「家」 @ 鎌倉七里ガ浜 + 時々八ヶ岳

湘南七里ガ浜(七里ヶ浜とも)から発信。自分の生活をダラダラと書きとめるブログ。食べ物、飲み物、犬の話題が多い。

県立あいかわ公園、宮ケ瀬ダムにドガティ君と一緒に遊びに行こう! An American in Paris♪

2020-02-17 11:00:24 | あちこち見て歩く
今日はちょっと長いよ。画像多数だ。

朝ごはん。



タンパク質もビタミンも。そしてミルクティも。

きなこにはちみつもぶちこんだヨーグルトもあるよ。

そしていつものミルクティも。

本日の話題とは関係ないけど、私が好きな曲パリのアメリカ人をどうぞ♪



これを演奏するにふさわしい指揮者、バーンスタインの指揮で。

ケージを出したら外出することを知り、「自分だけ家に置いて行かれたら困る」とそこに勝手に飛び込んで待機するドガティ君。



はいはい、君はおりこうだ。

でもまだ下にマットを敷いてない。一旦出てね。

そしてマットを敷いて、ドガティ君にもう一度入ってもらい、ふたを閉めてクルマへ。



どこへ行くの?



同じ神奈川県内でもこの光景(↑)とは真逆の山の中に行こう。

神奈川県は西へ、そして北へ行くほど山が多くなる。

高速道路を使っちゃう。



藤沢ICから高速道路に入り、西へ進み、やがて北上、相模原愛川ICでおりる。



IC名によくある二つの地名をくっつけた名前。

相模原は合併して巨大になり、今や政令指定都市。

私がかつて短期間住んでいたこともある神奈川県の旧津久井郡相模湖町なんてのも、今じゃ同県の相模原市緑区の一部だ。

愛川ってご存じでしょうか?

愛川は昔から愛川で変化なし。

これから行くのは神奈川県愛甲郡愛川町半原ってところだ。

半原ってのは昔から養蚕で有名なところ。つまりかなり田舎ってことだ。



しかし最近では、在日ラオス協会なんてのも、そこにあるのだ。

あちらの方々が集まるド派手な色彩の建物がいきなり建っていたりするから面白い。

どこのご出身の方も、どのような場所でも、お好きなスタイルで、微妙に仲良く入り混じりましょう。

で、我々はそこにある県立あいかわ公園に向かっている。

本当はそこへ行こうと最初から思っていたわけではなくて、県立相模原公園に行こうと思って家を出た。

ところがそちらはスポーツ大会や陶器市などイベントがいっぱい重なり、どこも人だらけクルマだらけ。

急遽行き先を変更して、あいかわ公園に向かったのだ。

途中で腹が減ったので、お手軽コンビニ・ランチ。



ファミリーマートのハムカツサンド。

これうまいよね。

ほかにもおにぎりを食べた。

山の中に来たぞ。神奈川県の山の中はみんなこんなところ。



あ、ヒツジ君(画像左端)が勝手に道路をうろうろして、牧場(画像の左手)に戻るところだ。



君、危ないよ。

あ、ここにも勝手に脱出を試みるヒツジ君が!(妻が撮影中)。



ここはあいかわ公園に近い服部牧場だ。

昔からある観光牧場なんだ。

やがて到着した。

ここが神奈川県立あいかわ公園。



広大な公園だ。

面積的にはかなりあるよ。

しかも敷地内に高低差もある。

でもエレベーターもあるんだ。どのようにでも、楽しめる。

ドガティ君、急がなくてもいいですよ。まだまだ先は長い。



ドガティ君は初めての場所を歩く時、かなり興奮するらしい。

だって嗅いだことないにおい、見たことないものがいっぱいだものね。



ここは単に公園としても山の中で楽しいのだが、高低差も川もあって神奈川県屈指のダムが隣接し、公園としてはかなりの内容。

宮ケ瀬ダムだ。



神奈川県民が水に困らない理由のひとつがこれ。

というわけで、それを見に行きましょう。



まぁ~広いの、なんの。



昭和以降平成を経て今に至るまで、税金は延々とこういうところにつぎ込まれて来たので、人はいないが道路は充実。

こちらは石小屋ダム。



宮ケ瀬ダムの下流に副ダムとして造られたもの。

上流の兄貴分である宮ケ瀬ダムが放流を開始した時の細かな調整役を、この副ダムが下流で果たすってことらしい。



それって必要なのかね?

ちゃんと宮ケ瀬ダムが機能すれば不要じゃね?なんて思うが、学術的なことはよくわからない。



普段はこんな状態。

・・・なのかな? 水は停滞。

副ダムの役割を確認したい方はこちら(↓)をどうぞ。



副ダムである石小屋ダムから宮ケ瀬ダムへ移動中。



宮ケ瀬ダムが決壊したら、ここを歩いている私たちは死ぬだろうね。

あ、見えてきた! あれは宮ケ瀬ダムだ。



「ボクはダムに興味ありません」



「そんなこと言わないで、ダムに関心を持ちましょうよ」などと妻は言っているのかしら。



「ストーンヘンジみたいだとおとーさんは言いますが、これもボク興味ありません」



何なんでしょうね、これ?



「あ、ボクはあれなら少しだけ興味あります」



「あれ」とはこれのこと(↓)。有料だが、園内をゆっくりと走る汽車の形をしたクルマ。



さらに宮ケ瀬ダムに近づく。



放水はしていないので、とても静か。



日本の土木技術の粋を結集して世紀の変わり目あたりにできたダム。

巨大だね。



あ、はしっこからちょっとだけ水が流れ出ている。



でもこれが上にあるダム湖の水なのか、脇の山から出た水なのかは私にはわからない。

これ(↓)って水流とタービンをデザイン化したものなんだろうね。



発電、治水、水源の確保。

なんでもありの多目的らしいから。

真下から見上げてみた。



コンクリートの建造物。

20世紀のピラミッド的建築。

さて、ピラミッドの中へ入ろう。盗掘だ、いや違う、見学だ。



ここは先ほど見上げた分厚いコンクリート壁の中。

特別に神奈川県知事から招かれた人しか入れない。

我々はまったく希望しなかったが、知事から「ぜひ見学してください!」と頼まれ、仕方なく来たのだ。

・・・ウソです。誰でも予約もなく入れます。

監査廊という。



このエレベーターに乗る。



カルロス・ゴーンの脱出劇みたいな気分。

どこか秘密めいている。

犬のエレベーター利用については、大型犬でもオッケーだそうです。

だっこも不要。

グォ~ンと音がするし振動するので、ドガティ君は落ち着かない。



これに乗れば宮ケ瀬ダムの下から上まで一気に上がれるのだ。

さあ、その上から下を覗きましょう。



こわっ!

