中国崩壊論で著名であった三橋貴明(中村貴司)氏が、妻に噛みつき暴行で逮捕され、すっかり地に落ちたが、日本国内では今まで多くの中国批判本が出版されていた。
尖閣諸島というちっぽけな絶海の孤島を守るのだと、安倍政権は軍備拡張の好材料にしている。 こういうメディアの報道にさらされているため、日本人の多くは中国を毛嫌いしている傾向があるようだ。
しかし、中国の経済発展を甘く見てはいけない。現代ビジネスというネットサイトで『週刊現代』特別編集委員の近藤 大介氏の深セン地区のルポルタージュが掲載されている。
世界のスマホの供給基地のように変身している深センだが、つぎつぎと新製品を生み出すエネルギーをこの記事から感じることができる。
結構読みやすい文章なので、少々長いですが全文転載させていただきました。
日本はすでに手遅れではないかというのが近藤氏の感想のようですが、確かに最近は日本ブランドよりも中国ブランドのスマホが、高性能で安価と若者に重宝されている現実をみると、つぎつぎと新製品を生み出す中国の技術と製造のパワーを感じるかもしれません。
(現代ビジネスより貼り付け)
「無限の欲望の街」深センを視察して見えた、日本産業の暗い未来
このままでは「中国の下請国家」になる
近藤 大介 『週刊現代』特別編集委員
◎中華民族の「最新形」を見た!
そこはまさしく、中国人の無限の欲望の大噴火が起こっていた――。
中国人は世界一、欲深い民である。それは主に二つの理由による。第一に、来世の幸福を願う宗教が存在しないから(チベット仏教などを除く)、徹頭徹尾、現世を享楽的に生きようとするためだ。 第二に、カネ以外のもの――政府や地域社会、ひょっとすると親族までも――が信用できないため、カネや富に対して尋常でない執着心を持つからだ。
そうして4000年の長きにわたって、広大な大陸で生き延びてきた民族の、「2018年最新形」が、深圳に在った。
「アジアのシリコンバレー」「世界最先端都市」――最近、深圳に冠せられる形容詞は多い。 だが今回、香港に隣接する人口1200万の経済特区を訪れてみると、彼らの欲望のパワーとエネルギーが創出した世界は、そんな表現さえ陳腐に思えてくるほど強烈だった。
深圳中心部の福田区の一角を占める「華強北」(ファーチアンベイ)――もともとは秋葉原を模して作ったが、いまや秋葉原の30倍という世界最大の電子商店街に膨張していた。 ビッグカメラやヨドバシカメラの本店が、遠く地平線の彼方まで連なっているイメージだ。
中国鉄道出版社刊『深圳』(2016年第2版)では、華強北をこう解説している。
〈 華強北商業区の前身は、電子・通信・電器産品の生産を中心とする工業区である。 そこには40棟以上の工場があった。 そのため華強北は、携帯電話産業の発展のバロメーターと言われる。 1998年、深圳市は華強北商業街の改造に着手した。 そして華強北を、深圳で最も伝統があり、かつ人気の商業地域に変身させた。
華強北道は、南北930m、東西1560m、商業区の総面積は約1.45㎢である。一日の集客量は30万人から50万人。 内部の会社は717社に上っている。 そのうち大型のデパートが20数ヵ所で、茂業百貨、天虹商場、賽格広場、華強広場、群星広場ショッピングセンターなどがある。 入居している会社は、電子、電器、通信、時計、アパレル、百貨、金飾、銀行証券、保険、不動産、ホテルなどに集中している 〉
これは2年前の解説なので、いまはますます「進化」している。 だが、スマホ産業を基礎としていることに変わりはない。つまりは「見ること」と「聴くこと」である。
◎華強北を支える「深圳速度」
実際に歩いてみて分かったが、秋葉原の家電量販店と大きく異なるのは、個人客や観光客に対して、ひどく不愛想なことだった。
ある店で、259元(1元≒17・2円、以下同)の携帯スピーカー(後述)を買おうとした時のことだ。端数の9元だけまけてもらい、250元にしてほしいと、店員に切り出してみた。北京の雅秀市場などでは、そもそも259元と値札が出ていたら、150元から交渉を始めるところだが、遠慮したのだ。
