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比較:影の警察国家(連載第17回)

2020-10-18 | 〆比較:影の警察国家

Ⅰ アメリカ―分権型多重警察国家

2‐1:自治体警察の構制

 アメリカでは、現代でこそ、前回まで見てきたような連邦警察集合体が時代とともに変化しつつ増強されていき、「テロとの戦い」テーゼの御旗の下に、さらに権限を強化し、影の警察国家化の中核を担うようになっているが、伝統的に警察国家を忌避するアメリカの治安は、自治体が担うことが建前であった。
 このような自治体治安組織は元来、旧宗主国イギリスから入植者が持ち込んだものであるが、多様な公職を選挙で選出する慣習が強いアメリカでは、各州の中間自治体である郡のレベルで、治安維持を任務とする郡保安官(County Sheriff)を選挙する制度が発達していった。
 郡保安官は実質的には警察署長に近く、実際の警察実務は配下の保安官代理(Deputy Sheriff)が担う。このような制度は、都市部で近代的な警察制度が創設されていった後も、郊外の郡部では今日まで存置されており、全米で3000人を越える郡保安官が活動している。
 他方、多くの都市では、近代的な警察制度が創設されている。ラスベガス大都市圏警察局(Las Vegas Metropolitan Police Department)のように、郡保安官事務所と市警察を統合しつつ、警察トップを保安官が務めるという折衷的な制度は、そうした保安官から近代警察への流れを象徴している。
 伝統的な保安官制度を維持している郡にあっても、ロサンゼルス郡保安官局(Los Angeles County Sheriff's Department)のように、2万人に近い職員を擁する大規模な組織もあり、今や事実上の郡警察として機能している。
 自治体警察の管理運営方式はまさに自治に委ねられているため、警察長を保安官のように選挙する方式から、合議体の警察委員会によるもの、単独の警察管理監を任命するものまで多様であるが、警察組織の大規模化に伴い、次第に警察管理監制へ遷移する傾向にある。
 こうした自治体警察制度の他にも、大都市では専門分野または機関ごとに様々な法執行機関が林立している点は、連邦レベルの相似形となっている。
 例えば、ニューヨーク市の場合、全米最大規模のニューヨーク市警察局(New York City Police Department:NYPD)の他に、市財務部の法執行部門として市保安官局(New York City Sheriff's Office)が置かれるという独特の構制であり、市保安官は市税の脱税を中心とする経済犯罪の取り締まりを主に担う財務警察として機能している。
 その他、ニューヨーク市では、環境保護部警察、衛生部警察、港湾委員会警察、ホームレス業務部警察のほか、交通公社、住宅公団、市立大学に至るまでの公的機関が独自の警察部門を擁するという形で、市独自の警察集合体を形成している状況である。
 こうした都市部の警察集合体と郡部の伝統的な保安官制度の総体が、アメリカにおける自治体治安組織網を形成し、連邦法の管轄外となる州法や自治体条例に基づく一般犯罪取締りの最前線を担っている。言わば、アメリカにおける分権型多重警察国家の下支えをしていることになる。


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