妻が「お尻の穴が小さくなる」と言う。

まったくその通り。しっかりカメラを保持しているが、落としそうな気分になる。

こちらがダム湖。



宮ケ瀬ダムを挟んで上流と下流では、水面にかなりの高低差があるのだよ。



先ほどから見ていて、なんでダム湖の水ってあんな色なの?と不思議だと思った。

妻は「神奈川県職員が定期的にバスクリンを入れてるんじゃないの?」と言う。

私もそう思う(←そんなわけないだろ?)

ダムの下にいた時、下の川幅はかなりあるように見えたが、ここから見るとただの小さい川。



スケール感がありますね。

宮ケ瀬ダムの上から下に戻るのは、徒歩にしよう。

誰もいない巨大な公園。



神奈川県民のみなさん、もっと利用しましょう。



私はかつて神奈川県の旧津久井郡相模湖町に3年ほど住んでいたから私はこのあたりも熟知しているが、神奈川県民の大半にとってはなじみのないエリアだからね。

あまり人も来ない。

「あ、ここはボクの運動場?」



いえ、違いますよ。

ここは風の丘と呼ばれる場所。



気持ちがいいんです。でもロング・リードは禁止だそうですよ。

広場に来ると「長いリードでボール遊びをさせてもらえる」と思っているドガティ君。

違うんだよ、それはここでは禁止なんだって。



不満げなドガティ君をひっぱって、移動する。



こんなに広いのにボール遊びはできず、「つまらないです、ボク」と言うドガティ君をなだめる妻。



梅はすでに開花。



あいかわ公園の工芸館。



愛川町には森林組合もあって、林業が盛ん。



木材を使っていろいろなものを制作し、展示販売してある。



同じ県内でも、横浜や湘南地区とはまったく異なるエリアなのだ。



「ボク、かなり散歩しました。エライ?」



そうでしたね。

エライですよ。ちゃんと歩けましたね。

あと少しで、本日のイベントは終了ですよ。



帰り道。



このあたりではかなり有名なオギノパンの工場へ。



大企業だよ。

働く人がたくさん。パン工場があり、販売部門もある。



いろんなパンを生産しているが、最も有名なのは丹沢あんぱん。

そこから高速道路を使い、藤沢からは一般道で帰宅だ。

江ノ電鎌倉高校前駅。



今じゃこのあたり、日本人の方が少ないんじゃね?、という状態。

ようこそいらっしゃいました。

日本をお楽しみください。

あぁ~長い一日だったな。
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鎌倉市内を散歩(1) ドガティ君と由比ヶ浜へ

2020-02-10 12:00:32 | あちこち見て歩く
我が家を出発。



稲村ヶ崎方面だ。



崖をよじ登るドガティ君を激写する妻。



山道をどんどん登よ。



地元の人たちには有名な道だ。

上ったら下がる。



極楽寺の谷戸へ入った。



おいしそうな壁。



盛華園だ。町中華のお店。



極楽寺を通過。



極楽寺坂を下る。



極楽寺坂の下、そこは坂ノ下。



南無虚空蔵菩薩・南無虚空蔵菩薩・南無虚空蔵菩薩



古い和菓子・餅屋だよ。チョー有名だね。



そこを曲がるとあるのが、こちら。



江ノ電の踏切の向こう、御霊神社。



「おとーさん、カメラばかり触っていて、遅いですよ」とドガティ君が言う。



犬も自由に入れる神社、御霊神社。



すごぉ~く、緩やかなムード。

かわいい神社なのだ。

招福除災。つまりいいところどり。プラスだけで、マイナスなしという素晴らしいお守りをいただいた。



ありがとうございました。

脇から出ます。



こちら、ちょっとカッコいいブランド。



KEY MEMORY KAMAKURA STORE



お立ち寄りくださいね。

この小さい店舗がいいよね。



どんどん現れる飲食店。このあたり、数が多くて覚えられない。



長谷駅の踏切を通過。



こちらもまた飲食店。



奥にあるらしい(↓)。



さあ、次はドガティ君の今日の目的地。

由比ヶ浜だ!



稲村ヶ崎を振り返る。



あの向こうから我々は来たのだよ。

かなり歩いたね。

ロングリード付けてもらって、張り切るドガティ君。



「おかーさん、早くあそびましょう」



「今日は、弾けましょうよ」



「あ、おかーさんがボールを投げた」



「どこまででも、ボクは取りに行きますよ」

「わーーい、わーーい」



「もう楽しいったらありゃしない」



「由比ヶ浜は最高です、走りやすいです」



「塩水大好き(←ホントか?)」

輝く由比ヶ浜。



ワンコと暮らすみなさん、由比ガ浜にお越しください。

ワンコの天国です。



ボールを追って走り回るドガティ君。



「おかーさん、楽しいです」



「まだまだ走るぞ」

「とりゃーーー!」



「ボールをくわえて戻る」



「どうだ、ボクじょうず?」

ご覧ください、この嬉しそうな顔(↓)。



海鵜。



人が近づくとちょっと遠ざかるが、基本的に浅瀬に立っているのが好きらしい、変な子。

あ! バディお兄さん。



昔からよく知っている、ロングヘアー種のワイマラナー。

とてもいい子なんですよ。

このあたりではとっても有名な子だ。

バディお兄さん、飼い主のNaoさんとしばしお話。

ではまたねぇ~。

海沿いを歩こう。



ドガティ君も妻も絶好調の散歩だ。



【つづく】

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鎌倉市佐助散歩(2)ドガティ君は、みんなが大好きな銭洗弁天へ行く

2020-01-27 16:00:57 | あちこち見て歩く
前回の続きで、鎌倉市佐助を散歩する。

ワンコが自由に入れるという、動物に優しい佐助稲荷神社はフォックスだらけ。

楽しいよね。

そして佐助稲荷神社から、あの有名な銭洗弁天までは近道がある。



人が少なくて歩きやすいよ。

この細い道沿いで、休日限定売り切れ御免のカレー屋さんをやりたい。

その日のスパイスを整え、「その日のカレー」としてランチ時間に安価に出し始めて、出し切ったら終了。

それってビジネスじゃなくて、趣味だね。



優しく丁寧にお客さんには接する。

変なお客さんも我慢はするが、嫌ならお帰り下さいという態度。

趣味だからそれでいい。

・・・なんて考えてたら、いきなり銭洗弁天に上から入った。



妻はドガティ君を抱っこした。

ここでは、ワンコは抱っこしたらOKだ。勝手に境内を歩かせることはできない。

あとは私が全部やりましょう。

金運を招くもの。妻の分と私の分を確保。



これでガッポガッポ。

カネばかりかい?という批判もありましょう。

でもそれが悩みのうちの多くを解決します。

いつもの銭洗弁天の風景。



水だらけの神社だよ。なにせ洗うところだから。



昔のディズニー・シー♪ 楽しみましょう。



線香と蝋燭。さらにザルも。



蝋燭に火をともす。

そして線香にその火を移す。

そしてこちらへ。煙を浴びましょう。



ザルにマネーを入れましょう。銭もいいが、高額紙幣だとますます効果がある・・・かもしれない。



それに水をかけて、マネー・ウォッシング。

これがいわゆるマネロンの原型・・・ウソ。

よれよれになった紙幣。



「これじゃ困る」と思う人が多いだろう。

でも問題ない。

水を切り、財布に入れてみなさい。数十分でほぼ乾いているよ。

鎌倉市内のお店は濡れたお札も受け取るのに慣れているし。

銭洗弁天様、本年もよろしくお願いします。



移動しましょう。



岩の洞窟を抜ける。



楽しいねえ。

ドガティ君、どうだった?



