安倍内閣の、いわゆる新・第三の矢として、一億総活躍社会を打ち出しているが、筆者もこのブログで殆んど評価しない内容を書いてきた。
この程出された“一億総活躍社会緊急対策”についての、メディアにも時々顔を出す慶応大の岸 博幸教授のコラムを読ませてもらった。
岸教授の言うとおり、一億総活躍社会は中期的な目標であり、緊急対策とは短期的な対策である。
論理の矛盾があるにもかかわらず、平気で並べているところに、安倍政権がどこまで本気で取り組むのか疑問の残るところである。
緊急対策の政策の中身は、色々の項目が羅列されているが、殆んどは家計支援である。
筆者も主張している通り、GDPの伸び悩みは間違いなく消費支出の低迷が原因であり、家計支出を増やす政策は、もちろん必要だ。
しかし、その効果は1~2年続けば良いところで、本来の成長政策を実施できなければ、GDP600兆円の達成などは不可能だろう。
岸教授はTPPの経済効果も評価しているようであるが、筆者は日本経済にとっては、TPPはどこまで効果があるのか疑問を持っている。 既に現段階でも大幅に関税も低くなっており、特に日米間の貿易のメリットは余りなく、貿易よりも日本の制度や仕組みの変化が与える影響の方が、本当に国民の為に有利になるのか、今でも疑問点が多い。
一億活躍社会の実現のためには、雇用環境の再見直しも必要で、正規社員に比較し、余りにも経済格差が大きい非正規社員の存在も、大幅に改善しなければならないだろう。
その辺りの見直しは緊急対策には入っておらず、このコラムに付随している読者に対する世論調査を行っているが、なんと75%の読者は緊急対策の効果はないに投票しているのだ。
(ダイヤモンド・オンラインより貼り付け)
「一億総活躍緊急対策」は問題ばかり
岸 博幸 [慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授]
2015年11月27日
11月26日(木)に内閣改造後の安倍政権の初の経済対策である“一億総活躍社会緊急対策”が発表されました。原稿の締め切りとの関係で、まだ本体を入手して詳細を分析した訳ではありませんが、対策に関する報道を読む限りでも多くの問題点が目についてしまいます。
●「家計支援」がメインの対策に抱く不安
“一億総活躍社会緊急対策”という名称にもかかわらず、中身は家計支援がメインに…
まず違和感を持つのは、“一億総活躍社会の実現に向けて緊急に実施すべき対策”というタイトルです。“一億総活躍”というのは、その意味からして中長期的に実現すべき課題です。一方、“緊急対策”というのは、通常は喫緊の課題に対応する短期的な政策を意味するはずです。
つまり、このタイトルは中長期を意味する言葉と短期を意味する言葉を安直に並べただけで、厳密には論理矛盾です。まあ、対策の中身もタイトルどおりに短期的な政策と中長期的な政策がごっちゃまぜになっていますので、名は体を表していると言えますが、しかし、この手の文書のタイトルは、本来は政策が目指す方向性や政権の意思が反映されるべきなのに、それもできていないのでは最初から不安になってしまいます。
そして、対策の中身を見ても、その不安どおりの中身と言わざるを得ません。まず感じるのは、列挙されている政策メニューが、
・低年金受給者への給付金の支給
・住宅購入負担の軽減
・最低賃金の引き上げ
・保育所の整備
・産後の女性の国民年金保険料免除
・特養ホームなどの整備
・介護休業給付金の引き上げ
と、結局は家計支援がメインになっているということです。
もちろん、これらの政策が新・三本の矢の目指す方向に即しているのは事実ですし、何より昨年4月の消費税増税から1年半が経過しても弱いままとなっている消費へのテコ入れという観点からは評価できます。
●家計支援だけでは
名目GDP600兆円も一億総活躍も無理
しかし、それでもやはりこの対策はあまり高く評価できません。その理由として2つの点を指摘できます。
第一は、家計を支援して消費をテコ入れすればそれで第一の矢が目指す名目GDP600兆円を実現できるのかということです。短期的に経済成長率を高めるには需要を増やせばいいので、家計支援はまさにその役割を果たしますが、その効果は1~2年しか続きません。高い成長率を長期にわたって続けてこそ、名目GDP600兆円が初めて視野に入るのです。
長期的に経済成長率(潜在成長率)を高めるには、特に人口が減少している日本では、それでなくても国際比較すると高くはない日本経済の生産性を高めることが不可欠となります。そして、そのために必要な政策は、規制改革、地方分権、自由貿易を一層進める改革的な政策になります。
もちろん、自由貿易についてはTPPという大きな成果があります。しかし、安倍政権の過去3年を振り返ると、規制改革については国家戦略特区など評価できる成果はあるものの、全体的にはあまり進んだとは言えません。地方分権に至っては成果ゼロです。
