goo blog サービス終了のお知らせ 

「老いて死なぬは、悪なり」といいますから、そろそろ逝かねばならないのですが・・・

このブログ廃止で、以下に移る予定
https://yoshikikondo2.livedoor.blog/

時空の見当識の乱れは、ひとを狼狽させる

2020年04月03日 | 昔話の異時間・異世界-浦島太郎と山幸彦-
【1-4.時空の見当識の乱れは、ひとを狼狽させる】生存立の根本形式に空間とともに時間がある。その各々の一点に自分を定位して自らの存在を確かめて、ひとは生きている。自分の空間的な位置が不明となったとき、いま自分がどこにいるのかを確定しようと必死になることであろう。それは、時間的にも同じである。もし、自分の生きているその時間があやふやになったとしたら、動転することになる。  
 一寝入りしたあと目覚めて、「いまは、夕方なのか朝なのか」と見当がつかなくなったとしたら、うろたえてしまうことであろう。眠りは自分がひとりになるときであり、目覚めもひとりに始まる。起きた時、周囲の空間的状況が分からず、夕方と明け方は似ているから時間も同定できず、しんとした部屋で一人目覚めると、自分の存在する時空の見当識が失われて、自身の存在があやふやになるといったことが生じる。こどもなら、皆が自分を置いてどこかへ行ってしまったのではないかとか、天狗が自分を連れ出して、だれもいないところに置き去りにしているのではないかと感じるかも知れない。時空の同定ができず見当識を失わせるような事態になったとすると、自身の存在の足場を失なったように感じて、不安になる。自分の時間的空間的な位置がはっきりするまで落ち着くことができず、家人の帰宅の声を聞いて、それが夕方であり、住み慣れた我が家であることを確かめて、やっと安堵することができるようになる。
 時空は、そのもとでみんなが同じひとつの世界に存在する根本的な形式としてあって、それからはずれてしまうようなことは、その同じ世界から根本的にはずれることとして、驚愕のことがらとなる。その同じ時空間のもとで、その社会は各個人に、父親とか先生とか陰気な男といった役を演じさせ、各自は、その役をもって自身の同一性・アイデンティティをつくりその生を営んでいる。その時空間的な世界の同定ができず見当識が崩れると、自己の存在の場そのものがあいまいになって、自己同一性も不確かになり、何をしたらいいのか分からなくなり、自己の存在がゆらいで霧散するように感じていく。自己そのものが失われていくというような思いにとらわれるのではないか。
 この国では四季の区別が明確である。そのとき、春なのか、秋なのか不明になるような体験をすると、ひとは、自分の世界が崩れるような戸惑いをおぼえることであろう。初秋の穏やかな一日、いまは秋のはずと思っているとき、小川をみていると、春の桜の花びらがながれ、れんげ草の花が岸辺に咲き、空からは春のひばりのさえずりが聞こえてきたとすると、時間の見当識がみだれて、突如、この世界がゆらぎだし、自分もあいまいなものとなって、どぎまぎするのではないか。世界の根本形式である時間、これが異なってくるということは、世界を根本的に別にするということであり、異世界を知らせる衝撃的な手段となる。帰郷した浦島のような異常な時間体験は、客観的に反省するなら錯覚であって、客観的な現実自体がそうなっているのではないと理解しつつも、主観的な体験としてはけっこう一般的でもある。その体験においては、一瞬ではあれ、自身の世界が混乱し、動転させられる。
