安倍政権が、やたらと外交問題で華々しく動き回っていたが、海外の目まぐるしい変化が、どれ一つ安倍政健にプラスに作用していない。
まずはトランプ氏。当選して海外の首脳では、いち早く「駆けつけ警護」ではなかった、祝辞を述べに駆けつけた。TPPの推進などの重要性も話したのであろう、トランプ氏は話の分かる信頼のおける人物だと、持ち上げていたが、その5日後にトランプ氏のビデオメッセージで、大統領就任の最初の仕事は、TPPの離脱だと述べたのだから、安倍氏のメンツは丸潰れだ。
次の韓国の慰安婦問題は、これは安倍首相には気の毒であったが、朴大統領の大スキャンダルで先行きは不透明。
東シナ海のサンゴ礁埋め立て問題で、仲裁裁判所の国際法違反の判決もあり、安倍首相はしてやったりと思っていたかもしれない。
だが、フィリピン前アキノ政権から、ドゥテルテ大統領に代わったとたん、親米から親中に代わってしまった。比の実利を求め、中国から多額の援助資金を手に入れて、裁判問題を取り上げなくなった。
プーチン大統領は、領土問題は簡単に済ませる問題ではないと、いつ決着するのやら、全く見透しがつかないのが現状だ。
外交関係は、所詮相手国に政権変化が生じることがあり、こちらの思惑通りにいかないのが通例だ。
まずは、国内に重点を置き、国民生活の向上を第一にして欲しいものだと筆者は思ってしまう。
(東洋経済オンラインより貼り付け)
安倍外交の「成果」が次々と崩壊し始めている
会談5日後にトランプ氏は「TPP離脱」を宣言
薬師寺 克行 :東洋大学教授
2016年11月25日
安倍首相が華々しい外交を展開している。 ニューヨークで次期米国大統領のドナルド・トランプ氏と会談し、トランプ氏が最初に会った海外首脳となった。 その足でAPEC(アジア太平洋経済協力会議)に出席するためペルーを訪問し、ロシアのプーチン大統領をはじめ各国首脳との会談も次々とこなした。 さらにアルゼンチンも訪問した。 12月にはプーチン大統領が来日する。 日中韓三カ国首脳会議も予定されている。
しかし、その一方で第二次安倍内閣の発足以後、時間と労力をかけて作り上げてきた重要な外交的成果が次々と崩壊し始めていることは、あまり語られていない。
具体的にはTPP(環太平洋経済連携協定)合意、従軍慰安婦問題に関する日韓合意、そして、南シナ海への中国の進出に関する仲裁裁判所の判決の三つだ。これらの政策はいずれも台頭著しい中国への対抗策という側面を持っているだけに、安倍首相は対中戦略の立て直しを迫られることになるだろう。
◉駆け付けたのに、トランプ氏は「TPP離脱」
最も衝撃的だったのは米国のTPP離脱である。
安倍首相がトランプ氏と会談したわずか5日後の11月22日、トランプ氏は公開した動画で、大統領就任初日に実施する政策として真っ先にTPPを取り上げ、「脱退を通告する」と一方的に発言したのだ。 大統領就任前でもあり、TPPに参加している他の11カ国との事前の調整など何もない一方的な発表である。
特にトランプ氏との会談後に「会談は非常にうまくいった。これは大丈夫だなと感じた。彼は人の話をよく聴くタイプで、うまくやっていけると思った」と語っていた安倍首相にとってはショックだったろう。
日本にとってTPPは二つの意味がある。
一つは日本経済の再活性化の起爆剤になるという期待である。 アベノミクスが思うような成果を上げていないだけに、TPP合意の実施によって米国や東南アジアに自由度の高い市場を作れば、貿易を拡大し日本経済を復活させることができると考えられていた。 またTPP合意を契機に労働規制や農業などの改革と規制緩和に弾みをつけ、産業構造を転換していくという狙いもあった。 こうした目論見はトランプ氏の発言で潰れてしまった。
