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Kuni Takahashi Photo Blog

フォトグラファー高橋邦典
English: http://www.kunitakahashi.com/blog

イスラマバードより

2010-06-21 04:29:38 | アジア
月曜の夜にイスラマバードに到着してからずっとアサインメントの仕事に追われる毎日。ようやく昨日少し時間ができたので写真を20枚程新聞社に電送してから、友人から紹介されたドライバーを雇って午後の町に繰り出した。

イスラマバードは60年代に新首都としての都市計画によってつくられた新しい都市で、その町並みは整然として実にきれい。特に混沌を地でいくムンバイから来た僕にとっては、このイスラマバードの整然さはショックだった。しかし、渋滞もほとんどないし、きれいで住みやすいのは確かだが、反面退屈でもあり、写真的にも全然面白くない。そんなわけで、僕はドライバーに頼み隣町で旧首都でもあるラワルピンディへと連れて行ってもらった。ここは3年近く前、パキスタンの元首相ベーナズィール・ブットーが暗殺された場所でもある。

車を降りて、しばらく昔ながらの市場を散策し、これまでみたことのない片足相撲のような遊びをしていた子供達と時間を過ごして、道ばたで好物のチャイ(ミルクティー)を嗜む。。。たかだか数時間ではあったが、いいリフレッシュになった。ああ、それからひとつ面白かったのが、なんとアダルトムービーを上映している映画館を発見。このイスラム教の国で?と、僕はかなり驚いたが、ドライバーの言うことにはせいぜい抱擁とキスどまり。服を脱ぐことはない、という。やっぱりね。。。ここはパキスタン。しかし正直なところ、自分の眼で確かめたい気もするな。

(他の写真はこちら http://www.kunitakahashi.com/blog/2010/06/19/in-islamabad/ )

鉄は熱いうちに打て

2010-06-09 18:55:20 | アジア
ムンバイはここのところ雨続き。まだ本格的に雨期にははいっていないとはいわれているが、それでももう時間の問題だろう。

昨年の雨期は例年に比べて非常に雨が少なかったようで、そのため今年は極端な水不足が懸念されていた。実際に水不足を見越した市の給水制限もすでに昨年末からはじまっていたし、これはいいストーリーになるだろうと踏んだ僕は11月あたりからこの「ムンバイの水問題」についての写真をすこしずつ撮りはじめていた。しかしアフリカをはじめカシミールやネパールなど、水不足の一番ひどくなる3月から5月に他の仕事でムンバイの外に出ることが多くなり、気がついたらもうすでに乾期は終わっているではないか。

今年の雨期も雨不足という事態がないとはいえないが、いずれにしてもすでに雨が降り始めてしまった以上、これまで撮ってきた写真の使い道がほとんどなくなってしまった。発表すべき時期にだしそびれてしまったわけだ。そんなわけで、せめてこのブログとホームページには載せてしまおうと思った次第。

日本(だと思うけど)の諺に「鉄は熱いうちに打て」というのがあるが、写真記事にしてもまた然り。期を逃してしまえば使えなくなる。

(もっと写真をみる HTTP://WWW.KUNITAKAHASHI.COM/INDIA_WATER.HTML )


ダーバー・ボーイズ

2010-06-04 00:24:42 | アジア
ここ数日、ネパールのストリート・チルドレンの写真の整理で忙しい。

いつもカトマンドゥのダーバー広場のあたりにたむろしていたので、「ダーバー・ボーイズ」と僕が勝手に名付けたこの子供達、たかだか6日間を共にしただけだったが、妙に懐かしく感じられる。彼らにとっては、僕などただの通りすがりの外国人に過ぎないのだろうが、僕にとってはこの連中は特別な存在になったようだ。言葉ではうまく表現できないが、彼らと過ごしているうちに、撮る者と被写体という関係を超えて、なにかノリがあうというか、言葉も通じない彼らと共有する時間が妙に心地よくなっていったのだ。

被写体に対してこういった感情をもつことはそれほど多くはないのだが、彼らと早くまた会いたい、とわくわくしている。多分3ヶ月先あたりにまたカトマンドゥに戻る機会もあるだろう。できればこれからも何年という長い目で、彼らがどのように成長していくか、見守っていければなあと思う。

