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旧ソ連憲法評注(連載第33回)

2015-01-09 | 〆旧ソ連憲法評注

第百五十四条

すべての裁判所における民事事件および刑事事件の審理は合議で行なわれ、第一審裁判所には人民陪席判事が参加する。人民陪席判事は裁判を行なうにあたり、裁判官のすべての権限を行使する。

 建前上は集団討議を重視したソ連では、一人の判事による単独裁判は許されなかった。かつ第一審裁判には必ず素人の人民陪席判事が参加し、しかも職業裁判官と同等の権限を与えられるほど徹底した参審制であった。

第百五十五条

裁判官および人民陪席判事は独立であり、法律のみに従う。

 裁判官の独立に関する規定である。しかし、一党支配制の下では、共産党の方針に反する裁判は事実上あり得なかったので、この規定は空文に近い。

第百五十六条

ソ連における裁判は、法律と裁判所にたいする市民の同権の原理にもとづいて行なわれる。

 建前上は司法における法の下の平等の表れであるが、ここでも一党支配制の中で、司法をも超越する特権的な党幹部を頂点とするヒエラルキーが形成されており、本条も多分にして形骸化していただろう。

第百五十七条

すべての裁判所における事件の審理は公開で行なわれる。非公開の法廷における事件の審理は、法律の定める場合にかぎり許され、すべての訴訟規則を遵守して行なわれる。

 公開裁判の原則を定める規定であるが、第二文で例外的に非公開裁判が認められる場合や要件を法律に一任しているため、とりわけ政治犯に対する裁判は非公開の不公正な裁判となりやすいという問題があった。

第百五十八条

被疑者および被告人は、防御権を保障される。

 刑事事件の被疑者、被告人の防御権に関する規定であるが、具体性を欠く形式的な規定にすぎない。

第百五十九条

訴訟は、連邦構成共和国、自治共和国、自治州もしくは自治管区の言語またはその地域の住民の多数がつかう言語で行なわれる。訴訟の参加者で、使用される言語を知らない者は、事件の資料を十分に知る権利、すなわち通訳をとおしての訴訟への参加および裁判所で自国語をつかう権利を保障される。

 多民族・多言語国家ソ連ならではの多言語対応裁判に関する規定である。外国人でも通訳を通しての訴訟参加や法廷での自国語の使用が憲法上の権利として認められているのは、前条の防御権の保障の一環とも言え、先進的ではあった。

第百六十条

いかなる者も、裁判所の判決により、かつ法律にのっとらないかぎり、犯罪の実行について有罪とならず、刑罰を科せられない

 無罪推定原理を憲法上明確にした本条は先進的であったが、刑罰ではない保安上の強制措置については適用がない点で、脱法の余地が残されている。

第百六十一条

1 市民および団体にたいする法律的援助は、弁護士会が行なう。法令の定める場合、市民にたいする法律的援助は無料である。

2 弁護士の組織および活動手続きは、ソヴィエト連邦および連邦構成共和国の法令が定める。

 法律的援助に関する規定が憲法上に置かれているのも、先進的ではあった。しかし弁護士自治の原則はなく、弁護士も究極的には共産党の方針の範囲内で活動しなければならなかった。

第百六十二条

社会団体および労働集団の代表は、民事事件および刑事事件の訴訟に参加することができる。

 集団訴訟を可能とするため、社会団体や労働集団そのものに訴訟当事者の適格性を付与する先進的な規定であった。

第百六十三条

1 企業、施設および団体間の経済紛争は、国家仲裁機関がその権限の範囲内で解決する。

2 国家仲裁機関の組織および活動手続きは、ソ連国家仲裁機関法が定める。

 社会主義体制には私的自治原則がなかったため、経済紛争の司法外処理も、代理人弁護士を立てた交渉や法廷闘争によるのではなく、国家仲裁機関が介在して公的に解決された。


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