ところが、華強北の男性店員は、「まけない」と一言。以下は店員とのやりとりだ。
「9元くらいまけてくれてもいいじゃないか」
「ダメだ。1元たりともまけない」
「なぜまけてくれないの?」
「まけないと言ったらまけない」
「2個買ったとしても、まけてくれないの?」
「そうだ、まけない。ただし2個買うというなら、簡単なプレゼントをあげてもいい」
華強北には、それほど多くの客がいるわけでもないのに、店側は強気一辺倒なのである。
また、バックミラー・カーナビの売り場では、後述するように、男女の店員から商品の説明をしてもらった。 だが、結局、買わなかった。
そうしたら男性店員が、「何だよ、買わねえのかよ」と毒づいてきたのだ。 私が思わず、その店員を睨みつけると、「まったく、旅行者は……」とぼやいた。
こうしたことは、北京のマーケットでは考えられないことだった。 だが、しばらく華強北を歩き回っているうちに、この街のカラクリが分かってきた。 華強北の人々が相手にするのは、主に中国国内及び世界各地から買い付けにくるバイヤーたちなのである。
サウジアラビアから来たバイヤーが、子供の教育向けの電子式ノートの交渉を行っていた。 AIを搭載し、子供の英語力や創造力がアップする最新の商品だという。 それは、数万個、数十万個単位の交渉だった。
交渉が成立すれば、その場で代金を支払い、即日、商品がサウジアラビアに向けて発送されるという。 たしかに一歩裏通りに入ると、商品を包む段ボール会社、配送会社などが多数、軒を並べていた。
これは「深圳速度」と言われる。「深圳質量」(深圳の品質)と「深圳速度」が、華強北を支えていた。
その後、アメリカ、ヨーロッパ、ロシア、果てはアフリカから来たというバイヤーもいた。 たしかにこの街は、英語の看板一つ出ていないにもかかわらず、インターナショナルである。 IT産業は言葉の壁を超えるということなのかもしれない。
◎華強北の「売れ筋」はこんな感じ
華強北の店舗群を回っているうちに、2018年1月時点での売れ筋商品が見えてきた。 それらは、以下のようなものだった。
●バックミラー・カーナビ 500元~
ドライバーは運転中、運転席からカーナビとバックミラーを見る。そこで、「2つを同時に見ることはできないか?」という発想から生まれた商品だ。
女性店員が実践してくれた。彼女が横長のバックミラーの左隅に指でタッチすると、バックミラーの中心部が、カーナビの地図に変わった。
彼女が、「警察署へ行きたいんだけど」と、バックミラーに向かって話しかける。 するとバックミラーのスピーカーが女声で、「警察署って、どこの警察署?」と聞き返してきた。
店員は、「最寄りの警察署よ」と答える。するとたちどころに、バックミラーの中のカーナビの地図に赤いラインが入り、「この先、200mを先を右折してください」と指示してくれた。あとはバックミラーの指示する通りに走ってゆけばよいというわけだ。
この商品は、Anytek(安尼泰科)という2003年に深圳で創業した会社が作っていた。Anytekは、いまや中国最大の車内機器メーカーに成長している。
●360度監視カメラ 460元~
同じくAnytekの商品で、球状のカメラのスイッチを入れると、360度の風景を監視カメラが撮影してくれる。 各国の政府機関などからの注文が多く、日本にも輸出されているという。
●手巻きピアノ 338元~
中国では長年の一人っ子政策の影響もあって、教育熱が高く、自室でヘッドホンで聴きながら弾ける電子ピアノが大ブームになっている。 ところが電子ピアノのネックは、持ち運びができないことだ。
そこで、鍵盤が手ぬぐいのようになっていて、クルクル巻いて持ち運べる電子ピアノが開発された。 テーブルに手ぬぐいを広げると、表面にピアノの鍵盤の模様が描いてあって、そこに指を乗せると、その音が鳴る。
どういう仕組みになっているのかと、手ぬぐいを覗き込んでみた。 すると、中に内蔵されたセンサーで、音の位置と強弱を測り、さらに手ぬぐいの両端に備わった赤外線センサーで、押される指の位置を二重にチェックしていた。
