多喜二や野呂栄太郎、、そして森実一広さんの遺志を受け継ぐことだと考えています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


何か寂しい気分

2013-02-09 18:53:05 | 雑感

ずっとブログの更新ができず。久しぶりです。

昨日は、息子の学校のPTAの集まりがありました。6学年委員会の最後の仕事は、卒業記念DVDの制作と監修、そして集金です。もちろん、作製は地元の業者さんに頼んでいますが、その最終チェックは、PTAの学年委員会の仕事です。昨日は、PTAの役員のお母さんたちと延べ1時間50分弱のDVDを最初から最後まで試写し、子どもたちの名前の確認などしました。3時間以上もかかり、終わったのは夜の7時すぎ。6年生の先生方は、授業が終わってから参加していただきました。このDVDと卒業記念アルバムの集金が最後の仕事です。

私が小学校を卒業したのは37年前ですが、そのときは卒業式まで淡々と日々が過ぎ、あまり特別な感情はなかったような気がします。友だちも全員同じ中学に進学することになっていたからでしょうか。卒業の感動という点では、やはり中学校が一番でした。部活動から、英語弁論大会、初恋など、いろいろあったからでしょうか。波乱万丈というか、すごく充実していた感じがします。高校は、卒業式の2日後が国立大学の入学試験だったので、卒業式どころではありませんでした。高校は、進学校でしたが、受験勉強の日々というのは、あとから考えるとほとんど印象がありません。いま、高校時代を振り返ると、高野悦子の『20歳の原点』との出会いとそれ以降の内面の葛藤が一番の思い出でしょうか。大学の卒業式は、直前に民青の専従になることが決まり、新入生の新歓運動が始まっていたので、卒業式が終わったら、すぐに会議が待っていたので、卒業の余韻に浸る気分でもありませんでした。

学校の卒業式にかかわるのは(保育園の卒園式はありましたが)、それ以来となるわけですが、不思議なことに、今回息子が卒業にむかう日々は、すごく感慨深いものがあります。寂しい気分もあります。それは、息子が低学年の時、様々な理由からあまり学校に行けなかったこともありましたし、私が5・6年とPTAの学年委員長を2年間務め、先生たちやPTAの役員さんと一緒に仕事をしてきたことが大きかったのかもしれません。もっとPTAの役員をやっていたかった。いまの学校は、先生方もすごく理解のある方ばかりです。校長先生も人間味のある立派な方です。いま、全国で起きていような事件は、小さいトラブルは当然あると思いますが、わが小学校ではちょっと考えられないですね。競争教育の波は押し寄せていますし、先生方の多忙化という問題もあるでしょうが、田園が広がる地方都市ということもあり、落ち着いた雰囲気の学校だったと思います。

卒業式は来月ですが、いまから息子以上に感慨にふけっている私です。