竹と遊ぼう。伊藤千章の日記、

小平市と掛川市の山村を往復して暮らし、マラソン、草花の写真、竹細工、クラフトテープのかご、紙塑人形の写真があります

バリ島旅日記 その8 楽園よさようなら。

2012-07-10 11:23:34 | 旅行
6月30日(土) 6時少し前に起きました。日曜の夕方に来てからほぼ一週間、楽しい日々でした。
東南アジアでの一人旅には不安がありました。でもやってみると気楽に日々を過ごせました。バリ島、ウブドという観光で売ってきた場所を選んだのも良かったでしょうね。特にウブドは微笑みの世界、昨夜も宿に帰る途中、オートバイに二人乗りした若い女性たちに「コンニチワー」と声をかけられました。明るい笑顔、別に何を売りつけっようとするのではなく、ただの挨拶です。年寄は警戒されないから得ですね。
 
今朝の朝食(ミ・ゴレン、焼きそば)の皿の上にもちょっと違う編み方の籠が載っていました。宿に申し出てわけてもらいました。これはよく見るとPPテープで編んであります。

 
今回の旅で編むことが一層面白くなってきました.鶏かごの六つ目編みでも編み始めのやり方が、私が見た範囲だけで3種類ありました。世界中ではもっといろいろあるでしょう。フィリピン、ベトナム、タイ・・・
 
先日空港に行くシャトルバスの切符売りのおばさんは、9時スタートだけれど8時半に来るように言いました。8時半にきても別にすることもありません。椅子を出してもらって、街を眺めていました。


やってきたバスはマイクロバスの小さいもので定員は10人ほど、みんな大荷物を抱えているので後ろにぎゅう詰めです。
 
欧米人がほとんどで、私と私の隣に坐った娘だけ東洋人です。彼女はバリ島出身で今はシンガポールの大学に通っていて2年目、その前は上海の学校に3年通っていたそうです。インテリアデザインを学んでいるそうです。故郷はウブドではないのでウブドとロンボク島に遊びに来たそうです。一人であちこち飛びまわる元気な娘です。
 
旅の話になって、私はボルネオのマレーシア領サラワク州の採集狩猟民プナン族に関心を持っているというと、彼女は少しプナン族の言葉を知っていると言います。彼女のお父さんの仕事の関係で、ボルネオのインドネシア領カリマンタンに住んだことがあり、そこで覚えたと言います。私の語彙不足からそれ以上の情報は得られませんでした。
 
プナン族は狩猟採集民だったから国境など関係なくインドネシア側にも行ったのでしょう。今はどんな暮らしをしているのか、周辺の焼き畑農耕の定住民イバン族のように、ロングハウスにホームステイさせているなんてことはないでしょう。私は彼等の生活に関心があるわけじゃなく、彼等の編む籠が面白いので、籠が手に入れられればとりあえずは十分です。
 
バスの窓からKARAOKEの看板が見えました。彼女にカラオケはやるかと聞いたら、やるやる、先日友達と6時間歌い続けたと言っていました。私はインドネシアの歌では「ブンガワンソロ」だけ知っているというと、彼女も日本の歌を口ずさみました。安全地帯の歌だったか。テレサテンは知っていて「時の流れに身をまかせ」を口ずさんでいました。
 
歌もカラオケも国境を越えて広がっているので話題にはちょうど良いのです。もうちょっと言葉が出来ればね。
 
空港で彼女と別れマレーシア航空の窓口へ。荷物も手荷物として機内に持ち込めました。空港内をぶらぶら歩いていると見知った顔があります。昨日宿で話したバンコクから来た夫婦です。そばに坐ってしばらく話しました。奥さんは勤め人、スペイン人の御主人はスペイン料理のレストランをやっているそうです。ちょうど日本から母親が来ているので、子供を預けて結婚記念の旅に来たのだそうです。バンコクは東南アジアならどこでも行きやすい場所です。多くの日本人が外国で暮らしています。
 
旅人の私は外国人と結婚している日本女性二人と知り合いました。どちらも元気がよく、とても社交的で素敵な人でした。もう英語ぐらいはスラスラ喋れて、一人でどんどん行動する時代ですね。

クアラルンプールのツィンタワー、一本に見えます。

遠野に来ているボランティアさん達も、若い人たちは英語がぺらぺらの人が多いようです。そんな人たちを見ていると普通の日本社会がちょっとガラパゴス化しているのかなと思います。
 
飛行機はやはり満員、また通路側です。クアラルンプールまでは3時間の飛行です。普通考えれば、少し航空運賃が安いからと言って、クアラルンプールで一泊するような旅は馬鹿げています。でも苦労することで経験を積めるし、一晩だけでもチャイナタウンを歩くことが出来ます。元気な今のうちだけのことです。
 
隣の男女のグループが情報タブレットを持っていろいろ見ています。次に来るときには私もアイパッドか何か持ってくることになるかもしれません。
 
いまや世界でもっとも原始的な仕事を持って、アイパッドで情報を得ながら旅をする、面白い時代になってきましたね。
 
百代の 過客空飛ぶ 夏の旅
 
無事クアラルンプール空港着、入国手続きはビザナシなので簡単、KLIAエクスプレスに乗ってセントラル駅へ、そこで別な電車プトラLRTに乗り換えて一つ目のパサール・スニ駅で降ります。

プトラLRT



あたりはチャイナタウンで宿もすぐ見つかりました。1泊1100円ほどの安宿、トイレバス共用、でも一応クーラーつきの個室です。

 
荷物を部屋に置いて歩いてすぐのセントラルマーケットへ。大きなビルの1、2階に様々な衣料、工芸の店が並んでいます。

 
そこで念願のプナン族の背負い籠を見つけました。値札は100リンギット(1リンギット26円)でした。ちょうど全品30%引きに立っていたので70リンギット、もう少し安くならないかと聞いたら、駄目。ここはもう正価のある世界です。他の店でも一輪挿しに出来るようなプナン族の小さな籠があったのでそれも買いました。


籠の内側

 
正価があるところは安心して買えます。家族への土産と、自分には絹の長袖シャツの裏地つきのを買いました。
 
夕食はマレーシア式の食堂で。大きな食堂の周囲に小さな料理の店が並んでいて、自分で気に入りの店に行って料理を買い、中央の椅子とテーブルの場所で食べます。



鶏肉入りのビーフンスープを買い、別な店で黄梨ジュースを買いました。黄梨?英語ではパイナップル、なーんだ。東南アジアの食べ物は何でも口に合います。一度もお腹を壊しませんでした。

 
宿に戻ったら外で太鼓の音が聞こえます。夜遅くなってからチャイナタウンを歩きたくないのでそのまま寝てしまいました。
 
今日一日あまり歩きませんでしたが緊張した一日でした。パラダイスから現実に戻りつつあります。
 
さて、家に戻ってみると、長男はマレーシアに行くことになりました。試験を受けていたフィンランド系の企業向けのセキュリティーソフト会社に採用されました。日本にも支社はあるようですがアジア展開の中心はクアラルンプールで、そこの技術サポート要員として採用されたようです。8月1日から働くということで今月末には旅立ちます。住まいが決まってから少し遅れて家族も行くようです。
 
息子のところに泊まらなくても安い宿はいくらでもありますから、孫の顔を見ると言う口実でまた行くことになるでしょう。そこから今度はどこに行きましょうか。
 


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