音質はどうだろう? 女性店員に聞くと突然、無茶苦茶な指使いで『エリーゼのために』(ベートーベン作曲)を弾き始めた。
「(音が整った)モーツアルトを弾いてくれないか?」とお願いしたら、「あなたが弾いてくれ」と言って、私に席を譲った。そこで、K331のイ長調ピアノソナタの第一楽章を試弾してみたら、右手と左手の重奏にも、きちんと対応していた。これはオモチャではなく、優れモノである。
●携帯スピーカー 259元~
手の拳より一回り小さい球状の2つのスピーカーで、チップをスマホに挿し込んで、スマホで音楽をかける。 すると、スピーカーから音楽が聞こえてくる。その際、歌手が歌う歌ならば、片方のスピーカーからは歌が流れ、もう片方のスピーカーからは伴奏が流れるという独特の「ステレオ放送」になっていた。
●眼部マッサージ器 498元~
黒い目隠しシートのようなものを両目に被せると、眼の周りを細かくマッサージしてくれ、眼の疲れが取れる。日がなスマホやパソコンに没頭している深圳人には、欠かせないアイテムだという。
●電動歩行器 550元~
両足を乗せると、下側に車輪がついていて、電動で走ってくれる。「自動歩行する靴」のイメージだ。
●電動掃除機 550元~
日本でもルンバなどがあるが、直径20㎝ほどでコンパクトな商品。現在、さらにコンパクトな商品を開発中という。
●自撮り用ドローン 1999元~6000元
世界の商業ドローン市場でシェア7割を超える地元のDJI(大疆創業)が開発した、自撮り用ドローン。コンパクトな手のひらサイズのドローンを自分の頭上に飛ばし、頭上から自分を撮影してくれる。いわば進化したデジタルカメラだ。
この商品の最新型であるMavic Airは、先週1月25日に、日本でも製品発表会が行われた。430gと軽量で、アームとプロペラを折り畳むとスマホと同等のサイズになる。 また、ハイライトとローライトの細部を再現できるので、日の出から日没まで撮影可能という。
◎「スマホを飛ばしてみたら何ができるか」
深圳で、DJIの関係者に話を聞いた。
――DJIとは、どんな会社か?
「わが社は、香港科学技術大学を卒業した汪稲(ワン・タオ)会長(1980年杭州生まれ)が、2006年に仲間20人と深圳で始めた会社で、社員の平均年齢は28歳。現在は、社員1万1000人を数え、『深圳ユニコーン』(時価総額10億ドル以上の非上場企業)の代表格となった。
社員の学歴などは重視せず、徹底した成果主義を取っている。 成果を挙げた社員には、ベンツやBMWをボーナスに出したりもしている。 汪稲会長は、非常に仕事熱心で、『一日72時間働く』と言われるほどだ。
DJIでは、毎年6000万元を出資して、ロボット・コンテストを開催している。 大学生たちも参加し、優秀な人には資金を提供して起業させる。起業して失敗しても構わないという発想でやっている」
――ドローンという商品を、どのように解釈したらよいのか?
「空飛ぶスマホと考えてほしい。上空は規制が多く、中国でも人口密度が1㎢あたり4000人以上の密集地では、ドローンを飛ばしてはならない。 だが他国に較べれば、規制は少ないほうだ。
中国の3大スマホ・メーカーであるHuawei(華為)、OPPO、vivoの本社は、すべて深圳と隣の東莞にある(Huaweiは深圳で、OPPOとvivoは東莞)。スマホを上空に飛ばしてみたら何ができるかという発想で始めたのがドローンだ。 DJIが成功した背景には、こうした深圳の卓越した『スマホ環境』があった。
2011年に初めて関連商品を発売し、翌2012年に『Phantom1』を発表。2016年に『Phantom4』を発売した時、世界で爆発的に売れた。
商品はまず英語でリリースを発表し、その後、中国語や日本語、韓国語版などを出している。つまり、わが社は常に世界を見て商品を販売しているのだ。 また、商品の広告ビデオも、まるで映画のワンシーンのように、世界の人々に評価される精巧なものにしている」
――日本のことをどう見ているか?
