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Kuni Takahashi Photo Blog

フォトグラファー高橋邦典
English: http://www.kunitakahashi.com/blog

闘う仏教

2010-10-19 23:44:00 | アジア
1956年10月14日。この日は反カースト運動の指導者、アンベードカル博士が仏教に改宗した日だ。インド憲法の草案作成者でもある彼は、カースト制により虐げられた下層貧民たちの人権復権のため、彼の支持者38万人と共にインド中部のナグプールで改宗した。毎年この週には、この集団改宗を記念し、何十万もの仏教徒たちがこの地に集まる。

改宗記念行事の撮影のため、先週ナグプールを訪れた。とはいえ、当初は行くつもりではなかったのだが、イタリア人ビデオグラファーである友人のディーノに誘われたのがきっかけだった。

正直なところ、行事自体は思っていた程華やかなものではなかった。訪れる人々は、アンベードカル博士の亡骸の安置されているディキシャブーミ仏塔にお参りし、あとは特に何をするわけでもない。ヒンドゥー教のお祭りのように、歌や踊りがあるわけでもないので、動きのあるドラマティックな写真などほとんど撮れない。

結局満足のいくような写真は撮れなかったのだが、それは別にしてこの行事の取材からいくつかのことを学べたことは儲けものだった。

恥ずかしながらこれまでアンベードカル博士のことはほとんど知らなかったのだが、彼のことやインド仏教の歴史について幾ばくかでも認識が深めることができた。博士の銅像は町の多くの場所に建てられ、行事の最終日には30万人を超す人々が改宗広場に集まった。改宗から50年以上経つ今でも、彼の人気は絶大だ。

もう一つの収穫は、佐々井秀嶺師に会えたことだ。

彼は1967年にインドに渡って以来、アンベードカル博士の意志を継ぎ、インドの下層貧民たちの救済、仏教への改宗に尽力してきた僧侶。ブッダガヤーの大菩薩寺の管理権をヒンドゥー教徒から仏教徒の手に奪還するために闘争も続けており、インド仏教界ではすでに第一人者となっている。

20分程の短い間であったが、勝手に押し掛けた僕に嫌な顔をするわけでもなく、快く話しをしてくださった。「急速な経済成長を遂げるインドだが、下層貧民たちがその恩恵にあずかることはない。彼らが人として人間らしく生きられるための『人間の解放』がわたしの目標」という佐々井師の言葉は、まさに「闘う仏教」を実践する彼の口から出るからこそ強い説得力をもっている。彼との出会いは、僕にとってはこの先少なからず意味をもつものになるだろう。

僕らはフォトグラファーとして、当然のことながら撮影が目的で現場にでかける。しかし写真そのものより、予期せずに出会った人々や付随的な事象から学んだり、心を動かされることが時々ある。

今回はそんな取材のひとつだった。

(佐々井師については数日前にご自身による著書が発売されたので、興味のある方は読まれることをお勧めする。「必生 闘う仏教」集英社新書

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取り残された漁師たち

2010-10-10 16:19:21 | アジア
先週のスリランカ滞在中、半日程フリーの時間があったので、首都コロンボの北40キロほどのところにあるネゴンボの魚浜を訪れた。

激しいにわか雨と青空が交互に混ざる空の下、ちょうど早朝の漁から戻ってきた漁師たちは、捕らえた魚を網からはずす作業で忙しくしている。浜に隣接する市場は人でごった返していたが、さすが捕りたてで新鮮な魚ばかりを扱っているせいで、その空気は全然生臭くない。

昨年5月、タミル人の分離・独立を求めて戦っていたタミル・タイガーを政府軍が制圧し、25年以上つづいた内戦が終結した。平和が戻ったことで、政府は経済復興に力を注ぐことが可能になり、その成果も出始めている。島国であるこの国の重要な産業でもある漁業もその復興例に漏れないが、必ずしもすべての漁師たちの生活が順調にいっているというわけではない。

市場で出会った漁師の一人は、政府の援助のほとんどは大会社にいってしまって、ここにいるような個人の小規模な漁師にはほとんどまわってこない、とこぼしていた。

「昨日も一昨日も漁にでられなかった。。。」別の浜で会ったレスリーという名の漁師は、小さな帆船しか持っていないので、荒波のためにここ数日沖にでることができない、と嘆く。あまりに切羽詰まっているようで、小銭を恵んでくれ、と懇願してきた。相当腹をすかしているようだった。

ニューヨーク・タイムズ紙が今年、31の観光地中スリランカをトップに挙げたように、観光をはじめこの国の産業はこれから大きく飛躍する可能性を秘めている。

レスリーのような一介の漁師たちにも、近い将来その恩恵がもたらされることを願うばかりだ。

(もっと写真をみる:http://www.kunitakahashi.com/blog/2010/10/10/left-behind/ )




