筆者は日ごろ安倍首相の右傾化やアベノミクスに疑問を呈しているが、安倍首相はソチオリンピック開催セレモニーに参加し、プーチン大統領と首脳会談も行っている。
なんとはなく彼の行動に脱欧米を感じ取っていたが、元外務省欧亜局長の東郷和彦氏が、日ロ問題の最大の解決事項である北方領土返還の最後のチャンスだとみているのだ。
そういう意味で、約1時間半の東郷氏、神保、宮台の鼎談は非常に興味深かった。
確かにロシアはプーチン大統領が実権を握る今が、シベリア開発や天然ガスの輸出などで、日本の技術とカネが必要であり、安倍首相の良い意味でも悪い意味でも、独善性で政権運営を推し進める事ができる時に、北方領土の返還のまたとないチャンスであると、東郷氏は見ている。
まあ安倍首相も、アメリカからも見放されようとしている時であるだけに、日露の領土返還交渉が成功すると、大きな主導権を得る事ができる事になる。
まだ現時点では何とも交渉の行方が見えないが、可能性に炎が点火すると、一気に交渉が前に進むことになる。
東郷氏も北方領土返還交渉を続けてきた人物であるだけに、外務省の交渉能力に賭けているようだ。
もしもこの交渉が具体化すると、安倍政権の長期政権化も可能性が出てくる訳で、今後の日本の方向性が非常に興味のあるところだ。
(マル激トーク・オン・ディマンド 第671回(2014年02月22日)より貼り付け)
北方領土問題解決の千載一遇のチャンスを逃すな
ゲスト:東郷和彦氏(京都産業大学教授・元外務省欧亜局長)
安倍首相は、2月7日の冬季オリンピック開会式に出席するためロシアのソチを訪れ、翌8日、プーチン大統領と首脳会談を行った。プーチン政権が進める同性愛規制などに対して、人権上の懸念から主だった欧米諸国の首脳が軒並み開会式を欠席したのを尻目に、安倍首相は五輪外交の機会を逃さなかった。それは日露関係が非常に重要な局面を迎えているからだった。
日露関係は詰まるところ北方領土問題をどう決着させるのかにかかっている。その一点が解決できないために、日本とロシアは未だに第二次世界大戦後の平和条約を結ぶことさえできていない。そして、それが戦後70年近くにわたり、日本とロシアという東アジアの2つの隣国の関係を進展させる上での決定的な足かせとなってきた。
実はロシアは2000年代に入って、中国、ノルウェーなど周辺国との国境を積極的に画定してきた。2月18日にはバルト三国のエストニアと国境を画定させて、残る大きな領土紛争は日本との北方領土を残すばかりとなっている。更にロシアのプーチン大統領は日本に対して「原則引き分けで領土交渉をやりましょう」とまで発言している。
一方の安倍首相も、向こう3年は大きな国政選挙が予定されない中で、領土問題のような腰を据えて取り組むべき政治課題に手をつけられる立場にある。外務省で一貫してロシアを担当してきた東郷和彦京都産業大学教授は「この機会を逃すと北方領土は二度と返ってこないかもしれない。これが最後のチャンスになるのではないか」と、日露関係が千載一遇の、そして最後のチャンスを迎えていると指摘する。
歴史的に見ると北方領土といわれている4島(択捉島・国後島・色丹島・歯舞諸島)は、1855年の日魯通好条約締結以降、1945年のポツダム宣言受諾まで約90年間日本が統治してきた。しかし、同年2月のヤルタ会談でルーズベルト、チャーチルと対日参戦を約束したスターリンの下、日ソ不可侵条約を破ってソ連軍が満州に侵入。9月5日頃までに北方4島も支配下に治める。その後、サンフランシスコ講話条約で、日本は国際社会に対して公式に樺太と千島列島の放棄を宣言している。ところが旧ソ連がサンフランシスコ条約に調印しなかったため、現在までのところ北方4島の領有権は国際法上日本とロシアのどちらも有していないながら、一貫してロシアが実効支配をしているという状態にある。
日本には、不可侵条約を破って対日参戦をし、日本のポツダム宣言受諾後も侵攻を続け、満州で民間人を相手に殺戮や強姦などの蛮行を繰り返した上に60万人の日本人をシベリアに抑留したソ連に対する特殊な感情もある。更に日本は少なくとも1956年以降、一貫して北方4島は日本の領土であるとの立場を貫き続け、積極的にそのような広報活動もしてきているために、国民の多くも政府のその立場を支持している。4島一括返還以外の立場を日本が取ることに抵抗が多いのは言うまでもない。