もう一つの意味は経済面での対中包囲網の形成だった。 アジア重視に傾斜していたオバマ政権と歩調を合わせ、東南アジア諸国も加わった強固なグループを形成することで、中国の経済的な影響力拡大に対抗する意図があった。 その枠組みの中核を担う米国が離脱すれば、逆に中国にとって有利な状況が生まれることになる。 安倍首相にとっては景気対策に加え、対中政策の観点からもかなり深刻な問題である。
2015年12月に実現した日韓両国政府間の従軍慰安婦問題の合意にも、暗雲が垂れ込めている。
合意の内容は次のようなものだ。 韓国政府が元慰安婦支援のため設立する財団に日本政府が10億円拠出する。 そして、日韓両国政府が慰安婦問題が「最終的かつ不可逆的に解決されることを確認」したというもの。 さらにソウルの日本大使館前にある従軍慰安婦像について、韓国の尹炳世外交部長が「日本政府が、大使館の安寧・威厳の維持の観点から懸念していることを認知し、韓国政府としても可能な対応方向について関連団体との協議を行うなどして、適切に解決されるよう努力する」と発言して、慰安婦像の撤去について努力することを表明した。
両国政府関係者は公式には認めていないが、形の上では日本政府が10億円支払うことと、大使館前の慰安婦像の撤去がバーターされる関係になっている。 そのうえで最終的、不可逆的解決を確認したのであるから、高く評価できる内容だった。
ただ、この「合意」は岸田文雄外務大臣と尹炳世外交部長が共同記者会見で発表したもので、文書化されておらず外交上は強制力を持たない。 その点が当初から懸念されていた。しかし、日本政府は合意内容に従って今年8月に10億円を拠出し、韓国政府も財団を作り11月から元慰安婦にお見舞い金の支給を始めた。 ここまでは予定通りに進んでいた。
◉朴政権は機能不全に陥り、慰安婦像撤去は絶望的
ところが事態は11月に入ってから急転した。 韓国の朴大統領が40年来の知人である崔順実(チェ・スンシル)氏に国家の機密情報書類などを渡していたとするスキャンダルが浮上し、国内で大統領の辞任を求める声が一気に噴出したのだ。
「チェ・スンシル・ゲート」と呼ばれているこの事件の展開はとどまるところを知らず、捜査を進める検察はチェ氏や元秘書官らを職権乱用などの容疑で起訴した際に、大統領についても「共謀関係がある」と指摘した。 憲法上、大統領は在職中に刑事訴追を受けないとされているが、検察が大統領を犯罪者扱いしたことで韓国政府は完全に機能不全に陥っている。
そうなると日韓合意で残っている慰安婦像の撤去問題はどうなるのか。 朴大統領が2018年2月までの任期中に日本との約束を守って慰安婦像撤去を強行する可能性がないわけではないが、今のような状況の中で撤去に踏み切れば逆に韓国国民の反日感情に火をつけるだけだろう。 すでに日本外務省幹部は「朴大統領が慰安婦像の撤去に踏み切る可能性は完全に消えた」と見ている。
では、次の大統領に期待ができるのか。 韓国では来年12月に大統領選が行われる予定だ。 国民の激しい批判を浴びた朴大統領の後継者が、朴氏の政策をそのまま継承するとは考えにくく、新政権下での撤去は期待できそうにない。
そればかりか、朴大統領の失脚で慰安婦問題の「最終的かつ不可逆的に解決されることを確認」という合意も、果たして守られるのかどうか不透明になってきた。 そうなると日本国内から「韓国は合意を破った」という批判が出てくるだろう。
問題は日韓関係だけではない。 実はこの合意にも、日本の対中戦略が秘められていた。 日本と韓国はそれぞれが米国と同盟関係にある。 日米韓三カ国の安全保障政策上の連携は対中国、対北朝鮮政策を考えるうえで重要だ。 安倍首相はもともと従軍慰安婦問題について韓国の主張を認めることに批判的だった。 10億円の拠出に最後まで抵抗したのも安倍首相だった。 しかし、日米韓の連携が中国に対抗するうえで不可欠と判断して譲歩したという経緯がある。