そして、今回の対策を見ても、規制改革や地方分権での新たな政策は何も入っていません。これでは、結局は経済対策と補正予算で需要を増やしてその場しのぎをするという、90年代の自民党がやったことと同じに見えかねません。
第二は、家計を支援すれば、それだけで“一億総活躍社会”が実現できるのかということです。もちろん家計支援は不可欠ですが、逆にいえばそれだけでは活躍したくてもできない人、つまり思いっきり働きたくても働けない人がたくさんいるのではないでしょうか。
そうした状態を改善するために必要なのは、働く人がスキルアップできる機会を増やすことです。実際、企業が従業員一人あたりにかける教育訓練費は2008年度3.3万円だったものが2014年度は2万円にまで減少しています。パート、アルバイトなどの非正規雇用はその恩恵にさえ預かれません。更に、公共職業訓練が提供するスキルアップの機会はものづくりの技能向上がメインで、サービス産業やICT関連は全然充実していません。
こうした部分に対策で本格的に取り組んでこそ、“一億総活躍社会”の実現に向けた本気度が分かるのではないでしょうか。ちなみに、こうした部分を強化することは、日本経済の生産性の向上にも資するのです。
加えて言えば、本当に“一億総活躍”を目指すのならば、雇用制度の抜本的な改革を通じて正規雇用と非正規雇用の区別をなくすことも必要なはずです。でも、この問題は安倍政権発足直後に一度取り上げられたものの、労使双方からの猛烈な反発に遭って以来お蔵入りしたままで、当然ながら今回の対策にはそうした方向は何も入っていません。
●今回の対策はまだ“総理主導”ではない
このように考えると、確かに家計支援は短期的に必要であり、それに取り組んだことは評価できるものの、逆に言えばそれに終始してしまい、経済の生産性の向上や、スキルアップや雇用制度といった働く人の環境の改善のための政策が目につかないというのは、残念と言わざるを得ません。
実際、海外の投資家は今回の対策にはそもそもあまり関心を示していませんでした。彼らが現状関心あるのは、補正予算の規模がどれ位になり、どの分野に重点的に予算が投入されるかというだけです。ファンドの連中には既に見透かされてしまっているのです。
現実的に考えると、官僚主導、官僚に優しい政治家主導では今回の対策が限界です。そろそろ、安倍首相が真剣に安全保障から経済に重点を移し、また自ら経済運営を主導すべきではないでしょうか。
(貼り付け終わり)
この程出された“一億総活躍社会緊急対策”についての、メディアにも時々顔を出す慶応大の岸 博幸教授のコラムを読ませてもらった。
岸教授の言うとおり、一億総活躍社会は中期的な目標であり、緊急対策とは短期的な対策である。
論理の矛盾があるにもかかわらず、平気で並べているところに、安倍政権がどこまで本気で取り組むのか疑問の残るところである。
緊急対策の政策の中身は、色々の項目が羅列されているが、殆んどは家計支援である。
筆者も主張している通り、GDPの伸び悩みは間違いなく消費支出の低迷が原因であり、家計支出を増やす政策は、もちろん必要だ。
しかし、その効果は1~2年続けば良いところで、本来の成長政策を実施できなければ、GDP600兆円の達成などは不可能だろう。
岸教授はTPPの経済効果も評価しているようであるが、筆者は日本経済にとっては、TPPはどこまで効果があるのか疑問を持っている。 既に現段階でも大幅に関税も低くなっており、特に日米間の貿易のメリットは余りなく、貿易よりも日本の制度や仕組みの変化が与える影響の方が、本当に国民の為に有利になるのか、今でも疑問点が多い。
一億活躍社会の実現のためには、雇用環境の再見直しも必要で、正規社員に比較し、余りにも経済格差が大きい非正規社員の存在も、大幅に改善しなければならないだろう。
その辺りの見直しは緊急対策には入っておらず、このコラムに付随している読者に対する世論調査を行っているが、なんと75%の読者は緊急対策の効果はないに投票しているのだ。
(ダイヤモンド・オンラインより貼り付け)
「一億総活躍緊急対策」は問題ばかり
岸 博幸 [慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授]
2015年11月27日
11月26日(木)に内閣改造後の安倍政権の初の経済対策である“一億総活躍社会緊急対策”が発表されました。原稿の締め切りとの関係で、まだ本体を入手して詳細を分析した訳ではありませんが、対策に関する報道を読む限りでも多くの問題点が目についてしまいます。
●「家計支援」がメインの対策に抱く不安
“一億総活躍社会緊急対策”という名称にもかかわらず、中身は家計支援がメインに…