「二つの意味で重視している。 第一に、個人向け及び業務向けの市場としてだ。 すでに国交省の測量システムにも採用されており、昨年の熊本地震の後の被災状況調査では、DJIのドローンが役に立った。
第二に、研究開発拠点としての存在だ。 2013年8月にDJI Japanを作り、カメラ関連部品の集積地である品川に開発拠点を、また埼玉にアフターサービスセンターを置いている」
◎21世紀は「ドローンの時代」
DJIと言っても、多くの日本人はピンとこないか、もしくは模型飛行機のような「趣味の世界」の会社かと思っているかもしれない。 だが、DJIという会社を知れば知るほど、ドローンは、まさに21世紀の人類を変えるとてつもない可能性を秘めていることが分かる。
この関係者も述べているように、ドローンとは「空飛ぶスマホ」である。もともと深圳という町は、携帯電話産業の集積地として発展した。そして、スマホ文化が世界の文化の中心となったことで、深圳も「世界の深圳」となった。 ここまでが、深圳発展史の第一段階である。
スマホとは「点」の商品だから、いわば一次元なのである。今度はそれを伸ばして、「線」と「面」にし、二次元に応用してみた。それが「走るスマホ」とも言える電気自動車であり、無人運転車である。
深圳ではすでに市内を走るすべてのバスが電動バスに切り替わっており、タクシーも1万6000台中、1万台以上が電動タクシーに切り替わっていた。 また、昨年12月からは、無人バスの試験運転も始まっていた。
さらに、スマホを三次元の「空間」に応用し、「空飛ぶスマホ」にしたのがドローンなのである。道路にカーナビがあるように、今後は上空にも「3次元のカーナビ」ができるに違いない。
実際、中国政府は2000年から、「北斗計画」を遂行している。 正確には、「北斗衛星ナビゲーション・システム」と言い、2020年までに5機の静止衛星と30機の人工衛星を地球上空に飛ばして、地球全体のナビゲーションをカバーしようという壮大な計画だ。2000年10月に「北斗1A号」を発射したのを皮切りに、2018年1月12日に、26機目と27機目(「北斗3号」)を打ち上げた。
こうした先に見据えているのは、まさにドラえもんの「タケコプター」だろう。 つまり、ドローンに人を載せて上空を運ぶということだ。 2050年くらいになれば、それが普通の光景になっているのではないか。
20世紀が「自動車の時代」であったならば、21世紀は「ドローンの時代」なのである。 そして「21世紀のドローン時代」をリードするのは、アメリカでもヨーロッパでも日本でもなく、中国だということだ。
ドローンは一方で、当然ながら軍事利用もされていくだろう。 習近平主席は常々、こう述べている。
「20世紀はアメリカ軍の時代で、その主力は陸・海・空軍にあった。だが21世紀の軍事力は、従来の陸海空に『天』(宇宙空間)と『電』(サイバー空間)を加えた5軍となる。そのため、『天界』と『電界』においては、絶対にアメリカ軍に負けない強力な軍隊を作るのだ」
中国人民解放軍にとって「ドローン兵器」は、まさにアメリカ軍を超える起死回生の兵器となるに違いない。
◎日本の出遅れは致命的
少し話がそれてしまった。 深圳はそうやって、「スマホ産業」を基礎として、二次元、三次元と広がりを見せている。
それでは、日本はどういう扱いとなるのか。 DJIの関係者は、「日本を非常に重視している」と持ち上げてくれたが、そんなに生易しいものではない。
1980年にパナソニックのテレビ工場が北京に進出して以降、日中の経済関係は長く、「日本が製品を販売する親会社で、中国が部品を提供する下請け会社」という関係が続いてきた。 この「日本=上」「中国=下」という上下関係が、完全に逆転するのだ。
つまり日本企業は、中国企業の下請け会社になり下がるということだ。 実際、「深圳一次元企業」の代表格であるHuaweiのスマホでも、「深圳二次元企業」の代表格であるBYDの電気自動車でも、「深圳三次元企業」の代表格であるDJIのドローンでも、すでにそのようになっているのである。 今後、こうした傾向は、ますます強まっていくに違いない。
1月27日、NHKは一本のニュースを流した。
「政府は、IT技術を活用した開発競争が国際的に激しくなる中、AIなどの分野で技術革新を創出するため、2月に菅義偉官房長官を議長とする『イノベーション戦略調整会議』を設置するという方針を固めました。 今年6月をめどに、具体的な行動計画などを盛り込んだ『統合イノベーション戦略』を策定することにしています……」
何をいまさら、という感じである。
「イノベーション戦略調整会議」のメンバーは、まずは全員で深圳を視察することから始めよ!
