報恩坊の怪しい偽作家!

 自作の小説がメインのブログです。
 尚、ブログ内全ての作品がフィクションです。
 実際のものとは異なります。

“大魔道師の弟子” 「新年度人事発表」

2017-04-25 10:00:10 | ユタと愉快な仲間たちシリーズ
[4月1日18:00.天候:晴 長野県北部 マリアの屋敷]

 稲生:「あれ?アルカディアタイムスの夕刊だ」

 稲生が1Fのエントランスホールに行くと、エントランス脇のメール室でメイド人形の1人が郵便物の仕分けをしていた。
 といっても、9割方がイリーナ宛である。
 稲生宛は殆ど無い。
 その為か、配達された新聞の置き場所にされていたりする。

 稲生:「新聞もらって行きますよー」

 メイド人形は稲生の言葉にコクコクと頷いた。

 稲生:「あっ、そうか……」

 新聞の一面記事には、『ダンテ一門、新年度人事発表さる!』と書かれていた。
 稲生の為に、新聞は英語版の他に日本語版も配達されていた。
 新聞はこの他に人間界の英字新聞と、とある全国紙が配達されている。
 悠久の時を生きる魔道師のこと、たった1年おきでは大きな事は基本的に起こらない。
 数人単位で新弟子が入ったことだの、誰かが独立しただの、誰が階級が上がったか下がったかのことが書かれている。
 稲生が新弟子として入った時も、しっかりこの新聞に書かれた。
 そしてそれは、切り抜きとして保存してある。
 欧米人だけで構成されているはずのダンテ門流に、初めての日本人新弟子が入ったことが報じられた。
 但し、本来は他門との協定に基づいて欧米人のみにしていた為、協定違反ではないかということも書かれていた。
 そんなことを思い出しながら、稲生はある項目に注目した。
 それは、見習(Intern)から1人前(Low Master)になった者の所。

 『ポーリン組:エレーナ・マーロン 契約悪魔:マモン』

 稲生:「そうか。エレーナもやっとローマスターか……」

 因みに契約悪魔のマモンとは、キリスト教における七つの大罪で、強欲を司る悪魔のことである。
 対応する動物(やモンスター)はゴブリン、狐、針鼠、烏ということになっている。
 しかしエレーナの使い魔は黒猫であり、これは本来、嫉妬の悪魔レヴィアタンに対応するものである。
 だが、特に使い魔に関する記述が無いことから、特に変更する必要は無いのだろう。

 稲生:「ん?」

 更に稲生の目を引く物はまだあった。

 『尚、今年度よりデビルネームはフルに名乗ることが決定された。これはキリスト教徒の洗礼名(例としてマリア、ヨハネなど)がそのまま名乗られているのに対抗するものであるとされる』

 稲生:「ん?ということは、エレーナの名前がエレーナ・マモン・マーロンになるのか?何か、日本語的に語感が悪いなぁ……」

 だが、記事にはまだ続きがある。

 『これに伴い、フルネームが長くなって煩わしいという場合に備え、デビルネームをそのまま洗礼名のようにアルファベットに略して名乗ることも良いとされた』

 ということは、エレーナの場合は『エレーナ・M・マーロン』ということになる。

 稲生:「ふむふむ……」

 稲生はそのまま大食堂に行って、夕食を取った。

 稲生:「新聞に大きく載ってますよ」
 イリーナ:「おっ、さすが。御用新聞は早いねぇ」
 稲生:「御用新聞……。するとマリアさんの名前、『マリアンナ・ベルフェゴール・スカーレット』ということになるんですね?」
 イリーナ:「そういうことになるね。因みにアルファベットの頭文字はBだよ」
 稲生:「なるほど」
 マリア:「スペインやポルトガルはたたでさえフルネームが長いのに、もっと大変ですね」
 稲生:「そうなんですか」
 イリーナ:「本人達が直接来て名乗ってくれればいいんだけど、なかなか日本に来ないからね。洗礼名・自分の名前・母方の姓・父方の姓でフルネームだから」
 稲生:「ええっ!?」
 マリア:「デビルネームの中には長いヤツもあるから、それを充てられたら大変ですね」
 イリーナ:「そうねぇ……。だから、頭文字のアルファベットで略してもいいってことになったのね」
 稲生:「何だか大変ですねぇ……」

