[4月1日10:00.埼玉県さいたま市西区 デイライト・コーポレーション埼玉研究所 井辺翔太、鏡音リン・レン、シンディ]
「お迎えに上がりました」
「!」
鏡音リンと鏡音レンの修理が終わり、引き取りに来た井辺。
本当は敷島が行くはずだったが、急用で来れなくなり、代わりに井辺が車で迎えに来た。
リンとレンは威圧感のある男(この姉弟にはそう見える)に警戒し、スキャンした。
「なにスキャンしてるの。プロデューサーはちゃんとした人間よ」
シンディが護衛役として付き添っているが、右手を腰にやりながら姉弟の反応に呆れた。
「リンに乱暴したヤツ!」
「えっ?」
レンが睨みつけたので、井辺は意外な顔をした。
「ちょっと。あれはリンが暴走したから、プロデューサーが捕まえただけのことでしょう。人聞きの悪いこと言わないの」
「でも……」
「すみません。もうすぐ出発の時間ですので……」
井辺は腕時計を見ながら言った。
「時間が圧してるんだから、早くついてきな」
2人の姉弟は井辺と距離を取りながら、しかし後ろからシンディの無言の圧力を受けながら、研究所の地下駐車場に向かった。
車は濃いスモークの貼られたミニバン。
リアシートに姉弟が座り、助手席にシンディが座る形だ。
研究所を出ると、待ち構えていた報道陣が一斉にフラッシュを焚いた。
恐らく週刊誌には、『鏡音リン・レン復活へ』とか書かれるだろう。
惜しむらくは、未だこの姉弟達を傷つけた犯人が捕まっていないことだ。
「まずは一旦、事務所に戻ります。その後、都内のホテルで復帰の記者会見を行いますので」
ハンドルを握りながら井辺がルームミラー越しに行った。
だが、まだ警戒心を解いていない姉弟は無言のまま。
「分かったら、『はい』は?」
シンディが後ろを振り向いて促した。
「……はい」
「……はい」
「この人は確かにメインじゃないけど、忙しい社長に代わって、あなた達のプロデューサー業務を行うこともあるんだからね。ちゃんと立場を弁えな」
シンディが言うが、どうも反応が悪い。
「返事!」
「……はい」
「……はい」
「プロデューサー、まだ電源自体再起動したばかりで、ソフトが上手く起動していないみたい。気を悪くしないでね」
「いえ、大丈夫です」
[同日12:00.東京都墨田区菊川 敷島エージェンシー 井辺他もろもろ]
「ただいまぁ!」
車の中では陰鬱で全く喋らない鏡音姉弟だったが、車を降りると、一転してコロッと明るい調子になった。
事務所の前でもマスコミが待ち構えていたが、笑顔で手を振るなど余裕である。
「リン、良かったね!」
「レン、もう大丈夫なのか?」
事務所の中では、他のボーカロイド達が歓喜で出迎えた。
「お疲れ様です。プロデューサーさん」
「お疲れ様です」
奥の部屋に行くと、結月ゆかりが笑顔で出迎えた。
氷の入った袋で、頭や体を冷やしている。
「レッスンは順調ですか?」
井辺が聞くと、
「はい!ミク先輩がダンスを教えてくれてますから!」
「そうですか。来週、ライブが始まります。それまで、ダンスを仕上げてください」
「はい!頑張ります!」
「あの、プロデューサー」
そこへLilyがやってきた。
「何ですか?」
「ミクさんのバックダンスを務めるのはいいんだけど……」
「ええ」
「これって私達、歌は歌えないよね?」
「コーラスの部分もありますから、そこは初音さんと合わせてください」
「そうじゃなくて、私達、ボーカロイドなんだから、本来は歌を歌うのが使命だから。その仕事はまだ無いの?」
「……企画検討中です」
「どこかで聞いたセリフだね」
Lilyは眉を潜めた。
「ライブのポスターに、私達は写ってないし……」
「まあ、バックダンサーは基本的に写らないでしょうね」
井辺は、さも当然であるかのように答えた。
「一応、ここに名前は載せてもらっています。社長とライブ主催者側に頼んで、何か了承を得ました」
「ははは(笑)!小さいですねぇ!」
未夢が笑いながら言った。
「でも、名前が載るだけでも嬉しいですよ」
「はい」
ボーカロイドとしての活動が初めての結月ゆかりと未夢は、そう思った。
