報恩坊の怪しい偽作家!

 自作の小説がメインのブログです。
 尚、ブログ内全ての作品がフィクションです。
 実際のものとは異なります。

“大魔道師の弟子” 「ヤノフ城」

2015-04-20 19:31:12 | ユタと愉快な仲間たちシリーズ
[4月19日19:40.天候:雷 北海道・旭川空港 稲生ユウタ、マリアンナ・スカーレット、藤谷春人]

 ユタ達が飛行機を降りたのは、所定のダイヤより10分遅れてからのことだ。
 上空には暗雲が立ち込め、雷注意報が出ていた。
 ユタが機内でマリアから聞いた話は、半分想像していたことだ。
 件の老紳士が、マリアの祖父セイカー氏である可能性。
 老紳士は山高帽を深く被っているため、顔まではよく見えない。
 しかし白い髭は、家族の写真に写っているものとよく似ていた。
 人間離れした動きから想像するに、セイカー氏はマリアの知る祖父ではないのだろう。
「よおっ!まさかの再会だな!」
 緊張した面持ちで荷物を受け取り、到着口からターミナルの外に出ると藤谷が出迎えた。
「藤谷……専務」
「何だよ。法華講の役職でいいんだぞ」
「僕はもう辞めましたから」
「いつでも戻ってきていいからな。それより、今日はどうするんだ?どこかに泊まって、明日行くのか?」
「いや。どうせなら、もう今夜中にカタを付けたい」
 と、マリア。
「今夜12時で、私の誕生日を迎える」
「それなら、尚更……」
「師匠が人質に取られてるんだ。ここで行かなかったら、師匠が大変なことになる。それどころか、ユウタ君もね」
「何か……大変だな」
「班長は僕達を送ったら、すぐに引き返してください。どうも、ヤバいみたいなんです」
「ヤバいだぁ?よく分からんが、とにかく行ってみよう」

[同日20:40.北海道・道央 ヤノフ城 ユタ、マリア、藤谷]

 雷雨の中を走る1台のミニバン。
 ワイパーが規則正しく動いている。
 真ん中のシートにはユタとマリアが座っていた。
 2人とも、魔道師のローブを羽織っている。
 雨具の代わりであるし、魔法の力でもって敵の攻撃を弾く防具でもある。
 2人は緊張した様子で終始無言、マリアは俯いていたが、
「2人とも」
 藤谷の言葉に顔を上げた。
「見えてきたぜ。旧ロシア帝国の貴族の城、ヤノフ城だ」
 それは突然現れたといった感じだった。
「日本のテーマパークに合わせているが、しかし古城のイメージを残す為に、向こうで建てられていた状態をできるだけ再現しているようにしているぞ」
「へえ……」
「城門の前で構わない。そこで、私達を降ろしてくれ。あとは、ここからすぐ離れてほしい」
 マリアは藤谷に言った。
「何と戦うのかは知らんが、あまりド派手にはやらないでくれよ。まだ建築中なんだからな」
「! 班長は内部の構造をご存知で?」
「そりゃあ、藤谷組の代表として来てるわけだからなぁ……。立場上、どういう仕掛けなのかも知ってるぜ」
「マリアさん、班長にも一緒に来てもらいましょうよ?」
「ダメだ。普通の人間が行くには危険過ぎる。これは魔道師の戦いだ!」
「足でまといにならない装備ならあるが……」
 藤谷は城門の前で車を止めた。
「キミ達の後ろ……ハッチの箱の中を見てみな」
「えっ?」
 その中に入っているのはショットガンとライフルだった。
「ええーっ!?これは一体……!?」
「この車、親父がアウトドアで使ってるヤツなんだけど、アウトドアって狩猟のことらしいな。ゴルフクラブでも入ってるのかと思ったよ」
「いいんですか?持ってきちゃって……?」
「親父に、『返せこの野郎!』って怒られた。てへてへw」
「当たり前じゃないですか!」
「今日はこれを使わせてもらう。稲生君も好きなのあったら、持ってっていいぞ」
「いやっ、そういうわけには……!」
「……どうなっても知らんぞ」

 城門の中から堂々と入って行くのかと思いきや、作業用リフトで城壁の上に上がって行く。
「城門とかは別の会社がやってるんだ。だから鍵は無い。城の中に入りたいなら、上から行く」
 とのことだった。
 城壁の上に降り立つ。
「……。特に、気配はないですね」
「中で待ち構えてるんだ、きっと」
「なるほど……。班長、中に入れますか?」
「ちょっと待ってろ。確か、このドアから……」
 藤谷はカードキーを取り出した。
「電子ロック!古城なのに……」
「この辺は一般の客は出入りしない、バックヤード的な所らしいんだ。客の通らない所は基本、最新式だよ」