 もちろんイリーナ組には、何ら変化は無し。
 稲生は見習としての修行を継続、マリアはローマスターとして魔法の鍛練を続行せよということだ。

 稲生:「! そういえば……」
 マリア:「?」
 稲生:「マリアさんは自作の人形、エレーナは黒猫が使い魔で、他にもカラスや黒い犬を使い魔にしている魔道師さん達がいますが……」
 イリーナ:「うん」
 稲生:「先生の使い魔を僕はまだ見たことがありません」
 イリーナ:「おー、そうか。そう言えばそうだったね」
 マリア:「師匠ほどのグランドマスターになれば、ほぼ契約悪魔から供給される魔力だけで事足りるようになるから、あまりファミリア(使い魔)を必要としないんだ。それに師匠のファミリア、人間界にいちゃマズいものだし」
 稲生:「ええっ?」
 イリーナ:「うん、そうだね。よし、分かった。じゃ、久しぶりに遠足に行きますかー」
 稲生:「え、遠足!?」
 イリーナ:「社会科見学でも修学旅行でもいいよ」
 稲生:「どこに行くんですか?」
 マリア:「人間界以外だから、魔界だよ。そもそも、師匠のファミリアってのはd……」
 イリーナ:「ああーっと!マリア!そこは見てのお楽しみってことにしたから、内緒にしてて!」
 マリア:「そんな演出しなくても……」
 稲生:「魔界にいないといけないということは、人間界には普通に存在しないというものですね」
 イリーナ:「まあ、そういうことね」

 普段フランス人形の姿をしているマリアの人形達は、マリアの魔法によって人形形態のままコミカルな動きをしたり、人間形態になってメイドとして働いたりする。
 普段はメイド服を着たフランス人形の姿をしているわけだから、別にそれがそのまま人間界にしても差支えは無い。
 また、エレーナの黒猫も、知っている人間の前では人語を話すが、それ以外は普通の黒猫だ。
 だからこれも人間界にいても、そんなに問題は無い。
 しかし、イリーナの使い魔は違うという。

 イリーナ:「早速明日行きましょう。準備をしといてね」
 稲生:「分かりました」
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“大魔道師の弟子” 「年度初めでも通常運転のイリーナ組」

2017-04-24 19:35:03 | ユタと愉快な仲間たちシリーズ
[4月1日07:00.天候:晴 長野県北部 マリアの屋敷2F東側]

 自室として宛がわれた稲生の部屋。
 枕元に置いた自分のスマホがアラーム音を鳴らす。
 それは、とある駅の発車メロディ。
 首都圏のJR駅で聴けるものだった。
 これが朝の目覚まし時計の代わり。

 稲生:「う……ううーん……」

 稲生は気だるそうに起き上がった。

 稲生:「うーん……。昨夜の酒がまだ残ってるかなぁ……」

 少し二日酔い気味らしい。
 朝の支度をして、それから1階の大食堂に向かう。
 途中に即死トラップがあるのだが、さすがに慣れている為、例え二日酔いであったとしても引っ掛からない。
 この屋敷は侵入者あろうものなら、絶対に生きては出れない構造になっているのだ。
 もっとも、今年に入ってからの侵入事案はゼロであるが。

 稲生:「おはようございます……」
 マリア:「おはよう。……何だ?具合でも悪いのか?」
 稲生:「生理中です」
 マリア:「あぁ?」
 稲生:「……冗談です。昨夜のホームパーティーで飲み過ぎちゃったもんで……」
 マリア:「ユウタは酒弱いなぁ( ̄ー ̄)」
 稲生:「いや〜……」
 イリーナ:「でも実際、ユウタ君もそろそろ『男の生理』の周期に入る頃でしょう」
 稲生:「先生、おはようございます」
 イリーナ:「おはよう」
 マリア:「男なのに生理が?」
 イリーナ:「うん。男性も骨盤が開く周期があって、その時は性欲減退だとか頭痛だとか精神不安定だとか、要するに『おりもの』や『経血』が無いだけで、それ以外は女性と同じようなことが起こるわけよ」
 稲生:「言われてみれば、覚えがありますよ」
 マリア:「ふーん……」

 マリアは右手を顎にやった。

 マリア:「師匠は閉経した後だから楽でしょうねぇ……」
 イリーナ:「

 ガンッ!(マリアの上に金ダライが落ちた)

 マリア:「いでっ!?」
 稲生:「
 イリーナ:「そういうわけだからユウタ君、今日は土曜日なことだし、軽く魔道書を読むだけにしておきましょうか」
 稲生:「分かりました」
 イリーナ:「マリアは今日、地下のプール掃除ね」
 マリア:「1人で!?」