しかしその一方で、過去70年近くもロシアの実効支配下にあり、4島にはひとりも日本人がいないまま、この先もそれが続くとなると、日本への返還は事実上不可能になってしまうことは想像に難くない。加えて、ロシアは2007年からクリル開発計画と称して5千億円規模の予算を投じて北方4島の開発に取り組んでいる。これらの事情を考慮すると、今、より現実的な解決策を探らない限り、北方領土が日本に戻ってくる見込みは事実上消滅してしまうと言っても過言ではないだろう。
東郷氏は北方領土問題は2島+α(歯舞、色丹の2島返還と残る国後、択捉の2島についても何らかの将来につながる合意)が落としどころになるだろうと指摘する。「まず1954年の日ソ共同宣言に従って歯舞、色丹を返してもらう。残る択捉と国後は日本、ロシア双方が関わる特別共同経済特区のような仕組みを作った上で、今後も交渉を続けていく」というのが東郷氏の提案だ。これならロシアも乗れる可能性が高いと東郷氏は言う。4島一括返還にこだわり、何も手にできないまま、結果的に両国関係を進展させないこれまでの道を選ぶのか、4島一括返還にこだわらず、まず2島の返還を実現するとともに、とにかく北方4島に日本人が住めるようにすることで、その後の2島の帰属にも可能性を残していくのかのいずれかの選択になるのであれば、これがベストな選択ではないかと東郷氏は言う。
日露両国が北方領土問題を解決させ、友好的な隣人として新しい関係の構築に成功すれば、東アジア情勢はもとより国際的にも大きな意味を持つ。しかも、その時はこれまで両国間の対立の象徴だった北方領土が、友好と経済協力関係のシンボルとして機能することになる。
果たして北方領土問題に決着をつけ、日露関係を大きく前進させることができるかどうかは、両国の問題であると同時に、日本国内の問題としての面が多分にある。東郷氏は、これまで日露関係が前進の兆しを見せるたびに、ある時はアメリカから、またあるときは日本国内の勢力から横やりが入り、期待が幻滅に終わるような苦い経験を繰り返してきたという。
日露両国は、そして日本はこの千載一遇の機会をものにすることができるのか。北方領土問題と日露関係改善の前途に横たわる課題とその克服の見通しを、ゲストの東郷和彦氏とともに、ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。
(貼り付け終わり)
なんとはなく彼の行動に脱欧米を感じ取っていたが、元外務省欧亜局長の東郷和彦氏が、日ロ問題の最大の解決事項である北方領土返還の最後のチャンスだとみているのだ。
そういう意味で、約1時間半の東郷氏、神保、宮台の鼎談は非常に興味深かった。
確かにロシアはプーチン大統領が実権を握る今が、シベリア開発や天然ガスの輸出などで、日本の技術とカネが必要であり、安倍首相の良い意味でも悪い意味でも、独善性で政権運営を推し進める事ができる時に、北方領土の返還のまたとないチャンスであると、東郷氏は見ている。
まあ安倍首相も、アメリカからも見放されようとしている時であるだけに、日露の領土返還交渉が成功すると、大きな主導権を得る事ができる事になる。
まだ現時点では何とも交渉の行方が見えないが、可能性に炎が点火すると、一気に交渉が前に進むことになる。
東郷氏も北方領土返還交渉を続けてきた人物であるだけに、外務省の交渉能力に賭けているようだ。
もしもこの交渉が具体化すると、安倍政権の長期政権化も可能性が出てくる訳で、今後の日本の方向性が非常に興味のあるところだ。
(マル激トーク・オン・ディマンド 第671回(2014年02月22日)より貼り付け)
北方領土問題解決の千載一遇のチャンスを逃すな
ゲスト:東郷和彦氏(京都産業大学教授・元外務省欧亜局長)
安倍首相は、2月7日の冬季オリンピック開会式に出席するためロシアのソチを訪れ、翌8日、プーチン大統領と首脳会談を行った。プーチン政権が進める同性愛規制などに対して、人権上の懸念から主だった欧米諸国の首脳が軒並み開会式を欠席したのを尻目に、安倍首相は五輪外交の機会を逃さなかった。それは日露関係が非常に重要な局面を迎えているからだった。
日露関係は詰まるところ北方領土問題をどう決着させるのかにかかっている。その一点が解決できないために、日本とロシアは未だに第二次世界大戦後の平和条約を結ぶことさえできていない。そして、それが戦後70年近くにわたり、日本とロシアという東アジアの2つの隣国の関係を進展させる上での決定的な足かせとなってきた。
