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近代革命の社会力学(連載第252回)

2021-06-23 | 〆近代革命の社会力学

三十七 韓国民主化革命

(2)朝鮮半島分断と二つの独裁体制
 1960年4.19革命の発生力学は、第二次世界大戦後の朝鮮半島南北分断という特異な地政学的文脈に照らして考察される必要がある。
 1910年の韓国併合以降、日本統治下にあった朝鮮半島では弾圧の中、抗日独立運動も盛んであったが、イデオロギー的な分裂から運動は統一されることがなかったところ、宿願の独立は革命によってではなく、敗戦した日本の無条件降伏に伴う統治権放棄の結果としてもたらされた。
 そのうえ、朝鮮半島が連合国内の米ソ両大国による北緯38度線を境界とする分割占領下に移行する中、抗日独立運動のイデオロギー的分裂が反映される形で、38度線以北ではソ連の支援により親ソ派共産主義系の抗日組織が独自に社会主義国家を建国、以南ではアメリカの支援により反共親米の資本主義国家が建国されるという東西冷戦をまさに象徴するような分割構図が作出された。
 ここで、北部の朝鮮民主主義人民共和国(以下、北朝鮮)の建国も、「革命」と規定されることがあるが、これは多分にして北朝鮮の支配政党となった朝鮮労働党による建国プロパガンダであって、北朝鮮の建国は厳密には革命ではなく、ソ連の支援下に衛星国家として平和裏に行われている。
 むしろ、建国後1950年の朝鮮戦争こそ、そこには革命がかぶさっていたと言える。通説によれば、この戦争は北朝鮮が38度線を越えて南部の大韓民国(以下、韓国)に進攻してきたことを契機に勃発したものであるが、北朝鮮の狙いは、韓国内の連携勢力であった南朝鮮労働党(韓国内では弾圧され、朝鮮労働党に合流)と組んで、半島全体の社会主義革命を達成することにあった。
 それには前年度の中国共産党による中国大陸革命の成功も誘因となっていただろうが、中国大陸の二の舞を避けたいアメリカを中心とする「国連軍」が反撃し、北朝鮮側では建国間もない友好国の中華人民共和国が義勇軍を組織して援護する形で、全面戦争に突入する。その点で、朝鮮戦争は半島社会主義革命を未然防止するための予防的な反革命干渉戦争という性格を帯びていたと言える。
 朝鮮戦争の経緯や性格はそれ自体が政治性を持つ論争主題であり、ここでそれに立ち入ることは本連載の論外となるため、割愛するが、戦争結果は実質的な引き分けの「休戦」となり、以後、南北分断が固定化していったことは確かである。
 この間、北朝鮮側では抗日ゲリラ活動の若き指導者であった金日成が他名称共産党の性格を持つ朝鮮労働党を権力基盤に政敵の粛清を進め、着々と一党支配型のスターリン主義的な独裁体制の構築を進めていた。
 これに対抗する形で、南の韓国では、戦前から反共保守系独立運動の指導者として長い経歴を持つ長老的な李承晩が初代大統領に選出されていたが、韓国の政体は複数政党制に基づく大統領制であったため、本来は独裁を免れるはずであった。
 しかし、李承晩は、朝鮮戦争後も「赤化統一」を断念しない北朝鮮への恐怖と、旧宗主国日本への国民の反感という二つの要素を組み合わせ、長期執権を正当化する政治心理的な戦略で多選を重ね、独裁支配を固めていったのである。
 こうして、4.19革命が発生した1960年当時の南北朝鮮には、李承晩と金日成という二人の元独立運動家が率いる二つの独裁体制が対峙していた。


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