それだけに韓国側の内政の事情とはいえ、日韓合意が反故になりかかっている現実に当惑しているだろう。
◉フィリピン・ドゥテルテ大統領のしたたかな戦略
南シナ海に関する仲裁裁判所の判決が空文化してしまったのも大きな誤算だ。
7月に出された判決は、中国が主張する南シナ海の広い海域での歴史的権利について、「国際法上の法的根拠がなく、国際法に違反する」と全面的に否定しており、フィリピンの完全な勝利だった。 尖閣諸島近海での中国公船の領海侵犯などに悩まされている日本政府は積極的にフィリピンを応援し、サンゴ礁の埋め立てなど中国の行為が国際法に違反すると、国際世論に活発に訴え続けてきた。 従って判決は安倍首相の思惑通りで、中国が強引に進める海洋進出をけん制できると考えていた。
ところが判決が出る直前の5月に行われたフィリピンの大統領選挙で当選したドゥテルテ氏の登場で思惑は完全に外れてしまった。
仲裁を求めた前大統領のアキノ氏は中国嫌いで知られ、米国との同盟関係を重視して中国に向き合う姿勢を取っていた。 これに対しドゥテルテ大統領は大の米国嫌いだ。 9月にはオバマ大統領に対し「私は独立国家フィリピンの大統領だ。 植民地としての歴史はとっくに終わっている。 このプータン・イナ・モ(くそったれ)が。 もし奴がフィリピンは人権を無視しているなどという話を持ち出したら会議でののしってやる」と発言し、予定されていたオバマ大統領との会談が中止になった。 その後も、行く先々で米国批判を繰り返している。
その一方で、ドゥテルテ大統領は就任後いち早く中国を訪問し、習近平国家主席らと会談し、フィリピンに対する2兆円を上回る経済援助の約束を取りつけた。 当然、首脳会談で仲裁裁判所の判決に触れることはなかった。
ドゥテルテ大統領にしてみれば、いくら裁判で完勝しても判決に強制力はないだけに、中国に強い態度で臨んでも何のメリットもない。 国際社会が強力にバックアップしてくれるのであればいいが、判決を積極的に支持して、中国を非難しているのは日米両国とオーストラリアの三カ国だけだ。 他の多くの国は判決を評価しているものの、だからといって中国に注文を付けているわけでもない。
従ってドゥテルテ大統領が中国との関係を改善して実利を取るという戦略に転じたのも無理はない。 判決を利用して中国から経済援助を得るという実利優先の外交を展開したのだ。 そればかりかドゥテルテ大統領の訪中後間もなく、首都マニラに最も近いサンゴ礁のスカボローから中国船の姿が消えた。 ドゥテルテ大統領のしたたかさが光っている。
仲裁裁判の判決は明らかに日本の外交的成果だった。 しかし、判決後は肝心のフィリピンが中国に接近したため、判決は何ら影響力のない文書となってしまうという予想外の展開となった。 ここでも安倍首相の対中戦略は失敗したのだ。
◉周辺事情が次々とひっくり返るおそれ
中国の著しい政治的、軍事的、経済的台頭にどう対応するかは、当面、日本にとって最大の外交課題であり、安倍首相が対中戦略を日本外交の中核に据えるのは当然だろう。 そして、ここ数年、着実に成果を上げてきたことも事実だ。
しかし、それが日本側のミスが原因ではなく、他国の国内事情や政権交代が原因で崩壊しつつある。 それが外交の難しさである。
これからも、トランプ大統領がいかなる対中政策を打ち出すのか、一方の中国が新大統領にどういう方針で臨むのか、ロシアのプーチン大統領はどう出てくるのか、不確定要素が後を絶たない。 いずれにせよ三つの外交成果の相次ぐ崩壊で、安倍外交の立て直しが必要になっていることは間違いない。