だが、元々活動していたLilyは納得の行かない所があるようだ。
「ボーカロイドのトップアイドルである初音さんのライブに、バックダンサーとして出られるのです。これは滅多に無いチャンスですよ」
「そうですよね!」
「ライブではMCも入りますから、そこで初音さんにはあなた達の紹介をして頂こうと思っています」
「えっ?」
「初音さんの紹介ですから、大きく注目されると思います」
「おおー!」
「未夢さん、Lilyさん、頑張りましょうね!」
「はい!」
「……はい」
結月ゆかりと未夢はテンションが高かったが、Lilyは低かった。
「どうしました?」
「いえ、何でも……。ちょっと、充電してきます」
「あ、はい」
そこへ一海がやってきた。
「プロデューサーさん、お昼ご飯食べちゃってください。午後からリンちゃんとレン君の記者会見に立ち会うんですよね?」
一海が手作りのお握りを作り、お茶を入れて来た。
「あ、はい、そうです。ありがとうございます」
「社長はお仕事の他に、奥様の出産にも備えないと行けないですから大変ですよね」
「ええ。私が頑張らなければなりません。とても、世界一周旅行は先の話になりそうです」
「ルカさんが海外レコーディングに行ってたりしますから、ついていけば可能だと思いますよ」
「いえ。バックパッカー的な旅行がしたいのです」
井辺はそう言いながら、自分の机の上にお握りとお茶を置くと、ささやかな昼食を取り始めた。
「こら!バッテリーの無駄になるから、出発までおとなしくしときな!」
MEIKOに注意される鏡音リン・レン。
ボールを持って事務所の外に出ようとしていたらしい。
「MEIKO。あのコ達、アタシが見てるから、早く仕事に行きな」
と、シンディ。
「悪いね。じゃあ、グラビアの撮影に行ってくるから」
「行ってらっしゃい」
「グラビア撮影の仕事でしたら、シンディさんも勤まるでしょうに、実に残念です」
井辺が言うと、
「何度も言ってるけど、それは用途外だからムリなのよー」
用途外の事は一切やらない、できないところが、やはり人間ではないことを物語っていた。
「お迎えに上がりました」
「!」
鏡音リンと鏡音レンの修理が終わり、引き取りに来た井辺。
本当は敷島が行くはずだったが、急用で来れなくなり、代わりに井辺が車で迎えに来た。
リンとレンは威圧感のある男(この姉弟にはそう見える)に警戒し、スキャンした。
「なにスキャンしてるの。プロデューサーはちゃんとした人間よ」
シンディが護衛役として付き添っているが、右手を腰にやりながら姉弟の反応に呆れた。
「リンに乱暴したヤツ!」
「えっ?」
レンが睨みつけたので、井辺は意外な顔をした。
「ちょっと。あれはリンが暴走したから、プロデューサーが捕まえただけのことでしょう。人聞きの悪いこと言わないの」
「でも……」
「すみません。もうすぐ出発の時間ですので……」
井辺は腕時計を見ながら言った。
「時間が圧してるんだから、早くついてきな」
2人の姉弟は井辺と距離を取りながら、しかし後ろからシンディの無言の圧力を受けながら、研究所の地下駐車場に向かった。
車は濃いスモークの貼られたミニバン。
リアシートに姉弟が座り、助手席にシンディが座る形だ。
研究所を出ると、待ち構えていた報道陣が一斉にフラッシュを焚いた。
恐らく週刊誌には、『鏡音リン・レン復活へ』とか書かれるだろう。
惜しむらくは、未だこの姉弟達を傷つけた犯人が捕まっていないことだ。
「まずは一旦、事務所に戻ります。その後、都内のホテルで復帰の記者会見を行いますので」
ハンドルを握りながら井辺がルームミラー越しに行った。
だが、まだ警戒心を解いていない姉弟は無言のまま。
「分かったら、『はい』は?」
シンディが後ろを振り向いて促した。
「……はい」
「……はい」
「この人は確かにメインじゃないけど、忙しい社長に代わって、あなた達のプロデューサー業務を行うこともあるんだからね。ちゃんと立場を弁えな」
シンディが言うが、どうも反応が悪い。
「返事!」
「……はい」
「……はい」