意味がわかりましたか?

「ボク、わかりませんでした」



気にしなくていいですよ。

きっと2020年も楽しく過ごせるよ。



「でへっ!」



「おとーさん、楽しいですね」

来るときにも見たトンネル。



ここも通ったね。



扇ガ谷の住宅街を抜けましょう。



開発が問題になっている場所。



大きな住宅の所有者になにがしか変化があると、こうした問題が出る。

ここはコインパーキングになろうとしている。

ところがそうなると、交通量やなにやらいろいろ問題もありそうで、近隣の懸念が噴出。



もはや経済優先時代は通り過ぎており、なにがしか美しい解決策があることを望む。

土地の利用についてももっと法的な規制を設けてもらいたいとも思う。

土地所有者の経済的利益を優先していては、国土が汚れて、どうしようもなくなる。

成熟した経済先進国としては、日本の景観はかなり劣悪だ。これに関しては私権ばかりが優先されるので。

カマクラ・シティを歩くドガティ君。



コストパフォーマンス抜群のピザの店、べべの横を歩く。



anobの脇を抜ける。



シャレた看板。

世の中こういうオシャレごころが多い店ばかりならいいのに。

ワンコグッズ多数。



江ノ電の踏切。



キモォ~ノのレンタルはこちら。外国人の皆さんに大人気。



ここでキモォ~ノを借りて八幡宮に行けばいい。

ドガティ君もキモォ~ノが着たい? 首が伸びてるよ。

若宮大路を散歩。



私一人で鎌倉東急ストアへ入って買い物。



その後クルマに乗り込む。



本日はドガティ・バッグが大活躍だった。



バブアーのジャケットもね。



自宅に戻る。

銭洗弁天からいただいた御賽銭。



中はこんなの。



これでガッポガッポ!かな?

【つづく】
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鎌倉市佐助散歩(1)おそまきながらドガティ君は佐助稲荷神社に初詣

2020-01-26 07:00:36 | あちこち見て歩く
玄関にケージが置いてあるので、「きっと出かけることになる!」とコーフン気味のドガティ君。



ウロウロしまくって、どうしていいかわからなくなってベンチの下で待機。

ニューヨークのドガティさんがくれたドガティ・バッグがまた活躍する。



「ボクは出かけるんですよね?」



ケージを開けたら、自分から飛び込むドガティ君。



楽な子だ。

「ボクはこれで安心。クルマに載せてもらえる



「ほらね。ハッピー♡」



クルマに乗って降りたら、鎌倉市中心部だった。

鎌倉市民になってずいぶん経つドガティ君。

鎌倉市内なんてあちこち歩いたドガティ君。

でもここは初めて。

ドガティ君の初・若宮大路。



バブアー・ジャケット着こんで颯爽と歩きましょう。



とってもブリティッシュですよ。

鎌倉駅の西口側に回る。



紀ノ国屋鎌倉店前。

いいにおいがする。



ワンコは入れません。

私ひとりで入る。



紀ノ国屋で買い物することはほとんどない(高すぎるから)が、本日はスパイスを買う。



だってコリアンダのホール状のものなんて、なかなか売ってないから。

しかし紀ノ国屋なら手に入る。

独自のカレーを展開する名店、オクシモロン前を通過。



重厚な扇ガ谷を散歩しましょう。

私もいつかは扇ガ谷に住みましょう。

あれ、横浜中区山手町じゃなかったか?

いつも適当です。どちらでもいいです。



ドガティ君は初めてのところで、張り切って匂い嗅ぎまくり。

奥へ奥へ。



ここの鎌倉歴史文化交流館へ妻は行きたいそうだ。



妻も私もまだ行ったことがないのだ。

でも今日は佐助稲荷神社を目指しましょう。



このあたりは尾根と谷が多く、道もトンネルを抜けたりする。



ここは鎌倉市佐助。



どんどん歩くよ。

またトンネルが見える。



「楽しい、楽しい」とドガティ君。



ここで分かれ道だ。



右に行くと銭洗弁天。

左に行くと佐助稲荷神社。

我々は左へ。

すると佐助稲荷神社。



参道は狭い。

だからドガティ君は、専用バッグに入ろう。



佐助稲荷神社は狐に限らず動物を大事にするところで、犬も自由に入ってよい。

同神社のホームページをごらんください。

動物愛に満ちているのだ。



犬も自由に入っていいとはいえ、参道が細い。

ドガティ君が左右に動いて往き来する人の邪魔になるから、やはり専用バッグに入ったほうがいいね。



さあ、上がって行くよ。



赤い赤い。



稲荷稲荷。

もうちょっとだ。



こちらは夏から工事中だ。出来て来たね。立派だね。



こんこん。



こんこんこん。



フォックス、フォックス。

フォックスだらけだ。

でもこんなフォックス(↓)は出て来ない。残念ながら。



日清食品のどん兵衛赤いきつねのCMで、きつね役が大人気の里帆ちゃん。

こんこんこんこん。



ほら、ドガティ君、君のお守りだよ。



ドガティ君は、宮司さんに「かわいい」と言ってもらったしね。

2020年は君も絶好調だよ、きっと。



こちら(↓)が今上がれるいちばん上だ。



ここから先は昨年秋の台風でやられちまった。



参道を下りましょう。



ドガティ君はまたドガティ・バッグの中で、ラクラクさ。



ここからは自分で歩いてくださいね。



こちらは佐助稲荷神社から、銭洗弁天に抜ける近道。



空いていていいよ。

また上る。



上り下りが多い鎌倉市佐助だ。

鎌倉山みたい。

【つづく】
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横浜を散歩(1) この日限定シティ・ボーイのドガティ君は山下公園、山手町、港の見える丘公園を颯爽と行く

2019-12-16 19:53:44 | あちこち見て歩く
ドガティ君は早朝の散歩も終了。

暖気にあたる。



でもなんかそわそわ。

いつもと何かが違うと感じているのだろう。

ニンゲンの朝ごはんがかなり少なめだ。



ミルクティ、バゲット(+ オリーブオイル)、ヨーグルトだけ。

なぜならランチが重いからだ。

Doughertyの文字が!



