[現地時間2014年12月31日11:00.魔界アルカディア王国・王都アルカディアシティ 魔王城旧館]
魔王城内に警報が鳴り響く。
「バァル様だ!大魔王陛下が御帰還あそばされたぞ!」
「全員集合!」
城内にも未だ数多い大魔王シンパの兵士達が浮足立つ。
「静まれ!持ち場を離れるな!!」
それに対し、新政権派は何とか混乱を鎮めようと躍起である。
旧館最深部にある、魔界の最深部へ通じる道。
ルーシーが駆け付けると、そこには憔悴しながらも、大魔王のオーラを決して弱めない老翁の姿があった。
「バァル……大帝……」
バァルはルーシーを一瞥すると、
「ルーシーよ……。あの者を……あの者を捕えよ」
「あ、あの者?」
「魔道師ダンテ・アリギエーリとその弟子、イリーナ・レヴィア・ブリジッドを直ちに捕えよ!」
「ちょ、ちょっと待って!……待ってください!あの魔道師達は今、魔界にはいなくて……」
「人間界か?では人間界に我が軍を派兵せよ。滅亡させても構わん!」
「突入だ!覚悟しろ!大魔王!!」
そこへ突入するは、人間達で構成された新魔王軍。
「ルーシー、どいて!」
統率するは王国宰相(内閣総理大臣)の安倍春明。
現代の人間界と同様、ファンタジーを完全に無視した銃火器で武装した軍隊はバァルに一斉射撃した。
「ヤツを魔王城から一歩も出すな!王国と我々の故郷を守るんだ!!」
[同年月日12:00.埼玉県さいたま市中央区 ユタの家 稲生ユウタ、威吹邪甲、威波莞爾]
3人は家の大掃除をしていた。
もうお昼になったので、カンジが昼食を用意している。
シンプルにホットドッグだった。
といってもコッペパンに挟むキャベツは一から千切りし、ウィンナーと一緒にフライパンで炒めて、その後でオーブンで焼く本格的なものだった。
「何か、1年ってあっという間だったなぁ……」
「いや、全く」
ホットドッグに食らいつく威吹の口からは、鋭い犬歯が見え隠れした。
「そして今夜もまたカンジ君が、年越しソバを作ってくれるわけだね」
「お任せください」
カンジはポーカーフェイスを崩さぬまま大きく頷いた。
「元旦勤行は……あっ、そうか。僕、辞めちゃったんだっけ……」
「せっかくだ。もうこれでユタは自由なんだから、社参りでもしたらどうだい?」
「うーん……。今まで謗法厳戒の指導を受けてきたからねぇ……。なかなかそうもいかないんだよ」
「威吹先生のご活躍による、東伏見稲荷などは如何でしょうか?」
と、カンジ。
「何で威吹の活躍が関係あるの?」
「されば先生は封印前、青梅街道沿いにおかれまして、多くの人間達を震え上がらせたと伺います」
「ああ。まあ、人喰い妖狐だった時期は確かにあるが……。別にオレは神社を建立しろなんて一言も言ってないが?」
「京都の総本社が東京に分社を建立する際の参考になったそうです(※)」
※当作品内のみのフィクションです。
「そうなのか。単純な人間どもだ。オレは別に、神社があろうが無かろうが、流れに任せてるだけだよ。今はユタとの盟約締結の際、特約として、盟約中は一切の人間捕食を禁ずるというのがある。それを順守してるだけだ」
「さくらさんの時も?」
すると威吹は苦笑いした。
「あれは脅迫だな。おっかない女でね、盟約を結ぶ前から、人喰いをやめないと退治するって脅されたんだ。実際あいつは弓の名手で、ボクがあいつに立ち向かうまでの間、矢を3本も一気に放つほどだった」
「矢を一気に3本も!?そんなの聞いたことない!」
ユタは驚いた顔をしたが、よく見ると、威吹が苦笑いというか、照れ笑いにも取れる顔をしていたことから、別に悪い思い出ではないらしい。
悪い思い出どころか、初めて気に入った女性との出会いだったから、むしろいい思い出だったかも。