 今浦島体験は、錯覚だと分かることで、納得し安堵することになるが、その奇怪な事態が持続するとしたら、世界と自身の在り方を根本的なところから見直していくべきことになる。昨日まで少年だった甥が、錯覚ではなく、真実、その次の日、青年になって現れたとすると、タイムスリップして10年後の世界に自分が時間移動をしたということである。自分がタイムマシンにでも乗って時間を飛ばして動いたのだと感じられればまだしも、自分は普段通りにしていたのであれば、身近な世界が自分を疎外した形で途方もないことを行っていると不気味さを感じることであろう。わけの分からない奇怪な世界に引き込まれているのかも知れないと不安をいだくこととなろう。空間的に異なったところに移されていたとしても、もとに帰るための手段はなんとか見出せる。だが、時間の場合、わずか1月前に自身が移されたとしても、帰る現実的な方法はない。水底の竜宮ぐらいの空間的な行き来なら、呼吸の心配を片付ければ、なんとかなろう。だが、時間を異にするところとなると、現実の中では、1日前の昨日というとなりに移動することすら不可能である。昨日起こした事故は、どんなに後悔しても取り返しがつかないのである。飛躍も停滞もなく、もちろん逆行することなどありえず、均一に流れる時間のもとにこの世界は営まれており、今浦島のような異時間は、単に主観の錯覚として生じるのみである。だが、浦島は、均一に流れる時間のはずなのに、異なった時間を体験したと語る。異時間をもっての異常な世界の在り方を浦島は想像させる。奇怪極まりない話として、心をざわつかせることになる。

浦島と山幸彦のちがい

2020年03月23日 | 昔話の異時間・異世界-浦島太郎と山幸彦-
【1-3.浦島と山幸彦のちがい】浦島説話によると、竜宮から故郷に帰った浦島太郎は、ほんのわずかの間留守にしただけなのに、長大な時間を思わせる故郷の変貌を見出すことになった。そして、その長大な時間に見合うように突如白髪になってしまった、と時間的な異常を語る。この話は、現実にはありえないことであるが、単にナンセンスと放置もできず、なんとなく、これにひかれてしまう。しかも、浦島太郎のような異常な時間体験をする話は、どこの国の昔話にもあるぐらいにポピュラーでもある。「今浦島」の体験、たとえば、長らく会わなかった故郷の級友たちに会ったところ突如老人になって現れて驚いたといった体験は、珍しくない。つまり、一方では昨日の今日と感じているのに、その同じものが、他方で、知らぬ間に大きな変貌を見せていて長大な時間を思わせるといった奇怪な時間体験は、けっこうみんなもっていて、これは、奇妙な、あるいは驚きの体験として忘れがたく心の片隅に残っている。それが、浦島説話などの奇怪な異時間を語ることをもっての異境・異世界の昔話を受け入れやすくしている素地となっているのであろう。 
 だが、同じように竜宮に行って帰った「山幸彦」では、時間の経過の異常さは言われることがない。それは、異時間体験が、主観的なものにとどまり、客観的にいうなら錯覚でしかないと無視しているか、実際に、そういう奇異な体験そのものをもつことがなかったということなのであろう。「浦島と山幸では、竜宮にいた時間がちがい、山幸は、釣り針を見つけたら、すぐ帰ったのでは?!」と言われるかも知れない。が、山幸彦も、同じように、竜宮で妻となる女性に出会い結婚生活をはじめており、帰郷時には浦島が玉手箱を携えていたように、海の干満を自由にできる魔法の玉をもらって帰っている。核をなす事態は両者同じであり、おそらく滞在時間もそんなに違うものではなかったであろう。それでいて、山幸彦では異時間を語らないのである。
 外国に長く滞在していても、いまなら、インターネットで毎日でも連絡をつけあうことができる。何年かぶりに帰郷しても、一週間前スカイプで見た8歳の甥っ子は、8歳の姿で現れる。異時間を感じることはなかろう。異世界に行っている間も故郷との音信を保って、次々と新しくこれを記憶にとどめていくなら、故郷の時間的展開をたどりつづけることになる。帰ったとき、旅立ちの時から一足飛びに帰郷時へと飛躍することはない。
