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比較:影の警察国家(連載第4回)

2020-07-26 | 〆比較:影の警察国家

Ⅰ アメリカ―分権型多重警察国家

1‐1‐1:連邦捜査総局の二面性

 前回概観したアメリカの連邦警察集合体を構成する諸機関の中でも、中核的な存在としてその名を世界に知られるのが、連邦捜査総局(Federal Bureau  of Investigation:FBI)である。FBIは連邦法執行機関の中でも最も権限が広く、実質上は単独で「連邦警察」に匹敵する陣容を備えた全米規模の捜査機関である。
 その中核要員である特別捜査官はしばしばテレビドラマなどで重大犯罪と闘うヒーローとして描かれるため、善のイメージでとらえられやすく、実際そうした一面を持つことは否めないが、一方で、言わば「裏の顔」としての政治警察的側面を秘めている機関でもある。
 そうした表裏併せ持つ機関としてのFBIの基礎を築いたのが、1924年から72年の死去まで半世紀近くにわたり終身間長官を務めたエドガー・フーバーであった。彼が上部機関である司法省に入省した当時は単に捜査局と呼ばれ、まだマイナーな組織に過ぎなかったものを一挙に大組織に育て上げたのがフーバーである。
 彼はこの間、ギャングの摘発などで実績を上げたばかりでなく、フーバー長官時代に最盛期にかかっていた東西冷戦時代には、反共政策の中心として共産主義者や容共主義者を検挙する「赤狩り」にも辣腕を振るい、さらには、反戦運動や公民権運動などの非暴力的社会運動への不法・不当な監視・干渉活動にも手を広げていった。
 そればかりでなく、フーバーは大統領を含む政治家の個人情報まで収集蓄積し、それを材料に政界に睨みを利かすという手法で、FBIを議会の監督も事実上及ばない聖域とし、自身の地位も保全していたのである。計八代もの大統領にまたがるフーバー時代のFBIは、大統領をも凌ぐ―唯一総統だけは超えられなかったナチの秘密警察ゲシュタポをも上回る―、超権力的な秘密政治警察機関そのものだったと言っても過言でない。
 フーバーの死後、FBIは「民主化」され、その政治性は希薄化されていったとはいえ、連邦政府高官や連邦裁判官人事における指名候補者の身元・素行調査の権限を通じて高位公務員の個人情報を蓄積することにより、今なお隠然たる政治性を保持している。
 ドナルド・トランプ大統領がロシアの2016年アメリカ大統領選挙干渉疑惑で自陣営を捜査対象としたFBIを牽制しようと長官を電撃解任し、FBIと緊張関係に陥ったことも、そうしたFBIの政治性と無関係ではない。
 一方、冷戦終結に伴い、反共イデオロギーは下火となったが、21世紀以降は、対テロ戦争の理念の下、FBIがテロ対策の中核機関となり、強制捜査権を持たないCIAやNSAのような諜報機関を補充する公安捜査機関としての役割を高めている。
 また、中国、ロシアの覇権主義的台頭に伴い、新冷戦的な構図が形成される中で、新冷戦における主要な諜報戦であるサイバー攻撃対策に関するFBIの役割も生じており、FBIが新たな政治警察機関として再編されてきていることも、影の警察国家の象徴として注目される。


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