 ピッ!ピー!(電子ロックの外れる音)

「よし、入ろう」
 藤谷はショットガン片手に、ユタはマリアからもらったハンドガン片手に、マリアは魔道師の杖を片手に城内に入った。
 いきなり真っ暗な部屋なので、藤谷はヘルメットに装着したヘッドランプを点灯させている。
「暗いから足元に気をつけて。一応、機械警備は全て解除させてはいるが、なるべく物音は立てないように……」
「は、はい」
「……了解」
 だが!

 ドンガラガッシャーン!

「!!!」
 藤谷、ペール缶に躓いて派手にスッ転ぶ。
「は、班長!大丈夫ですか!?」
「くそっ!道具カタしとけって言ったのに!ペンキ屋の連中め!」
「……というか、物音立てるなって言ったの、オマエだよな?」
 マリアはジト目で藤谷を見た。
「……先を急ぎましょう」
 次なる部屋に行く。
 さっきのド派手な音を立てたからなのか、何か妙に気配を感じるというか……。
「班長、今日は作業やってないんですよね?」
「ああ。日曜日だからな」
「でも何か、気配を感じるというか……」
「おいおい。確かに何か出そうな城だけどよー、オバケまで輸入はカンベンだぜ」
「シッ!静かに」
 バッと何かの影が一瞬マリア達の前にいたが、すぐに消えた。
「誰だ!?」
「どうした、マリアさん?」
「……この城、やっぱり何かいる」
「やっぱり……」
「マジかよ。無人のはずの城に不気味な気配か。ホラーもいい所だぜ」
「早く明るい所に行きたいですね」
「照明が点いている所があるはずだ」
「えっ?」
「ホールとか、その辺は夜間もシャンデリアとか点灯させてるって聞いたぜ。だから外から見た時、窓に明かりが見える所がチラホラあっただろ?正にそういう所だよな」
「なるほど……」
「松明とか蝋燭ではないんですね」
「さすがにそこには日本の消防法がキツくて、それらしい演出しかできねーよ」
「なるほど……」
「本当に、こんな所にお師匠さんがいるのか?」
「そのはずだ」
「もし捕えられてるってんなら、地下牢とかじゃねーか?」
「そんなのがあるんですか!?」
「ああ。ヤノフ城ってのは迷路みたいな地下道もあったらしくてよ、それもアトラクションに使えるってことで、それも再現してるぜ。多分、地下牢に収監した囚人が脱獄しにくいように、わざと複雑な造りをしていたんだと言われてる」
「そこへ行ってみるか。どうやって行ける?」
「ちょっと待て。えーと……」
 藤谷は手持ちの資料を取り出した。
 それは城の図面。
「ホールを通って行けるみたいだぞ」
「そこへ行こう」
 3人は更に城の奥へと進んだ。
 窓の外から時々入ってくるは雷鳴と雷光。
 正に、正念場を演出していた。
コメント (9)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

“大魔道師の弟子” 「彼岸の旅」

2015-04-20 16:19:57 | ユタと愉快な仲間たちシリーズ
[4月19日16:00.天候:曇 新宿駅西口→東京空港交通エアポートリムジン 稲生ユウタ&マリアンナ・スカーレット]