実はロシアは2000年代に入って、中国、ノルウェーなど周辺国との国境を積極的に画定してきた。2月18日にはバルト三国のエストニアと国境を画定させて、残る大きな領土紛争は日本との北方領土を残すばかりとなっている。更にロシアのプーチン大統領は日本に対して「原則引き分けで領土交渉をやりましょう」とまで発言している。
一方の安倍首相も、向こう3年は大きな国政選挙が予定されない中で、領土問題のような腰を据えて取り組むべき政治課題に手をつけられる立場にある。外務省で一貫してロシアを担当してきた東郷和彦京都産業大学教授は「この機会を逃すと北方領土は二度と返ってこないかもしれない。これが最後のチャンスになるのではないか」と、日露関係が千載一遇の、そして最後のチャンスを迎えていると指摘する。
歴史的に見ると北方領土といわれている4島(択捉島・国後島・色丹島・歯舞諸島)は、1855年の日魯通好条約締結以降、1945年のポツダム宣言受諾まで約90年間日本が統治してきた。しかし、同年2月のヤルタ会談でルーズベルト、チャーチルと対日参戦を約束したスターリンの下、日ソ不可侵条約を破ってソ連軍が満州に侵入。9月5日頃までに北方4島も支配下に治める。その後、サンフランシスコ講話条約で、日本は国際社会に対して公式に樺太と千島列島の放棄を宣言している。ところが旧ソ連がサンフランシスコ条約に調印しなかったため、現在までのところ北方4島の領有権は国際法上日本とロシアのどちらも有していないながら、一貫してロシアが実効支配をしているという状態にある。
日本には、不可侵条約を破って対日参戦をし、日本のポツダム宣言受諾後も侵攻を続け、満州で民間人を相手に殺戮や強姦などの蛮行を繰り返した上に60万人の日本人をシベリアに抑留したソ連に対する特殊な感情もある。更に日本は少なくとも1956年以降、一貫して北方4島は日本の領土であるとの立場を貫き続け、積極的にそのような広報活動もしてきているために、国民の多くも政府のその立場を支持している。4島一括返還以外の立場を日本が取ることに抵抗が多いのは言うまでもない。
しかしその一方で、過去70年近くもロシアの実効支配下にあり、4島にはひとりも日本人がいないまま、この先もそれが続くとなると、日本への返還は事実上不可能になってしまうことは想像に難くない。加えて、ロシアは2007年からクリル開発計画と称して5千億円規模の予算を投じて北方4島の開発に取り組んでいる。これらの事情を考慮すると、今、より現実的な解決策を探らない限り、北方領土が日本に戻ってくる見込みは事実上消滅してしまうと言っても過言ではないだろう。
東郷氏は北方領土問題は2島+α(歯舞、色丹の2島返還と残る国後、択捉の2島についても何らかの将来につながる合意)が落としどころになるだろうと指摘する。「まず1954年の日ソ共同宣言に従って歯舞、色丹を返してもらう。残る択捉と国後は日本、ロシア双方が関わる特別共同経済特区のような仕組みを作った上で、今後も交渉を続けていく」というのが東郷氏の提案だ。これならロシアも乗れる可能性が高いと東郷氏は言う。4島一括返還にこだわり、何も手にできないまま、結果的に両国関係を進展させないこれまでの道を選ぶのか、4島一括返還にこだわらず、まず2島の返還を実現するとともに、とにかく北方4島に日本人が住めるようにすることで、その後の2島の帰属にも可能性を残していくのかのいずれかの選択になるのであれば、これがベストな選択ではないかと東郷氏は言う。
日露両国が北方領土問題を解決させ、友好的な隣人として新しい関係の構築に成功すれば、東アジア情勢はもとより国際的にも大きな意味を持つ。しかも、その時はこれまで両国間の対立の象徴だった北方領土が、友好と経済協力関係のシンボルとして機能することになる。
果たして北方領土問題に決着をつけ、日露関係を大きく前進させることができるかどうかは、両国の問題であると同時に、日本国内の問題としての面が多分にある。東郷氏は、これまで日露関係が前進の兆しを見せるたびに、ある時はアメリカから、またあるときは日本国内の勢力から横やりが入り、期待が幻滅に終わるような苦い経験を繰り返してきたという。
日露両国は、そして日本はこの千載一遇の機会をものにすることができるのか。北方領土問題と日露関係改善の前途に横たわる課題とその克服の見通しを、ゲストの東郷和彦氏とともに、ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。
(貼り付け終わり)