「プロデューサー、まだ電源自体再起動したばかりで、ソフトが上手く起動していないみたい。気を悪くしないでね」
「いえ、大丈夫です」
[同日12:00.東京都墨田区菊川 敷島エージェンシー 井辺他もろもろ]
「ただいまぁ!」
車の中では陰鬱で全く喋らない鏡音姉弟だったが、車を降りると、一転してコロッと明るい調子になった。
事務所の前でもマスコミが待ち構えていたが、笑顔で手を振るなど余裕である。
「リン、良かったね!」
「レン、もう大丈夫なのか?」
事務所の中では、他のボーカロイド達が歓喜で出迎えた。
「お疲れ様です。プロデューサーさん」
「お疲れ様です」
奥の部屋に行くと、結月ゆかりが笑顔で出迎えた。
氷の入った袋で、頭や体を冷やしている。
「レッスンは順調ですか?」
井辺が聞くと、
「はい!ミク先輩がダンスを教えてくれてますから!」
「そうですか。来週、ライブが始まります。それまで、ダンスを仕上げてください」
「はい!頑張ります!」
「あの、プロデューサー」
そこへLilyがやってきた。
「何ですか?」
「ミクさんのバックダンスを務めるのはいいんだけど……」
「ええ」
「これって私達、歌は歌えないよね?」
「コーラスの部分もありますから、そこは初音さんと合わせてください」
「そうじゃなくて、私達、ボーカロイドなんだから、本来は歌を歌うのが使命だから。その仕事はまだ無いの?」
「……企画検討中です」
「どこかで聞いたセリフだね」
Lilyは眉を潜めた。
「ライブのポスターに、私達は写ってないし……」
「まあ、バックダンサーは基本的に写らないでしょうね」
井辺は、さも当然であるかのように答えた。
「一応、ここに名前は載せてもらっています。社長とライブ主催者側に頼んで、何か了承を得ました」
「ははは(笑)!小さいですねぇ!」
未夢が笑いながら言った。
「でも、名前が載るだけでも嬉しいですよ」
「はい」
ボーカロイドとしての活動が初めての結月ゆかりと未夢は、そう思った。
だが、元々活動していたLilyは納得の行かない所があるようだ。
「ボーカロイドのトップアイドルである初音さんのライブに、バックダンサーとして出られるのです。これは滅多に無いチャンスですよ」
「そうですよね!」
「ライブではMCも入りますから、そこで初音さんにはあなた達の紹介をして頂こうと思っています」
「えっ?」
「初音さんの紹介ですから、大きく注目されると思います」
「おおー!」
「未夢さん、Lilyさん、頑張りましょうね!」
「はい!」
「……はい」
結月ゆかりと未夢はテンションが高かったが、Lilyは低かった。
「どうしました?」
「いえ、何でも……。ちょっと、充電してきます」
「あ、はい」
そこへ一海がやってきた。
「プロデューサーさん、お昼ご飯食べちゃってください。午後からリンちゃんとレン君の記者会見に立ち会うんですよね?」
一海が手作りのお握りを作り、お茶を入れて来た。
「あ、はい、そうです。ありがとうございます」
「社長はお仕事の他に、奥様の出産にも備えないと行けないですから大変ですよね」
「ええ。私が頑張らなければなりません。とても、世界一周旅行は先の話になりそうです」
「ルカさんが海外レコーディングに行ってたりしますから、ついていけば可能だと思いますよ」
「いえ。バックパッカー的な旅行がしたいのです」
井辺はそう言いながら、自分の机の上にお握りとお茶を置くと、ささやかな昼食を取り始めた。
「こら!バッテリーの無駄になるから、出発までおとなしくしときな!」
MEIKOに注意される鏡音リン・レン。
ボールを持って事務所の外に出ようとしていたらしい。
「MEIKO。あのコ達、アタシが見てるから、早く仕事に行きな」
と、シンディ。
「悪いね。じゃあ、グラビアの撮影に行ってくるから」
「行ってらっしゃい」
「グラビア撮影の仕事でしたら、シンディさんも勤まるでしょうに、実に残念です」
井辺が言うと、
「何度も言ってるけど、それは用途外だからムリなのよー」
用途外の事は一切やらない、できないところが、やはり人間ではないことを物語っていた。