今日はアメリカ人のドガティさんがくれたドガティ君用ドガティ・バッグを持って出かけましょうね。

ケージを出すとおでかけってことは知っている。

置いて行かれてはたいへんとあわてて中に入るドガティ君。



まだ中のマットを敷いてませんよ。

はい、クルマに乗りました。出かけましょう。



いいバッグだよねぇ。



シティにおでかけの時は重宝する。

ドガティ君がすっぽり入れる。首を出すところもある。

鎌倉市内を抜けて朝比奈ICへ。横横から湾岸へ抜けよう。



左方向、並木へ行こう。



海沿いを走ってすぐに三渓園ICが現れる。早いね。



本牧近くを抜けましょう。



すると左手にニュー・グランドの新館が見えてくる。右手が山下公園だ。



そこの駐車場に停めましょう。



さあ、ドガティ君、君の知らない場所へ。



楽しいところだぞ。

横浜は二度目だね。でもここは初めてのはずだ。



彼が一度見た横浜は、赤レンガ倉庫のあたり。

ここはもうちょっとだけ南になるのだよ。

山下公園だ。



広いねーー。



鎌倉市の公園みたいに「犬禁止」なんて書いてなくて、いいね。

おぉ~、ホテル・ニュー・グランド。ザ・ヨコハマ。



氷川丸もあるよ。



はじめまして。ベイサイド・シティ派柴犬のゴロー君。



「ボクはシラス漁の漁村から来たドガティです」

バラ園を背景にペロ!



氷川丸を背景におすましでお座り。



どんどん歩きましょう。

山下公園は広い。



うれしくて仕方がない様子。



勝手知ったる七里ガ浜の住宅街を歩くのとは違って、新しいところは関心があるようだ。

ぴょんぴょん跳ねるようにあっちこっち方向を変えて歩く。

奥様、それはどういう姿勢?



海を覗くドガティ君。「七里ガ浜の海とちょっとつくりが違う・・・」



北方向。あちらはみなとみらい地区ですよ。



なんて楽しいところなんだ!と喜ぶドガティ君。



横浜港沖から市街地を見た時のシンボル、マリンタワー。改装中です。



そこからわずかで、米国トラッドの名門、ブルックス・ブラザーズの店舗がある。



私、これ、好きです。高いから買わないけど。

元町商店街。いいねぇ。オトナでオシャレな商店街。いまや貴重な存在。



代表的パン屋さん、ウチキ・パン。



ここからガツン!と坂を上がるよ。



おぉ~、横浜らしい。



いつか住みたい横浜市中区山手町のこのあたり。

たまんないなぁ。

風格があるね。



外国人墓地。だれもそう言わず「ガイジンボチ」と言うが。



中区山手町はどこも立派なのです。



元町商店街から徒歩で数分。

なんていいところなの。閑静な通り。

実はここに横浜の気象台がある。



いい場所にあるねぇ。

山手町に住み、ここの気象台で天候、気候の分析をするなんて生活を夢見たりして(笑)。



再び外国人墓地。



ここは山手町のメインストリート。



開けたところだ。

結構交通量もある。観光客も多い。まだ時間が早いので、人が見えないけど。

こちらはイギリス館近くの公園。



こちらがイギリス館。香港総督の館みたいだね。



ここは港の見える丘公園の一部でもある。

でもなんか、港の見えない丘公園みたいだ。



海が見えない。

あ、やっと見えた。



ここからだと、谷川岳とロンドンはおなじ方向を向いた先にあることになるらしい。



この日は風もなく穏やかな日だった。



先ほどイギリス館を見たが、ここから下った先には以前フランス領事館があったフランス公園があるよ。



この風速・風向計はその一部さ。



この壁は領事館の名残。



横浜市がフランスから買い取って今は公園になっている。

歴史だねぇ。

ここからすぐのところに山下公園の駐車場(我々がクルマを停めたところ)がある。

そこへ戻ってドガティ君をケージに戻す。



ちょっと待っててね。

次はちょっとだけニンゲンのみの散歩がある。

ドガティさんがくれたドガティ・バッグがあるし。



さみしくないからね。

【つづく】
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相鉄ローゼン深沢店から七里ガ浜東へは近道して、ランチはまたのり弁、ディナーはチキンライスというおこちゃま的な日

2019-12-02 19:54:14 | あちこち見て歩く
玄関にて。

「おとーさん、西友に行くでしょ?」



違うんだなー。おとーさんだって西友以外に行くところがあるんだ。

今日は、相鉄ローゼンに行くんだ。

遠いから豪華にガソリン使ってクルマで行くんだぞ。

我が家の屋根の上は、重い曇天。冬っぽいお天気だね。



住宅街を抜ける。



江ノ電七里ヶ浜駅横の踏切。



こちらが相鉄ローゼン深沢店。



いろいろと買う時はこちら。

でも西友に比べるとたいていのものが高いねぇ。

自宅から相鉄ローゼンに行くときは海沿いを進み、江ノ電腰越駅近くから内陸に向かうコースをたどった。

しかし自宅に帰る時は違うコースを行く。

ある住宅地の坂道を上る。



すると笛田公園の横に出て来る。



鎌倉山の住宅地に入るのだ。

右も左も著名人のお宅、というところを抜ける。



古い住宅地だ。ちょっと重い感じ。



まだ鎌倉山だ。道が細い。一方通行だったり、対面通行だったり。



ここも鎌倉山。



やがて視界が開ける。

急な下り坂になる。



眼下に七里ガ浜住宅地、そして太平洋や江の島が見えてくる。

その坂を下りたら、我が住宅地さ。



早いんだ、この道。

自宅に戻り、相鉄ローゼンののり弁を食べる。



私ってこればかり食べている。

ブレない私。

うまい、安い、ローゼンののり弁。

この白身魚のフライがいいんだ。



全面に海苔が敷かれてある。

その下には細切りに昆布の佃煮があり、これが見事にごはんとマッチング。



妻は幕の内弁当風のを食べている。



今日はおまけでイカの唐揚げつきだ。



おいしいねぇ。

やがて夕方になる。

ドガティ君の散歩と運動に行き、自宅に戻る。



日が暮れるのが早い。



「ふふふ、そろそろボクのごはんの時間ですね」とドガティ君が近寄って来る。



はいはい、あなたたくさん食べるから、次のもそのまた次のも買ってありますよ。



ドガティ君のごはんが終了するとともに、人間のごはんの用意が始まる。

サラダ。



サラダのドレッシング。



バター in 中華鍋。



私が好きなチキンライスだ。

バターでチキンとタマネギを炒めて、塩、胡椒。



ミックスベジタブルも炒める。

そしてケチャップととんかつソース。



煮詰めてチリコンカンのような状態。



いろいろ飛んでいるらしい。

ドガティ君がはいつくばって舐めている。



チキンライス完成。



おいしいわぁ。自画自賛。



ごちそうさま。



きれいに食べた。

「食べ終わったんでしょ?ボクと遊んでよ」



さっそく寄って来るドガティ君。
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ハギビスが来た日(5) 翌朝はたいへん