 湿っぽい空気が漂う中、新宿駅西口から羽田空港行きのバスに乗り換えた。
 ダイヤ上では、羽田空港第2ビルまで40分くらいになっている。
 バスは新宿駅西口を定刻通りに出ると、首都高4号線新宿入口に向かった。
 車内放送では日本語の他、英語やら中国語やら朝鮮韓国語やらが流れてきている。
 首都高に入ると、マリアが車内後部のトイレに向かった。
 何故か通路側に座りたがったマリアだったが、そういうことだったか。
 マリアが戻って来るまでの間、ユタは進行方向左側に注目する。
 中央線電車が見えているということは、4号線をひたすら走っているということだ。
 共産党本部の建物が見えてきた後、信濃町の創価学会本部が見えた。
 何とも、皮肉のように見えてならない。
 その時、スッとユタの隣に座る者がいた。
「あっ、マリアさん、お帰りなさ……。!!」
 しかし、それはマリアではなかった。
 通路の1番前に設置されている表示灯は、まだ点灯している。
 つまり、まだマリアはトイレ使用中ということだ。
 ユタの隣に座ったのは、あの老紳士だった。
 いつの間に乗っていたのだ!?
「池田と浅井はもうダメだよ。随分とコキ使ってやったがね」
「は!?何のこと……だ?」
 老紳士は白い歯をニッと見せて、まるでユタが何に注目していたのかを見透かしたかのように言った。
「『第六天魔王其の身に入りし……』か。いい宗教だな」
「あ、あなた、まさか……!?」
「素直に何が起きたか明かせば良いものを……。あの坊主にも困ったものだ。自分だけ罪を被れば良いと思ったか」
「だから、何の話?」
「ふふふ……はははははは……」
 老紳士は立ち上がって、後ろの方に歩いて行く。
 このままではマリアとバッティングしてしまう!
「待って!」
 ユタは慌てて老紳士の後を追った。
 だがその直後、バスが急ブレーキ。
 ユタは体が持って行かれ、床に転倒した。
「な、何だ……!?」
 どこかにぶつかったということはないが、
「トラックが横転してる!」
 目撃した乗客が騒いでいた。

[同日17:00.羽田空港第1ターミナル ユタ&マリア]

 バスの少し前を走っていたトラックの荷台から、荷物が落ちた。
 それを踏んづけてしまい、コントロール不能に陥った別のトラックが外壁に衝突。
 その弾みでリムジンバスに突っ込んできたものだから、緊急回避をしたそうだ。
 回避には成功したバスだったが、荷棚から荷物が落ちてきたりと大変だった。
 マリアはトイレの中にいたが、既に用は足し終えて洗面所で手を洗ったりしていたそうだから、バスが大きく揺れた時、室内の手すりに掴まり、ユタのような転倒は免れた。
「本当に大丈夫ですか?」
 ユタ達が降りる時、運転手が心配そうな顔をしていたが、
「大丈夫です。頭は打っていないので」
 と、ユタは荷物を受け取りながら答えた。
 荷物室内の荷物も荷崩れして散乱していたという。
(もしケガしていても、エレーナからもらった回復アイテムもあるしな……)
「くそっ!老紳士とやらのヤツ……!」
 マリアはユタから聞いた話を以って、怒りを露わにしていた。
「あの老紳士に虚言癖が無いとしたら、“魔の者”って、第六天魔王のことですか?」
「分からない。ただ、キリスト教で語られる7つの大罪の悪魔達とは違う存在だということから、確かに他の宗教で語られる悪魔なのかもしれない。だから、それが仏教で語られる悪魔だとしても、何ら不思議は無い」
「やっぱりあの人達は“魔の者”に……。坊主って誰だ?」
「その2人の会長が暴れ回っていた時に、立ち回っていた僧侶のことだろう?」
「(日達上人?日顕上人?まさかね……)……って、そんなのを相手にするんですか!?」
「そういうことになるかな。でも、私は逃げない。どうせ、私の人間としての命はもう終わった。今度は魔道師としての命が狙われているのなら、最後まで戦うさ」
「第六天魔王かもしれない“魔の者”か。本当のラスボスになりそうですね」
「大魔王バァル……ウェルギリウスを相手にするよりも厄介だろうね」

 カウンターでユタは予約していた航空券を入手した。
「夕食は弁当になりそうですが……」
「構わないよ。屋敷にいる時は、いつもイギリス料理かロシア料理だったから。昼食、夕食と日本食なのは悪くない」
 夕食に大抵、ローストビーフが出て来る件。
 イリーナがいる時はボルシチが出て来る件。
「出発ロビーでも売ってるので、そこにしましょう」
 ということで、手に入れたチケットを片手に手荷物検査場へ……。

「ユウタ。この前みたいにズボン下げるなよ」
 マリアが含み笑いを浮かべた。
「あれはNGです」
「師匠が眼鏡を掛けてジィーッと見てたぞ」
「まあ……減るもんじゃないですけどねぇ……」
 今度はすんなりと検査場を通過するユタだった。
「旭川行きは……あっちですね」
 ゴロゴロとキャリーバックを転がして、出発ゲートに向かう。
 その途中で売店に立ち寄った。
 いわゆる空弁(そらべん、くうべん)と呼ばれるものである。
 駅弁と違うのは、実はそんなに弁当箱は大きくない。
 これは鉄道車内と比べて、飛行機内は持ち込み制限が厳しいからだ。
 座席の小さなテーブルの上に乗るくらい、それとおしぼりが付いていることが多いのも特徴。

