Kuni Takahashi Photo Blog

フォトグラファー高橋邦典
English: http://www.kunitakahashi.com/blog

ハイチ

2007-04-26 01:30:14 | 中南米
急な仕事で12日間ほどハイチに行くことになりました。昨夜知らせがあって、今日出発。あと30分ほどで空港へ向かいます。更新はまたできるときに。。。

石原都知事再選に思う

2007-04-20 08:23:34 | 日本
すこし前のことになるが、東京の石原知事が再選されたということを知ったとき、2004年のブッシュ再選時と似た、半ば絶望感の混ざったなんともいえない暗鬱な気持ちになった。

確かに対立候補に魅力が欠けていたこともブッシュのときと同様だが、それでもこのときの大統領選挙では、それが無知を基にしたものであれ、ブッシュを心から信じて彼に投票した、中西部を中心とした保守的アメリカ人たちのれっきとした「意思」によって再選が果たされた。

しかし、今回の都知事選挙はそういう「意思」をもった人たちの力で石原都知事が再選されたわけではないと思う。どちらかといえば、都民の大多数の政治への無関心さや軽薄さによって、なんとなく結果的に再び石原都知事を生み出してしまったのではないだろうか?


「国連憲章なんて、まともに信じているばかいませんよ」
「おまえらバカかって。三宅島っていうのは本当にまとまりのない島だ」
「(武器輸出三原則は)バカなルール」
「武器を売るほうがいろんな安全保障になる」
「日本は堂々と新しい兵器を作ってどんどん売ったらいい」
「ああいう人ってのは人格あるのかね」(重度障害者たちの治療にあたる病院を視察したあとの記者会見で)
「これは僕がいっているんじゃなくて、松井孝典(東大教授)がいっているんだけど、“文明がもたらしたもっとも悪しき有害なものはババア”なんだそうだ。“女性が生殖能力を失っても生きてるってのは、無駄で罪です”って。。。なるほどとは思うけど、政治家としてはいえないわね(笑い)」


すべて彼の言葉だ。これ以外にも信じ難い暴言がこの人の口からは次々と飛び出しているのだが、とてもここには書ききれないのであとは以下のサイトを参照してもらいたい。
http://www.geocities.jp/social792/isihara/mokuzi.html

こういう恥知らずな発言以外にも、彼は「日の丸、君が代の強制」「福祉の大幅カットによる社会的弱者の切り捨て」などの政策を強行し、さらにはワシントンへの出張では1泊26万円のホテルに宿泊したり、1400万円以上つかってのほとんどバケーションともいえるガラパゴス諸島見物などなど、公費の私物化もはなはだしい。

東京都民は、こういう人間を仮にもリーダーとして持つことに恥ずかしさや怒りを感じないのだろうか?普通に考えれば、こんな人が再選されるなど考えられないはずだ。柳澤厚生労働大臣の暴言のときもそうだが、やはり国民自体がこういう暴言や差別感覚に鈍感になってしまっていて、自分の目先の日常生活には関係がないと無関心に切り捨ててしまっている人が多すぎるのだろうか。

だから、石原都知事の「再選を防ぐため」に投票場に足を運ぶこともしないし、別に誰が知事になったところでそれほど生活に変化はないとたかをくくっているのかもしれない。

無関心でいることは、とても怖いことだと思う。こういう知事を持つことの災難が我が身の上に降りかかってきてから気付いても、もうそのときには、がん細胞の如く都政の破壊は進んでもう手遅れだと思うのだが。。。

国外に住んでいて、日本の新聞やテレビに接することはほとんどないので断言はできないのだけれど、恐らくマスコミによる問題定義も十分ではないのだろうなと思う。いたずらに危機感をあおれ、というわけではないけれど、都民、国民にきちんと問題の本質を伝え、世論を形成する役割を果たしているのかははなはだ疑問だ。

都民の無関心さによる石原都知事再選を目のあたりにして、今度は同様に、安部総理を筆頭とする右翼的政治家たちによって、憲法9条が、「なんとなく」なし崩し的に改定されていってしまうことをとても恐ろしく感じている。
http://blog.goo.ne.jp/kuniphoto/e/25a0062857ff6ed8b7c85ac923b38c71 

日本国民も、堕ちるところまで堕ちないともう再生できないのかなあ。。。




バグダッドの旧友

2007-04-15 22:10:53 | 中東
昨夜、友人のウェディング・パーティーにでかけてきた。

新郎となる僕の友人リックはUSA TODAY紙の特派員として、この2年間バグダッドで仕事をしてきた。USA TODAYに移籍する以前トリビューンの記者だったリックと僕は、94年にコンビを組んで1ヶ月ほど一緒にイラクで取材をした経験がある。気負うこともなく、気さくでとても仕事のしやすいいい奴だ。

ウェディング・パーティーといっても実際に結婚するのは6月で、式を挙げるのも彼の両親のいるマイアミということらしい。休暇で一時的にシカゴに戻ったリックと婚約者のために、シカゴの友人たちがささやかな宴をひらいたというわけだ。

リックとは昨年6月にもバグダッドで顔を合わせていたので、特に久しぶりというわけではないのだが、それでも元気そうな顔をみて安心した。イラク特派員としての仕事もあと4週間を残すのみということで、いくらかほっとした様子でもあった。

これまでにも何度か書いたことがあるが、現在のイラクで外国人がまともな取材をすることなどほとんど不可能といっていい。誘拐される危険があまりに高すぎるので自由に外を出歩くことができないからだ。人目をひくカメラマンにとっては状況はさらに厳しくなる。米軍に従軍しなくては写真を撮ることさえままならないし、僕などにとっては欲求不満が募るばかりの環境なのだ。

ホテルからでも記事が書けるとはいえ、リックはそんな場所でよく2年間も頑張ったなと思う。結婚後はニューオリンズの特派員として、台風カトリーナで破壊された街の復興を見届けるそうだ。

任期全うのためにリックは今日またバグダッドへと飛び立っていった。最後の4週間、気を抜かないで勤め上げて欲しいと思う。


貧困プロジェクト

2007-04-08 08:43:56 | 報道写真考・たわ言
2週間ほど前からはじめた、貧困問題についてのあらたなプロジェクトに追われている。

予想はしていたのだが、なかなか思うようには進まない。資料を集め、低所得者のための食料配給所やホームレスシェルターをまわりながら、生活に困窮している人々と話をする。最終的には、何組かの家族や個人に的を絞って、地域の背景を重ねてストーリーを組み立てる予定だが、その対象となる家族探しはなかなか骨が折れる仕事だ。

こんなケースは多々ある。配給所で出会い、いい感じで話ができたので、その家族を訪れる約束をして別れる。後日電話をいれると、すっかり気が変わったように家には来て欲しくない、という。また、妻と子供たちが同意しても、夫が取材を嫌がるケースも少なくない。やはり貧困状態にある、というのは男として恥ずかしいと思うのだろうか。さらにドラッグなどの犯罪にかかわっている人間もいるので、そういう場合も話をしたがらない。

話をするにとどまらず、写真を撮るという段階までもっていくのはさらに時間がかかる。

インタビューはいいけど写真は嫌だ、そういう人が結構いるからだ。もともとこちらも出会ったその日から彼らの生活に踏み込んで写真を撮るつもりなど毛頭ないし、何度も先方を訪ねながら少しずつ撮り始めるというアプローチをとっているのだが、それでもはじめから写真は駄目といわれてしまえば、無理強いするわけにもいかない。

こんなときは、記者だったら少しは楽だなあ、などと感じてしまう。(他の面での記者の苦労も重々承知してますから、記者の方々怒らないよーに)
多くの人間は時間さえあれば、話だけならそれなりにしてくれるものだ。さらに、取材先の家を訪ねるチャンスがあったとして、記者なら一回の訪問でだいたいの家の中の様子を把握することができるが、カメラマンとなるとそうはいかない。食事の時間とか、仕事に行く時間とか、寝る時間とか、そういう決まった時間に自分も居合わせなくては特定の写真は撮れない。何よりもそんな撮影以前に、被写体に違和感なく私生活をカメラの前に晒してもらえるほどの人間関係を築く必要がある。だから、丸1日一緒にいても、1フレームも撮れないことだってあるのだ。

なんだか愚痴っぽくなってしまったが、時間をかけている割には思うような写真が撮れないのでがっくりする日も多々あった。それでもここ数日ようやく手ごたえがでてきたような気がする。だけどカバーする地域も広いし、これからもっと多くの家族をあたらなくてはならないので、まだまだ先は長いんだけれど。。。




たまげた請求書

2007-04-01 18:17:21 | 報道写真考・たわ言
病院からの請求書が届いた。

一月ほど前、2-3日腹痛が続いたので病院にいくと、盲腸の疑いがあるということでそのまま救急病棟にまわされた。待ち時間の長いことでは悪名高いアメリカの救急病棟、以前にも面倒な思いをさせられたので避けたかったのだが、主治医に「いや、原因がわからないまま家に帰すわけにはいかない」と、無理やりいかされるはめになった。

待合室には患者があふれ、案の定みなうんざりしたような顔で自分の番を待っている。2時間を過ぎたところで痺れをきらして受付の看護婦に尋ねると、その日は僕の受けなくてはならないCT スキャンが込み合っており、5時間ほどの待ち時間になるという。よっぽどもう帰ってしまおうかとも思ったが、腹はまだじくじく痛むし、どのみち一度は検査してもらわなくてはならないだろうと観念することにした。

売店で買ってきた雑誌を読んだり居眠りしたりして、待つこときっかり5時間。ようやく僕の名前が呼ばれ検査を受けられることになった。

血液を抜かれて尿を採取され、点滴をうけながらバリウムを飲まされ、ようやくCTスキャンがすんだのは病室に入れられてからさらに4時間後だった。結局、盲腸ではなく、小腸が少し荒れているというだけで、「あまり酒を飲まないように」との注意を受けてそのまま家に帰れることになったのだが、時はすでに深夜0時。病院に来てから12時間以上がたっていた。

そして先日、届いた請求書をみて、そのあまりの額に僕はあいた口がふさがらなかった。明細すべては書ききれないので、主だったものを挙げてみよう。

救急病棟受付 1420ドル
点滴 350ドル
尿検査 32ドル
CTスキャン2回 2500ドル

その他もろもろ、なんだか意味のわからない検査や薬品類も含めて全部で15項目ばかり、合計の請求金額がなんと7477ドル(およそ88万円)であった。救急病棟で最低限のテストを受けただけで15万円、そしてCTスキャンが2回で30万円、点滴費1パックが4万円。。。ほんとにそんなにかかるんかいな??

さらに、保険会社から別に送られてきた報告書に眼をとおすと、病院からの請求額7477ドルのうち、3647ドルは保険会社との交渉でディスカウントされ、3092ドル分は保険が適用、僕が自分で支払わなくてはならない額が738ドルとなっている。

いったい3647ドルのディスカウントとはどういうこと?そんなに大幅にディスカウントできるのなら、はじめっからどうして請求するのだろう?これは実際にかかる額よりも、それだけ上乗せして請求しているということではないのか!?

???だらけの請求書だが、もともとなぜこんなにこの国の医療費は高いのだろうか?この問題についてじっくり調べている時間はないのだが、大方こんなことが考えられる。

1:医療訴訟がおこると莫大な金がかかる
2:保険会社とグルになって利益をあげている
3:保険に入れない低所得者層の医療費の分もまかなっている
4:医者が高給をとりすぎている。。。などなど

医者の給料に関してはよくわからないのではっきりと断言はできないが、訴訟社会のアメリカでは医師や病院を相手取った訴訟は頻発しているし、年々急上昇し続ける保険料を払うことのできない所得層の市民たちの治療費も、誰かが肩代わりせざるを得ない。そういうものが蓄積して医療費に上乗せされることになるのだろう。勿論、保険会社と病院が両者にとって都合のいいようなつながりをもっていることは明白だ。

僕の請求書をみても一目瞭然のように、アメリカの医療制度は、低所得者、いわば経済社会における弱者、に非常に厳しいシステムになっている。僕はまだ会社をとおして保険に加入できているが、それでも今回は自分の懐から8万7千円も払うはめになった。僕としてもこれはかなりのダメージだ。それなのに保険にもはいることのできない人が80万円もの請求をされたとして、一体どうしろというのか?

政府が整えるべき医療制度とは本来こういうものではない筈だ。国全体が貧困にあえぐ途上国ならまだしも、先進国アメリカでこういう状況がはびこっていることにはどうにも納得がいかないし、腹もたってくる。とはいえ、もともと弱肉強食のこの国のことだから、これもまた当然の姿、といえるのかも知れないのだけれど。。。

いずれにしても、腹痛くらいではおちおち病院などにはいってられない。手術をしたわけでもないのに80万の請求なんだから。。。これがこの国の現状だ。