モンテーニュ(著) 原二郎(訳)『エセー』 5、6 岩波文庫
ようやく全6巻読了。4巻までは新本で5巻と6巻がBookOff本。この5巻の以前の持ち主は恋愛に悩んでいたらしく、恋愛と結婚についての章にやたらと鉛筆の線が引かれていた。古本の楽しいところは以前の持ち主が何を思って読んだのかという雰囲気のようなものが漂っているところにもある。尤も、むふふ、と思いながらも今の自分にはあまり興味のそそられるところではなかった。鉛筆の線は消しゴムで消してしまった。
読了して、やはり人間の考えることは今も昔も変わらないという思いを強くした。物騒な事件や馬鹿騒ぎの報道が続くと「近頃おかしなことになって」などと今が特別な時勢になっているかのような言説を耳にすることが増えるのだが、そういうことにずっと違和感を覚えていた。以前『徒然草』を読んだときもそうだったが、モンテーニュという16世紀後半のフランスを生きた人が書いたものを読んでも、全く違和感がないのである。確かに、テクノロジーは日々変化し、それに伴って世の中の仕組みにも変化は生じる。しかし、テクノロジーを生み出したのも使うのも人間であり、テクノロジーがもたらす変化はせいぜい人間の思考の枠内でのことでしかない。近頃はスマホを手にした人がやたらに多いが、その手元の画面にはゲームの画像が映っていることが殆どだ。やれ「進歩」だなんだかんだ言ったところで、その程度のことでしかないのである。
今月はリオデジャネイロでオリンピックが行われていた。そこで様々な競技の記録が塗り替えられていた。それは身体を鍛えたり能力を開発したりするということにまつわる科学の「進歩」と関係していることは間違いないだろう。特定の競技や行為に焦点を当てれば、記録の更新に伴って発想の転換も当然に起こっているだろう。しかし、記録欲しさメダル欲しさに妙な薬剤を摂取してみたり汚い手をつかってみたりする心情のほうはどの程度「進歩」しただろうか?
池谷和信 『人間にとってスイカとは何か カラハリ狩猟民と考える』 臨川書店
みんぱくのフィールドワーク選書第5巻
初めて野生のスイカというものを目にしたのは1984年3月、オーストラリアを旅行したときのことだ。アリススプリングスだったか、エアーズロックだったか、内陸の砂漠の道を歩いていて、道端にソフトボール大の縞柄スイカがなっているのを見つけた。けっこうたくさんゴロゴロしていて、ひとつ割ってみたら中は白かった。特に誰かが採取したりするようなものではなく、ただ雑草のように自生しているとどこかで聞いた。
本書で取り上げられているカラハリ狩猟民はスイカを水源として生きてきた。人間の身体の約7割が水だというし、よく「水分補給をこまめにしましょう」などということを聞く。生命維持の要は食糧よりも水らしい。食糧にしても農産物の栽培には水が不可欠だ。人間の集落は水源と密接に関わり、歴史を彩る文明に大河はつきものだ。では、水はどれくらい必要なのだろうか?カラハリ狩猟民は1日2個のスイカで過ごすそうだ。
「足るを知る」とか「身の程」といった言葉もあるが、要はどのような世界観を持って生きていて、その世界観において何をどの程度消費しどのような価値を生産するのか、ということに尽きるのだろう。ぐだぐだとどうでもいいことを思いながら闇雲に消費して「健康」だの「アンチエイジング」などとほざきながら齢を重ねて寿命が尽きて死んでいくことが幸福だという人が多い気がする。なんかオカシイんじゃないかと思うのだが、世の中はそういう無意味な消費を前提に成り立っている。カラハリの人たちも政府の定住化政策で狩猟をやめて賃労働に精を出すようになって、たぶん妙なことに陥っているのではないかと、本書には書かれていないが、私は案じている。
誰がどこで暮らしているということをはっきりとさせて、誰にどれだけの所得があるかを数値化し、数値化された所得が人間の承認欲求とリンクするような仕掛けを作ると、為政者にとっては仕事がやりやすい。「為政者」といっても特定個人ではなく、そういう社会であったほうが都合の良い立場の人たちの層というか集団というかもやもやとしたものだ。支配管理する側の世界観と個人のそれとは必ずしも整合しないはずなのに、それが「普通」とか「当たり前」と思い込んでいる自分の外にある世界観に自分を合わせようとするところに個人の不幸の根源があると思うのだが、数値化可視化されたものが「合理的」という、なんの「理」があるのかわからない「常識」のなかで人類は確実に滅亡へ向かっているように思えてならない。1日スイカ2個で暮らしていけるということを実践できる社会が存在するということに私は豊かさというものを感じる。
関雄二 『アンデスの文化遺産を活かす 考古学者と盗掘者の対話』 臨川書店
みんぱくのフィールドワーク選書第6巻
「仕事をくれたことには感謝している。が、あたなたちさえ来なかったら、こんなひどいことにはならなかった」
これが本書の書き出しである。著者が所属していた東京大学の調査団が日本企業の支援の下、ペルーの遺跡の保存作業を行い、それが終わって遺跡公園としてペルー政府に引き渡すセレモニーの最中に、地元に暮らして長年に亘って遺跡の発掘や保存の作業に従事していたペルー人作業員の言葉だそうだ。「ひどいこと」とは何なのか、それは本書を読めば少しわかる。遺跡周辺に暮らす現地の人々にとって遺跡は何なのか、ということを一体どれほどの人が考えるだろうか。
「文化財」は貴重なもの、保存すべきもの、という暗黙の合意とか圧力が世の中にあるようだが、そもそも「文化」とは何で「文化財」は何故国家一丸となって守らなねばならないのか、というところの議論は聞いたことがない。しかも、なかには「世界遺産」などと称して世界の人々が資金と労力を出し合って守ろうなどというものまである。学者先生にとってはそういうものが生活の糧なのだから確かに守らないといけないだろう。しかし、観光以外にそういうものや場所と縁のない人々にとってはどうなのだろう?