(貼り付け終わり)
尖閣諸島というちっぽけな絶海の孤島を守るのだと、安倍政権は軍備拡張の好材料にしている。 こういうメディアの報道にさらされているため、日本人の多くは中国を毛嫌いしている傾向があるようだ。
しかし、中国の経済発展を甘く見てはいけない。現代ビジネスというネットサイトで『週刊現代』特別編集委員の近藤 大介氏の深セン地区のルポルタージュが掲載されている。
世界のスマホの供給基地のように変身している深センだが、つぎつぎと新製品を生み出すエネルギーをこの記事から感じることができる。
結構読みやすい文章なので、少々長いですが全文転載させていただきました。
日本はすでに手遅れではないかというのが近藤氏の感想のようですが、確かに最近は日本ブランドよりも中国ブランドのスマホが、高性能で安価と若者に重宝されている現実をみると、つぎつぎと新製品を生み出す中国の技術と製造のパワーを感じるかもしれません。
(現代ビジネスより貼り付け)
「無限の欲望の街」深センを視察して見えた、日本産業の暗い未来
このままでは「中国の下請国家」になる
近藤 大介 『週刊現代』特別編集委員
◎中華民族の「最新形」を見た!
そこはまさしく、中国人の無限の欲望の大噴火が起こっていた――。
中国人は世界一、欲深い民である。それは主に二つの理由による。第一に、来世の幸福を願う宗教が存在しないから(チベット仏教などを除く)、徹頭徹尾、現世を享楽的に生きようとするためだ。 第二に、カネ以外のもの――政府や地域社会、ひょっとすると親族までも――が信用できないため、カネや富に対して尋常でない執着心を持つからだ。
そうして4000年の長きにわたって、広大な大陸で生き延びてきた民族の、「2018年最新形」が、深圳に在った。
「アジアのシリコンバレー」「世界最先端都市」――最近、深圳に冠せられる形容詞は多い。 だが今回、香港に隣接する人口1200万の経済特区を訪れてみると、彼らの欲望のパワーとエネルギーが創出した世界は、そんな表現さえ陳腐に思えてくるほど強烈だった。
深圳中心部の福田区の一角を占める「華強北」(ファーチアンベイ)――もともとは秋葉原を模して作ったが、いまや秋葉原の30倍という世界最大の電子商店街に膨張していた。 ビッグカメラやヨドバシカメラの本店が、遠く地平線の彼方まで連なっているイメージだ。
中国鉄道出版社刊『深圳』(2016年第2版)では、華強北をこう解説している。
〈 華強北商業区の前身は、電子・通信・電器産品の生産を中心とする工業区である。 そこには40棟以上の工場があった。 そのため華強北は、携帯電話産業の発展のバロメーターと言われる。 1998年、深圳市は華強北商業街の改造に着手した。 そして華強北を、深圳で最も伝統があり、かつ人気の商業地域に変身させた。
華強北道は、南北930m、東西1560m、商業区の総面積は約1.45㎢である。一日の集客量は30万人から50万人。 内部の会社は717社に上っている。 そのうち大型のデパートが20数ヵ所で、茂業百貨、天虹商場、賽格広場、華強広場、群星広場ショッピングセンターなどがある。 入居している会社は、電子、電器、通信、時計、アパレル、百貨、金飾、銀行証券、保険、不動産、ホテルなどに集中している 〉
これは2年前の解説なので、いまはますます「進化」している。 だが、スマホ産業を基礎としていることに変わりはない。つまりは「見ること」と「聴くこと」である。
◎華強北を支える「深圳速度」
実際に歩いてみて分かったが、秋葉原の家電量販店と大きく異なるのは、個人客や観光客に対して、ひどく不愛想なことだった。
ある店で、259元(1元≒17・2円、以下同)の携帯スピーカー(後述)を買おうとした時のことだ。端数の9元だけまけてもらい、250元にしてほしいと、店員に切り出してみた。北京の雅秀市場などでは、そもそも259元と値札が出ていたら、150元から交渉を始めるところだが、遠慮したのだ。
ところが、華強北の男性店員は、「まけない」と一言。以下は店員とのやりとりだ。