(貼り付け終わり)
まずはトランプ氏。当選して海外の首脳では、いち早く「駆けつけ警護」ではなかった、祝辞を述べに駆けつけた。TPPの推進などの重要性も話したのであろう、トランプ氏は話の分かる信頼のおける人物だと、持ち上げていたが、その5日後にトランプ氏のビデオメッセージで、大統領就任の最初の仕事は、TPPの離脱だと述べたのだから、安倍氏のメンツは丸潰れだ。
次の韓国の慰安婦問題は、これは安倍首相には気の毒であったが、朴大統領の大スキャンダルで先行きは不透明。
東シナ海のサンゴ礁埋め立て問題で、仲裁裁判所の国際法違反の判決もあり、安倍首相はしてやったりと思っていたかもしれない。
だが、フィリピン前アキノ政権から、ドゥテルテ大統領に代わったとたん、親米から親中に代わってしまった。比の実利を求め、中国から多額の援助資金を手に入れて、裁判問題を取り上げなくなった。
プーチン大統領は、領土問題は簡単に済ませる問題ではないと、いつ決着するのやら、全く見透しがつかないのが現状だ。
外交関係は、所詮相手国に政権変化が生じることがあり、こちらの思惑通りにいかないのが通例だ。
まずは、国内に重点を置き、国民生活の向上を第一にして欲しいものだと筆者は思ってしまう。
(東洋経済オンラインより貼り付け)
安倍外交の「成果」が次々と崩壊し始めている
会談5日後にトランプ氏は「TPP離脱」を宣言
薬師寺 克行 :東洋大学教授
2016年11月25日
安倍首相が華々しい外交を展開している。 ニューヨークで次期米国大統領のドナルド・トランプ氏と会談し、トランプ氏が最初に会った海外首脳となった。 その足でAPEC(アジア太平洋経済協力会議)に出席するためペルーを訪問し、ロシアのプーチン大統領をはじめ各国首脳との会談も次々とこなした。 さらにアルゼンチンも訪問した。 12月にはプーチン大統領が来日する。 日中韓三カ国首脳会議も予定されている。
しかし、その一方で第二次安倍内閣の発足以後、時間と労力をかけて作り上げてきた重要な外交的成果が次々と崩壊し始めていることは、あまり語られていない。
具体的にはTPP(環太平洋経済連携協定)合意、従軍慰安婦問題に関する日韓合意、そして、南シナ海への中国の進出に関する仲裁裁判所の判決の三つだ。これらの政策はいずれも台頭著しい中国への対抗策という側面を持っているだけに、安倍首相は対中戦略の立て直しを迫られることになるだろう。
◉駆け付けたのに、トランプ氏は「TPP離脱」
最も衝撃的だったのは米国のTPP離脱である。
安倍首相がトランプ氏と会談したわずか5日後の11月22日、トランプ氏は公開した動画で、大統領就任初日に実施する政策として真っ先にTPPを取り上げ、「脱退を通告する」と一方的に発言したのだ。 大統領就任前でもあり、TPPに参加している他の11カ国との事前の調整など何もない一方的な発表である。
特にトランプ氏との会談後に「会談は非常にうまくいった。これは大丈夫だなと感じた。彼は人の話をよく聴くタイプで、うまくやっていけると思った」と語っていた安倍首相にとってはショックだったろう。
日本にとってTPPは二つの意味がある。
一つは日本経済の再活性化の起爆剤になるという期待である。 アベノミクスが思うような成果を上げていないだけに、TPP合意の実施によって米国や東南アジアに自由度の高い市場を作れば、貿易を拡大し日本経済を復活させることができると考えられていた。 またTPP合意を契機に労働規制や農業などの改革と規制緩和に弾みをつけ、産業構造を転換していくという狙いもあった。 こうした目論見はトランプ氏の発言で潰れてしまった。