2019-10-15 19:56:56 | あちこち見て歩く
12日の夜中、ハギビスは神奈川県を通り過ぎた。

今回はハギビスが鎌倉を通り過ぎた後の13日(日曜日)の朝のことを書く。

我が家の前の道路は特に問題もなさそう。



台風15号の時は、我が家の前にどこかのお宅の雨樋まで落ちていただけどね。

しかし、我が家の屋根材であるアスファルト・シングルが落ちているのを発見。



今や北米の戸建て住宅の屋根材の80%くらいに、アスファルト・シングルが使われているという。

安価でデザイン的には無難。

問題は耐風性。

接着剤で留められているので、築後10年超経った時、部分的に接着剤が劣化し、風で飛ぶということが稀に起こる。

アスファルト・シングルが何枚かはがれたとしても、雨漏りはしない。

しかし台風のたびに心配するのもなあ。

この家を建ててくれたのは八ヶ岳山麓にオフィスを構えるブレイス。

その代表である丸山さんに連絡して、「今後どうしましょ?」と相談。

部分的修理をするか、屋根材全体を交換するか、という大問題。

強烈な台風が来る都度、アスファルト・シングルを修理するというのも、憂鬱な話。

もし屋根材を交換するとなると、丸山さんは防錆性と耐風性から言ってステンレスあるいはアルミの屋根材(表面は違和感ない状態に加工してある)が良いとおっしゃる。

どうしたものかねぇ??

我が家は竣工後13年。いろいろと丸山さんにお世話になり、手を入れている。

庭はなんともない。



前回倒れたグレビリア・エレガンスちゃんもしっかり立っている。



しかし触ってみると、支柱がゆるい。

ぐらぐらぐら・・・。

夜中、暴風にかなり煽られたみたいだ。

今度は「鎌倉の御庭番」濱野さんに連絡。

午後にも来てくださるとおっしゃる。

ありがたいことだ。



それ以外は問題なし。



下の画像で、下から(1)レンガ、(2)以前からの高麗芝、(3)新たに張ってみた高麗芝。



自分で張った高麗芝も順調に育ってきた。

散歩にでかけましょう。



ドガティ君は昨日ろくに外に出られなかったしね。

いろんなものが道に落ちている。



台風15号の時よりはましだったが、それでもいろいろと被害はあるようだ。



テニスコートのフェンスがずれちゃっているよ。



道路上は枝葉のごみだらけ。



海へ向かった。



今日は江ノ電は普通に動くよ。



七里ヶ浜。行合橋交差点の信号は作動していない。



大急ぎで修理中だった。



江の島、そして遠くに富士山。



拡大してお見せしましょう。台風のあとだからキレイ。



「ボクは海へ降りたいよー」とドガティ君が騒ぐ。



ダメです。危険ですよ。

まだ波は高いのだ。

真南に見えるは大島。



こちらは伊豆半島。



強い波が打ち付ける。



遊んだら面白そうだけどね。

ちょっとね、怖いね。



こちらは逗子、葉山方面。



江ノ電が来た。



七里ガ浜住宅地に戻りましょう。



あらあら、折れちゃってる。



パームツリーは無事。



・・・ではなかったみたい。ちぎれちゃったのね。



もっと重大事がある。

桜のプロムナードの老大木が折れちゃった。



悲しい。。。



こんなアクリル板まで落ちている。



クルマで相鉄ローゼン深沢店に向かった。

買物して、弁当も買った。

国道134号線の稲村ケ崎での崩落で、交通規制。

国道134号線は一部は通れた。その部分はスッカスカ。



買って来たお弁当。



たいめいけんのサーファー店長監修のお弁当だ。

【つづく】
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JL横浜デート(3) 横浜の最もハイレベルな住宅地、中区山手町をふみふみ(先輩の名前)と歩く

2019-09-17 03:00:27 | あちこち見て歩く
前回のつづき。

今日はかなり長いよ。

JL(=ジジイズ・ラブ)の逢引ストーリーは続くのだ。

中華街から元町商店街を抜けて南進すると、急坂がある。



なんとも横浜らしい地形。

この坂道の上が文字通り山手町だ。



急に巨木が見えて来て、「むむ、この先はハイソなエリアだぞ」と思わせる雰囲気。



前を行くのは私の先輩。



お名前をふみふみと言う。

ふみふみに案内されて、散歩。



道のつくりと両側の風景を見ただけでわかる、ハイレベルな住宅地。



横浜という港町、そしてその商店街、そこからちょっと坂を上っただけでこの雰囲気。

昔からお金持ちは、港から坂を上った小高いところに住むのだ。

大きな船が出入りできる港を遠浅な海に造ることは困難。

だから良港のある地形と言えば、山が海に迫るようなところも多い。

長崎や神戸、あるいはサンフランシスコやケープタウンや香港も同様だ。

これらの港町はとても風光明媚であり、外洋からやっとたどり着いた船の上からそれを見た人たちは感激する。

そうした港町の山の手を、今回はお見せしましょう。



↓の画像は、右から読みましょう。



山手町45番の2です。

ここは山手町のど真ん中。



教会がありますよ。



これも神戸と同じ。

神戸の場合、坂を上ると中山手ってところがあって、そこに中山手教会ってのがある。

こちらは山手町にある山手教会。



坂道、教会、パン屋さん。

国際的に早くから開けた港町の山の手に多いものだ。

閑静な脇道へ入る。



ふみふみはよく知った山手町をどんどん案内して下さる。

静かなところに立派なマンション。



素晴らしいね。

この後もふみふみによる横浜市中区山手町の案内が続く。

あっち行って、こっち行って。

実はふみふみはこのご近所にご自宅を所有しておられる!

良いロケーションでも、ふみふみはそこには住んでおられない。

さらに信じられないことに、ふみふみは都内渋谷にもご自宅を所有されていて、そこに住んでおられる!

どうなってますの?

少し富を分けてもらえませんか?

横浜の山手町に住み、坂を下りて中華街でランチするというのが、私の理想の生活なんですけど。

山手のドルフィン・・・ユーミンの海を見ていた午後♪



YouTubeでどうぞ♪

「山手のドルフィン」はここ横浜市中区山手町には昔からないのだけれど、今も店としてはちょっと離れたところにありますよ。

一度はご訪問ください。

横浜は江戸末期以降に早くから海外に向けて解放された歴史を持つ街であり、その山手は外国人が多く住んだ。

だから本邦のテニス発祥の地でもあるのだ。



私がかつて住んでいた神戸と同じだ。

神戸の港の北側にある六甲山は、本邦のゴルフ発祥の地。

横浜と神戸はいろんな類似点がある。

前々回ご紹介した堂々たる旧横浜正金銀行本店は現在は神奈川県立の博物館になっているのだが、同銀行の神戸支店もまた堂々たる石造建築物で現在は神戸市立の博物館になっている。

こちらは山手公園。



日本初の洋式公園として知られる。

で、ここがテニス発祥の地。



みなさん、ここでテニスしましょう!