 山幸彦は、海幸彦との兄弟葛藤のなかにあって、かれから、失った釣り針をさがしてこいといわれて探しに出たのであり、見つけてもって帰ることが課題となっていた。釣り針は異世界の竜宮と故郷をつなぎ続けるものとなっていた。なにより、兄弟葛藤の結末はつけられていなかったのであって、帰ってからその決着をつける必要もあった。山幸彦が帰ってみたら、兄の海幸彦は、250年前に死んでいたというのでは、話にならない。もらって帰った魔法の玉は、兄を懲らしめるためのものだったのに、もはや使いようがないことになってしまう。山幸彦は、神武天皇の祖父となるはずであるが、300年もあとになって帰っていたのでは、夢と現をないまぜにしてロマンに酔う日本古代史を大混乱に陥れてしまうことにもなる。時間的差異が浦島のように生じていたのでは、そういう後につづく肝腎の課題がむなしいものとなり、故郷でのつじつま合わせができなくなるから、異時間体験はあったとしても、主観的な錯覚という些事にとどめられる必要があったのであろう。
 長旅をして帰郷したとき、客観的には、山幸彦のように旅先と故郷は空間を異にするだけで、時間は共通で滑らかに流れるとしても、主観的な体験としては、その時間的な前後の空白が長いほど、浦島のような異常な時間体験をすることは、しばしばある。しかも、時間感覚が異常をおぼえることは、些細なことがらではなくて、世界と自己の存在の根本形式がゆらぐ由々しき奇怪な事態である。浦島説話は、その奇怪な異時間体験をもって世界の根本をゆさぶり、人の心を揺さぶるのである。



あの世とこの世の時間の違いを浦島にいう場合もある

2020年03月13日 | 昔話の異時間・異世界-浦島太郎と山幸彦-
【1-2.あの世とこの世の時間の違いを浦島にいう場合もある】浦島太郎の異時間の話の背景には、いわゆる「今浦島」の異時間体験があるように思われるが、それとは別の考え方をする浦島の昔話の語り手もいる。それは、竜宮にいた期間は1年ぐらいの短期間だったが、故郷に帰ってみたら300年も経っていたと語る。つまり、「今浦島」の方は、身近に多くの者が経験している事実を踏まえており、旅の期間は現にそうである通りに長大だったというのに対して、こちらの見方では、竜宮の異世界での時間の速度自体が、ごくゆっくりと進んでいたと語る。これは、宗教でのあの世の時間の速度とこの世のそれの違いをもとにしたものになる。天国も地獄も、永遠をもって語られる世界であり、時間は動くとすると、きわめてゆっくりとしか動かないと想定されている。コーヒーに誘われて30分ほど天国にいっていただけなのに、この世に帰ってみたら、1月も経っていたというようなことになる。この宗教的な世界観を踏まえての浦島では、竜宮にはほんのわずかの間、1年ほど過ごしただけなのに、この世に帰ってみたら300年も経っていたというような時間の速度の違いを語る。 
 竜宮は、異世界・異境であるが、これをあの世、神々の常世の国とみなすことがある。盆や正月には、あの世にいった祖先たちが帰ってくるという考え方は、この国の一般的な民間信仰として受け入れられてきた。あの世とこの世は、(死んだ者に限定してだが)行き来できるものとの発想であり、そういう中に浦島を組み込んだ場合は、両方の世界での時間の速度の違うことをもっての話となるのは自然ではある。ただし、この世とあの世の行き来にもとづいているものは、(今)浦島体験とは言わない。今浦島体験は、この世の多くが実際に体験していることである。長旅などで、長く見ることのなかったもの(故郷とか旧友とか)を見たとき、途中の記憶更新なく昨日の今日と感じる(錯覚する)中で、そのものに、唐突に、長大な時間経過を思わせる変貌を見いだす奇怪な体験である。この今浦島の異時間体験をふまえて示そうとする異世界も、もちろん、この世を超えたあの世、不死の常世の国となってもよい。しかし、あの世を信じない者は、この世のうちにある遥かな異境ぐらいを浦島の行ったところと想定することである。その異時間体験自体は、あの世を必要としないというのが、今浦島体験をもってする語りということになる。 