(他の写真はこちらへ http://www.kunitakahashi.com/blog/2010/06/03/darbur-boys/ )

最終局面での妥協

2010-05-30 01:14:53 | アジア
昨日は長い一日だった。

午前中一杯ストリートチルドレン達と過ごした後、国会議事堂に寄ってみる。制憲議会の任期失効が午前0時に迫っており、そろそろデモをおこなう人々が集まり始めているかと思ったからだ。ネパールの新憲法作成を期限内におこなえなかった制憲議会の延長を巡って、ここ数ヶ月のあいだ政党間の話し合いが続けられていたが、それもこの日が最後。国民注目の日だ。

野党第一党のマオイスト(共産党毛沢東派)は当初から首相の辞任を制憲議会の任期延長の条件としていたが、首相はそれに応じず、話し合いは硬直状態になっていた。もし深夜の期限までに合意がえられなければ、議会をなくした国家は政治的に大混乱に陥り、失望した国民による暴動も懸念されていた。

議事堂前に集まる人々の様子を一通り撮影した後、一旦ホテルに戻り写真を電送。そのあとまた急いで議事堂前にとんぼ返りする。

もし話し合いが合意に至るのならば、早いうちにしてもらいたいなあと思っていたのだが、現実はそううまくはいかない。結局深夜まで議事堂前にいることになった。政党は深夜0時前にようやく合意に達し、とりあえず混乱は避けられた。明確な月日は定められなかったが、とりあえず首相が辞任に同意したのだ。ネパールの友人たちが、政党はいつも最後のぎりぎりのところまでお互い妥協しない、といっていたが、彼らは正しかったようだ。

前日はニューヨーク・タイムスに写真が掲載されたので助かったが、昨日は長い一日だったにも関わらず売り上げなし。

フリーランスの厳しいところだ。。。

(写真:首相の人形を焼き、彼の辞任を求める若者たち)

雨乞いの祭り

2010-05-28 10:54:06 | アジア
新憲法の制定期限の延長を巡っての政党間の話し合いは前向きに進まず、なかなか結論が出ない状況が続いている。国民からの大きな反発を避けるために、恐らく制定期限である今日の深夜までには譲歩がでるとは思っているのだが。

政治状況を注視するかたわら、ストリート・チルドレンの撮影を続ける毎日だが、昨日は午前4時に早起きして地元の祭りを撮ってきた。

ラト・マチェンドラナートとよばれる、雨を司る神を祭るもので、仏教徒の間ではこの神はロクシュワールとよばれ、「哀れみの神」でもあるという。高さ30-40メートルはあろうか、大きな山車をかけ声と共に女性たちだけの手によって引っ張っていく。エネルギッシュな祭りだ。

日本にも山車や神輿を使う祭り事は数多いし、全然厳格ではないけれど、神道兼仏教徒の端くれである僕にとっても、なにか親しみのもてる行事であった。もみくちゃになって撮影は大変だったけれど、それでもいい息抜きにはなった。

(他の写真はこちら http://www.kunitakahashi.com/blog)

カトマンドゥのストリート・チルドレン

2010-05-25 13:17:00 | アジア
ネパールの新憲法制定の期限が金曜日に迫っている。

議会が期日までに制定することができなければ、首相は市民の暴動の可能性を考え戒厳令をしく可能性があると伝えられていたし、長年政府を相手に武力闘争をおこなってきた末、4年前に停戦協定を結び、後の選挙で多数議席を獲得したマオイスト(共産主義・毛沢東派)たちは今週大規模なデモを予定していた。

何か一波乱ありそうな予感がして昨日カトマンドゥに飛んできたのだが、こちらに着いたとたんに風向きが変わってきてしまった。各政党が連日話し合いを続けるなか、マオイストも姿勢を軟化させ、期限の延長をみとめる方向に向かっているようだ。デモもキャンセルになって、町は平穏を保っている。