・・・と思うが、それはそんなに簡単なことではないかも。

ここのテニスクラブに入会するのは、どうも簡単なことではないらしいのだよ。



あそこに素敵な建物がある。



これもまた、見ただけでわかるね。

最近のペラペラした新建材で固めた「洋風」建物ではない、見るからに本当の木材を建材として建てられたクラブハウス。



無料で公開されているよ。

勝手知った顔で歩く先輩ふみふみ。ふみふみには山手町が似合う。



中は撮影自由。

古いテニス・ラケットや展示物でいっぱい。



ふみふみは英国の帰国子女でもある(・・・ホント)。

だからテニスに関して技術的に精確性を要し日本語では表現が困難な点について、ふみふみと私は英語で会話する(・・・ウソ)。



気持ちよさそうにテニスに興じる方たち。



周囲は森です。



山手公園およびテニスコートの区画を出て、ふたたび散歩。



周囲は静かな住宅地なんだねえ。



でもすぐ下が元町商店街であり、あの喧噪の中華街なんだ。

でもここは重厚な山手町。いいところだね。

元町や石川町からすぐだけれど、ここらあたりは今も第一種低層住宅専用区域が残る。

建蔽率40%、容積率80%だったりする。鎌倉市の住宅地の多くと変わらない。



前回ご紹介したでしょ。

日本郵船横浜ビルがあったでしょ。

明治以降貿易を通じて、日本の経済発展に貢献した会社です。

ここに立派なクラブハウスを所有しているのです。



こっちは何? この奥にお住まいの方はだれ? 美しい画像ですね。



山手町の中心的な通りを進む。



べーリックさんのお宅の前です。



建物だけじゃない。

他も立派だ。左から車道、歩道、私邸の石垣。



すべてがきちんとしている。

美しいよね。

あらゆる住宅街がこうあるか、あるいはこうでなくても、もうちょっと美的でありたい。

入ってみましょう。



以前からこのブログで申し上げている通り、南に向かって窓の上に軒がない場合、こうした庇がつくことが望ましい。



「洋風住宅に庇は似合わない」と通説を堂々と述べる人がいるが、それは誤りだ。

当時海外からやって来た一流設計者が設計した本格的洋館だって、このように庇があるわけだし。

軒も庇もなにもないと様々な問題が生じる。

普段利用しない部屋で、例えば北側の窓ならそれもよかろうが、それが普段から利用する部屋の南の窓で、その上に軒も庇もなければ、日照による屋内気温の異様な上昇の問題が発生する。また雨天時に窓が開放できなくなる。

さらなる温暖化を考慮すると、部屋の中を自ら異様に温めておいて、それを今度はエアコンで冷やすというエネルギー的に無駄なことを、今後はますますせねばならず、あまり賢明なことではない。

夏の屋内の通風を確保しながら、直接的な日照による屋内の気温上昇をいかに防ぐかを考えないといけない。



しかし軒を出す場合は安易に出しては行けない。

これも先日書いた通り、簡単なつくりで軒を出してしまうと暴風に屋根をはがされたり、全体が飛ばされることも起こる。

1週間前の台風15号でもそれが見られている。

それを避けようとすると、今度はコストがかかる。

屋根なんて一般的にはマイホーム購入者の興味の対象外であるからして、コスト上昇要因になることは家を売る側も避ける。

建築工事の契約が取りたいからだ。

したがって、日本の家から軒がなくなる、あるいは小さくなって行く。これも先日説明した通り。

ちなみにこの建物の中は涼しい。

ダイニングルーム。



階段のてすり。



二階の窓から外を眺める。



バスルーム。



金属製の暖房器具がとてもいい。

大昔の温まっているんだか、そうでないのか、よくわからない弱わぁ~い英国風暖房器具。

こちらは書斎。



PCというものがデスク上に存在することが当たり前になり、屋内の風景ってかなり変わった。

ああいう電子機器は、インテリアの重厚さを失わせる「汚い」ものだった。

かつては、固定電話機あたりが置きっぱなしにできる機器の限界だっただろう。

英国の上流階級の邸宅では、テレビなんで醜悪なものは人様から常に見えるところには置いてなかったと、その手の解説本には書いてある。

ところが1990年代後半から、デスクの上にPCがあるのが当たり前になった。

その頃から立派な会議室や役員の部屋には、オンラインでの会議のため、スクリーンがあるのが当たり前になった。

テレビは薄型になりデザイン的にもすっきりして壁にかけてあったりする。

以前ならこうした部屋では「汚い」ものとして扉の向こうに格納されていたものが、最近は外に出たままだったりするわけだ。

しかしここべーリック邸ではそうしたものはないのでした。

昔のまま。

この邸宅の全景。



さらに行くよ。



喫茶・軽食の店として利用できるところが多い。

観光客が多いからね。



電話ボックスもこのような外観。



次々と教会が出てくる。



どんどん撮影しちゃう。



教会、港、坂道、洋菓子・パン店。

ここからは外国人墓地です。



このあたりで、横浜市中区山手町は最高潮だ。



ご覧ください。



年代からして、第一次大戦で亡くなった人たちのようだ。



しかしなぜに横浜に? 

今は調べる時間がない。

こちらは港の見える丘公園。



今回は大サービスだよ。

横浜観光のポイント大放出だ。

向こうにぼんやり見えるのは・・・東京のスカイツリー。



港の見える丘公園でたたずむ還暦過ぎのオトコ二人、先輩と私。



「今日もよく歩いたよね」なんて会話する。

こちらはイギリス館。ジョージ王だ。



GRとはジョージとレックス(=王様の意味、ラテン語)

エリザベス2世の前だね。

エリザベス2世なら、E II R(エリザベスとリジャイナ(=女王)の間にIIと書けばいい)。



ここが港の見える丘公園前の交差点。



ここからは下りだ。海の方へ向かって。



再び来ました、元町商店街。



チャーミング・セールが楽しみだね。

ふみふみとスタバへ行く。

ラテのアイス。喉がかわいてるから、おいしい。



それではさようなら。

私はJR石川町駅方向に向かって歩きます。

先輩ふみふみは地下鉄で都内へお帰りになる。



途中ポンパドールでパンを買って帰りましょう。



よく歩いたね。

横浜正金銀行本店をくどいほどお見せして、横浜港や中華街を観光客のように楽しみ、最後は優雅でハイソな中区山手町を仔細にご紹介した。

横浜JLデート。ウヒ♪

【おわり】
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JL横浜デート(2) じじい達はベタな横浜ガイド的に中華街へ向かい四五六菜館本館へ

2019-09-16 03:00:10 | あちこち見て歩く
前回の続き。

JLとはジジイズ・ラブ。

還暦を過ぎたオトコ達の熱い横浜デート。

オトコ達は日本の経済発展を支えたモノを見るとコーフンするのである。

これをご存じですか?