 元々は魔法の実験室があった地下室だが、今ではどういうわけだかプールがある。
 マリアが金槌で水の上を歩くことができない為(水に関係する魔法を使う際、魔力で水の上を歩くという技を魔法使いは行うことがある)、まずは泳ぎの練習をする為に改築された。
 人間時代、冬の池に沈められたりした迫害を受けた為。

[同日09:00.天候:晴 マリアの屋敷2F東側 稲生の部屋]

 稲生:「……偉大なるストゥルスの力を用いて、マナの純度を増幅せよ。パペ、サタン、パペ、サタン、アレッペ。嗚呼、神の復讐よ。嗚呼、何ということだ」

 大師匠ダンテの記した魔道書。
 多くはラテン語で書かれている為、これを英訳して、更に日本語訳にするのが今の稲生に与えられた課題。

 稲生:「うーん……やっぱり、この辺がどうしても分からないなぁ……。日本語に訳するからおかしいのかな?英語だと自然になるのか……?うーん……」

 稲生は机の上の電話を取った。
 西洋風のアンティークなデザインの電話だ。
 更に古風に、ダイヤルは回転式だ。

 マリア:「はいはい、こちらマリアンナ」

 電話口の向こうからマリアの不機嫌そうな声が聞こえて来た。

 稲生:「あ、マリアさん、僕ですけど……」
 マリア:「何だ、ユウタか。また師匠かと思ったよ」
 稲生:「はあ……」
 マリア:「何の用?」
 稲生:「ちょっと魔道書で分からないことがあったので、教えてもらいたいんですが……」
 マリア:「分かった。ちょっとプールまで来てくれる?」
 稲生:「は、はい!」

 稲生は電話を切った。

 稲生:「本当にプール掃除やってたんだ……」

[同日09:15.天候:晴 マリアの屋敷B1F・屋内プール]

 マリアに泳ぎを教えてあげた際、着させたものがスクール水着だったものだから、事情を知るエレーナに笑われた記憶がある。

 稲生:「それにしても、プールに行く為に開ける3つのドアごとにプレートを集めないといけないとは……」

 もちろん、稲生は手持ちの魔法の杖で開けることができる。
 プールには何も仕掛けは無かったと思うが、魔法の実験場だった頃の名残だろうか。

 稲生:「しかもプレートの1枚はマリアさんの部屋にあって、そのマリアさんの部屋のドアを開ける為のプレートが僕の部屋にあるという……」

 それはつまり、稲生も侵入者達から見た中ボスとなれという意味であろう。

 稲生:「マリアさーん、すいませーん!」

 稲生は男子更衣室の中を通ってプールに出た。
 師匠に不遜な言動をしたマリアに対する罰とはいえ、さすがに1人で掃除はキツいだろうと思うのだが、そんなことは無かった。
 ちゃんとメイド人形達が何人かやってきて、共同で掃除をしていた。

 マリア:「悪いね。手が放せないから、わざわざ来てもらっちゃった」
 稲生:「おわっ!?」

 稲生がびっくりしたのは、マリアが水着になっていたからであった。
 といっても泳ぎを教えた時のようなスクール水着ではなく、昨年の夏に買ったビキニであった。

 マリア:「いくらあの体を使っているとはいえ、齢1000年超えの婆さんなんだから、本当のこと言ったまでなのにね」
 稲生:「いや、ナンボ何でも、あれはさすがに失言だったと思います」
 マリア:「ふん……。で、どこが分からないって?」
 稲生:「ここなんです。大師匠様の呪文の部分を英訳にするところまではいいんですけど、その後、日本語訳にしようとすると文言がおかしくなるんです」
 マリア:「何度も言うけど、ユウタは英語を直訳し過ぎるんだよ。私は今、『自動翻訳魔法』を使っているけど、私の日本語、随分とカタく聞こえるだろ?それはユウタが英語を直訳し過ぎることの裏返しだってことさ」
 稲生:「そうなんですか」
 マリア:「ここの英訳は、ただ単に『敵を殲滅せん』くらいでいいんだ」
 稲生:「ええっ!?英文は長いのに、日本語でそんなに短くしちゃっていいんですか?」
 マリア:「意味は同じだ」
 稲生:「へえ!」
 マリア:「他に分からない所は?」
 稲生:「えっとですね……」

