民主化する前の台湾の「白色テロ」時代を描いた映画はまず「非情城市」(1989)が思い浮かび、恥ずかしながらそれ以外は知らない。正確には「非情城市」が描いた2・28事件(1947)より後の蒋介石(と息子蒋経国)による国民党政府による弾圧が「白色テロ」時代なのだが、まさにその時代、故なき反共(反政府)・弾圧政策の犠牲が「流麻溝十五号」であった。
台湾南東岸に位置する小さな島・緑島。この島に30年以上もの間、政治犯収容の監獄が設置されていた。「火焼島」の名もある島内の「新生訓導処」(収容所)中、女性が収容されていた場所の住所が「流麻溝十五号」である。「政治犯収容」と言っても、厳密には「政治犯」はほとんどいない。今で言う自由や民主主義に触れたり、勉強会に参加、あるいはそういった運動のそばで「巻き込まれて」捉えられた人たちが多かった。「政治(的確信)犯」など一人もいないのである。
しかし、一旦収容所に送り込まれればなんとしても艱難辛苦に耐え、生き抜いていかねばならなかった。ダンサーの陳萍(チェン・ピン)は妹を守るために、年長で皆に頼りにされる看護師の嚴水霞(イェン・シュェイシア)はクリスチャンであり、強い。二人に憧れるまだ高校生の余杏惠(ユー・シンホェイ)はスケッチを欠かさず心身を保つ。嚴水霞が外の情報源として新聞を読み回したことで収容者の政治的反乱謀議を疑い、首謀者として嚴水霞が、重罪犯として余杏惠も囚われる。余杏惠は独房監禁でやがて放たれるが、嚴水霞は軍法会議にかけられ、死刑に。人の生死をたった一人蒋介石が軽くサインすることで振り分けられていたのだ。陳萍や余杏惠はやがて解放されるが、もう囚われる前に描いていた希望の時間は得られない。
本作は実話に基づいた創作という。「新生訓導処」は、1970年に閉鎖されるまでおよそ20年もの間、「政治犯」が送り込まれた。そして戒厳令が解除され、「白色テロ」が終わる1987年までの間およそ4,500人が処刑されたとされる。しかし「新生訓導処」での女性たちの聲は、無視されていたのだ。しかし彼女らの囁き、慟哭、叫びは確かにあった。たとえ創作であったとしても本作は確実にそれを伝えている。
同性婚や性的マイノリティに寛容な国として今や東アジアで最も民主的とされる台湾。しかし、その民主化の足取りは30年あまりに過ぎない。しかし、それ以前の独裁政権の暗部、それは自国の隠したい恥部でもある、を直視し描き始めている。同じ、軍事政権から民主化した韓国でも、戦後間もない頃の済州島4・3事件や光州事件への総括、断罪が進む。これらは自ら招いた汚い部分、許すべきでない歴史を葬り去らずに、後世の希望に繋げる強固な意思でもある。翻って、東アジアでいち早く「民主化」したことになっている日本では、戦前の国策の過ちや陰謀、それに伴い無辜の民が頚切られた歴史、その一つ大逆事件の真相究明や首謀者(とその体制)への断罪さえが行われていない。未だ「民主化」していいないのではないか。
本作の英語原題はUntold Herstory。男の語りだけで描かれるHisutoryでは明らかにならないものがある。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます