「生涯で一度でも親密なパートナーから身体的な暴力を受けたことのある女性」の率、26%。「平均して女性は3日に1度親しいパートナーか以前のパートナーに殺されている」、「女性10万人あたりの乳がん発症者数」265、「1日あたり無償の家事・育児労働に費やす平均時間、男性を1とした時の女性3.6」。どこの国のことだろうか。ジェンダー・ギャップ指数(世界経済フォーラムによるレポート。政治・経済・教育・健康の4つの分野をスコア化し、そこから算出された総合スコア)121位。もうお分かりだろう、日本のことであある。もちろんパートナーに殺される、については介護殺人も入るだろう。しかし、『女性の世界地図』は語る。「女性の世界では、「先進」国はほとんど存在しない。」日本もまた「先進」国ではないのである。
世界を見渡せば、トイレや生理用品が整備されておらず、経血の処理にも困る女性、中絶が命がけで時に命を落とす女性、FGM(女性器切除)にさらされる女性、女子が教育を受けることを否定、侵害される地域、など日本では通常考えられない実態もたくさんある。それらに比べれば恵まれて、ましなのだろうか? しかし、東京医科大学の女性に不利な入学評価、非正規雇用の率と賃金格差、育休取得、ストーカーを含む性被害などなど、イクォリティには程遠い。その象徴の一つが、婚姻後の姓を男性のそれを選択する率97%と、その前提の夫婦同氏強制の民法の存在ではないか。
2020年、長らく改正されてこなかった民法が大改正され施行された。しかし、この改正は債権法に限られ、親族・家族法の部分は手付かずだった。福島瑞穂社民党党首がまだ議員になる前、弁護士だった30年以上前に「夫婦別姓はあと5年で」とかおっしゃっていたが、もう30有余年。先ごろ出された男女共同参画基本計画では「夫婦別姓」「検討」も削除された。枝野幸男立憲民主党党首は政権をとったら夫婦別姓に真っ先に取り組むと言う。
男女共同参画基本計画が与党内で議論されていた時に、夫婦別姓に強硬に反対した議員たちの意見・理由は「家族の絆が壊れる」「子どもがかわいそう」という論証のまったくない、もう次世代を作らないであろう旧世代の一部の受けを狙った(要するに票田)感情論だけだった。要するに思考の前近代性を顕にしたことである。もちろん「近代」が全て正しいわけではない。それは資本主義や、それを持続・膨張させる工業的「発展」と無縁ではない。そこに必然の「搾取」のターゲットは女性だろう。しかし、少なくとも女性の身体的安心や政治的地位の確保にはある程度近代化の必要性も不可欠だ。さらにそういった近代化には、フランスのライシテ(政治から宗教を排した世俗主義)に見られるように、信仰も含むアイデンティティと政治・社会的要請との衝突も当然ありうる。
自分のことを自分で決められること。これは近代的自我の価値であることは疑いない。ところがそうではない実態は多く、そのハンディは圧倒的に女性が引き受けている。いや、課せられている。『女性の世界地図』は、アトラスという形であるからこそ、全地球上に置かれた女性の位置と、反対の性である男性とのその格差を「総合的」「俯瞰的」に明らかにする。ならば二分したセクシャリティから漏れる人の地位はもっと危うい。想像力を駆使して向き合う世界がここにある。(『女性の世界地図 女たちの経験・現在地・これから』は、ジョニー・シーガー著 2020年10月刊 明石書店)