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農民の世界歴史(連載第52回)

2017-07-17 | 〆農民の世界歴史

第12章 グローバル化と農民

(3)農業の商業化

 あらゆる物やサービスを市場を介した商業ルートに乗せようとする市場原理主義的な風潮の中で、農業にも商業化の波が押し寄せている。そこにおけるキーワードとなるアグリビジネスという概念の創出は、1950年代に遡る。
 その発信地はハーバード・ビジネス・スクールにあり、当初はアメリカ農業の説明概念であった。アメリカでは、家族単位での大規模集約農業と、前回も見たような穀物商社とが結びつく形で農業の商業化がいち早く生じていたためである。
 アグリビジネスは長い間、特殊アメリカ的な現象であったが、他国でも小土地農家による家族農業に生産力と担い手という限界が見え始めて以降、農業への営利企業の参入が推進されるようになり、程度差はあれ、農業の商業化は進んでいった。
 その点で注目されるのは、南米チリの状況である。以前にも言及したように、チリでは社会主義政権を転覆した軍事政権下、農業分野を含む徹底した市場主義構造改革が強行される過程で、農地についても取引の自由化が推進された結果、農業企業体が多数設立され、国際競争力を伴ったアグリビジネスの中心的存在となっている。
 このような傾向は、農業分野での自由貿易主義の浸透を通じて他国にも広がっている。農協政治を通じて長く保護主義的な農業政策を維持していた日本でも、1990年代初頭の牛肉・オレンジの輸入自由化に始まり、ついには主食の米の輸入自由化を含む環太平洋パートナーシップ協定(TPP)の締結にも踏み切った。ちなみに、チリはTPPを最も積極的に主導してきた国の一つである。
 しかし、こうした農業分野の自由貿易が伝統的な小農民を苦境に陥らせる懸念も強く、TPPに先駆けて1994年に発効した北米自由貿易協定(NAFTA)に際しては、これによって競争力の強いアメリカ農産物がメキシコ農業に打撃を与える恐れを背景に、貧農の多いチアパス州の農民らが武装蜂起した。
 かれらはメキシコ革命の英雄だったエミリアーノ・サパタの名にちなんで、サパティスタ民族解放軍を名乗り、一種の革命解放区を設定して政府に対抗してきた。しかし、この運動は武力闘争より政府との対話に重点を置くようになり、新しい手法の対抗的社会運動として、農民運動を越えた注目を集めている。
 こうした局地的な動きはあるものの、総体としては、グローバル資本主義の流れの中で、農業の商業化は否定することのできない現象となりつつある。これは、第一次産業という従来的な産業分類の見直しにもつながるだろう。


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