[同日17:55.JAL557便機内 ユタ&マリア]

 2人が座った席は後ろの方の2人席。
 幸い欠航や大幅な遅延が発生しているというわけでもなく、飛行機は粛々と離陸準備をしていた。
 イリーナがどこで異変を感じたかは分からない。
 ただ、もしあの墜落機に乗っていたとしたら、少なくともこの離陸時点で異変は感じていなかったと言える。
 それもあの老紳士が関わっているのだろうか。

 5分遅れで飛行機は羽田空港を離陸した。
 飛行機に乗り慣れていないと、離陸時の重圧には手に汗握る。
 それでもしばらくしてシートベルト着用サインが消えると、ユタは膝の上に置いた空弁をテーブルを出してその上に置いた。
 マリアもそうする。
「最悪、これが最後の晩餐になるかも、だね」
 と、マリア。
「そんな……縁起でもないことを……」
「もうここまで来たら、肚を決めるしか無いよ?」
「折伏の肚決めより緊張しますね」
 マリアの言葉にユタはニヤッと笑った。
 そして羽田で買い求めた焼肉弁当に箸をつけたのだった。

 旭川空港到着予定時刻は19時30分。
 都内は曇だが、雲の上に出たこともあって、飛行機は夕日を浴びている。
 直射日光の席に座る乗客の中には、窓のブラインドを下ろす者もいた。
 旭川に着く頃にはもう真っ暗になっているだろう。
 しかも、機内モニタの情報によると、旭川の天候は悪いらしい。
 機内のアナウンスでは機長がその旨伝えて、
「今のところ、フライトに影響はございませんが……」
 とか言ってる。
 真冬だったら、乱気流に注意しなければならない。
「ユウタ。食べ終わったら、ちょっと聞いてほしい」
 マリアは深刻な顔をして、ユタの方を見た。
「えっ?」
コメント (4)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

“大魔道師の弟子” 「上京紀行」 2

2015-04-20 02:32:46 | ユタと愉快な仲間たちシリーズ
[4月19日12:15.天候:晴 JR松本駅 稲生ユウタ&マリアンナ・スカーレット]

 特急“スーパーあずさ”の時間まで、まだ時間があった。
 お昼を挟むのだが、改札の外には出ず、昼食はホームのソバ屋で取った。
「足りないようでしたら、駅弁もありますし……」
「いや、いいよ」
 0番線と1番線のホームは、更級そばである。
「エレーナさんが待ち構えていたのは意外でしたが、敵の方は何も仕掛けてきませんね」
「油断はダメだ。ややもすれば、飛行機を落とすくらいの勢いがあるから」
「まあ、そうですけどね」
 屋敷の中の書庫を探していたら、“魔の者”に対する資料があった。
 グロエロい話だが、魔道師の素質のある15歳~25歳の女性の子宮をえぐり出し、その血を啜ることで契約が成立するという。
 男性の場合は心臓をえぐり出すとされている。
(……処女とか非処女とか、妊娠の経験とかは不問なんだろうか……)
 ユタはそう思った。
 男性の場合は心臓だから、童貞・非童貞は関係無いだろう。
(年齢制限があるという時点で、何か嫌な予感が立ち込めている……)

[同日13:02.特急“スーパーあずさ”18号1号車内 ユタ&マリア]

 2人を乗せた列車は定刻通りに発車した。
 ここから新宿まで約2時間半の旅である。

〔「……終点、新宿には15時33分の到着です。電車は12両編成での運転です。【中略】次の停車駅は塩尻です」〕

「エレーナさんからもらったアイテム、指輪以外にどんなのが?」
「このグリーンハーブは体力を回復させるものだな。こっちの赤いのは、魔力を回復させるものだ」
「基本的なアイテムが多いですね」
「まあ……」
「何か、石炭みたいなものもありますよ?」
「これは“爆弾岩の破片”だね。モンスターの中に自爆を得意とする爆弾のような岩型のヤツがいて、そいつが自爆した後でも、破片はそこそこの威力があるんだそうだ」
「へえ……。どれくらいの威力なんですかね?」
「手榴弾くらいじゃない?」
「こんな掌サイズの石がですか!……これ、飛行機に持ち込めます?」
「ただの石だから、金属探知機には引っ掛からないと思うけど……」
「何だか心配ですね。まあ、手榴弾なだけに、グレネードガン(手榴弾を発射する銃)が無いだけマシか……」
「…………」
「…………」
 荷棚の上に置いたキャリーケース。
 その中に入っている人形形態のミカエラとクラリス。
 2体はユタの言葉に、ニヤリと笑っていた。

