ペンギン夫婦の山と旅

住み慣れた大和「氷」山の日常から、時には海外まで飛び出すペンギン夫婦の山と旅の日記です

信州のサクラ(4)- 諏訪高島城

2010-04-18 19:57:58 | 旅日記


高島城は秀吉の武将・日根野織部高吉による築城(慶長三年)で、諏訪湖に
突き出した形だったので「諏訪湖の浮城」と呼ばれました。江戸初期の諏訪
湖の干拓で水城の姿は失われました。



歩道橋でお堀を渡って城内に入ります。昭和45年に天守閣が再建され、周囲は
高島公園として整備されています。



ここは武田信玄の軍師・山本勘助と諏訪御寮人・由布姫のロマンスにもゆかり
の地で、このような記念写真用のパネルもありました。
井上靖の小説で、その後NHKの大河ドラマになった「風林火山」を思い出します。



この城へも蓼科山の帰りに立ち寄ったことがあり、今回は時間が限られているので
天守閣には登らずに美しい庭園を散策しました。
ここのサクラは数はそれほどでもありませんが種類が多く、さまざまな開花状況が
楽しめました。


信州のサクラ(3)- 横河川のソメイヨシノ

2010-04-17 17:22:57 | 旅日記


大町温泉で泊まった翌日は素晴らしい快晴で明けました。
諏訪へ向かう途中、安曇野のスイス村では残雪の常念岳を背にしたサクラが満開です。



今日はあまり知られていない信州のサクラの名所(ツァーの惹句は「隠れ桜」)を
三か所巡ります。最初は諏訪湖に注ぐ「横河川のサクラ」です。
ここが河口近く。遠くに見える山並みは八ヶ岳です。この辺りは冬に白鳥の飛来地と
して有名です。



昨日、添乗員さんから「横河川の桜は開花したばかりのようですから、あまり
期待しないでください」と言われていたのですが、昨日の暖かさで五分咲きから
七分咲きまで急に開花が進んだ様子です。



河口から中流にかけて堤防に植えられたソメイヨシノが、美しい並木道を作って
います。



途中の県道にかかる橋を渡って左岸を引き返しました。僅か30分ほどですが、
サクラのアーチの下の楽しい散歩道でした。

信州のサクラ(2)-高遠城址のコヒガンザクラ

2010-04-16 16:53:05 | 旅日記


いつかは見たいと思いながらも、マイカーでは駐車場所を探すのに大変と敬遠して
いた高遠城址のサクラ。今回のバスツァーで一番行きたかったところです。
高遠に入ると遠くからも町のあちらこちらが桜色に染まるようで、その代わり渋滞
もひどくなり、休日ならさらに混雑が激しいと思われます。
大きなグラウンドのバス専用駐車場の周囲もサクラで埋まっています。
黄色い車は散水車です。



高遠のサクラは「タカトオコヒガンザクラ」という固有の品種で、長野県の天然記念物
に指定されています。城址を埋め尽くすサクラは全部で1500本以上。



明治の廃藩置県で廃城となった高遠城を惜しみ、明治8年、元藩士たちが中心
となって城跡を公園にしサクラの樹を植えたのが始まりです。
その後、植えられた桜は同じ種類のものに限られてきました。戦後、天然記念物
に指定されたあとは移植できず、古い株から出た新しい枝木を大事に育てています。



城址の殆どがタカトオコヒガンザクラですが、本丸横の新城藤原神社前にただ一本
咲いていたシダレザクラ。



白兎橋を渡る人が引きも切りません。



南曲輪あたりで…。ムラサキハナナの花も咲いていました。



今にも泣き出しそうな空の下で傘を用意しての散策でしたが、幸い雨に会わずに
済みました。長い間の念願を果たせて満足して今宵の宿に向かいます。

信州のサクラ(1)-光前寺のシダレ桜

2010-04-15 23:03:48 | 旅日記


娘と孫と一緒に、信州のサクラの名所を巡る一泊二日のバスツァーに参加しました。
最初の目的地・光前寺は中央道駒ヶ根ICから僅か1.2kのところにあります。



木曽駒ヶ岳など中央アルプスの帰りに三度参詣したことがあり、今度が四回目になり
ますが桜の時期は初めてです。
寺に近付くと、車窓の両側に美しいスイセン畑が拡がります。



平安時代の貞観二年(860)開基で今年は1,150年祭、今は7年に一度のご本尊春の
御開帳中です。



山門をくぐると境内全体が国の名勝庭園に指定されています。
サクラの数はいろいろな種類を合わせて80~90本ほど。今日は背景の宝剣岳が雲に
隠れているのが残念です。
はやシャクナゲも咲いていました。



ご本尊の御手に結ばれている御縁柱に触れて家内安全をお祈りしました。



サクラ以外にも光前寺には有名なものが二つあります。一つはこの霊犬・早太郎。
昔、この寺に飼われていていましたが、請われて遠江の磐田まで行って狒々(ヒヒ)
退治をしたという伝説の持ち主です。オオカミの血を引いていたと言われ、不動明王
の化身として厄除けにご利益があると信仰されています。
これは本堂前の木像。