なんとなく、「文化」を語ると高尚なイメージがある。高尚であることは人として正しいイメージがある。しかし、それこそ学者先生でもない限り、文化を語ったところで生活の足しにはならない。高尚のイメージがあるが故に、学者先生とは違う動機でそれを商売や飯の種にしょうと考える人が現れる。王墓の盗掘や遺跡にまつわる物品の取引といった直接的な行為から、遺跡をネタに人を集めてそれを相手に商売をしようといういわゆる「町おこし」のような絵空事まがいのことまで、「文化」は人を動かす力を持つのである。動かすほうの側にいる人には、そこで何がしかの利得が回ってくるのだろうし、また、それを狙って動かすのだろう。動かされるほうの人はどうだろう?動いている脇にいて、ただ自分の周りを喧しくされているだけの人にとっては、「文化」はどう見えているのだろう?
改めて問う。「文化」とは何だろう?
野林厚志 『タイワンイノシシを追う 民族学と考古学の出会い』 臨川書店
みんぱくのフィールドワーク選書第7巻
台湾が思いの外に多民族であることは以前から知っていた。台湾の大きさは九州と同じくらいだ。九州サイズの国というとスイスもそうだ。スイスも多民族で公用語が3つもある。よく「日本は小さな島国」などと言ったりするようだが、面積に関してはけっこう大きいのである。欧州で日本よりも面積が大きいのはスペインとフランスだけだ。ドイツもイギリスも日本よりは小さい。それでもドイツは「連邦共和国」でイギリスは「連合王国」で、複数の「国」の連合体である。
人が自然に自分というものを意識する領域というのは、通信や交通が発達してより遠くへより容易に出かけることができるようになっても、実はあまり変化しないのではないか。その自然な自分の領域を他者が強制的に規定すると、自然と規定との収まりがうまくいかずに妙な緊張が生じるのではないだろうか。昨今の難民やテロや社会不安はどれも自分探しに起因しているように思えてならない。たぶん、歴史というものは今生きている人々の生活を正当化する内容を伴うときにだけ意味を持つのだろう。つまり、歴史は物語であって、史実というようなものは無いのである。誰の物語かといえば、その時々の権力者だ。
それで台湾の少数民族だが、この本に登場する原住民族の人々はそれぞれの言語を持ちながら、台湾の公用語(はっきりと書かれた箇所はないがおそらく北京語)、そして日本統治を経験している人たちは日本語も話す。それぞれの民族としての名前を持ちながら、中国語名もあり、日本統治を経験した人は日本名もある。例えば表紙の写真に写っている肉を切り分けている年配の男性はパイワン族で、パイワン族の名前はトリキツ・スジュイ、漢式名が黄健有、日本名が鳥山健造だそうだ。ひとりの人間に名前が3つあるということはどういうことなのだろう?それを言えば、私も本名とこのブログ上だけで用いている熊本熊という2つの名前があるが、熊本熊は本名にまつわる関係から離れて言いたいことを言うのに使っている。自ら選択したかしないかに関わらず、意識するかしないかに関わらず、名前とか言語とか自己表現のツールに複数の系統を有しているというのは、複数の関係性の地平を持つということではないだろうか。
自分というものは自然に存在するものなのだろうか?有形無形様々な仕掛けを設けないと存在できないものなのだろうか?他者の「自分」を抹殺しないと存在できないような自分とは何なのか?逆に、その時々の権力者がどのような仕掛けを押し付けようとも、自然に自分でいられる人の「自分」は、敏感に他者と対立してしまうような「自分」とどう違うのか?