聖地を巡る争い

2010-10-02 02:50:13 | アジア
60年という長い間、ヒンドゥー教徒とイスラム教徒とのあいだでその法的所有権を争われていたウッタル・プラデーッシュ、アヨディアの聖地。

両者から待ち望まれていたこの所有権に対する判決が、昨日高等裁判所によって下された。

1992年、歴史上もともとヒンドゥー寺院があったと主張するヒンドゥー至上主義者たちが、当地にあったイスラムのバブリ・モスクを破壊したのを発端に、インド各地で抗争が勃発。数千人の死者をだした。そんな経緯もあったため、今回も判決後の抗争再燃が懸念されており、アヨディアをはじめ、デリーやムンバイなどインド全域が警戒体勢に入っていた。

さて、肝心の判決は、聖地の3分の2をヒンドゥーが、残りをムスリムが管轄すべし、というもの。

両サイドの弁護団や至上主義者たちは、この判決は「中途半端」だと不満を表し、最高裁への控訴の意向を示しているが、大方の国民は「まあ妥当な判断」と考えているようだ。

しかし判決がでるまでにはすでに長い年月が経っているし、実際のところ多くの国民、特に若者たちにとってはそれほど大きな関心ごとでもない、というのが本音ではないだろうか。

「騒いでいるのは政治家たちとメディアばかりだ」

現地で知り合ったカメラマンの一人がこんなことを言っていたが、なかなか的をついていた見方だと思う。

やはり国民の多くは大して気にかけてはいなかったか、それともこの「中途半端」な判決が功を奏したか、はたまたインド国民たちの社会的成熟度が高まったてきたのか、いずれにせよ判決後に憂慮されていた暴動もいまのところおこる様子もなく、僕は少々肩すかしを食らった感じでこの聖地を後にしたのだった。

(写真:判決のニュースをみるヒンドゥー教のサドゥーたち)
(もっと写真をみる:http://www.kunitakahashi.com/blog/2010/10/01/disputed-holy-site/ )
(このトピックの記事とスライドショーがニューヨークタイムスに掲載されました。http://www.nytimes.com/2010/10/01/world/asia/01india.html?_r=1 )

インド北部の大洪水

2010-09-30 04:11:46 | アジア
先週、インド北部で2百万人近くに被害が及ぶほどの大規模な洪水が発生した。

パキスタンの洪水も日本に行っていたため逃したし、今回は是非ともと思っていたのだが、ちょうど同じ時期に打診のはいった国外での仕事のために、その最終決定がでるまでムンバイで待機しなくてはならなくなった。しかし、イライラしながら数日を過ごしたあげく、なんとその仕事がキャンセルに。。。ようやく月曜日に被害の大きかったウッタル・プラデーッシュ州に向けて飛ぶことができたのだが、さすがに出遅れたのは否めない。

心配していたとおり、やはり現場に着くのが少し遅すぎた。

ラクナウの空港から延々8時間かけて被災地に着いたはいいものの、水はすでにほとんどひいてしまっており、洪水の様子などろくに撮ることができなかった。氾濫した川に家を流されてしまった人々がまだ道路上でテントを建てて生活していたので、彼らのポートレートを撮るのがやっと。

洪水の取材なのに、水の写真がない。。。

多くの場合、災害後の取材でもそれなりにインパクトのあるストーリーがあるものだが、今回はそれも見つけられなかった。

飛行機代に車代、そして雇った通訳代と結構な出費だったけれど、被災を伝えるのに十分な写真は撮れなかったなあ。もちろん大赤字。まあ出遅れた僕自身の責任なんだけどね。。。

(もっと写真をみる:http://www.kunitakahashi.com/blog/2010/09/30/floods-in-northern-india/ )


ガンパティ祭り最終日

2010-09-23 20:08:20 | アジア
ようやく終わった。

ガンパティ祭りの最終日となった昨日、ムンバイ中の巨大なガネーシャ像がアラビア海へと流された。

水に浸かっての撮影中、予期せぬことになんと自分も水底へと沈んでしまった。勿論、水中撮影を試みたわけではない、アクシデントだ。

このブログにも書いてきたように、祭りの期間中大小さまざまなガネーシャ像が水に沈められるが、最終日ともなると、これまで沈められた像があちこちに水底に堆積しているという状況になる。気をつけてはいたのだが、そのひとつにつまづいてバランスを崩してしまった。肩から海に落ちながら、脳裏を横切るのはただカメラのこと。。。なんとかカメラだけでも水面上にキープしようと、握った右手を思い切り突き上げる。頭まで水に浸かり、海水を味わいはじめたとき、近くにいた誰かが僕の手からカメラをとりあげてくれた。幾ばくかの水滴は被ったものの、機械のダメージは受けずに済んだ。(少なくとも翌日の今でもカメラは正常に作動している)