もう一つの意味は経済面での対中包囲網の形成だった。 アジア重視に傾斜していたオバマ政権と歩調を合わせ、東南アジア諸国も加わった強固なグループを形成することで、中国の経済的な影響力拡大に対抗する意図があった。 その枠組みの中核を担う米国が離脱すれば、逆に中国にとって有利な状況が生まれることになる。 安倍首相にとっては景気対策に加え、対中政策の観点からもかなり深刻な問題である。
2015年12月に実現した日韓両国政府間の従軍慰安婦問題の合意にも、暗雲が垂れ込めている。
合意の内容は次のようなものだ。 韓国政府が元慰安婦支援のため設立する財団に日本政府が10億円拠出する。 そして、日韓両国政府が慰安婦問題が「最終的かつ不可逆的に解決されることを確認」したというもの。 さらにソウルの日本大使館前にある従軍慰安婦像について、韓国の尹炳世外交部長が「日本政府が、大使館の安寧・威厳の維持の観点から懸念していることを認知し、韓国政府としても可能な対応方向について関連団体との協議を行うなどして、適切に解決されるよう努力する」と発言して、慰安婦像の撤去について努力することを表明した。
両国政府関係者は公式には認めていないが、形の上では日本政府が10億円支払うことと、大使館前の慰安婦像の撤去がバーターされる関係になっている。 そのうえで最終的、不可逆的解決を確認したのであるから、高く評価できる内容だった。
ただ、この「合意」は岸田文雄外務大臣と尹炳世外交部長が共同記者会見で発表したもので、文書化されておらず外交上は強制力を持たない。 その点が当初から懸念されていた。しかし、日本政府は合意内容に従って今年8月に10億円を拠出し、韓国政府も財団を作り11月から元慰安婦にお見舞い金の支給を始めた。 ここまでは予定通りに進んでいた。
◉朴政権は機能不全に陥り、慰安婦像撤去は絶望的
ところが事態は11月に入ってから急転した。 韓国の朴大統領が40年来の知人である崔順実(チェ・スンシル)氏に国家の機密情報書類などを渡していたとするスキャンダルが浮上し、国内で大統領の辞任を求める声が一気に噴出したのだ。
「チェ・スンシル・ゲート」と呼ばれているこの事件の展開はとどまるところを知らず、捜査を進める検察はチェ氏や元秘書官らを職権乱用などの容疑で起訴した際に、大統領についても「共謀関係がある」と指摘した。 憲法上、大統領は在職中に刑事訴追を受けないとされているが、検察が大統領を犯罪者扱いしたことで韓国政府は完全に機能不全に陥っている。
そうなると日韓合意で残っている慰安婦像の撤去問題はどうなるのか。 朴大統領が2018年2月までの任期中に日本との約束を守って慰安婦像撤去を強行する可能性がないわけではないが、今のような状況の中で撤去に踏み切れば逆に韓国国民の反日感情に火をつけるだけだろう。 すでに日本外務省幹部は「朴大統領が慰安婦像の撤去に踏み切る可能性は完全に消えた」と見ている。
では、次の大統領に期待ができるのか。 韓国では来年12月に大統領選が行われる予定だ。 国民の激しい批判を浴びた朴大統領の後継者が、朴氏の政策をそのまま継承するとは考えにくく、新政権下での撤去は期待できそうにない。
そればかりか、朴大統領の失脚で慰安婦問題の「最終的かつ不可逆的に解決されることを確認」という合意も、果たして守られるのかどうか不透明になってきた。 そうなると日本国内から「韓国は合意を破った」という批判が出てくるだろう。
問題は日韓関係だけではない。 実はこの合意にも、日本の対中戦略が秘められていた。 日本と韓国はそれぞれが米国と同盟関係にある。 日米韓三カ国の安全保障政策上の連携は対中国、対北朝鮮政策を考えるうえで重要だ。 安倍首相はもともと従軍慰安婦問題について韓国の主張を認めることに批判的だった。 10億円の拠出に最後まで抵抗したのも安倍首相だった。 しかし、日米韓の連携が中国に対抗するうえで不可欠と判断して譲歩したという経緯がある。