 ただ、今浦島体験をふまえる場合、長旅を誇張して捉えるだけだから、浦島の300年は、相当過激な誇張を前提にしないと成り立たない。その点、この世とあの世の時間の違いをいう方は、説明が楽である。天国は永遠で時間はごくゆっくり過ぎるといわれ、あの世での1日はこの世に換算した場合1年(365日、365倍)になると仮定すると、浦島でいう故郷の300年は、あの世でいうと1年弱なので、計算としては、分かりやすくなる。300年という数は、あの世の永遠のおこぼれをもらった年数ということで、妥当なものともなる。ただし、今浦島体験とちがい、この世とあの世の行き来とか、あの世の存在自体は、そういう宗教的世界観を受け入れてのみ納得できることで、信じないものにとっては妄想でしかなく、説得力ゼロで、受け入れ難い話となろう。あるいは、天国とこの世界の時間の速度のちがいも、実在的には、なんの根拠もないことではある。
 かりに、あの世、不老不死の常世の国があるのだとすると、それを踏まえた浦島の異時間は、錯覚をもって成り立つ「今浦島」よりは、しっかりとこれを論じるものにはなる。今浦島は、だれでもが、長く生きておれば、どこかで出くわす異時間体験で、記憶の中断、ブランクをもっての錯覚であるから、異世界を示すには、物足りないところがなくもない。その点では、あの世とか常世はまるでこの世とは違う世界で、その違いは世界の根本形式をなす時間の違いにまで及んでいるということで、その発想は、大がかりでありつつ単純で分かりやすい。神々の不老不死の常世の国では、時間が極々ゆっくりと進み、そこに1年いて、有為転変の激しい無常のこの世にと帰ってきたら300年が経過していたといった形で異質の世界の異質の時間を明快に語る。が、それは、この世にのみ生きる者には、しらふでは到底受け入れがたい妄念であり、「今浦島」の異時間体験と違って、誰もあの世に行ってきて実際に経験したわけではなく、極論すれば、虚言・作り事にすぎない。
 今浦島は、錯覚とはいえ感覚的事実である。が、それに基づく浦島の話は誇張が過ぎる、ほらふきの話になる。他方、あの世とこの世の異時間をいう方は、虚妄の作りごと、捏造になる。どちらにも問題があるが、昔話として聞く者を引き付ける点では、今浦島の方に軍配があがるのではないか。常世のあの世と、無常のこの世が各々に固有の時間をもっているという方は、それはそれとして、あの世があろうとなかろうと、両方は、別々ということでその間に矛盾を感じることもなく、平凡な作り話として見過ごして終われる。だが、今浦島は、昨日の今日という1日が同時に奇怪にも10年間でもあったという非両立、矛盾を提示するのであり、合理性に挑戦するかのようで知性は興味津々となる。しかも、錯覚ではあるが、多くの者が奇怪な感覚的な事実として体験していることでもある。知性にも感性にも刺激的な話ということになる。 
 浦島の話は、あの世との交流がテーマではない。あの世との交わりということなら、一般的には、死を媒介にすることが必要だろうが、浦島は死をもってあの世と関わる話ではない。彼の死をもって話は終わる。後日譚でも作れば、あの世にも居づらくなって、また帰ってきた浦島ということで、この世とあの世の異時間が言われるかもしれないが、そういう話ではない。この世において、魚女房などとはちがうが、羽衣伝説の天女やかぐや姫ほどでもない、亀姫(乙姫)という、この世を少々超えた世界の女性に出会ったので、常世とかあの世的なものに若干関わることになるだけである。浦島の話は、この世において、一応冒険の旅に出かけ帰還するまでの話(失敗談)であり、山幸彦とか桃太郎の話(成功談)と同類のものとみてもさしつかえなかろう。長旅の冒険談の最後を悲劇として盛り立てるために、現実の長旅からの帰郷でもしばしば体験する奇怪な「今浦島」異時間体験を針小棒大にして語っているのである。好みの問題ではあるけれども、この世のうちでの「今浦島」の異時間体験を踏まえたものの方が、浦島説話には、よりふさわしい解釈になるのではないか。ここでは、今浦島体験をもとにするものの方を採っておきたいと思う。

