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ペンギン夫婦の山と旅

住み慣れた大和「氷」山の日常から、時には海外まで飛び出すペンギン夫婦の山と旅の日記です

平城遷都1300年祭

2010-10-12 19:49:52 | 矢田だより
近くにいて「いつでも行ける」と思っていると、つい延び延びになるものです。
10月12日、3連休も終わって「今日なら混雑も少ないだろう」と「平城宮跡会場」へ出かけ
ました。
会場に駐車場はないので家から10分ほどの「奈良西駐車場」に車を置いて、シャトルバスに
乗ると10分ほどで会場バスターミナルに着きます。



この地図で、中央下に赤い線で囲ってあるところが「第一次大極殿址」で一番下の赤い
四角が復元された大極殿、そこから上にまっすぐに延びる道の突き当たりに見える赤い
四角が「朱雀門」です。(この地図は上が南になっています)



まずターミナルに近い「平城京歴史館」に行きましたが、入場できるのは1時間半あとの
11時40分。整理券を貰って「朱雀門」へ。平城京の正門であり、外国の使節もまずこの門
をくぐり130ヘクタールの広い宮域に入りました。



障害者や高齢者などのために、会場内を巡るハートフルトラムを横眼に見ながら、



北端の大極殿まで約800m。
まだ夏のようなカンカン照りの道を歩いて、すっかり汗をかきました。
正面の長さ44m、高さ27mで、屋根には約97,000枚の瓦が使われています。
大極殿は平城宮最大の宮殿で、国のさまざまな重要な儀式を執り行ったところです。



その国家儀式で天皇が着座した「高御座(たかみくら)」



屋根を飾るシビ



日陰では流石に涼しい秋の風が吹き、汗が引いていきます。
前に歩いた東院周辺は割愛して、再び「平城歴史館」へ。

有料の展示館で、遣唐使の歴史や渡航の様子をアニメ仕立てで映像化したり、外国使節団が
見たであろう平城京の様子をバーチャル・リアリティ技術で再現する映像を見ましたが、
はっきり言って期待外れでした。



復元展示されている「遣唐使船」です。



全長30m、マストの高さは15m。排水量300トンのこの小さな船で、奈良時代の人々が中国
に渡って先進の唐文化を学び、学問、宗教、美術上などの貴重な文化を我が国に持ち帰った
ことを思い、現代のぎくしゃくした日中関係に思いをはせると感無量です。

フードコートや土産物のコーナーなどを一寸覗いて、帰りのバスに乗りました。





子育ての民俗

2010-10-08 06:00:00 | 矢田だより
昨日の「県立民俗博物館」企画展の続きです。
大和の子供が生まれてから、幼児、小学生と成長して大人の仲間入りをするまでの
民俗が写真と実物で展示されています。

膨大な内容ですので、抜粋してお伝えします。



「大安寺八幡神社の鳩」
奈良市東九条町の大安寺八幡神社は、子授けの神社として有名で、かっては近隣だけ
でなく、京都府南山城地域からも多く祈願に訪れたといいます。
鳩は御祭神八幡神の使いとされ、子宝に恵まれたい人は、神社に奉納されている
鳩の土人形を頂いて持ち帰り、成就すればお礼として新しいものを奉納します。
(展示説明より…以下同じ)




「乳授け、乳預けの祈願絵馬」
粉ミルクなどなかった時代、乳の出が悪いときはもらい乳をしたり、代用として
スリコ(米を石臼でひき、飴または砂糖を加えて炊いたもの)や重湯を飲ませる
などの方法しかなく、子どもの生死に直結する問題でした。乳授けの祈願絵馬も
その切実な思いの表れです。なお、同図の絵馬は、母乳が不要なときの乳預けの
祈願にも使われました。



「疱瘡神(ホウソウガミ)送り」
かって疱瘡は、最も恐れられた病の一つで、様々な祈願やまじないが行われました。
これは大和高田市辺りで行われたという、疱瘡神送りを再現したものです。
米俵の口を塞ぐサンダワラの上に、御幣、赤ご飯とともに何か赤い色のものをのせて
流します。
赤い色は、災厄を祓う色とされていました。