 どうしても稲生は魔道書の内容より、水着姿のマリアの方が気になってしょうがなかったという。
 『男の生理中』でなければ、恐らく魔道書を熟読するどころではなかっただろう。
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“Gynoid Multitype Sisters” 「ボーカロイドの憂鬱」

2017-04-23 21:39:37 | アンドロイドマスターシリーズ
[4月19日21:00.天候:晴 東京都江東区豊洲 豊洲アルカディアビル]

 敷島とエミリーを乗せたタクシーが、敷島エージェンシーの入居しているビルの前で止まった。

 エミリー:「タクシーチケットでお願いします」
 運転手:「ありがとうございます」

 エミリーが料金を払っている間にタクシーを降りる敷島。
 自分の会社が入居している18階を見ると、まだ電気が点いていた。

 敷島:「井辺君かな?本当にありがたいなぁ……」
 エミリー:「社長、お待たせしました」
 敷島:「ああ」

 夜間通用口から中に入る時、防災センター受付で記帳を行う。
 やや面倒だが、高層テナントビルならではの宿命である。
 その後で入館し、エレベーターで18Fに上がった。

 敷島:「ただいまァ」
 井辺:「あっ、社長。お疲れさまです。直帰ではなかったのですか?」
 敷島:「いや、俺もやり残した仕事があるから、ちょっとやってからにするよ。井辺君はまだ終わらないの?」
 井辺:「もうまもなくです。最終のバスには間に合う感じで」
 エミリー:「21時台後半の都営バスですね」
 井辺:「そうです」
 敷島:「イベントの幹事役を任せてしまっておきながらこんなこと言うのもあれだけど、無理はしないでくれよ?」
 井辺:「ええ。大丈夫です」

 敷島は事務室内に唯一残る井辺と別れると、社長室に入ろうとした。

 エミリー:「誰かいるのか?」

 エミリーは室内に気配を感じた。

 初音ミク:「たかお社長……」
 敷島:「何だ、ミクか。どうした?電気も点けないで……」

 エミリーは険しい顔をした。

 エミリー:「社長室に勝手に入るとは何事だ?」
 ミク:「ごめんなさい……」
 敷島:「いや、エミリー、いいよ」
 エミリー:「はあ……」
 敷島:「何かあったのか?」
 ミク:「わたしは……兵器なんですか?」
 敷島:「えっ?」
 エミリー:「これは……?」

 ミクが座る応接セットのソファ。
 その前のテーブルに置かれているのは、一冊の週刊誌だった。
 主に芸能界のスキャンダルなんかを扱う週刊誌で、そこにはボーカロイドが元々大量虐殺兵器として開発された経緯があるという噂をセンセーショナルに書いたものだった。

『南里志郎博士(故人)はライバルのウィリアム・フォレスト博士(同)に対抗する為、聴くだけで人間の脳幹を停止させる歌うロボットを開発した。それが形を変え、用途を変え、あろうことか敷島エージェンシーのボーカロイドとして稼働しているのである』

 敷島:「うわ、出たよ週刊“芸能セブン”!」
 エミリー:「またですか。いつぞやは私やシンディを大量虐殺兵器として書いていたんですよ」

 但し、マルチタイプの場合は当たらずも遠からずである為、この時は出版社に対して特段抗議しなかった。
 しかし、今回は……。

 敷島:「未だに噂の段階でこんなこと書かれてもなぁ……。これはさすがに明日、抗議しておく必要があるな」
 エミリー:「分かりました」
 敷島:「ミク、確かにお前達の歌が人間の脳に何らかの作用を与えているということまでは科学的に証明されている。だけど、脳幹を停止させるということまでは、脳科学者に問い合わせても分からないってよ」
 ミク:「本当ですか?」
 敷島:「ああ。平賀先生の知り合いに脳科学者がいるんだけど、その人の見解だ。科学的な根拠が無い以上、こんな週刊誌のことなんか気にしなくてもいいよ」

 ロボットの歌声が、どうしてあれだけのファンを呼び込むのかということに対しての回答でもある。
 ミク達の歌声に良い作用を受けた人間達がファンとなって、ミク達のライブに来てくれたりするのだろう。

 ミク:「分かりました。ありがとうございます」
 エミリー:「初音ミク、大丈夫か?」
 ミク:「……はい。わたし達は、これからも歌っていいんですね?」
 敷島:「もちろんだ。だから、明日からもよろしく頼むな?」
 ミク:「はい!」