まず違和感を持つのは、“一億総活躍社会の実現に向けて緊急に実施すべき対策”というタイトルです。“一億総活躍”というのは、その意味からして中長期的に実現すべき課題です。一方、“緊急対策”というのは、通常は喫緊の課題に対応する短期的な政策を意味するはずです。
つまり、このタイトルは中長期を意味する言葉と短期を意味する言葉を安直に並べただけで、厳密には論理矛盾です。まあ、対策の中身もタイトルどおりに短期的な政策と中長期的な政策がごっちゃまぜになっていますので、名は体を表していると言えますが、しかし、この手の文書のタイトルは、本来は政策が目指す方向性や政権の意思が反映されるべきなのに、それもできていないのでは最初から不安になってしまいます。
そして、対策の中身を見ても、その不安どおりの中身と言わざるを得ません。まず感じるのは、列挙されている政策メニューが、
・低年金受給者への給付金の支給
・住宅購入負担の軽減
・最低賃金の引き上げ
・保育所の整備
・産後の女性の国民年金保険料免除
・特養ホームなどの整備
・介護休業給付金の引き上げ
と、結局は家計支援がメインになっているということです。
もちろん、これらの政策が新・三本の矢の目指す方向に即しているのは事実ですし、何より昨年4月の消費税増税から1年半が経過しても弱いままとなっている消費へのテコ入れという観点からは評価できます。
●家計支援だけでは
名目GDP600兆円も一億総活躍も無理
しかし、それでもやはりこの対策はあまり高く評価できません。その理由として2つの点を指摘できます。
第一は、家計を支援して消費をテコ入れすればそれで第一の矢が目指す名目GDP600兆円を実現できるのかということです。短期的に経済成長率を高めるには需要を増やせばいいので、家計支援はまさにその役割を果たしますが、その効果は1~2年しか続きません。高い成長率を長期にわたって続けてこそ、名目GDP600兆円が初めて視野に入るのです。
長期的に経済成長率(潜在成長率)を高めるには、特に人口が減少している日本では、それでなくても国際比較すると高くはない日本経済の生産性を高めることが不可欠となります。そして、そのために必要な政策は、規制改革、地方分権、自由貿易を一層進める改革的な政策になります。
もちろん、自由貿易についてはTPPという大きな成果があります。しかし、安倍政権の過去3年を振り返ると、規制改革については国家戦略特区など評価できる成果はあるものの、全体的にはあまり進んだとは言えません。地方分権に至っては成果ゼロです。
そして、今回の対策を見ても、規制改革や地方分権での新たな政策は何も入っていません。これでは、結局は経済対策と補正予算で需要を増やしてその場しのぎをするという、90年代の自民党がやったことと同じに見えかねません。
第二は、家計を支援すれば、それだけで“一億総活躍社会”が実現できるのかということです。もちろん家計支援は不可欠ですが、逆にいえばそれだけでは活躍したくてもできない人、つまり思いっきり働きたくても働けない人がたくさんいるのではないでしょうか。
そうした状態を改善するために必要なのは、働く人がスキルアップできる機会を増やすことです。実際、企業が従業員一人あたりにかける教育訓練費は2008年度3.3万円だったものが2014年度は2万円にまで減少しています。パート、アルバイトなどの非正規雇用はその恩恵にさえ預かれません。更に、公共職業訓練が提供するスキルアップの機会はものづくりの技能向上がメインで、サービス産業やICT関連は全然充実していません。
こうした部分に対策で本格的に取り組んでこそ、“一億総活躍社会”の実現に向けた本気度が分かるのではないでしょうか。ちなみに、こうした部分を強化することは、日本経済の生産性の向上にも資するのです。
加えて言えば、本当に“一億総活躍”を目指すのならば、雇用制度の抜本的な改革を通じて正規雇用と非正規雇用の区別をなくすことも必要なはずです。でも、この問題は安倍政権発足直後に一度取り上げられたものの、労使双方からの猛烈な反発に遭って以来お蔵入りしたままで、当然ながら今回の対策にはそうした方向は何も入っていません。
●今回の対策はまだ“総理主導”ではない
このように考えると、確かに家計支援は短期的に必要であり、それに取り組んだことは評価できるものの、逆に言えばそれに終始してしまい、経済の生産性の向上や、スキルアップや雇用制度といった働く人の環境の改善のための政策が目につかないというのは、残念と言わざるを得ません。
実際、海外の投資家は今回の対策にはそもそもあまり関心を示していませんでした。彼らが現状関心あるのは、補正予算の規模がどれ位になり、どの分野に重点的に予算が投入されるかというだけです。ファンドの連中には既に見透かされてしまっているのです。
現実的に考えると、官僚主導、官僚に優しい政治家主導では今回の対策が限界です。そろそろ、安倍首相が真剣に安全保障から経済に重点を移し、また自ら経済運営を主導すべきではないでしょうか。
(貼り付け終わり)