ネパールの人々にとっては平和的解決にむかう良い兆しだが、ニュースを撮りにきた僕にとっては裏目にでてしまった。

しかし払った飛行機代を無駄にしてムンバイにとんぼ返りする気にもなれないので、ストリート・チルドレンを追ってみることにした。実は1月にカトマンドゥに来た時に、少しばかり彼らを撮る機会があったので、今回時間があればもっと掘り下げてみたいとは思っていたのだ。

まだ昨日数時間彼らと過ごしただけなのでよくはわからないが、これまで接したことのあるアフリカ諸国でのストリート・チルドレンに比べれば、ここの子供達は少しばかり温和な気がする。常に非常に腹をすかせているようで、金よりも、「飯をくれ!」と言われることの方が多い。

ニュースもないようだし、これから数日間彼らを向き合ってみることにしよう。

Work like a coolie, Live like a prince

2010-05-18 02:49:48 | アジア
カシミール地方で4日間の仕事を終えて、今日の午後デリーにやってきた。気温が10度そこそこだったスリナガールから40度以上のデリーへ。たった1時間半ほどのフライトなのに、なんという差!昨晩はホテルの部屋が寒くて電気毛布にくるまって寝ていたのだが、ここデリーでは水着一枚で歩きたくなるほどの熱風に晒されている。

写真の男達は、カシミール北部、インドが建設中の発電所の工事現場で働く2人。彼らはトラックの荷台に岩を砕いた石をもくもくと積みあげていたのだが、僕の眼を引いたのはトラックの横に書かれた文字だった。「Work like a coolie, Live like a prince (苦力の如く働き、皇子のように暮らせ)」

確かに彼らは苦力のように働いていたが、英語の通じない彼らには、果たして彼らが皇子のように優雅に暮らしているかは、尋ねる由もなかった

ヒマラヤの雪景色

2010-03-16 18:51:42 | アジア
撮影のため北部カシミール地方の山奥グルマーグで1日を過ごしてきた。

州都のシュリナガールを訪れたことはあるが、グルマーグまで足を伸ばしたのは初めて。ヒマラヤ山脈に抱かれたこの町は、スキー場としても人気の高いリゾート地だ。

今回の仕事はニュース関係ではなくて、この冬山で救急隊員として働くアメリカ人のポートレート撮影。某雑誌の表紙用だ。ティムという名のユタ州出身のこの男とは、会ったときからなんだか気があった。こういうときは撮影も楽になる。

景色のいいところを背景にということで、ロープウェイで到達できる一番高い位置まで登る。ここのロープウェイの終点は3979.50メートルで、世界一標高が高いらしい。停車場で降りると、そこはもう別世界。雪に覆われた山の頂はまさに息を呑むような眺めだ。スキーをしない僕はこういう場所を訪れる機会が滅多にないので、それは特に新鮮に感じられるのだろう。

ロープウェイの営業時間が終了し、一般客がいなくなるとあたりは静けさにつつまれた。

人や車はおろか、木々のざわめきや鳥の声さえも聞こえない、完全なる静寂である。こんな経験をしたのは何年ぶりだろうか、いや、ひょっとすると人生初めてかも。。。24時間ひっきりなしに車や人、おまけに鳩やカラスの喧噪に晒されているムンバイでの生活からはとても想像の及ばない環境だ。

撮影のため陽光がいい角度になるまでの待ち時間を含め、2時間ほど頂上付近で過ごしたあと帰路につくが、すでにロープウェイは終了している。スキーのできない僕は、救助用そりに乗ってティムに引っ張ってもらい下降することになったのだが、これがまた痛快な経験だった。

そりをつないで相当な急斜面を滑っていくので、引っ張るほうはかなりのテクニックが必要とされるだろう。さすが救助隊員、などと感心しながら余興もかねてビデオをまわしていたが、少しスピードがでてくると、雪の固まりがえらい勢いで吹き飛んでくるようになった。眼もあけられなくなるうえ、体中が雪で覆われ真っ白に。。。さらに背面に溜まった雪が溶け出して、濡れた尻が凍えるほどに冷えきってきた。