 ミクはホッとした顔で社長室を出て行った。

 敷島:「全く。売れてくると、こういう嫌がらせがどんどん出て来るから困るよ」
 エミリー:「そうですね。コーヒーでもお入れしましょう」
 敷島:「ああ。頼むよ。今日は井辺君より帰りが遅くなるかな?」
 エミリー:「どうでしょうねぇ……」

 エミリーは苦笑を浮かべながら給湯室に向かった。
 だがその間、苦笑でも浮かべていた笑みが消えた。
 エミリーの昔のメモリーがダウンロードされたからである。

 エミリー:(平賀博士のお知り合いの脳科学者は、元々南里博士のお知り合いだった。ロボット研究者がどうして脳科学者と知り合いなのか疑問だったけど、そういうことだったのか……。敷島社長の知らないところで、南里博士は初音ミクを使った実験をしていたけど、これは黙っているべきなのか……)

 エミリーのメモリーには、初音ミクを使って実験を行っている南里とそれに助手として立ち会う平賀の姿があった。

 エミリー:(あの様子では、平賀博士はまだ社長にお話ししていない、か……)

 敷島の嫌いなところはそこだ。
 後で自分だけが知らなかったということが分かった時、激しい怒りを露わにするのだ。
 さすがにその怒りを抑えることは、自分でもシンディでも難しい。

 エミリー:(私がお話ししてもいいものかどうか……)

 給湯室でコーヒーを入れていると、その様子を覗く者がいた。
 それは巡音ルカ。

 ルカ:「あの、ちょっといい?」
 エミリー:「なに?」
 ルカ:「さっき、ミクが物凄く沈んだ顔で社長室の方に行ったんだけど、何かあった?」
 エミリー:「週刊誌に変な噂を書かれて、気にしていたらしい。科学的根拠の無い噂話だ。何も気にすることはない」
 ルカ:「そう」
 エミリー:「あなたも読んだのか?」
 ルカ:「ええ。その……私、昔、ドクター・ウィリーに歌声を封印されたことがあったでしょう?」
 エミリー:「あったな」

 ボーカロイドの歌唱機能を破壊するウィルスがウィリーによってばら撒かれ、それにルカが真っ先に感染・発症した。
 その時、まだ稼働していた前期型のシンディに、「歌えないボーカロイドはただのガラクタ」とバカにされた。

 ルカ:「あれはもしかしたら、私の歌が……その……大量虐殺できる力があるから、それを封印しようとしていたのかなぁ……なんて」
 エミリー:「考え過ぎだ。当時のウィリアム博士が、そこまで考えていたとは思えない。ただ単に、南里博士の研究を妨害しようとしていただけさ」
 ルカ:「そ、そうかな……?」
 エミリー:「あの週刊誌に書かれていることの半分以上は、科学的根拠の無い推測だ。だから、気にすることはない」
 ルカ:「……うん、分かった。ありがとう」

 ルカにようやく笑顔が戻り、ボーカロイドの部屋に戻って行った。

 エミリー:(この分だと、今度はリンとレン辺りか?)

 エミリーがコーヒーカップにコーヒーを注ぎ、給湯室を出ようとすると、案の定、今度はリンの姿があった。
 エミリーは社長室に戻るまでの間、リンとレンの不安も取り除いてやらないといけなかった。
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“Gynoid Multitype Sisters” 「或る物と再会」

2017-04-22 21:20:03 | アンドロイドマスターシリーズ
[同日18:00.天候:晴 東京都渋谷区代々木 ホテルサンルートプラザ新宿・レストラン]

 敷島と平賀がレストランで会食をしている間、エミリーは外で待っている。

 エミリー:「ん?」

 エミリーに接近する者がいた。
 それは黒いスーツにグレーの蝶ネクタイを締めた執事のような恰好をした者。
 大柄な体躯に黒いサングラスをしている為、まるで強面の男のようだ。
 エミリーはその男をスキャンして、すぐにその正体を知った。

 エミリー:「ロイ?何故ここに?」
 ロイ:「やはり、エミリー殿でしたか」

 ロイと呼ばれた男はサングラスを外した。
 やはり、どちらかというと強面のような感じはするが、話す口調は穏やかなものだ。
 彼は執事ロイドであった。
 メイドロイドが規格化されて量産化されているのに対し、執事ロイドはまだそんなに需要が無いせいか、量産化には至っていない。
 その為、規格化までもされておらず、開発者独自の規格で製造されている物が多かった。

 ロイ:「マスターの村上博士がこのホテルに宿泊されているからです」
 エミリー:「そうなのか。平賀博士も宿泊されるが、何かあるのか?」
 ロイ:「いえ、ありません。恐らく、偶然でしょう。村上博士は都西大学にも研究室を持っておられますので」
 エミリー:「そうか」

 エミリーは頷くと、スススッとロイから距離を取った。

 ロイ:「? どうかしましたか?」
 エミリー:「別に私はあなたのことが嫌いというわけではないのだが、妹がいつトレスするか分からない。妹はうるさいから」
 ロイ:「ああ。シンディさんですか……。御一緒ですか?」
 エミリー:「いや、ここにはいない」
 ロイ:「是非とも、シンディさんとも赤外線通信をさせて頂きたいものです」
 エミリー:「ロイ?」
 ロイ:「シンディさんは、どういったお花が好きでしょうか?」
 エミリー:「特定のものが好きというわけではないようだ。たまに胡蝶蘭が送られて来た時、よく手入れをしていたな」
 ロイ:「胡蝶蘭ですか。エミリー殿は何を?」
 エミリー:「私は……」

 その時、エミリーのメモリーが一瞬バグッた。
 人間でいうフラッシュバックのような現象である。
 キールがエミリーに送ってくれた花束、それは赤いバラだった。

 エミリー:「赤いバラだな」
 ロイ:「赤いバラですか。なるほど」
 エミリー:「そんなことを聞いて、どうする気だ?」
 ロイ:「シンディさんに送らせて頂こうと思いまして」
 エミリー:「シンディに?」
 ロイ:「はい」
 エミリー:「……自爆の実験でも?」
 ロイ:「どうしてですか!?」
 エミリー:「いや、多分、シンディは受け取る前に機銃掃射すると思う」
 ロイ:「ええっ!?」
 エミリー:「あ、今は銃火器と光線銃を交換しているので、レーザー掃射か」
 ロイ:「シンディさんは執事がお嫌いですか」
 エミリー:「そうではないのだけど……ただちょっと……私のせいで、嫌いになった部分はある」
 ロイ:「エミリー殿のせいで?」
 エミリー:「分かった。私から口添えしておく。その辺は、私にも責任があるから」
 ロイ:「はあ……」
 エミリー:「他に何か情報は無いか?」
 ロイ:「情報ですか?そうですねぇ……」

 ロイは考え込む仕草をした。

 ロイ:「北海道札幌市のとある家に仕えるメイドロイドに、ゾーイという名の者がいるんですが、どうも元はボーカロイドだった物を用途変更したらしいんです」
 エミリー:「聞いたこと無いな。恐らく、ゾーイという名は用途変更後に付けられた名前だろう。例えばMEGAbyteには、マルチタイプの後継機として製造されていながら、ボーカロイドに用途変更された物がいる。その類か?」
 ロイ:「恐らくは。初音ミクさんなどのおかげでボーカロイドが大人気となり、その亜種や派生機種が製造されたことは有名ですが、中にはテストに失敗した物もあるでしょうから」
 エミリー:「それにしても、ボーカロイドからメイドロイドに転用されるなんて聞いたことない」
 ロイ:「私も噂で聞いただけですので、どこまで本当かは分かりませんよ。……おっと!博士から呼び出しです。失礼します。シンディさんに、よろしくお伝えください」
 エミリー:「分かった。ありがとう」

[同日20:00.天候:晴 東京都渋谷区代々木 同ホテル前→タクシー車内]