三重塔前の石像。本堂と塔の間には立派なお墓もありました。



もうひとつ有名なのが、このヒカリゴケ。
参道の石垣や、客殿の外縁下で淡い緑色の神秘的な光を放っています。
まだ少し時期(見頃は4月下旬~11月)が早いのですが、幸いいい写真が撮れました。



広い庭園のサクラを鑑賞して、次の目的地・高遠に向かいます。

信州のサクラを見る

2010-04-15 11:56:11 | 旅日記
一泊二日のバスツァーに行っていました。

4月13日は今にも降りそうな暗い空でしたが



駒ヶ根の光前寺のシダレザクラと



天下第一といわれる高遠のコヒガンザクラを見て、大町温泉泊。

14日は素晴らしい快晴の下、諏訪周辺の「三つの隠れ桜」を見ました。



まず、諏訪湖に注ぐ横河川のサクラ並木を散策し



次に高島城の庭園のサクラ



最後に湊・船魂神社の樹齢110年のシダレザクラ
を見て帰りました。

今年の信州はまだサクラには早いと聞いていたのですが、12日の雨の後の暖かさ
で一気に開花が進んだようで満足の旅でした。詳しいレポートは後ほど…。

東明寺から矢田寺へ(4月9日)

2010-04-09 16:55:14 | 矢田だより
プーケットからきているFUGAで~す。
今日はジイジとバアバと3人で矢田山に登りました。



東明寺では白い椿と赤い椿の後ろに大きなサクラの木がありました。



落ち葉の間からギンリョウソウが顔を出しています。
「ユウレイソウという怖~~い名前もあるんだよ」とバアバ。



この急な坂を登ると峠のようなところに出ます。



峠に出ると目に下にサクラが満開の「子供の森」が見えました。



縦走路に出てどんどん登っていくと「矢田山」の標識がありました。
ジイジと記念写真を撮って、横にある展望所でお弁当を食べました。
風があって寒かったので、食べ終わるとすぐ出発して少し先の展望台に
登りました。



前に行った生駒山や信貴山を始め、たくさんの山が見えました。
遠くに見えるのはこの辺りで一番高い葛城山、塔の立っているのは松尾山です。
「次はあそこに登りたいなあ」



下りは池の横を通って見覚えのある道に出て、急な坂道を矢田寺に下りました。
サクラの花びらが雪のように降っていました。



ボケの花やモモの花や小さな草花がいっぱい咲いている、野原の道を歩いて
車の置いてあるお地蔵さんの辻に帰りました。


三日見ぬ間の…(4月8日)

2010-04-08 12:07:39 | 矢田だより


正しくは「三日見ぬ間に…」という江戸時代の俳人・大島蓼太の句だそうです。
今年のサクラは、早めの開花から満開まで長い期間楽しませてくれましたが、
町内のサクラも昨日の雨でそろそろ散り始めました。



「さくら、さくら、花吹雪…」



川面に浮かんだ花びらがゆっくりと流れていきます。


春爛漫の矢田寺へ(4月6日)

2010-04-06 19:32:56 | 矢田だより


大和民俗公園の駐車場へ車を置いて、矢田寺へ行きました。
公園のサクラはもう散り始めていて、気持ちのよいそよ風に花びらが舞っています。



牧場ではウシ君たちが気持ちよさそうに春の陽射しを浴びています。
背後の矢田丘陵は緑の衣装のところどころにサクラ色を散りばめて、まさに
「山笑う」の風情を見せています。



歩き始めて30分、矢田寺の山門をくぐります。前のサクラもはや散り始めです。



急で長い石段を登っていきます。



サクラやヤマブキの花が咲く境内に入りました。
「味噌なめ地蔵」さんのお口に新しいお味噌が塗られています。





本堂の周りも満開のサクラの花で埋まっています。



三丁と四丁の間の急坂を過ぎて町石道を六丁まで登りました。
帰りの道が長いので今日はここまでにして、弘法の井戸で顔を洗って下ります。



矢田の大石の横を通って、別の道から車の置いてある公園に帰りました。
全行程2時間あまり、歩数計の数字は11,000歩を越えました。

お城まつり盛況 (4月4日)

2010-04-05 10:19:26 | 矢田だより


快晴に恵まれた日曜日、大和郡山お城まつりは大賑わいでした。



向櫓と追手門。お堀端も城内もどこも人とサクラで溢れています。



いつもは殆ど人影のない外壕園地もお花見の人でいっぱい。



午前中には「数珠繰り法要」も営まれました。(写真は終了後)



たくさんお店もでています。(写真は金魚グッズのお店)



市内では「市民パレード」が行われています。





「阿波踊り」も練り歩き、沿道を埋めた大勢の見物人を楽しませてくれました。