「そういう流派が当時はあったのかもしれない。で、この時代では廃れたか……。あいつの異能として、自分の霊力を矢に込めて放つというものがあった。だから、あの矢に刺されば、それだけで退治される恐ろしいモノだったよ」
「面白い話だね、それ」
「だからユタが魔道師達に目を付けられて、魔道師になることを誘われたのも分からないわけではない。ユタはボクが見る限り、さくらよりも霊力が上だ。だから、ボクの封印が解けたんだね」
「なるほど……」
その時、カンジのタブレットに着信のチャイムが鳴った。
「おっと。失礼しました。多分、異世界通信社からの速報です」
カンジはそう言って、テーブルの上に置かれたタブレットを取りに行った。
「……そのさくらさんが生きてるって、イリーナさんが言ってたよね?」
「五体満足でいられてるのか、はたまた魂だけが残っているという意味なのかは分からんが……もし、魔界を彷徨っていたり、どこかに閉じ込められているというのなら助けてやりたい」
「そして、『好きだ』って言うんだね?」
「え……?」
「だってこの前の忘年会で、『オレ、まだアイツに好きだって言ってない』って言ってたじゃない」
「……そんなこと言ったかい?……ちっ、飲み過ぎたか」
「いいよいいよ。僕もできることがあれば手伝うよ。霊力だけなら……まあ、あるみたいだし」
「ありがとう。かたじけない」
「せ、先生!大変です!」
いつになくカンジが血相を変えて戻って来た。
「何だ?どうした?」
「アルカディア王国で内戦勃発です!大魔王バァルが帰還してしまったと!」
「な、何だと……!?」
「この年の瀬に……って、イリーナさんの予言、当たっちゃったか……」
ユタは右手で頭を抱えた。
「ユタ、あの魔道師達に連絡取れるかい?魔界の内部で何が起ころうが知ったことではないが、人間界に影響があってはまずい」
「わ、分かった!」
ユタは急いでスマホを出した。
それでまずはマリアに連絡してみることにする。
「先生。恐らくそれは難しいかと」
「何でだ?」
「イリーナ師とその大師匠は大魔王を唆した罪で、指名手配を受けたもようです。仮に人間界にいようが、魔王軍を派兵して捜し出すと!」
「思いっきり人間界に影響があるってことか、それ!」
「……あ、もしもし?マリアさんですか?」
{「……その様子だと、もう知ってしまったようだね。魔界で大変なことが起きたってこと……」}
「そうなんです。実際どうなんですか?」
{「師匠方は身を隠した。エレーナの話では、まだ指名手配を食らっていないポーリン師にも魔の手が及ぶ恐れがあるということで、ついでに身を隠すそうだ」}
「マリアさん達は大丈夫なんですか?」
{「“通い弟子”の扱いだから、多分大丈夫」}
違和感のある言い方だが、要は師匠と1つ屋根の下で暮らしているわけではない弟子のことを、総じて『通い弟子』と呼ぶようである。
{「住み込みの弟子と違って、師匠と常に一緒にいるわけではないから、知らぬ存ぜぬで通せる」}
「そうですか」
{「ただ、全く影響が無いとは言い切れないから、私もしばらく隠れることにするよ。ユウタ君にも迷惑を掛けるわけにはいかないから、少しの間、連絡を控えるね。もう大丈夫だと分かったら、私から連絡するから」}
「は、はい……」
{「……じゃ、『良いお年を』」}
「良いお年を」
ユタは電話を切った。
「地獄界の方は、取りあえずキノの所は無事なんだろう?」
「そうですね。閻魔庁の直属部隊とキノの……」
妖狐達が話している間、ユタは窓の外を眺めた。
とても何かが起こるとは思えない大晦日の天気は晴れ。
冬の太陽が燦々と家の中に差し込んでいる。
テレビでは大晦日の特番をどのチャンネルでも流れている。