浦島と山幸 1.今浦島

2020年03月03日 | 昔話の異時間・異世界-浦島太郎と山幸彦-
1.浦島と山幸     
【1-1.今浦島】昔話で時間の異常さを語る話といえば、日本では何といっても「浦島太郎」であろう。竜宮へ行って、ほんのわずかの間留守にしただけなのに、故郷に帰ってみると300年もたっており、持ち帰った玉手箱をあけて、たちまち白髪の老人になった、という話である。    
 現実にも、「今浦島」と称される奇異な時間体験をすることがある。たとえば、山中に孤立して社会から隔絶して生きのびていた者が、何年か後に元の社会にもどったとき、あるいは、外国に長く留まって音信不通だった者が、故郷に帰ったとき、言われる。その隔絶の間は、もとの社会の時間は停止状態にあり、故郷の記憶は、出立時のままにとどまっていて、突然、何年かすぎた後の時をきざんでいるところに接続されるのである。かれのこころのうちにある故郷は、昨日までは寒村だったのに、今日は突如、華やかな町にと変わる(これは、故郷のひとにも同様で、昨日までの青年が、突然、今日は、中年の「今浦島」として現れるのである)。 
 故郷を旅立つときをもって、故郷の時間は当人のうちでは停止した状態になる。記憶されるものは、そのときでストップする。以後は、なにも記憶されることがなければ、時間的経過もないままになる。帰ったときには、何年も前の記憶が直前のこと・最新のものとして、その現在へと直結される。旅立ちのとき手を振ってくれた幼稚園児が、したがって帰郷時に予期した、その翌日の幼稚園児が、予期を覆し奇怪にも突如、中学生となって現れるのである。自分には昨日の今日という、ほんのわずかな期間のことなのに、故郷は、知らぬ間に、自分を疎外したかたちで、長大な時間を展開していたと感じることになる。浦島太郎が時間的に異常な体験をしたという話は、遠くの世界へと長旅をしたものが故郷に帰ったときにいだく、ごく普通の異時間体験になるといって良いであろう。
 10年間、故郷を離れていてそのあと帰ったとして、帰郷した時に抱く時間感覚の奇怪さは、故郷は昨日の今日の感じで1日か、わずかの日が経っているだけと自分では感じているのに、目の前の者たちは、10年の経過を思わせるような変貌をしていることである。奇怪・奇異を感じるのは、自分の感じている1日の方にではなく(冷静に反省してみれば、この1日の方がおかしいのではあるが)、突如変貌して現れた故郷の方である。知らぬ間に、故郷が10年の時間を思わせるように変貌していることである。そして、その奇怪な10年の方を、やがて、真実とみなさざるを得ないと考えだしても行く。
 旅に出て、その後何年かして帰郷したとき、自身は昨日の今日の感じで故郷に接しその海山は同じ姿を見せているのに、知り合いは、突然に、何年も年取った姿で現れる。ほんのわずかの留守の間に、魔法でも使ったかのように、奇怪にも、大きく変貌した姿を見せるのである。その変貌の大きさへの驚きは、その年取らせている年月を誇張して言い表わすことへと誘う。それを誇張したのが、浦島太郎の話になるのであろう。しかし、変貌の大きさは、自分の旅の長さがもとになるから、誇張するとしても、留守にした期間が5年なら、せいぜい10年ぐらいにとどまろう。故郷の人たちにも、旅をして帰った者はその年月分、年取って現れるのである。相互の間で、誇張は誇張と分かることで、ほかの事情(自分たちの子供の成長など)との整合性をもたせるためにも、5年を50年などと過大に表現することは、できないであろう。