それだけに韓国側の内政の事情とはいえ、日韓合意が反故になりかかっている現実に当惑しているだろう。
◉フィリピン・ドゥテルテ大統領のしたたかな戦略
南シナ海に関する仲裁裁判所の判決が空文化してしまったのも大きな誤算だ。
7月に出された判決は、中国が主張する南シナ海の広い海域での歴史的権利について、「国際法上の法的根拠がなく、国際法に違反する」と全面的に否定しており、フィリピンの完全な勝利だった。 尖閣諸島近海での中国公船の領海侵犯などに悩まされている日本政府は積極的にフィリピンを応援し、サンゴ礁の埋め立てなど中国の行為が国際法に違反すると、国際世論に活発に訴え続けてきた。 従って判決は安倍首相の思惑通りで、中国が強引に進める海洋進出をけん制できると考えていた。
ところが判決が出る直前の5月に行われたフィリピンの大統領選挙で当選したドゥテルテ氏の登場で思惑は完全に外れてしまった。
仲裁を求めた前大統領のアキノ氏は中国嫌いで知られ、米国との同盟関係を重視して中国に向き合う姿勢を取っていた。 これに対しドゥテルテ大統領は大の米国嫌いだ。 9月にはオバマ大統領に対し「私は独立国家フィリピンの大統領だ。 植民地としての歴史はとっくに終わっている。 このプータン・イナ・モ(くそったれ)が。 もし奴がフィリピンは人権を無視しているなどという話を持ち出したら会議でののしってやる」と発言し、予定されていたオバマ大統領との会談が中止になった。 その後も、行く先々で米国批判を繰り返している。
その一方で、ドゥテルテ大統領は就任後いち早く中国を訪問し、習近平国家主席らと会談し、フィリピンに対する2兆円を上回る経済援助の約束を取りつけた。 当然、首脳会談で仲裁裁判所の判決に触れることはなかった。
ドゥテルテ大統領にしてみれば、いくら裁判で完勝しても判決に強制力はないだけに、中国に強い態度で臨んでも何のメリットもない。 国際社会が強力にバックアップしてくれるのであればいいが、判決を積極的に支持して、中国を非難しているのは日米両国とオーストラリアの三カ国だけだ。 他の多くの国は判決を評価しているものの、だからといって中国に注文を付けているわけでもない。
従ってドゥテルテ大統領が中国との関係を改善して実利を取るという戦略に転じたのも無理はない。 判決を利用して中国から経済援助を得るという実利優先の外交を展開したのだ。 そればかりかドゥテルテ大統領の訪中後間もなく、首都マニラに最も近いサンゴ礁のスカボローから中国船の姿が消えた。 ドゥテルテ大統領のしたたかさが光っている。
仲裁裁判の判決は明らかに日本の外交的成果だった。 しかし、判決後は肝心のフィリピンが中国に接近したため、判決は何ら影響力のない文書となってしまうという予想外の展開となった。 ここでも安倍首相の対中戦略は失敗したのだ。
◉周辺事情が次々とひっくり返るおそれ
中国の著しい政治的、軍事的、経済的台頭にどう対応するかは、当面、日本にとって最大の外交課題であり、安倍首相が対中戦略を日本外交の中核に据えるのは当然だろう。 そして、ここ数年、着実に成果を上げてきたことも事実だ。
しかし、それが日本側のミスが原因ではなく、他国の国内事情や政権交代が原因で崩壊しつつある。 それが外交の難しさである。
これからも、トランプ大統領がいかなる対中政策を打ち出すのか、一方の中国が新大統領にどういう方針で臨むのか、ロシアのプーチン大統領はどう出てくるのか、不確定要素が後を絶たない。 いずれにせよ三つの外交成果の相次ぐ崩壊で、安倍外交の立て直しが必要になっていることは間違いない。
(貼り付け終わり)