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比較:影の警察国家(連載第25回)

2020-12-12 | 〆比較:影の警察国家

Ⅱ イギリス―分散型警察国家

1‐0:地方警察網

 イギリスの分散型警察国家において中核を成すのは、全国に散在する地方警察である。イギリス地方警察は、連合王国を構成する四つの構成体のうち、一体性の強いイングランド‐ウェールズと独立性の強いスコットランド、治安上の問題を抱える北アイルランドのそれぞれで異なっている。
 イングランド‐ウェールズにおいては、準国家警察としての二面性を持つ首都警察を除くと、おおむね市域または名目上の郡(典礼郡)ごとに設置されることを原則としている。そのため、相当に細分化され、イングランド‐ウェールズだけで40を超える地方警察が設置されている。
 この細分化はアメリカの自治体警察ほどではないが、警察業務全体の効率を妨げる要因となるため、統合化が目指されてはいるものの、隣保制の伝統は簡単に崩すことができない。一方、警察官の教育や業務監督に関しては、次第に中央治安官庁である内務省の権限が拡大しており、内務省が緩やかに地方警察網を束ねる方向性にある。
 スコットランドでも、従来、イングランド‐ウェールズに準じて、分散的な地方警察制度を擁していたが、2013年の制度改正により、スコットランド警察(Police Service of Scotland)に一本化された。これはスコットランド限りで地方集権化がなされ、事実上の「スコットランド国家警察」を創出する動きと見ることもできる。
 これに対し、分離独立運動がくすぶる北アイルランドでは、長い間、重武装の王立アルスター保安隊(Royal Ulster ConstabularyRUC)が単なる警察を越えた一種の警察軍として強硬な治安維持に当たっていたが、RUCはしばしばアイルランド独立派に対する人権侵害で告発され、悪名高い存在であった。
 とはいえ、北アイルランド独立派であるアイルランド共和軍(IRA)による破壊活動が盛んであった時代、RUCは言わば「テロとの戦い」を先取りするような形で、北アイルランドの警察国家化を促進していたことは確かである。
 しかし、1998年のアイルランド和平合意後、RUCは2001年以降、北アイルランド警察(Police Service of Northern Ireland)に再編された。これにより、北アイルランドでも警察の平常化と通常の地方警察への転換がなされたと言えるが、これはスコットランドに先駆けた地方集権警察の形態であり、地方警察統合の動きの一環とみなすことができる。
 スコットランドや北アイルランドのような地方集権警察がイングランド‐ウェールズにも出現する可能性は高くないが、「テロとの戦い」テーゼや必罰主義的な治安思想が高まれば、イングランド‐ウェールズにおける地方警察のさらなる統合化が進む可能性はゼロではないだろう。
 なお、後に改めて触れるが、内務省とは別に、全国の地方警察本部長やその他の警察相当機関の長で構成される全国警察長官評議会(National Police Chiefs' Council:NPCC)は、地方警察網を統合しつつ、独自の合同作戦を行う全国的な警察統合運用組織として発達してきている。

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