ザ・コミュニスト

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選挙政治の終わりの始まり

2020-12-06 | 時評

2020年アメリカ大統領選挙は、投票日から一か月を過ぎてもいまだに勝者が正式に確定せず、事実上敗北したとみなされているトランプ現職大統領側は「不正投票」の存在を指摘して、自身を勝者と主張している。コロナウィルスによる全米の死者が30万人に迫ろうとする中、来月の政権交代が円滑に実施されるのか、何らかの手段でトランプ現職が居座るのか、予断を許さない混沌とした状況になっている。

一体全体アメリカはどうなったのか、と問いたいところだが、このような混乱は、一般投票→選挙人投票と二段階を踏む間接選挙というアメリカ大統領選挙に特有の古典的な方式に固有の技術的な弊害とみなすこともできる。現時点では最終的に勝者を決する選挙人投票が未了であるので、勝者は法的に確定していないとも言えるからである。

トランプ大統領は、先月末、選挙人投票の結果、バイデン氏が勝利すれば退任すると表明したものの、彼は選挙人投票の前提となる一般投票上の「不正」を強く主張しているため、選挙人投票の結果いかんにかかわらず、最後まで敗北そのものは認めないだろうとも言われる。

「退任はするが、敗北は認めない」―。何やら禅問答のような話であるが、選挙における投開票と集計の正確性をめぐるこのような混乱は必ずしもアメリカ大統領選挙に特有のことではなく、本来、投票による選挙という制度全般につきものである。

選挙では通常、当局が集計し、投票結果を正式に発表すればすべての候補者がそれを信じ、従うことが言わば暗黙の了解事項となっている。ところが、今回、トランプ大統領は根拠を示すことなく「不正」を繰り返し高調することによる宣伝効果を通じて、選挙制度の信頼性を揺るがすという巧妙な戦術に出ている。

実際、秘密投票という原則からしても、投票→開票→集計の全過程を完全に透明化し、その正確性を確証する手段はない以上、候補者自身も一般大衆も、一連の過程は正確に遂行されたものと「信じる」しかないのが、選挙が本質的に持つ弱点である。その弱点を突いたトランプ大統領の悪知恵の鋭さも相当なものである。

これはアメリカにとどまらず、世界にとって重要な悪しき先例となるだろう。アメリカは政治職のみか、裁判官、検察官、保安官といった司法・警察職に至るまで、あらゆる公職を選挙する「選挙王国」。中でも、大統領選挙は一年余りもかけて、予備選挙・本選挙を通じて勝者を厳選する―二党支配政という狭い枠組み内ではあるが―世界でも例を見ない方式であり、世界における選挙の範例とみなされてきた。

そのようなアメリカが誇る最大の公職選挙において、選挙制度の信頼失墜戦術が先例となれば、これからは世界中の選挙で、敗者側が「不正投票」を主張して敗北を認めないということが普及する可能性がある。場合によっては、敗北した現職執政者が戒厳令の発動などの非常措置で「不正」な選挙結果を覆す強硬策に出ることも頻発するかもしれない。―トランプ自身がそうした強硬策に出る可能性も否定できない。

以前の時評『21世紀独裁者は選挙がお好き』でも論じたように、かつて民主主義のシンボルでもあった選挙というものが、今や独裁者の正当性獲得手段となってきている。トランプ大統領もまた、選挙における真の勝者であることを主張することで、自身のワンマン統治を正当化し、二期目を確保しようとしているわけである。

選挙王国アメリカで選挙制度の信頼性が損なわれたことは、選挙政治全般の終わりの始まりを画するものと言えるだろう。民主主義の方法として選挙が唯一絶対のものであるという前提は崩れようとしている。ただし、選挙政治の終わりの始まりは、民主主義の終わりを意味しない。むしろ、世界は、民主主義の方法として、選挙に代わる新しい方法を発見すべき時代の始まりに直面しているのである。

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