 敷島:「今日はありがとうございました」
 平賀:「いえ、こちらこそ」
 敷島:「私達はこれで失礼致します」
 平賀:「お気をつけて」

 敷島とエミリーはホテルの前からタクシーに乗り込んだ。

 エミリー:「豊洲4丁目まで、お願いします」

 エミリーが運転手に行き先を告げる。
 タクシーが夜の都内を走り出した。

 エミリー:「実はロイと会ってました」
 敷島:「ロイ?」
 エミリー:「越州大学教授、村上大二郎博士に仕えている執事ロイドです。執事というより、護衛としての用途に特化していると思われるほどの大柄な物です」
 敷島:「あー、そういえば前に見かけたことがあったような……。お前をナンパして、シンディにボコされたヤツだっけ?」
 エミリー:「いえ、ロイは私に対してはただ単に挨拶しただけです。私よりもシンディの方が好きみたいです」
 敷島:「……長生きしたかったら、やめておいた方がいいと伝えておいたか?」
 エミリー:「身を持って知る方が良いと思いましたので、そこまでは伝えておりません」
 敷島:「お前も冷たいな!」
 エミリー:「人間でしたら、もう少し親身になって差し上げるところですが、私達よりも下位の機種にそこまでする義理はありません」
 敷島:「なるほど。で、いつコクるって?」
 エミリー:「具体的なタイミングまでは申しておりませんでした。ただ、花束を持って行くつもりだそうです」
 敷島:「ベタ過ぎるコクり方だな。シンディのことだから、火炎放射器で消し炭にしてしまいそうだ」
 エミリー:「社長、火炎放射器は私が持っています。シンディは光線銃のみです」
 敷島:「あ、そうか。キールのせいで、あいつも男嫌いになっちまったからなぁ……」
 エミリー:「シンディ自体が何かされたわけではないですし、ロイはロイでプログラムや命令に忠実な優秀機ではあると見受けられますので、そんなに邪見にする必要は無いと思います。ですが、シンディはそういった判断はしないでしょう」
 敷島:「勿体無いなぁ……」
 エミリー:「シンディはそういうヤツなんです。もし仮にロイが好きになったのが私だとして、私がそれに対して良い返事をしたところで、全力で阻止に来ることでしょう」
 敷島:「そこまで来ると、逆にウザいな。シンディに中止命令を出したくなる」
 エミリー:「ええ。是非お願いします」
 敷島:「了解」
 エミリー:「平賀博士とはどういった話を?」
 敷島:「ああ。ゴールデンウィークのイベントには、整備役として北海道まで同行してくれるってさ」
 エミリー:「それはありがたいですね」
 敷島:「あと……」
 エミリー:「?」
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“Gynoid Multitype Sisters” 「平賀が掴んだ真相」

2017-04-21 22:53:54 | アンドロイドマスターシリーズ
[4月19日16:14.天候:不明 JR成田空港駅→特急“成田エクスプレス”36号12号車内]

〔「1番線に停車中の電車は16時19分発、特急“成田エクスプレス”36号、大船行きと新宿行きです。1号車から6号車が大船行き、7号車から12号車が新宿行きです。……」〕

 敷島達は最後尾の車両に乗り込んだ。
 ここは新宿行きのグリーン車である。
 普通車と違い、シートピッチの広い革張りの座席が待っていた。
 敷島と平賀が隣り合って座り、エミリーは通路を挟んで隣の通路側に座った。
 現在の“成田エクスプレス”に使用されるE259系は座席定員の増加の観点から、先代は1人掛け席と2人掛け席になっていたグリーン車を止め、通常の4列シートに変わっている。
 また、その際にグリーン個室も廃止された。
 尚、車内販売は無い。

 平賀:「9号機のデイジーですか……」
 敷島:「そうなんです。今、本社ビルの倉庫に眠っていますよ。DCJさんだと保管料が掛かるから」
 平賀:「他に使いたいって方、おられないのですか?」
 敷島:「何しろ、100パー最高顧問の肝煎りで造られたものですので……」
 平賀:「現在の相続者は、どなたですか?」
 敷島:「ホールディングス会長、敷島峰雄ですよ。私の天敵。未だに、『ロボットにアイドルをさせるとは何事だ!』という考えの人です」
 平賀:「えっ?大丈夫なんですか?」
 敷島:「今のところ、うちのボカロ達が稼いでくれているので、潰すに潰せない事情があるんですよ。あと、別の親戚のエンタープライズ社長が逆に強く推してくれているので」

 財団崩壊後、行き場を失ったボーカロイド達に活躍の場を与えたのが敷島孝之亟と敷島俊介である。
 本当はエンタープライズの一部門として組み込みたかったのだが、役員会での承認が降りず、子会社という形で何とか通った次第。

 敷島:「25億円もしたものだから、捨てるに捨てれず、困っているみたいです。平賀先生が引き取ってくれたら、みんな丸く収まりそうですよ」
 平賀:「何か、引き取る時に多額の費用を請求されそうです」
 敷島:「私からも口添えしておきますよ。レンタルという形にしてもいいでしょうしね」
 平賀:「なるほど。レンタルですかぁ……」
 敷島:「それも安くするように言っておきますよ。保管料と処分費用と比べれば安いもんでしょーよってね」
 平賀:「揉めないようにお願いしますよ」

