ザ・コミュニスト

連載論文&時評ブログ 

比較:影の警察国家(連載第14回)

2020-09-25 | 〆比較:影の警察国家

Ⅰ アメリカ―分権型多重警察国家

1‐4‐2:機能的政治警察機関の増強②

 アメリカにおける機能的政治警察機関の第二のグループとして、諜報機関がある。諜報機関は元来、情報工作活動が任務であり、犯罪の取り締まりを任務とする警察機関とは明確な一線を画してきた。しかし、この原則も9.11事件を機に大きく変化し、諜報機関が対テロ対策にも手を広げたことで、諜報機関の政治警察化が生じている。
 アメリカの諜報機関は、それ自体も多重的に林立しており、全体の統一が取りにくい欠陥があったところ、2004年の制度改革により、国家諜報長官職が新設され、同長官が分散する諜報機関を束ねる体制が構築された。
 それら諜報機関群の中でも、伝統的には1947年設立の中央諜報庁(Central Intelligence Agency:CIA)が、まさに中心的な役割を担ってきた。CIAはどの連邦省庁にも属さず、大統領が議長を務める国家安全保障会議が直轄する特殊機関である。
 CIAは法律により国内での工作活動を禁じられているが、ベトナム戦争の時代には、ジョンソン政権下、反戦運動へのソ連の浸透を調査する名目で国内での監視活動に乗り出し、これが次のニクソン政権下で、より広範な市民運動などへの監視活動にまで拡大されていった。これは、CIAが事実上の政治警察と化した最初の契機である。
 9.11事件とイラク戦争の時代になると、当時のブッシュ政権が諜報機関としてのCIAを軽視する一方で、テロ容疑者を海外の秘密施設に拘禁し、拷問を伴う尋問によりテロ組織の情報を引き出すという秘密作戦をCIAに課した。
 こうした作戦にはFBIも技術協力していたとされ、まさにCIAが法執行機関と連携しつつ、被疑者の拘束と尋問にも関与し、名実ともに政治警察と化した画期であった。
 ちなみに、拷問を伴う尋問は国防総省系の諜報機関である国防諜報庁(Defense Intelligence Agency:DIA)によっても用いられていたことが判明している。DIAは本来、軍事情報の収集・保全を目的に1961年にケネディ政権が設置した諜報機関であるが、イラク戦争に関連して権限を拡大し、CIAと同様の手法で尋問に関与していた。
 こうした拷問を伴う尋問やそれに使用される秘密施設については、2009年、オバマ大統領が就任早々に大統領令をもって禁止したが、法律上は禁止されておらず、オバマ大統領令でも、キューバ租借地上のグアンタナモ基地内の収容所だけは閉鎖されなかった。
 アメリカの諜報活動の大半は如上のDIAをはじめ、国防総省系の諜報機関が担っているが、中でも1952年設立の国家安全保障庁(National Security Agency:NSA)は、アメリカの連邦機関中でも機密性が最も強い機関の一つである。
 NSAは、人間のスパイを使ったヒューミント活動を主とするCIAに対し、電子機器を駆使したシギント活動を主とする点に特徴がある。そのため、盗聴や電子メールの盗取などの際どい手法を用いる。特にブッシュ政権下での法改正により、裁判所の令状に基づかない海外の電話・電子メールなどの盗聴・盗取が可能となったことで、権限が飛躍的に拡大された。
 こうした状況下で、2013年、NSAが米電話会社の通話記録を毎日大量収集し、大手IT企業各社の協力の下、米国市民のみならず、外国大使館や代表部、欧州連合、国連本部から外国首脳に至るまで盗聴・監視していたことが、元契約職員エドワード・スノーデンにより内部告発された。こうした活動は、NSAが諜報機関の枠を超え、国際的な規模で秘密警察と化していることを示している。
 こうした活動の根拠となっている外国諜報監視法は元来、ニクソン大統領が再選のために野党・民主党本部を盗聴させたウォーターゲート疑獄を機に、諜報活動を規制するために制定された法であったが、これが9.11事件、イラク戦争以後は、かえって諜報機関の権限を拡大する治安法規として機能していることが窺える。
 こうした法の変質は、テロ対策名目で多数の治安関連法規を一括して改正し、法執行機関や諜報機関の権限を拡大した米国愛国者法と通称される包括改正法(テロリズムの防圧のために適確な手段を提供することによりアメリカを統合し強化するための2001年法)の一環でもあり、これが影の警察国家化を法的な面で根拠づけている。
 なお、愛国者法は、上記のスノーデン告発を受けて、オバマ政権下の2015年、米国自由法の制定により大きく修正され、NSAによる大量の通話記録の収集は許されなくなり、また通信会社が保存する記録を取得するには裁判所の令状を要するなど、令状規制も強化されることになった。


コメント    この記事についてブログを書く
« 近代革命の社会力学(連載第... | トップ | 比較:影の警察国家(連載第... »

コメントを投稿