助かった。。。

祭りの期間中、毎日撮っていたわけではないが、なかなか結構骨の折れる撮影だった。祭り自体は、エネルギーに満ちあふれ、何といっても写真栄えするのがいい。僕のもっとも好きな祭りのひとつになったといえる。

それでも、とりあえず今は祭りが終わってほっとしているというのが正直なところだ。

(もっと写真を見る: http://www.kunitakahashi.com/blog/2010/09/23/ganpati-festival-final-day/ )

ガンバティ祭り 第五・六日目

2010-09-20 13:42:20 | アジア
ガンパティ祭りも半ばを過ぎ、さらに多くの人たちが通りや海辺にでてくるにつれて町はいよいよ熱気をおびてきた。僕は海辺に近いローカルなマラティのコミュニティーに住んでいるので、無茶苦茶大音量のドラムの音や爆竹がけたたましく深夜まで鳴り響いている。

ヒンドゥー教の信者たちは祭りの期間中、定められた日にガネーシャ像を水に沈める。これはビサルジャンとよばれ、ガネーシャが信者の現世での苦難を取り除いたあと然るべき場所へ帰っていくことを象徴するものだ。

形あるもの永遠ではない、という法則を体現するものでもあり、ガネーシャを水に沈め溶かすことで、形がかわってもそこに宿る真理は変わらない、ということを意味している。さらにビサルジャンは「ものに執着しない」という教えも暗に含んでいるという。

実はガネーシャを海や湖に沈めることが環境問題に関わってくるのだが、これについては後ほど書くことにしよう。

僕はこんなガンパティ祭りの意味を知って、なるほどなと感心してしまった。

狂ったように盛り上がるという祭り最後の数日が楽しみだ。

(もっと写真を見る: http://www.kunitakahashi.com/blog/2010/09/17/ganpati-festival-day-5-and-6/ )


ガンバティ祭り 第一日目

2010-09-12 02:32:32 | アジア
ガンパティ祭りの第一日目。

町の多くに設置されたガネーシャ像のお参りがはじまった。ピンからキリまでいろいろな像があるけれど、なかには金や銀をふんだんに使って実に贅沢につくられているものもある。こういう有名どころの像をお参りするためには、8時間も列に並ばなくてはならないこともあるそうだ。

ほとんどのコミュニティーではすでに像の設置は終わっていたが、いくつかはその準備がすこしばかり遅れ気味。午後遅くになってようやく像を工房から運び出す姿も見受けられた。

まあそんなことは気にしないんだろう。なんといってもムンバイでもっとも人気のあるお祭りだ。みながご機嫌、町中に浮かれムードが漂っている。

(もっと写真を見る:http://www.kunitakahashi.com/blog/2010/09/11/ganpati-festival-day-1/ )

ガンパティ祭り

2010-09-12 01:43:05 | アジア
ここ数日、ムンバイの熱気が高まってきた。今週末からはじまるガンパティ祭りのためだ。

ヒンドゥー教の神のひとつであり象の頭を持つガネーシャは、学問や商業の神として親しまれているが、このガネーシャの生誕を祝うのがガンパティ祭り。10日間に及ぶこの祭典はムンバイで最大のものだ。

有名な祭りなので、これまで多くのフォトグラファーたちによって無数の写真が撮られてきたのだが、それでもムンバイに住む僕としては撮らないわけにはいかない。いくら多くの他人が撮っていようとも、この祭りは僕にとっては初めての経験だし、なんといっても祭りというのはわくわくするではないか。

今日の午後、ガネーシャ像をつくる工房をいくつか覗いてみた。家庭用の小さなものから、コミュニティー用の高さ3メートル以上のものまで、所狭しと並ぶ工房で職人たちは像の仕上げに忙しくしていた。

大小あわせ10万を超すこんな像が販売され、祭りの期間中に海に沈められることになる。近年は環境汚染も懸念されるようになり、環境保護団体などが啓蒙活動をおこなうようにもなった。このことについては祭りを実際に見てから来週にでも書くことにしよう。

今はとりあえず、祭りの興奮と熱狂を撮ることができるのが楽しみ、といったところだ。

(もっと写真をみる:http://www.kunitakahashi.com/blog/2010/09/10/ganpati-festival/ )

平和な風景の裏側で

2010-07-29 17:28:21 | アジア
毎日雨続き。来月あたまの日本帰国前にやらなくてはならないデスクワークに追われる毎日だ。

昨日、ダウンタウンでミーティングの合間に少し時間があったので、久しぶりに海沿いのマリーンドライプを散歩することにした。空はどんよりと曇り、光もグレイ。特に写欲がわくような日ではなかったけれど、とりあえず海岸まで降りてみる。