子守り箱と子守り籠です。小さい子どもをこの中に入れて、あやしました。



イノコのデンボ





「ジョウトンバ(尉と姥)図絵馬」
(昭和13年(1938)8月15日奉納、北葛城郡上牧町新町 春日神社 )
奈良県内では、中和地区を中心に、初宮まいりなどの際に氏子入りのしるしとして、
絵馬を奉納する風習が広く見られますが、かっては村落単位でその年氏子入りした
子どもが連名で大絵馬を奉納することもありました。
上牧町新町では、氏神春日神社の秋祭りの宵宮に村落内でその年誕生した子どもが
連名で氏子入りの絵馬を奉納し、10歳くらいの子どもたちがその絵馬を持って村中
を回って披露したということです。



「亥の神さんへの供え物」
こどもたちが作った摸擬農具を「亥の神」に供えます。
亥の神は本来「田の神」で、イノシシは多産なので稲の豊作を感謝して秋にお祀り
したようです。(変愚院)



「シャカシャカ祭り」
祭日 6月5日、場所 橿原市上品寺町
農業の季節に、農業の無事や地域の安寧を願って、県内各地で行われる「ノガミ祭り」
の一つで7歳から15歳までの子どもを中心に行われてきました。「ジャ(蛇)」と
呼ばれるわら縄をか担いで、村中を練り歩いた後、ノガミサンの木に巻き付け、お神酒
やちまきを供えます。ジャは農業に欠かすことのできない水の神の化身といわれます。



「鍵の蛇巻き」
6月第一日曜(昔は5月5日)に行われる野神まつりの一。
巨大なジャ体を作って子供たちがこれを担ぎ、引き合い、暴れつつ、ハッタンと
呼ばれる祭城まで巡行し、また手作りの農具模型をおさめたドサン箱によって、
その一年に慶事のあった家などを祝福して廻る、などの特色ある儀礼を伴うこと
によって知られている。
行事は数え年17歳のものが指揮権を持ち、17歳~14歳の「頭持ち」と呼ばれる
少年たちが中心となって行う、男の子の祭りである。
このまつりによって、村の安寧が保障される一方、子供たちはこれに参加する
ことを通じて共同体社会の生活様式を学び、ムラの一員としての自覚と、連帯感
を育んでいく。17歳でこの行事をすませると「大人の仲間入り」といわれる。



その「蛇巻き」の頭部。田原本町鍵




今日の大和民俗公園(10月7日)

2010-10-07 19:36:05 | 矢田だより
今日も爽やかな秋晴れです。



大和民俗公園内の奈良県立民俗博物館で開かれている、企画展「日々のくらし-
子育ての民俗」を見に行きました。

開館すぐで私が初めての入館者のようでした。館内の撮影許可証を首にかけて、
ゆっくり見学します。



入ってすぐのコーナーで、こんな展示がありました。
村上さんは奈良市在住の方で、キリマンジャロにも登られたことがあるという
プロフィールが紹介されていて、同じ山好きとして親しみを感じました。

さまざまな大和の祭りが、美しい色使いと精細なタッチで描かれています。その
一部を順不同でご紹介します。





「長谷寺のダダオシ」
2月14日に行われる修二会結願の作法として鬼が登場し、大松明を持って堂外を廻る。
(櫻井市)     …展示説明を転載しました(以下同じ)



「陀々堂の鬼はしり」
1月14日の夜、大津町念仏寺の陀陀堂で、精進潔斎した三人の鬼役が燃えさかる大松明
をもって堂内を巡る。国指定重要無形民俗文化財。(五條市)



「惣谷狂言」
1月25日。氏神天神社で披露される地狂言。絵は仕掛けられたワナと知りつつ、
たまらず食いついて、坊主から狐に戻るという狐釣狂言。県指定無形民俗文化財。
(五條市)



「生駒の火取り行事」
生駒大社では、氏子が二つに分かれて、神前から火を取り出す早さを競う行事が
行われる。火が神から人へ伝えられた遠い昔を伝えるものか。市指定無形民俗文化財。
(生駒市)

まだまだ、たくさんありますが、この辺りで…。

斑鳩の里から松尾山へ(10月5日)

2010-10-05 17:00:57 | 矢田だより


秋晴れの爽やかな朝、斑鳩町営駐車場へ車を入れて歩き始めました。
柿畑の向こうに法輪寺の塔が見えます。
ここからは日本最古の木造建築の法隆寺も、最古の木造三重塔の法起寺もすぐ近くです。

法隆寺ゴルフ場までゆるく登ると、いよいよ山道にかかります。ここから1.2キロ。
十三丁。



三丁の町石まで登ると、石の仏さんが慈愛に満ちた微笑みで迎えて下さいます。
指を右頬にあてておられるのは、如意輪観音さまでしょうか?