(大変なことが起きてるんだ……)
ユタは自分でそう言い聞かせた。
魔王城内に警報が鳴り響く。
「バァル様だ!大魔王陛下が御帰還あそばされたぞ!」
「全員集合!」
城内にも未だ数多い大魔王シンパの兵士達が浮足立つ。
「静まれ!持ち場を離れるな!!」
それに対し、新政権派は何とか混乱を鎮めようと躍起である。
旧館最深部にある、魔界の最深部へ通じる道。
ルーシーが駆け付けると、そこには憔悴しながらも、大魔王のオーラを決して弱めない老翁の姿があった。
「バァル……大帝……」
バァルはルーシーを一瞥すると、
「ルーシーよ……。あの者を……あの者を捕えよ」
「あ、あの者?」
「魔道師ダンテ・アリギエーリとその弟子、イリーナ・レヴィア・ブリジッドを直ちに捕えよ!」
「ちょ、ちょっと待って!……待ってください!あの魔道師達は今、魔界にはいなくて……」
「人間界か?では人間界に我が軍を派兵せよ。滅亡させても構わん!」
「突入だ!覚悟しろ!大魔王!!」
そこへ突入するは、人間達で構成された新魔王軍。
「ルーシー、どいて!」
統率するは王国宰相(内閣総理大臣)の安倍春明。
現代の人間界と同様、ファンタジーを完全に無視した銃火器で武装した軍隊はバァルに一斉射撃した。
「ヤツを魔王城から一歩も出すな!王国と我々の故郷を守るんだ!!」
[同年月日12:00.埼玉県さいたま市中央区 ユタの家 稲生ユウタ、威吹邪甲、威波莞爾]
3人は家の大掃除をしていた。
もうお昼になったので、カンジが昼食を用意している。
シンプルにホットドッグだった。
といってもコッペパンに挟むキャベツは一から千切りし、ウィンナーと一緒にフライパンで炒めて、その後でオーブンで焼く本格的なものだった。
「何か、1年ってあっという間だったなぁ……」
「いや、全く」
ホットドッグに食らいつく威吹の口からは、鋭い犬歯が見え隠れした。
「そして今夜もまたカンジ君が、年越しソバを作ってくれるわけだね」
「お任せください」
カンジはポーカーフェイスを崩さぬまま大きく頷いた。
「元旦勤行は……あっ、そうか。僕、辞めちゃったんだっけ……」
「せっかくだ。もうこれでユタは自由なんだから、社参りでもしたらどうだい?」
「うーん……。今まで謗法厳戒の指導を受けてきたからねぇ……。なかなかそうもいかないんだよ」
「威吹先生のご活躍による、東伏見稲荷などは如何でしょうか?」
と、カンジ。
「何で威吹の活躍が関係あるの?」
「されば先生は封印前、青梅街道沿いにおかれまして、多くの人間達を震え上がらせたと伺います」
「ああ。まあ、人喰い妖狐だった時期は確かにあるが……。別にオレは神社を建立しろなんて一言も言ってないが?」
「京都の総本社が東京に分社を建立する際の参考になったそうです(※)」
※当作品内のみのフィクションです。
「そうなのか。単純な人間どもだ。オレは別に、神社があろうが無かろうが、流れに任せてるだけだよ。今はユタとの盟約締結の際、特約として、盟約中は一切の人間捕食を禁ずるというのがある。それを順守してるだけだ」
「さくらさんの時も?」
すると威吹は苦笑いした。
「あれは脅迫だな。おっかない女でね、盟約を結ぶ前から、人喰いをやめないと退治するって脅されたんだ。実際あいつは弓の名手で、ボクがあいつに立ち向かうまでの間、矢を3本も一気に放つほどだった」
「矢を一気に3本も!?そんなの聞いたことない!」
ユタは驚いた顔をしたが、よく見ると、威吹が苦笑いというか、照れ笑いにも取れる顔をしていたことから、別に悪い思い出ではないらしい。
悪い思い出どころか、初めて気に入った女性との出会いだったから、むしろいい思い出だったかも。