「9元くらいまけてくれてもいいじゃないか」
「ダメだ。1元たりともまけない」
「なぜまけてくれないの?」
「まけないと言ったらまけない」
「2個買ったとしても、まけてくれないの?」
「そうだ、まけない。ただし2個買うというなら、簡単なプレゼントをあげてもいい」
華強北には、それほど多くの客がいるわけでもないのに、店側は強気一辺倒なのである。
また、バックミラー・カーナビの売り場では、後述するように、男女の店員から商品の説明をしてもらった。 だが、結局、買わなかった。
そうしたら男性店員が、「何だよ、買わねえのかよ」と毒づいてきたのだ。 私が思わず、その店員を睨みつけると、「まったく、旅行者は……」とぼやいた。
こうしたことは、北京のマーケットでは考えられないことだった。 だが、しばらく華強北を歩き回っているうちに、この街のカラクリが分かってきた。 華強北の人々が相手にするのは、主に中国国内及び世界各地から買い付けにくるバイヤーたちなのである。
サウジアラビアから来たバイヤーが、子供の教育向けの電子式ノートの交渉を行っていた。 AIを搭載し、子供の英語力や創造力がアップする最新の商品だという。 それは、数万個、数十万個単位の交渉だった。
交渉が成立すれば、その場で代金を支払い、即日、商品がサウジアラビアに向けて発送されるという。 たしかに一歩裏通りに入ると、商品を包む段ボール会社、配送会社などが多数、軒を並べていた。
これは「深圳速度」と言われる。「深圳質量」(深圳の品質)と「深圳速度」が、華強北を支えていた。
その後、アメリカ、ヨーロッパ、ロシア、果てはアフリカから来たというバイヤーもいた。 たしかにこの街は、英語の看板一つ出ていないにもかかわらず、インターナショナルである。 IT産業は言葉の壁を超えるということなのかもしれない。
◎華強北の「売れ筋」はこんな感じ
華強北の店舗群を回っているうちに、2018年1月時点での売れ筋商品が見えてきた。 それらは、以下のようなものだった。
●バックミラー・カーナビ 500元~
ドライバーは運転中、運転席からカーナビとバックミラーを見る。そこで、「2つを同時に見ることはできないか?」という発想から生まれた商品だ。
女性店員が実践してくれた。彼女が横長のバックミラーの左隅に指でタッチすると、バックミラーの中心部が、カーナビの地図に変わった。
彼女が、「警察署へ行きたいんだけど」と、バックミラーに向かって話しかける。 するとバックミラーのスピーカーが女声で、「警察署って、どこの警察署?」と聞き返してきた。
店員は、「最寄りの警察署よ」と答える。するとたちどころに、バックミラーの中のカーナビの地図に赤いラインが入り、「この先、200mを先を右折してください」と指示してくれた。あとはバックミラーの指示する通りに走ってゆけばよいというわけだ。
この商品は、Anytek(安尼泰科)という2003年に深圳で創業した会社が作っていた。Anytekは、いまや中国最大の車内機器メーカーに成長している。
●360度監視カメラ 460元~
同じくAnytekの商品で、球状のカメラのスイッチを入れると、360度の風景を監視カメラが撮影してくれる。 各国の政府機関などからの注文が多く、日本にも輸出されているという。
●手巻きピアノ 338元~
中国では長年の一人っ子政策の影響もあって、教育熱が高く、自室でヘッドホンで聴きながら弾ける電子ピアノが大ブームになっている。 ところが電子ピアノのネックは、持ち運びができないことだ。
そこで、鍵盤が手ぬぐいのようになっていて、クルクル巻いて持ち運べる電子ピアノが開発された。 テーブルに手ぬぐいを広げると、表面にピアノの鍵盤の模様が描いてあって、そこに指を乗せると、その音が鳴る。
どういう仕組みになっているのかと、手ぬぐいを覗き込んでみた。 すると、中に内蔵されたセンサーで、音の位置と強弱を測り、さらに手ぬぐいの両端に備わった赤外線センサーで、押される指の位置を二重にチェックしていた。