30分ほどかかったろうか、やっとの思いで宿泊するロッジそばまで辿り着いたころには靴もズボンもぐっしょり。それでもこの貴重な体験を楽しませてもらった。

ジャーナリスティックな意味合いはないけれど、こういう撮影ならたまには悪くはないな、と思わせてくれるひと仕事だった。

最貧州ビハール

2010-03-08 00:56:02 | アジア
昨日ビハール州での取材から戻ってきた。

3日間と時間が短かったので一部しかみることはできなかったが、このインド最貧州の片鱗には触れることができたと思う。

州都のパトナは他の都市とそれほど変わらないが、一旦町を離れると電気もほとんど通っていない。訪れた田舎部から、日没後道路にも家にも灯のない闇の中を車のヘッドランプだけをたよりに戻ってきたこともあった。

この貧しいビハール州が、近年国内で2番目の経済成長を遂げている。

これまで小さな建物ひとつしかなかった村の公立学校にも校舎が増設され、教師の数も2倍以上になった。道路も整備されて交通時間も大幅に短縮。さらにパトナでは大規模なメトロ鉄道の建設も進んでいる。そして何よりも、以前はギャング団がはびこり、強盗や恐喝などとても安全とはいえなかったこの州の治安が著しく改善されたことは、誰もが口にする大きな変化だ。

これらの成果は、2005年の就任以来、汚職やギャングを摘発し、経済発展に力を注いだ州知事のクーマ氏の手腕に依るところが大きい。しかし、この経済成長が長続きするという保証はない。今年10月におこなわれる州選挙の結果次第では、治安、経済とも急転換してしまう恐れもあるといわれている。

汚職、腐敗に手を染め、ビハール州を「暗黒の時代」に貶めた前知事のプラサド氏がじわじわと巻き返しにかかっているといわれるからだ。

普通に考えれば、州の順調な発展を導いているクーマ氏を続投させるのが一般市民の利益に繋がると思うのだが、そう単純にいかないのが複雑なインドの政治。カーストや経済的な階層もさまざまで、市民といってもとても一括りになどできないし、それぞれの思惑も絡まるなか、プラサド氏を支持する人々も少なくはないらしい。

市民は果たしてどんな選択をするのか。。。ビハール州を垣間みることができたおかげで、10月の選挙に興味が沸いてきた。

(写真:近年建てられた携帯電話塔の前で遊ぶ子供達。経済成長に伴い、ビハール州では携帯電話の通話時間伸び率が国内最大になった)





ホーリ

2010-03-02 23:30:23 | アジア
先週末から月曜にかけて、またヒンドゥー教のフェスティバルを撮ってきた。しかしこの国は宗教がらみの行事が実に多い。数えてみた訳ではないが、恐らく毎週一度かそれ以上はどこかの町で祭り事がおこなわれているんじゃないだろうか。

ホーリというこの祭典は、別名「フェスティバル・オブ・カラー」。その名の如く色彩華やかな行事だが、春の始まりを告げる日でもある。

期待して町へ繰り出したのだが、結局ろくな写真も撮れず、散々な眼にあった。

この日は染料を溶かした液体をみなお互いの顔や身体にかけあうので気をつけろ、とカメラマン仲間から忠告されていたのだが、最初に撮りだした場所でいきなり頭からそれをぶっかけられた。それも背後からだったのでよける術もない。

服は汚れてもいいのを着ていたし、カメラも防水カバーをかけていたので特に問題はなかったのだが、顔と頭にべっとりとついた赤と緑の染料が石けんで洗ってもなかなか落ちない。この後も行く先々でべたべたと顔に塗りたくられ、もう最後はどうでもいいやとなげやりになっていたのだが、それよりも悔やまれるのは「レイン・ダンス」が撮れなかったことだ。

通常なら色のついた水をホースやバケツでまき散らし、それを浴びながら踊るこの「レイン・ダンス」が慣習なのだが、なんといっても今年のムンバイは水不足。水の無駄使いをしないように、との当局からのお達しを皆守っていたようで、市内ではこれを撮ることができなかった。色彩派手なレイン・ダンスは鮮やかな写真になるので楽しみにしていたんだけどなあ。ちなみに他の州では結構おこなわれていたようだ。