NYKだ。

NIPPON YUSEN KAISHAのことで、つまり日本郵船横浜ビル。

日本の貿易最前線。

神戸と同様、重要な港には日本郵船の立派なビルがあるのだ。

日本郵船歴史博物館にもなっている(今回は見学していない)。

したがってすぐそばには横浜税関。



クリニックの隣に薬局があるようなもの。

裁判所の隣に弁護士事務所やら司法書士事務所があるようなもの。



途中、いろんなお店がある。



横浜的なエキゾチックなお店。



そしてここへ、開港広場だったかな?

北欧料理の店があり、シルクセンターなんてところがある場所。



シルクだよ? 日本の貿易の歴史だよね。

横浜港は開国後の日本の経済発展を支えたのであぁ~る。

みんなで、いしだあゆみさんのこの曲を聴こう♪



1960年代後半、まだ高度経済成長の時代の歌だ。

公害問題が大変。

当時から日米貿易問題なんてあったよ。

東京オリンピックから何年か経ったところだ。

大阪万国博覧会はもうちょっと先だ。

山下公園へ。



右隣に高層の新館が建てられても、相変わらず旧館ばかりが注目されるホテル・ニュー・グランド。



横浜港の象徴だ。

新館ももうちょっとクラシックな作りにすれば良かったと思うよ。ちょっと重厚さが足りなかったな。

赤と白の煙突を見よ!



氷川丸だ。

さきほど見た日本郵船がかつて運航していた船だよ。

横浜の歴史みたいなもんだ。

今回の連続投稿は勉強になるねぇ。

これをもうちょっと深掘りして、前回の横浜正金銀行と一緒に項目ごとに文章長くしたら、横浜の中学生レベルなら夏休みの自由研究として提出できる。

マリンタワー。これもまた横浜。改修工事中。3年がかりらしいよ。



そこからすぐのところにあるのは中華街。



腹が減ったのだ。

ランチを開始すべき時間を、とっくに過ぎている。



そういう時間帯にここ中華街にいるという先輩と私は、なんてラッキーなのでしょう。

横浜っていいところだ。日本の都市の中でもかなり恵まれた方だ。

都市に住むなら横浜か神戸。港町はどこもとってもコスモポリタン。



脇道と言うべき市場通りへ入りましょう。



奥へ奥へ。



安いよね、この定食。たくさんついて850円。



一方こちらはダック。



JL二人組はたらたら歩く。

「ねえ、どこにする?」なんて相談しながら。

結局、四五六菜館本館へ。



新館、別館もあって、良い店だな。

JL(ジジイズ・ラブ)の2人らしい選択だ。

コース料理をゆっくり楽しめるのだよ。

まずは、生ビール。



焼き豚に、くらげときくらげ。



ピリ辛なチリソースの海老。



レモンサワー。



中華せんべいに北京ダック。



ニラの餃子。



小籠包。



麻婆豆腐。



海老や春雨の辛いスープ。



炒飯。



先ほどのスープを分けたところ。



レモンサワーのお替り。



杏仁豆腐。



いやーー、よく食べました。

JLランチ。先輩と私♡

オトコ二人はよく食べたのです。

これまでの思い出を語りながら、これからあるべき人生を語りながら。



お支払いをしましょう。



四五六菜館本館、ごちそうさまでした。

こちら(↓)はすぐ近くのお店で景徳鎮。

四川料理としては、先輩のおすすめの店だそうだ。



景徳鎮と言えば、陶器の産地。

我が家にもあるよ。ロンドンで買ったどんぶり(↓)。「中国景徳鎮」と書いてあるでしょ。



ここも先輩おすすめのお店。



肉の加工品の店だ。

旨そうなものばかりの立て看板。

お店全体はこんなの。



二階で食べられるらしい。

その後・・・たまたま私のあこがれの店の前を通過した!

行こうと思えば行けるのに、いまだに行ってないところ。

先輩のおすすめの店でもある。

ここだ。



萬来亭。

まだ来たことないんだなぁ~。

私もこの店はよく認識している。

でも残念ながら、まだ来たことがないんだ。

以前から私がつくり続けている上海炒麺を食べさせてくれる、国内で数少ないお店のひとつ。

隣はその製麺所。



これぞグルメ。

高いからいいってもんじゃない。

おいしいものは、安くても高くてもおいしい。高くてもたいして美味しくないものもいっぱいだ。



しかし上海炒麺ほど簡単でおいしいものはないと、私は思っている。

黒い醤油、カラメルのきいた甘みもある老抽王を使った、たいへん簡単な炒めそばだ。



私もこれを食べるために、老抽王を購入し続けている。



日本のふにゃふにゃな蒸し麺ではなく、しっかりした中華麺を購入し、中国風の炒め麺を調理し続けてきた。

うおーー、できるぞ、自分だって、本格派上海炒麺。

こちらが僭越ながらわたくしの自作(↓)。



おいしそうでしょ。

でも、いまだに外で食べたことがない(←私はこういう料理が多い)。

外で食べたことない料理を、自分でつくるのって大変よ。



あぁ~食いたい。

でも残念ながら、JLのオトコ二人は次の目的地へ向かうのでした。

こちらがおしゃれな元町商店街。



ここを抜けて坂を上ろうね。

次はハイソな横浜をご案内。

次回に続く。

JLはねちねち話が長いのだ。
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JL横浜デート(1)じじい達は出会った頃の自分達のルーツを確認しに旧横浜正金銀行本店へ向かった

2019-09-15 00:58:37 | あちこち見て歩く
ドガティ君はモデル犬。

お風呂に入っている際中でも、スマホを向けられると最高の笑顔。

ニコッ!



でも「おすまし!」と言われたら、おすまし顔に切り替え。



商品を横に置き、「ちゅっ!」と言われたらそこにちゅっ!



どこかの企業のCMでドガティ君が使われないかしら? ギャラは相当高額ですけど(笑)。

本日はJL横浜デート。

JLって何?