「うーん。。。」浜辺に降りると、そこに広がる景色に思わず唸ってしまった。砂浜は一面ゴミだらけ。

毎日1400万人が所構わずゴミを吐き出すムンバイ、お世辞にもきれいな町などといえたものではない。悲しいかな此処に住んでいると、路上や空き地に捨て散らかされたゴミさえ当たり前の光景に思えてきてしまう。そんな景色に慣れた僕でも、無数のビニール袋や小さなゴミが、浜辺にとめどもなくうち上げられるこの姿にはさすがに胸が痛んだ。

ほんのわずかな救いは、ゴミ拾いのオヤジ達が徘徊してボトルや缶などを集めていたこと。リサイクル工場に持っていって売るためだ。もちろん彼らは自らが生き延びるためにゴミを拾っているわけで、浜辺を綺麗に、などという意図なんぞは全く持ち合わせていないだろう。それでも実質的には環境向上に貢献している事にかわりはない。

アラビア海に面するムンバイにとって、海岸線は町の魅力のひとつだ。そぞろ歩く人たちや家族ずれ、肩を寄せ合う恋人達。。。そんなマリーンドライブやシーフェイスの平和な光景には心が和む。

残念ながら昨日の発見は、その和やかな景色の裏にひそむ悲しい現実を知らしめてくれたのだった。

(もっと写真をみる:http://www.kunitakahashi.com/blog/2010/07/29/dirty-reality-behind-beautiful-scenes/ )

インドのゲイたち

2010-07-12 23:32:31 | アジア
「同性愛者間の性交渉は合法」とするデリーの高等裁判所の判決から一年。数日前にこれを記念する集会を撮影してきた。

正直言って、たった一年前までインドで同性愛行為が違法だとは知らなかったので少し驚く。起訴されることは少ないものの、イギリスによる植民地時代の1861年に制定されたこの法律によって同性愛者が警官によって嫌がらせや脅迫を受けることは日常茶飯事だったらしい。

近年急速な経済的発展と文化的自由化が進むインドだが、性や結婚の問題についてはまだまだ保守的だ。新聞でhonor killing(家族の名誉を汚したとして当事者を殺す)や婚前交渉を原因とした訴訟の記事を見かけるのも珍しくない。

「まだまだ戦いは続いています。これからの問題はいかに社会の偏見を変えていくかです。インド人として、人間として、誇りを持って生きていくために!」

ステージにあがった女性がマイクに向かって叫ぶと、参加者たちは拍手と足踏みでそれに答えた。

(7月9日発売の「週刊金曜日」にこのテーマの写真記事掲載されました)

もっと写真を見る
http://www.kunitakahashi.com/blog/2010/07/12/one-year-anniversary-of-gay-rights/

泥水に飛び込んで

2010-06-24 03:18:10 | アジア
暑い、とにかく暑い。。。ここ数日イスラマバードとペシャワールを行き来しながら取材を続けているが、気温は40度をこえる毎日。それに加えてたまらないのが頻繁におこる停電で、何の予告も無しにいきなり電気がぱっと消えてしまう。安いゲストハウスの窓のない僕の部屋は突然暗くなり、エアコンも停まってしまうので、ものの一分も経たないうちに身体がべっとりとした思い熱気に包まれることになる。

こんな停電も、先週泊まっていたような自家発電機の設置してある一晩100ドルほどの中級ホテルにいれば問題はないのだが、アサインメントが終わってからもこの国に残って自費で別の取材を続けるためには、安宿に移らざるを得なかった。安宿といっても部屋はそこそこきれいだし、無線インターネットも備わっているのだが、まともに動く自家発電機がないのが思わぬ落とし穴だった。

毎晩深夜過ぎには必ず停電になるのだが、このときが一番悲惨だ。真っ暗な闇の中で、体中からだらだらと汗を流しながら、なす術もなくベッドに横たわるしかない。それでもイラクや西アフリカではもっと過酷な経験をしているので、あまり文句はたれないようにしているのだけど。

午後、地元のカメラマンに会いにいく途中で、水浴びをしている子供達を見かけた。水浴びといっても、ロータリーにできた泥の水たまりで、とてもきれいとは言い難いし、何しろこの気温だから水も全然冷たくない。しかし公営プールや河川のないこの町では、悲しいかな彼らにとってはあまり選択肢はないらしい。泥水に顔を沈めながら、それでも楽しそうにしぶきをあげてはしゃぐ彼らの姿をレンズをとおして追っているとき、日差しに晒されながらも僕は暑さのことをしばし忘れていた。

(他の写真はこちら http://www.kunitakahashi.com/blog/2010/06/23/jumping-in-muddy-water/