 しかし、浦島説話は、300年と表現することが多い。そこまでの誇張ができるには、別の事情がなくてはならないであろう。誇張しても、それが指摘され「そんなには経ってなかろう」と反省を促す者がいなければいいのである。つまり、知った者が全員いなくなっておれば、浦島は、自分の思いを誇張しても否定されないで済む。浦島説話は、知り合いはみんな死んでしまっていたという。浦島の思いは、誇張されても、これを批判・修正するものがない状態になっていたのであり、それが浦島の300年という年数を可能にしているとみなすことができるのではないか。
 月と太陽によって計れる月・日とちがい、かつては、年という時間単位は、旅の中では、持ちにくかったことでもあり、その年数は、あいまいな記憶・想像をもって振り返って算定してみることとなる。自身の年表では、故郷に過ごしたその想い出は年1,2件だが、その異境での旅の間を思い出すと何十倍もの充実した体験の想起となり、長大な時間の経過を思わせる。その長大さの間に、友人もとっくになくなっていて、みんなが自分を置いてきぼりにして、消えてしまっているのである。そのさみしさは、空白の時間をより大きなものに感じさせる。かりに20年の間旅に出ていたのだとしても、友人らが年取っていても生きておれば、「お互い年取ったな」と、その20年を確認しあえる。40年という数で誇張すれば、「そこまでは経っとらんだろう」と否定もされる。だが、皆死んでいなくなっているのである。自分の時間感覚の感じたままが反復されていく。一人さみしく残され疎外された中での想起は、故人となってしまった皆の顔を反復するたびに時間的距離を大きく見せていく。あとを追いかけて行こうにも、到底近づけるものではない遥かな遠い時空へ、あの世にとみんなは旅立っており、その時間的隔たりは、長大に感じられることであろう。
 亡くなった者との時間的距離は、はかりにくい。自分の祖父の死を体験したものが、その亡くなったときからの年月を聞かれても、おそらく、はっきりとは答えられない。亡くなってからは、なんの記憶の更新もなくなるから、時間的距離は、きわめて抽象的になり、あいまいなものになる。その時間的な距離感は、そのとき抱く思いしだいで、大きくも小さくもなろう。「この縁側でよく日向ぼっこしていたな」とその姿を思い浮かべ身近に感じれば、「もう30年にもなるかな」と思い、「不可解な古い方言を使っていた」と距離を感じれば、「60年、いや90年も前になるかな。90年前だと、私は、まだ生まれてなかったか・・」等と思う。あいまいで遥かな昔になろう。浦島は、知った者が全員死んでいてだれとも会えず悲嘆し虚脱感にとらえられていたはずで、その時間距離は、取り返せない深淵をもっての巨大な隔たりとして現れたことであろう。20年前のことでも、茫然自失のもとでは、自分の歳も忘れて、200年ぐらいの長大さに描くことになるかも知れない。
 20年間故郷を留守にしていた間にすべての知り合いが亡くなって自分だけが疎外されてとり残されているとすると、その20年の年月が再会不能の永年の距離を作ったのである。それは、20年の何倍にも感じられることであろう。それをおおげさだと否定する友は、皆亡くなっているのである。浦島説話では、300年経っていたというが、ショッキングな喪失感のもと、その寂寥・疎外感をそこに表現するとしたら、そういう年数にしたくもなろう。目の前の山川をみながら、故郷は昨日の今日という自分の時間感覚を受け入れてくれていると一方で感じつつも、他方で、知っているだれも生き残っていないということをしみじみと反復しつつその時間経過は逆に長大と感じられていく。300年ぐらいは経っていると想定してもおかしくはないであろう。わずかな日の留守が、同時に、長大な300年でもあったという奇怪な二重の時間からなる浦島太郎の異時間体験は、なんとか了解可能なものとして成り立つのではないか。