JKは女子高生。BLはボーイズ・ラブ(美青年間の愛、あるいはその漫画)。

JLはジジイズ・ラブ。

還暦を過ぎた男性がデートすることがJLなのだ。

今回はそんなお話。場所は横浜。

江ノ電稲村ケ崎駅へ向かいましょう。



江ノ電鎌倉行きは、間もなくやって来る。



鎌倉駅でJRに乗り換え。

JRで1回乗り換えて着いたのが、JR根岸線関内駅。



こちら(↓)は、関内駅前の日高屋さん店頭。



ガパオをぶっかけた汁なし麺だそうな。初めて見た。

いかにも私が作りそうな麺料理だな。

まるで私のブログを自分で見ているような錯覚に陥る。

本日は馬車道に向かっている。



こちらが馬車道入口。



ここが本日のJLつまりジジイズ・ラブのスタート地点。

33年前に職場で知り合った先輩と私、還暦過ぎたオトコ2人が横浜でデート。

ルンルンルン♪

そしてまずその2人は、自分たちが知り合うことになった職場のルーツを訪ねようとしている。

そのルーツがこの馬車道に沿ったところにある。



見えてきた。



これがそうだ。



堂々たる石造建築物。



旧横浜正金銀行本店である。現在は神奈川県立歴史博物館として使用されている建物。



横浜正金銀行とは外国為替専門銀行。

明治時代に入り日本の外国貿易促進を目的として、そのファイナンスを行うために作られた銀行だ。

第二次大戦後その銀行は改組されるが、外国為替専門銀行の東京銀行となって残る。

1990年代半ばに東京銀行は三菱銀行と合併し、東京三菱銀行(現在の三菱UFJ銀行)となる。

その東京銀行に先輩は1981年に、私は1983年に就職したのだ。

お仕事柄、東京銀行は国内より海外にはるかに多くの店舗を持つ変わった銀行だったが、1986年に先輩と私はロンドンで一緒になる。

もう33年前のことだ。



先輩も私もその後銀行を退職し、外資系に転じてしまう。

というわけで、今回は先輩と私が出会った職場のルーツとも言えるこの旧横浜正金銀行本店を、二人で仲良く訪ねようというJL横浜デート・ストーリーなのである。



ここから少し行けば、日本郵船のビルや横浜税関もあるし当然ながら横浜港もある。

つまり外国為替を取り扱う旧横浜正金銀行はあるべき場所にあったことになる。

ちょっと早めに着いたので、私はこの建物の周囲をあちこち撮影して回っていた。



斜めとなりにも立派なのがあるよ。



安田銀行横浜支店だ。

のちの富士銀行、現在のみずほ銀行だね。



現在は東京藝術大学との掲示がある。



いい建物だ。



こちらが馬車道の端っこ。最も海寄りなところである。



しつこいくらい旧横浜正金銀行をお見せしましょう。



彫りの深い建物だね。



私は「奥目の建物」と呼んでいる。

壁の厚みがあって、窓ガラスが外壁の表面からかなり奥まったところに置かれる設計。

縦長の窓は本来のこういうデザインで利用されると美しい。

こちらが博物館の入り口だ。



先輩と合流し、さあ博物館に入ろう!

・・・いや、入ろうとしたのだが、横に置いてある大砲に関心が向く。



これ一つで乗用車1台分くらいの重さがあるらしい。

スイスの商社が商品として取り扱っていたロシアの大砲で、関東大震災で旧居留地に埋もれ、1959年になって発見されたという。



この鎖、すごい太さですよ。



ロシアのシンボル、双頭鷲。



ロシア文字かしら。。。「M」みたいなのと「V]の逆さまみたいなの。



博物館内に入る。

「撮影禁止」の表示があるもの以外、撮影はオッケー。



神奈川県立歴史博物館であるからして、神奈川県の歴史を教えてくれるところだ。

縄文時代あるいはそれ以前から始まって、鎌倉時代、江戸時代、明治以降。

ゆっくり見たので、入ってから出るまでに2時間以上かかってしまった。

こちらは鎌倉時代の展示。当時国内で硬貨は鋳造されず、宋銭(他の時代のものも)がそのまま流通していたとか。



どうやって市場に供給されたのだろう?というのが先輩も私も最初に思ったことだった。

通貨供給量、つまりは今でいう金融政策としてマネー・サプライを管理するなんて概念はなかったのでしょうねえ。

QE(=量的緩和政策)として米国債やモーゲージ債を中央銀行が購入して、通貨を大量に市場に供給するなんて高度なテクは当時はないわけだから、きっと鎌倉幕府あるいはその高官がこの古銭を好きに使って、それが流通したのでしょう。



なんてことを考えながら歴史順に見て行き、やがて明治以降の展示へ移動して行く。

横浜正金銀行の説明にたどり着いた。



ゆっくり拝見しましょう。



横浜風月堂のワッフルが詰められていたというお菓子箱。



横浜正金銀行の紋章入りだ。

東京銀行に私が就職したのは1983年だから、横浜正金銀行が改組されてから38年経っていたのだが、この紋章が入った金属製の灰皿が銀行内に置かれているのを見た記憶がある。

こっそり持ち出せばよかった。どうせ今頃は処分されているだろうな。

天秤がある。



これで金や銀の重さを測ったのでしょう。



1880年に作られたそうだ。

こちらが横浜正金銀行の支店網。



「あ、ロンドン支店も書いてありますよ、先輩」などと会話する。

20-24 Moorgate, London, EC2R 6DHがのちの東京銀行ロンドン支店の住所だったが、明治時代の横浜正金銀行ロンドン支店も同じだったのかしら。



こちらは横浜正金銀行に係りのあった人のうち、一般的にも名をよく知られた方々5名だ。



左から:

福沢諭吉: 当時の大蔵卿(大蔵大臣)大隈重信に外国為替銀行の設立を提言
大隈重信: 横浜正金銀行を設立した当時の大蔵卿
井上準之助: 横浜正金銀行に入り、のち頭取。浜口雄幸内閣の蔵相となり金解禁を実施したのち、暗殺される
高橋是清: 日銀副総裁、のち横浜正金銀行頭取を兼任。のち蔵相となり不況を乗り切るのにリーダーシップを発揮
永井荷風: 横浜正金銀行ニューヨーク支店、のちリヨン支店(フランス)勤務。

歴史上著名な方々に混じり、永井荷風なんてかなり風変りな小説家、随筆家まで出てくる。

永井荷風のニューヨーク、リヨンの海外勤務の経験は、のちに彼のあめりか物語やふらんす物語となって世に出るのだった。

永井荷風が横浜正金銀行に勤務したことについては、入行した当時、私は人事部の先輩から教わった。

それ以外は歴史の本に出て来る。

こちらは行内の週報。



各通貨の交換レート、金銀のレート表。1927年3月末から4月初旬のものだ、



旧横浜正金銀行本店も最初はもっと小さく、明治20年代はご覧の絵のようだったという。



これは先ほど見たものよりはるかに大きな洋式天秤。少し新しいものになる。



金銀を大量に計測していたのでしょうか?

製作者は先ほどのと同じ。



天秤の権威だったんでしょうねえ。

建物の窓の部分だ。

とても雰囲気が良い。



どっしりと落ちついた横浜正金銀行。

先輩と私は、ロンドン時代の思い出話などしながら、結局2時間をここで過ごしてしまったよ。



JLデート・ストーリーは次回に続きます。
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