しかしホーリに参加(?)して、長年の疑問が一つ解けたのは収穫だった。

もう18年ほど前になるが、初めて南アフリカを訪れたときのことだ。インド人の多いダーバンで、僕は大晦日を過ごしていた。新年のお祝いを撮ろうと夜の海辺をぶらついていたのだが、午前0時、年が明けると同時に、「ハッピー・ニューイヤー!!」と叫びながらインド人の若者達がみな黒い靴墨をお互いを顔に塗り始めたのだ。否応なく僕の頬にもべったりと黒い墨が塗りたくられたのだが、しかしその後アメリカに戻り、知り合ったインド人たちにこの話をするたびに帰ってくる答えはいつも同じ。
「そんな風習は知らないなあ。。。」

それが昨日染料を顔に塗られたことで昔の記憶が蘇り、合点がいった。

そういえばみな「ハッピー・ホーリー!」と叫びながら色を塗り合っていたし、南アの靴墨もきっとこれに根付いた習慣なのに違いない。南アでは染料が簡単に手に入らないのかどうかは定かでないが、このアフリカの地に移住したインド人たちはホーリを新年に、そして染料を靴墨に代えて彼らの文化を引き継いでいったのだろう。

最近行事などの「軽い」撮影が続いたので、また水不足と環境問題のプロジェクトに戻らないとな、と思っていたら、例の如く急な仕事がはいって明日から東部のビハール州へ行くことに。ここはインドの最貧州のひとつなので以前から訪れてみたかった場所だ。何が撮れるか楽しみ。











キャンプのサドゥーたち

2010-02-16 02:11:40 | アジア
ハリドゥワから帰ってきたと思ったら、その夜の爆弾テロのおかげでプネに行く羽目に。片道車で3時間の道中を含めて一日撮影してきたが、すでに事件の翌日ということもあってろくな写真は撮れなかった。ようやく今日から腰を落ち着けてクンブ・メラの写真整理にとりかかる。

今回は先月にはほとんど姿のみえなかったサドゥーたちを中心に撮ってきたが、ただの数日間とはいえこの「仙人」の如き存在に接しているうちに、ひとつの疑問が浮かんできた。

ガンジス川周辺につくられたサドゥー・キャンプに集まっていた何千という数のサドゥーのうち、一体「本物」はどれほどいるのだろうか?

キャンプで生活する彼らの多くは、1、2枚ならともかく、何分か腰を据えて写真を撮っていると金を要求してくるし、日中することといえば、もくもくと煙を吹き出しながら大麻を吸うか、ごろりと横たわっているくらい。悟りをひらくために修行を積んでいるはずなのだが、短期で気性が荒い輩も少なくない。それでも多くの一般人たちが彼らの神聖さを信じ、教えを乞いにやってくる。

インド人の友人曰く、「本物のサドゥーは、金など要求しないし、写真をやすやすと撮らせるようなところにはでてこないよ」

ということは、僕の接したサドゥーたちの多くは擬い者ということか。。。

しかし、こんなことを考えること自体意味のないことかもしれない。大体サドゥーというもの明確な定義など僕は知らないし、こちらが勝手に聖人とか仙人とか解釈しているだけで、実際のところこういう俗っぽい連中もひっくるめてサドゥーの社会(?)は成り立っているのかなとも思う。

サドゥーに限らず、インドという国は「曖昧」なことが多い。物事がきっちりと決められている日本とは対照的だ。悪く言えば「テキトー」、良く言えば「懐が広い」といったところか。。。

そういえば、キャンプに掲げてあったポスターでみかけたが、日本人の女性サドゥーも来ているようだった。今回会うことはなかったが、いつか機会があったらどういうわけでサドゥーになったか尋ねてみたいものだ。







ネパール(2)

2010-02-03 20:43:35 | アジア
2日ほど前にネパールから戻ってきた。また来週からクンブ・メラを撮りにハリドゥワに出かける予定なので、今週は写真の整理と原稿書きにおわれている。
http://blog.goo.ne.jp/kuniphoto/e/e1c9620eb3968533f0febd5a7cd0f49a

これまでネパールのことはほとんど知らなかったので、記事を書きながらいろいろと勉強しているが、この国はこれから注目していくに値するだろうと思う。この5年という短いあいだにマオイストとの内戦終結、王制から絶対君主制、そして連邦民主共和制へと劇的な変化を遂げてきた。地理的にも急速に経済大国としての道を歩むインドと中国に挟まれ、両国との政治的な駆け引きもなかなか面白い。