[同日13:33.同列車・2号車 ユタ]

 列車が茅野駅を発車する。

〔「……次は甲府です」〕

 甲府まで来れば、列車はだいたい行程の半分まで来ることになる。
 ユタはトイレに立った。
 連結器の踏み板を渡って、2号車へ入る。
 洋式トイレの方は塞がっていたが、男性用個室の方は空いていた。
 小用のユタは、空いている方で十分。
 個室内にある小型の洗面台で手を洗った後、誰もいないデッキに出た。
 と、同時に洋式トイレの個室からも、別の乗客が出て来た……。
「あっ!?」
 それは魔界の宿屋で会った老紳士だった。
 ユタの姿を見ると、ニヤッと笑う。
「フフフフ……。青年よ。マリアンナのエスコート、ご苦労さん。そして、よくぞ使用済み女優とわんころを撃退した」
「あ、あなたは一体……!?」
「だが、あくまで撃退しただけだ。ヤノフ城で歓迎の準備が進んでいるようじゃぞ」
「何だって!?」
「だが、もう逃げられん。大魔道師も、お前達の到着を待ちわびているからな」
「イリーナ先生が!?」
 老紳士はステッキを突きながら、2号車客室の方へ歩いて行く。
「ヨロヘー・バブヘー・ホーホケ・キョー・イーエー・アーエー・アール・ワー……」
「ちょ、ちょっと待って!」
 唖然としていたユタだったが、ふと我に返ると慌てて後を追った。
 だがそこには老紳士の姿は無く、
「ANP車内販売でございます。お弁当にお茶、冷たいお飲み物……」
 車内販売員が向こうから歩いてきた。
「消えた……?」

[同日13:45.同列車・1号車 ユタ&マリア]

 ユタが自分の座席に戻ると、マリアは座席にもたれて眠っていた。
 窓側に座る彼女だが、程良く差しこむ春の日差しに眠気を感じたのだろう。
 あの老紳士のことについて聞きたかったのだが、寝ているのではしょうがない。
 それに、魔界の宿屋で聞いた時も知らないようだった。
「すいません、ホットコーヒーください」
「ありがとうございます」
 先程の車内販売が回って来たので、ユタは眠気覚ましにコーヒーを買い求めた。
 老紳士の話ぶりでは現地に到着するまで大丈夫そうだが、それは油断させる為の罠かもしれない。
 一緒に寝てるわけにはいかなかった。
 ユタは紙コップに入ったコーヒーのプラスチックの蓋を開け、砂糖を入れた。
「おう、車販役のANPさんよ~。缶ビールと枝豆くれよ~。ヒック!」
「乗客A役のポテンヒットさん、ありがとうございます。今ならシェイクサービス付きですが、いかがでしょうか?」
「泡ばっか出てダメじゃんかよ、ああっ!?」

[同日15:33.JR新宿駅 ユタ&マリア]

〔「……本日もJR東日本をご利用頂きまして、ありがとうございました。終点、新宿に到着です」〕

 特急と並走する黄色い電車、すれ違うオレンジ色の電車が終点が近いことを教えてくれている。
 マリアは欠伸をしながら、
「何だか急に眠くなって寝込んでしまったけど、ちゃんと列車は走っていたみたいだな」
「それが鉄旅のいい所です」
 ユタは大きく頷いた。
「まあ、マリアさんが寝ている間、ちょっとあったんですけど……」
「え?なに?」
「もうすぐ降りるので、バス停に向かう間、話しましょう」
 ユタは荷棚から荷物を下ろした。
 既に列車はホームに入線している。

〔しんじゅく~、新宿~。本日もJR東日本をご利用くださいまして、ありがとうございました。お忘れ物の無いよう、ご注意ください〕

「何年も戻らないつもりだったのに、すぐ戻ってきちゃいましたねぇ……」
「まあ、事情が事情だからしょうがない。次はバスか?」
「ええ。新宿駅西口からリムジンバスが出ています。それで……」
 ユタはそう言って、まずは西口を目指した。

 その様子を柱の陰から覗き見る老紳士。
「汝、一切の望みを捨てよ、か……。くだらん」
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする