熊本熊的日常

日常生活についての雑記

我儘

2011年04月24日 | Weblog
昨日とは一転して晴天に恵まれた。相変わらず風は強めで、桜並木の道などでは散った花弁が舞っていた。通りすがりに眺める分には良い風情だが、沿道に暮らす人々にとっては掃除が厄介だろう。今日は深沢の而今禾に行ってきた。最寄り駅は桜新町。その名前通り、駅を出たところを走る通りも、サザエさん通りから深沢高校へ至る通りも街路樹は桜だ。殊に246号線から南、深沢高校、日体大に至る一方通行の細い道には街路樹とは言えないような立派な桜の古木が並んでいる。街路樹も立派なら沿道の家並も立派で、いかにも高級住宅地然としている。いつごろからこのような屋敷が並ぶようになったのか知らないが、都立深沢高校はわかもと製薬の創業者である長尾欽弥の屋敷跡だそうで、長尾邸時代の茶室が現在も校内で使われているのだそうだ。長尾がここに屋敷を構えたのが昭和5年。最初は500坪だったそうだが、それから10年ほどかけて7,800坪の庭園を完成させたという。その長尾邸が売却されたのが昭和30年。深沢高校創立は昭和38年だ。また、このあたりには都立園芸高校もあるが、こちらは明治41年設立だ。ワシントンD.C.には日本から送られた桜の木があるのは有名だが、その桜の一部はこの園芸高校で育てられたものだ。

而今禾を訪れたのはDMが届いたからというだけのことなのだが、昨年12月14日のこのブログにも書いた通り、ここの店長が知人の姉という縁もあり、やはり縁は大切にしないといけないと思いもある。姉妹なのだから当然なのだが、それにしても外見がよく似ている。何歳離れているのか知らないが、双子のようだ。しかし、話をした感じは全然違っていて、そう思って接する所為もあるだろうが、姉は姉らしく、妹は妹らしい。二人揃っているところで会ったことは無いのだが、妹が姉を語るときも、姉が妹について語るときも、互いを思いやっている様子が伝わってきて、家族というのは良いものだなと思う。兄弟姉妹というのは、生まれ育った文化を共有しているのだから、当人どうしが好むと好まざるとにかかわらず、物事の考え方とか感じ方に通じる部分というのが程度の差こそあれ必ずあるものなのだろう。その共通するものが、必ずしも相互理解につながるわけではなく、共通しているがゆえに対立につながるというようなこともあるだろうが、第三者から見れば、やはりそこに血縁らしい類似性を見るものだ。

夫婦となると、他人どうしなので兄弟姉妹のようなわけにはいかないが、それでも会ったときになんとなく良い夫婦だなと感じさせる夫婦とそうではない組み合わせというのはあるものだ。夫婦揃った状態で会うということはそうあるものではないのだが、限られた経験から言うと、子供のいない夫婦、子供ができるまでに時間のかかった夫婦には何故か良い雰囲気のところが多いように感じる。

それで而今禾だが、この店は本店が三重県の関宿にある。陶芸家の米田恭子、西川弘修夫妻がカフェを併設した生活道具の店として始めたのだそうだ。店の名前である而今禾は店の在り方を端的に表現している。「今この瞬間、なくてはならない命の糧」という意味だという。「暮らしが仕事、仕事が暮らし」という河井寛次郎の言葉が「而今禾の本」のなかに引用されているが、それを体現するような生活の仕方というものを実践されようとしているご夫妻であるらしい。関宿で始めた店を、昨年夏にはこうして東京にも展開するのだから、結果は出ているということなのだろう。私も学生時代はエコロジー研究会というところに籍を置き、今も陶芸や木工といった手仕事を道楽でやっているので感覚としてはこの店が目指すところはわかるような気がする。同時に、その容易ならざることもわかる。さらりと「顔が見える食べものを求めて、つくり手とつながる。無駄なく食べて、捨てずに使い、最後には土に還す。」などと語られているが、今の時代にこれほど贅沢なことはない。贅沢だからこそ、そういうものを求めたくなるのである。それが我儘と言われるなら、その通りかもしれない。

今の世の中は市場原理の下に動いている。その世の中の掟に背いて、敢えて手間隙のかかるものを求めるのだから、なるほど我儘だ。しかし、そうした理にかなった我儘が通る社会のほうが健康なのではないか。経済原理一辺倒で、後先考えずに原子力発電所に依存する経済を作り上げたら、このざまである。銭金だけの経済原理を絶対神の如くに崇拝するのではなく、理屈にかなった様々の考え方や可能性を容認した多様性のある社会のほうがどれほど暮らしやすいだろう。人はともすれば易きに流れるものである。そうなれば経済原理に従って多少の危険に目をつぶってまでも効率性を追求するものだ。それを敢えて多様な選択肢を設けることで社会の健康を考えるのが本来の政治というものではないのか。政治が不健康なら、我儘を通して自分の健康を守らねばなるまい。

近頃、歳を取った所為なのか、どうも世の中への不満が強くなったように思う。今日も政治への文句で終わったが、権力を批判するのは市民の義務だ。

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