音質はどうだろう? 女性店員に聞くと突然、無茶苦茶な指使いで『エリーゼのために』(ベートーベン作曲)を弾き始めた。
「(音が整った)モーツアルトを弾いてくれないか?」とお願いしたら、「あなたが弾いてくれ」と言って、私に席を譲った。そこで、K331のイ長調ピアノソナタの第一楽章を試弾してみたら、右手と左手の重奏にも、きちんと対応していた。これはオモチャではなく、優れモノである。
●携帯スピーカー 259元~
手の拳より一回り小さい球状の2つのスピーカーで、チップをスマホに挿し込んで、スマホで音楽をかける。 すると、スピーカーから音楽が聞こえてくる。その際、歌手が歌う歌ならば、片方のスピーカーからは歌が流れ、もう片方のスピーカーからは伴奏が流れるという独特の「ステレオ放送」になっていた。
●眼部マッサージ器 498元~
黒い目隠しシートのようなものを両目に被せると、眼の周りを細かくマッサージしてくれ、眼の疲れが取れる。日がなスマホやパソコンに没頭している深圳人には、欠かせないアイテムだという。
●電動歩行器 550元~
両足を乗せると、下側に車輪がついていて、電動で走ってくれる。「自動歩行する靴」のイメージだ。
●電動掃除機 550元~
日本でもルンバなどがあるが、直径20㎝ほどでコンパクトな商品。現在、さらにコンパクトな商品を開発中という。
●自撮り用ドローン 1999元~6000元
世界の商業ドローン市場でシェア7割を超える地元のDJI(大疆創業)が開発した、自撮り用ドローン。コンパクトな手のひらサイズのドローンを自分の頭上に飛ばし、頭上から自分を撮影してくれる。いわば進化したデジタルカメラだ。
この商品の最新型であるMavic Airは、先週1月25日に、日本でも製品発表会が行われた。430gと軽量で、アームとプロペラを折り畳むとスマホと同等のサイズになる。 また、ハイライトとローライトの細部を再現できるので、日の出から日没まで撮影可能という。
◎「スマホを飛ばしてみたら何ができるか」
深圳で、DJIの関係者に話を聞いた。
――DJIとは、どんな会社か?
「わが社は、香港科学技術大学を卒業した汪稲(ワン・タオ)会長(1980年杭州生まれ)が、2006年に仲間20人と深圳で始めた会社で、社員の平均年齢は28歳。現在は、社員1万1000人を数え、『深圳ユニコーン』(時価総額10億ドル以上の非上場企業)の代表格となった。
社員の学歴などは重視せず、徹底した成果主義を取っている。 成果を挙げた社員には、ベンツやBMWをボーナスに出したりもしている。 汪稲会長は、非常に仕事熱心で、『一日72時間働く』と言われるほどだ。
DJIでは、毎年6000万元を出資して、ロボット・コンテストを開催している。 大学生たちも参加し、優秀な人には資金を提供して起業させる。起業して失敗しても構わないという発想でやっている」
――ドローンという商品を、どのように解釈したらよいのか?
「空飛ぶスマホと考えてほしい。上空は規制が多く、中国でも人口密度が1㎢あたり4000人以上の密集地では、ドローンを飛ばしてはならない。 だが他国に較べれば、規制は少ないほうだ。
中国の3大スマホ・メーカーであるHuawei(華為)、OPPO、vivoの本社は、すべて深圳と隣の東莞にある(Huaweiは深圳で、OPPOとvivoは東莞)。スマホを上空に飛ばしてみたら何ができるかという発想で始めたのがドローンだ。 DJIが成功した背景には、こうした深圳の卓越した『スマホ環境』があった。
2011年に初めて関連商品を発売し、翌2012年に『Phantom1』を発表。2016年に『Phantom4』を発売した時、世界で爆発的に売れた。
商品はまず英語でリリースを発表し、その後、中国語や日本語、韓国語版などを出している。つまり、わが社は常に世界を見て商品を販売しているのだ。 また、商品の広告ビデオも、まるで映画のワンシーンのように、世界の人々に評価される精巧なものにしている」
――日本のことをどう見ているか?