 いつの間にか列車は駅を出発し、地下トンネルの中を進んでいた。

 話は9号機のデイジーから変わって、北海道の話になる。

 平賀:「初音ミクの“オホーツク旅情歌”ですか。実はあれには、秘密があるんです」
 敷島:「やっぱり」
 平賀:「ええ。やっと敷島さんも気づきましたか」
 敷島:「一体、何だと言うんですか?」
 平賀:「南里先生が初音ミクを捨てた場所のようで、実は違うんですよ」
 敷島:「違う?」
 平賀:「あれには、もう1つの意味が隠されていると自分は踏んでいます。そしてそれは、今でも眠って待っているんですよ」
 敷島:「何ですか、それは?」
 平賀:「アンドロイドマスターです。つまり敷島さん、あなたを待っているのではないかと」
 敷島:「誰が?」
 平賀:「誰がって、アンドロイドマスターを待つ者と言えば1つしかないでしょう?」
 敷島:「エミリー?」

 敷島はエミリーを見た。

 エミリー:「……あれは旧ソ連政府によって爆破処分されたはずですが?他の弟妹達と同じように」
 平賀:「DCにも独自の諜報部門がありましてね。聞いてきましたよ。アメリカのDCは何とか生き残れそうです。トランプ大統領のおかげですかね」
 敷島:「ええっ?」

 平賀はバッグの中からタブレットを出した。
 それで北海道の地図を出す。

 平賀:「初音ミクの歌だと、宇登呂(うとろ)と沙留(さるる)を直線で結んで交差したオホーツク海の海の底を指していたと思われるでしょう?」
 敷島:「ええ」
 平賀:「実際にそこにいたのは初音ミク本人です。それを自分がエミリーに頼んで回収し、修理したものです。初めて敷島さんの前にお見せした時、彼女はバラバラの状態だったでしょう?」
 敷島:「そうですね」
 平賀:「あれは部品の殆どを交換する必要があったので、あの状態だったんです。苦労しました。あの先生、なかなか設計データを見せてくれないんです」
 敷島:「それで、初音ミクの他に何が埋まっていると?」
 平賀:「こうするんです」

 平賀はタブレットの上に指を滑らせた。
 直線がそれに合わせて移動していく。
 すると、位置的には先ほどとは反対側になった。
 オホーツク海の沖ではなく、今度は北海道の内陸部だ。

 平賀:「宇登呂と沙留を直線で向かわせる先が海とは限りません。その反対側、陸地の方に向かって直線を伸ばしても交差するわけです。ここです。ここに恐らく、あいつが眠っているのでしょう」
 敷島:「あいつとは?」
 エミリー:「……マルチタイプ0号機。試作機です。私達の姉なのか兄なのか、父なのか母なのか分かりません」
 敷島:「ちょっ……!?何でそんなものがそんな所に?!」
 平賀:「そこで吉塚広美氏が登場するんですよ。KR団最後の研究者ですね。要は南里先生やウィリーがエミリーやシンディを持ち出したのと同じように、KR団の一部の者が持ち出したようなんです。実はKR団、旧ソ連政府とも繋がっていたようでして、恐らく0号機の処分を任せてもらうという形を取ったのでしょう。それがどういうわけだか、日本に待ち込まれてしまったというわけです」
 敷島:「ワケが分かりませんねぇ……」
 エミリー:「『日暮れの沙留に旅人が来たよ』というフレーズがありますが、その旅人とはアンドロイドマスターのことです。アンドロイドマスターが何かお困りの時、私達マルチタイプは必ずやお力になりましょうという意味なんです。その大元たる0号機が埋まっているというわけなんです」
 敷島:「それは……俺に回収しろと言ってるのか?もしかしたら、危険な存在かもしれないぞ?」
 エミリー:「その時は私が全力でお守りします。例え0号機……私達の上の兄姉または父母なる存在であろうとも、マスター同然の社長に危害を加えるのならば全力で対応致します」
 敷島:「KR団が置き土産にしていくくらいだから、何だかヤバそうな気がする」
 平賀:「自分もそう思います。吉塚広美氏の遺作である萌、何か調べれば出て来そうな気がするんですが……」
 敷島:「調べてみますか?」
 平賀:「妖精型を造ったというところが、まだ理解できませんでねぇ……」
 敷島:「ゴールデンウィークに、イベントで北海道に行くんです。その時、その0号機に会ってきますよ。ものの見事に電源が切れている状態だとは思うんですがね」
 平賀:「ま、そりゃそうでしょうね」
コメント (7)
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