滞在最後の数日間でストリート・チルドレンやインドからの出稼ぎ労働者の問題を少しばかり撮影してきたが、アジア最貧国のひとつとして、社会問題も山積みだ。

5月終わりに新憲法制定の期限がやってくるが、ひょっとしたら一波乱あるかもしれない。地元のカメラマン達数人や、通訳も兼ねられるタクシー運ちゃんともいい友人関係になれたことだし、そのときにまたカトマンドゥー戻って取材できたらと思っている。

(写真:カトマンズ郊外、インド人キャンプの子供達)


ネパール

2010-01-26 23:57:44 | アジア
一週間ほど前からニューヨーク・タイムスの仕事でネパールに来ている。

撮影時間が長いうえに、やたら停電が多く(首都のカトマンズでは1日10時間くらい停電しているようだ)ネット環境が悪いのでほとんどプログなど更新する暇がない。メールのチェックも最低限しかできないのだが、今日アメリカの友人からすでに写真が掲載されたと連絡をもらった。

http://www.nytimes.com/2010/01/26/world/asia/26nepal.html?ref=world

タイムスからのアサインメントは4日ほどで終わったので、その後自分で他の取材をするために10日間ほど滞在を延ばしている。ネパールは初めてだしなかなか面白い町だなとは思うが、宗教や生活様式など、かなりインドと似た部分があるので、期待していたよりはやや新鮮味には欠けていたかな。

また近いうち取材内容について報告できる機会があると思う。

クンブ・メラ

2010-01-17 23:10:53 | アジア
ヒンドゥー教の大行事であるクンブ・メラの撮影のために、インド北部にあるハリドゥワという町で6日間を過ごしたあと、昨夜ムンバイに戻ってきた。

滞在中、ハイチが大地震で大変なことになってしまったので行きたいのはやまやまだったが、さすがにインドからでは遠すぎるし金がかかりすぎる。米国から既にフォトグラファー達がごっそり現地入りしているし、今回は彼らに場を譲るしかないなとあきらめ、ハリドゥワでの撮影を続けてきた。

クンブ・メラとは、12年に一度、インドの四つの聖地もちまわりでおこなわれるインドゥー教の祭典で、この時期に聖なるガンジス川で沐浴をすればこれまで犯した罪を洗い清められると信じられており、3ヶ月の期間中に百万から千万の単位の人々が訪れる世界でも最大規模の宗教行事だ。

予想が外れたのは、サドゥーたちの沐浴がみられなかったこと。サドゥーというのは、聖人というか仙人というか、はたまた世捨て人とでもいうか、家ももたず真理をもとめ放浪を続ける、インドの旅行記などでは必ずといっていいほど写真にでてくる、あのとぐろを巻いたような長髪と長いヒゲの男達のことだ。

今回はクンブの沐浴初め、といったもので一般大衆が対象。サドゥーの姿は数えるほどしか見当たらなかった。彼らが大挙してガンジスに沐浴するのは2月12日のロイヤル・バスということだ。きちんと下調べせずに、友人の話しを鵜呑みにしていったのがあさはかだったが、現地に相当数来ていたカメラマンたちと話をしてみると、実はみな同じ誤解をしていたのだった。

いずれにしてもクンブ・メラを初めて見る僕にとっては新鮮な体験だったし、写真もかなり気に入ったものが撮れたので、いい経験になった。もし他の仕事が入っていなければ、サドゥー達の撮影のために来月また戻ろうと思っている。この土地やガートの撮影の勝手も心得たので、次回戻ってくるときはもう余計な気をまわさずに済む。

しかしこういう行事を見るたびに思うのは、インドでは現在でも宗教が日常に密着しているということだ。日本では宗教がらみで多くの人々が足を運ぶのはせいぜい初詣くらいになってしまったが、こちらでは毎月のようにどこかの州で祭りや行事がおこなわれている。ムンバイなどの都市では高層ビルが次々と建てられ生活も物質主義的になりつつあるが、反面こういった精神面での伝統も固持されている、懐の深い国なのだ。