「二つの意味で重視している。 第一に、個人向け及び業務向けの市場としてだ。 すでに国交省の測量システムにも採用されており、昨年の熊本地震の後の被災状況調査では、DJIのドローンが役に立った。
第二に、研究開発拠点としての存在だ。 2013年8月にDJI Japanを作り、カメラ関連部品の集積地である品川に開発拠点を、また埼玉にアフターサービスセンターを置いている」
◎21世紀は「ドローンの時代」
DJIと言っても、多くの日本人はピンとこないか、もしくは模型飛行機のような「趣味の世界」の会社かと思っているかもしれない。 だが、DJIという会社を知れば知るほど、ドローンは、まさに21世紀の人類を変えるとてつもない可能性を秘めていることが分かる。
この関係者も述べているように、ドローンとは「空飛ぶスマホ」である。もともと深圳という町は、携帯電話産業の集積地として発展した。そして、スマホ文化が世界の文化の中心となったことで、深圳も「世界の深圳」となった。 ここまでが、深圳発展史の第一段階である。
スマホとは「点」の商品だから、いわば一次元なのである。今度はそれを伸ばして、「線」と「面」にし、二次元に応用してみた。それが「走るスマホ」とも言える電気自動車であり、無人運転車である。
深圳ではすでに市内を走るすべてのバスが電動バスに切り替わっており、タクシーも1万6000台中、1万台以上が電動タクシーに切り替わっていた。 また、昨年12月からは、無人バスの試験運転も始まっていた。
さらに、スマホを三次元の「空間」に応用し、「空飛ぶスマホ」にしたのがドローンなのである。道路にカーナビがあるように、今後は上空にも「3次元のカーナビ」ができるに違いない。
実際、中国政府は2000年から、「北斗計画」を遂行している。 正確には、「北斗衛星ナビゲーション・システム」と言い、2020年までに5機の静止衛星と30機の人工衛星を地球上空に飛ばして、地球全体のナビゲーションをカバーしようという壮大な計画だ。2000年10月に「北斗1A号」を発射したのを皮切りに、2018年1月12日に、26機目と27機目(「北斗3号」)を打ち上げた。
こうした先に見据えているのは、まさにドラえもんの「タケコプター」だろう。 つまり、ドローンに人を載せて上空を運ぶということだ。 2050年くらいになれば、それが普通の光景になっているのではないか。
20世紀が「自動車の時代」であったならば、21世紀は「ドローンの時代」なのである。 そして「21世紀のドローン時代」をリードするのは、アメリカでもヨーロッパでも日本でもなく、中国だということだ。
ドローンは一方で、当然ながら軍事利用もされていくだろう。 習近平主席は常々、こう述べている。
「20世紀はアメリカ軍の時代で、その主力は陸・海・空軍にあった。だが21世紀の軍事力は、従来の陸海空に『天』(宇宙空間)と『電』(サイバー空間)を加えた5軍となる。そのため、『天界』と『電界』においては、絶対にアメリカ軍に負けない強力な軍隊を作るのだ」
中国人民解放軍にとって「ドローン兵器」は、まさにアメリカ軍を超える起死回生の兵器となるに違いない。
◎日本の出遅れは致命的
少し話がそれてしまった。 深圳はそうやって、「スマホ産業」を基礎として、二次元、三次元と広がりを見せている。
それでは、日本はどういう扱いとなるのか。 DJIの関係者は、「日本を非常に重視している」と持ち上げてくれたが、そんなに生易しいものではない。
1980年にパナソニックのテレビ工場が北京に進出して以降、日中の経済関係は長く、「日本が製品を販売する親会社で、中国が部品を提供する下請け会社」という関係が続いてきた。 この「日本=上」「中国=下」という上下関係が、完全に逆転するのだ。
つまり日本企業は、中国企業の下請け会社になり下がるということだ。 実際、「深圳一次元企業」の代表格であるHuaweiのスマホでも、「深圳二次元企業」の代表格であるBYDの電気自動車でも、「深圳三次元企業」の代表格であるDJIのドローンでも、すでにそのようになっているのである。 今後、こうした傾向は、ますます強まっていくに違いない。
1月27日、NHKは一本のニュースを流した。
「政府は、IT技術を活用した開発競争が国際的に激しくなる中、AIなどの分野で技術革新を創出するため、2月に菅義偉官房長官を議長とする『イノベーション戦略調整会議』を設置するという方針を固めました。 今年6月をめどに、具体的な行動計画などを盛り込んだ『統合イノベーション戦略』を策定することにしています……」
何をいまさら、という感じである。
「イノベーション戦略調整会議」のメンバーは、まずは全員で深圳を視察することから始めよ!
(貼り付け終わり)