竹と遊ぼう。伊藤千章の日記、

小平市と掛川市の山村を往復して暮らし、マラソン、草花の写真、竹細工、クラフトテープのかご、紙塑人形の写真があります

小平市民祭り 祭りの仲間になれない!

2014-10-20 10:13:56 | 日記

19日の日曜日、小平の市民祭りが行われました。
ついでの用事があったので市民祭りに出かけました。



小平駅から2キロほど南の小平団地に通じる4車線のアカシア通りを交通止めにして、踊りや神輿のパレードが行われます。



小平にこんなに人がいたかと思わせる大変な人出で、道路の歩道脇には道路沿いの商店が歩道に店を広げ、そのほかの団体が子供相手の遊びや軽食の屋台を出しています。



親子連れの数の多いこと、お年寄りも車椅子を押してもらって見に来ています。

神輿が何台も出ていました。また小平の伝統文化財の鈴木囃子の山車も出ていました。出発の準備中で神主さんが御祓いをしていました。



祭りの行列の中に半被を着た同級生の姿もありました。
七十歳を越しているのでもう中心的な存在です。
どこの祭りでも傍観者の立場でしかない私は羨ましくなりましたね。



小学校二年生のとき陸前高田から小平に越して来ました。
越してきた場所は昭和の初めから住宅地として開発されてきた小平学園という土地です。ここにはお寺も神社もなく、他の地区の祭りに参加させてもらう立場でした。それでも商店の人たちを中心に少し離れた神社のお旅所になって、一応お神輿は来ます。

小学校の同級生、はこんな新興住宅地や都営住宅に住んで都心に通うサラリーマンの子弟と、昔からの小平の農民や商人の子弟に分かれます。

サラリーマンの家庭の子供は親も教育熱心で大学に進学し、大企業に就職して小平を離れていきます。この人たちは地元の祭りに無関係で、移転した先でも多くの人は祭りに無関係でしょう。

これは田舎でも同じで、都会に出て行った人は祭りのときにかえってくるにしても
やっぱり傍観者になります。

祭りで会った同級生たちは本当の地元の人間で小さいときから参加して、今高齢になって自然と中心的な存在になっているのです。

これは根無し草的な私から見れば、今羨ましいことです。

私は宇和島に住んだり石見銀山に住んだり掛川に住んだりして、住むところをいわば自由に選んできました。それぞれの地では苦労もありましたが、幸い親切な人たちに恵まれて楽しくやってこれました。

でもふと思うのです。地元に根ざして歳をとっていく自然な生き方もあるし、それが出来るのもとっても幸せなことなのだと。