「そういう流派が当時はあったのかもしれない。で、この時代では廃れたか……。あいつの異能として、自分の霊力を矢に込めて放つというものがあった。だから、あの矢に刺されば、それだけで退治される恐ろしいモノだったよ」
「面白い話だね、それ」
「だからユタが魔道師達に目を付けられて、魔道師になることを誘われたのも分からないわけではない。ユタはボクが見る限り、さくらよりも霊力が上だ。だから、ボクの封印が解けたんだね」
「なるほど……」
その時、カンジのタブレットに着信のチャイムが鳴った。
「おっと。失礼しました。多分、異世界通信社からの速報です」
カンジはそう言って、テーブルの上に置かれたタブレットを取りに行った。
「……そのさくらさんが生きてるって、イリーナさんが言ってたよね?」
「五体満足でいられてるのか、はたまた魂だけが残っているという意味なのかは分からんが……もし、魔界を彷徨っていたり、どこかに閉じ込められているというのなら助けてやりたい」
「そして、『好きだ』って言うんだね?」
「え……?」
「だってこの前の忘年会で、『オレ、まだアイツに好きだって言ってない』って言ってたじゃない」
「……そんなこと言ったかい?……ちっ、飲み過ぎたか」
「いいよいいよ。僕もできることがあれば手伝うよ。霊力だけなら……まあ、あるみたいだし」
「ありがとう。かたじけない」
「せ、先生!大変です!」
いつになくカンジが血相を変えて戻って来た。
「何だ?どうした?」
「アルカディア王国で内戦勃発です!大魔王バァルが帰還してしまったと!」
「な、何だと……!?」
「この年の瀬に……って、イリーナさんの予言、当たっちゃったか……」
ユタは右手で頭を抱えた。
「ユタ、あの魔道師達に連絡取れるかい?魔界の内部で何が起ころうが知ったことではないが、人間界に影響があってはまずい」
「わ、分かった!」
ユタは急いでスマホを出した。
それでまずはマリアに連絡してみることにする。
「先生。恐らくそれは難しいかと」
「何でだ?」
「イリーナ師とその大師匠は大魔王を唆した罪で、指名手配を受けたもようです。仮に人間界にいようが、魔王軍を派兵して捜し出すと!」
「思いっきり人間界に影響があるってことか、それ!」
「……あ、もしもし?マリアさんですか?」
{「……その様子だと、もう知ってしまったようだね。魔界で大変なことが起きたってこと……」}
「そうなんです。実際どうなんですか?」
{「師匠方は身を隠した。エレーナの話では、まだ指名手配を食らっていないポーリン師にも魔の手が及ぶ恐れがあるということで、ついでに身を隠すそうだ」}
「マリアさん達は大丈夫なんですか?」
{「“通い弟子”の扱いだから、多分大丈夫」}
違和感のある言い方だが、要は師匠と1つ屋根の下で暮らしているわけではない弟子のことを、総じて『通い弟子』と呼ぶようである。
{「住み込みの弟子と違って、師匠と常に一緒にいるわけではないから、知らぬ存ぜぬで通せる」}
「そうですか」
{「ただ、全く影響が無いとは言い切れないから、私もしばらく隠れることにするよ。ユウタ君にも迷惑を掛けるわけにはいかないから、少しの間、連絡を控えるね。もう大丈夫だと分かったら、私から連絡するから」}
「は、はい……」
{「……じゃ、『良いお年を』」}
「良いお年を」
ユタは電話を切った。
「地獄界の方は、取りあえずキノの所は無事なんだろう?」
「そうですね。閻魔庁の直属部隊とキノの……」
妖狐達が話している間、ユタは窓の外を眺めた。
とても何かが起こるとは思えない大晦日の天気は晴れ。
冬の太陽が燦々と家の中に差し込んでいる。
テレビでは大晦日の特番をどのチャンネルでも流れている。
(大変なことが起きてるんだ……)
ユタは自分でそう言い聞かせた。