四 近代科学と政教の相克Ⅱ(続き)
社会進化論と資本主義・帝国主義
ダーウィン進化論は、そこから社会科学分野の派生的な理論として、社会進化論を生み出した。これは、英国の哲学者、社会学者、人類学者にして生物学者でもあったほぼ独学の多彩な知識人、ハーバート・スペンサーの提唱にかかる社会理論である。
本連載は、広義の「科学」の中でも、いわゆる社会科学は論外に置く方針であるが、社会進化論の提唱者であるスペンサーは自身、生物学者でもあり、ダーウィンから直接的な触発を受けて理論を構築したため、通常は社会科学理論と目される社会進化論については、論究しておくことにする。
スペンサーの社会進化論は、ダーウィンの自然選択説を「適者生存」と解釈し直したうえ、これは自然のみならず、人類の社会にも適用することにより、人類の社会もまた適者生存によって進化していくとする理論である。
それだけにとどまらず、スペンサーは旧進化論者であるラマルクにも触発されつつ、人類社会の進化(進歩)を単純さから複雑さ、あるいは単一性から多様性への進歩ととらえつつ、多様性の極限が人類社会の理想的到達点であるとし、社会に過剰な介入をしない自由な国家こそが理想の国家体制であるというレッセ・フェールの自由主義政治経済思想を導き出した。
このようにレッセ・フェールを進化論で根拠づける立論は、19世紀末から発達し始めた独占資本主義の拡大に理論的な根拠を与えたことは見やすい道理である。実際、当時新興資本主義国として台頭してきたアメリカの資本家の間では、より通俗化した社会進化論に基づいて独占資本主義を正当化しようとする議論が興った。
ロックフェラーやカーネギーといったこの時代の産業資本家の多くが社会進化論者であり、独占企業体により市場支配は適者生存の帰結であるとして正当化され、また国家が産業活動に干渉することも社会の進歩を妨げることとして忌避されたのである。
実際のところ、自然選択説は単純な弱肉強食論ではなく、場合によっては弱者が適者として生存し、強者が適応できず淘汰されることもあり得るということが眼目であったが、通俗化した社会進化論にあってはそうした機微な議論は排除され、弱肉強食による淘汰理論が風靡したのである。
他方、通俗化した社会進化論は国際政治の分野にも拡大され、弱肉強食論が国家間にも適用されて、欧米列強や強勢化した日本による帝国主義的植民地支配を正当化する立論にまで到達するが、これはスペンサーの自由主義的国家観からも逸脱した俗流社会進化論の最も危険な帰結であった。
こうして、進化論は社会進化論に〝進化〟して政財界では大いに風靡する理論となったが、他方で、本家本元のダーウィン進化論は聖界では依然として否定的であった。
奇妙なことに、社会進化論の聖地ともなったアメリカでは公教育において進化論を教授することに反対するプロテスタント系福音主義派の運動が隆起して、20世紀初頭以降、いくつかの州では反進化論法が制定されるという分裂した現象が生じたのであった。