松尾寺に着きました。右側の本堂で手を合わせ般若心経を唱えました。
松尾山へは塔の横から石段を上り、境内を抜けて尾根に続く「行者峰行道」を行きます。



大岩に鎮座する不動明王さまと役行者さま。



無事頂上三角点に到着。お寺までは毎日登山の人などに出会いますが、山頂は全く
静かです。しかし、木の葉が茂って、葛城山も信貴山も見えなくなりました。
水筒のお茶を一口飲んで下山しました。

今日の歩数計=12,500歩

秋晴れの大和民俗公園(10月2日、3日)

2010-10-03 11:46:22 | 矢田だより
昨日、今日と大和民俗公園を歩きました。



入口ゲート近くではスイフヨウの花が見頃です。



和名で「酔芙蓉」と書きますが、朝の白い色が時間の経過で次第に色づいていって、夕方には
真っ赤になって萎むので、お酒に酔った顔色にたとえられた名前だそうです。



この花は、ほろ酔い加減でしょうか?



梅林上の道では両側に紅白のハギの花が満開です。



ヒョウタン棚の近くでは、ススキとハギの競演。



手前からケイトウ、コスモス、その向こうにヒガンバナと、秋の花が揃って咲いています。



帰り道で、大きなクリの実がたわわに実っていました。待ち遠しかった秋もいよいよ本番
です。

10月になりました

2010-10-01 17:03:24 | 矢田だより
青い空に白い雲が浮かび、秋の爽やかな風が吹く朝…久しぶりに矢田山へ登りました。



お地蔵さんの辻に車を置き、道標の指す矢田山へ黄金色の稲穂の横を登っていきます。
矢田大石の横を通り、露ナシ池から矢田山の最高点へ…。



夏の間、暑さと虫で敬遠していた久しぶりの山頂です。
近くの「まほろば展望台」に腰をおろし、コーヒーを飲みました。蝉の声は絶え、代わりに
草むらにすだく虫の声が、ようやく来た秋を告げています。反対側の林からは小鳥のさえずり
が聞こえてきました。
「やっぱり低うても山はええなあ…」温度計の針は19℃。暑くもなし寒くもなし絶好の気候
です。



稜線を子供の森へ歩き、東明寺へ下りました。
お参りをすませて石段を下ります。



我が家の周辺では枯れ始めたヒガンバナが、山あいのここでは艶やかに咲き誇っていました。



帰り道で見たコスモスと蕎麦の花です。



久しぶりのウォーキングで心配していたヒザも腰も何ともなく、歩数計でみると10,500歩を
快適に歩け通せました。見守ってくださった神仏と、リハビリに付き添ってくれた♀ペンに
感謝、感謝です。(昨夜の引退試合の矢野みたいやなあ)

健康であることの大切を感じた10月の始まりでした。

*しばらくお休みしていたBLOGを再開しました。どうぞよろしくお願いします*


淋しい秋分の日

2010-09-23 14:29:55 | 矢田だより
鬼門のナゴヤ…タイガースは昨夜も敗れました。打てず、守れず…仲秋の名月も
涙で曇る完敗です。

今朝は朝から涙雨というには凄い雷と雨。気温も下がり、急に秋らしくなりました。

ところで変愚院もタイガース同様、このところ少し身体の調子が悪く(といっても
大したことはないのですが)、PCの前に坐ることが少なくなりました。
たいへん勝手ですが、しばらくこのBLOGをお休みさせて頂きます。
できるだけ早く再開したいと思っていますので、その節にはまたよろしくお願いします。

では…。


しんどい一日(9月18日)

2010-09-19 10:27:20 | 矢田だより
世間では今日から秋の3連休。しかし車の渋滞や観光地の混雑を恐れて、こんな日は
たいてい家に引っ込んでいます。

PCいじりにも飽きたので昼前からTVの前に座り込みました。NHK・ハイヴィジョン
の「絶景・エベレスト街道」。



番組はルクラ「空港」に小型機が着陸するところから始まります。私たちが1999年に
行ったときのこの「飛行場」からは、ずいぶん良くなっています。しかし、トレッキング
が始まると、ルートはもちろん昔のまま…。懐かしい想い出が詰まった「街道」でした。

たくさんの資材を運ぶ大パーティで日数も倍近くかけるところは、4人パーティの私たち
とは違いますが、途中で学校通いの中学生に出会ったり、吊り橋でヤクのお通りを
待ったり、懐かしい記憶の中の風景が次々と克明に再現されます。



ナムチェの土曜日の市(バザール)も、この昔の風景のままでした。



とりわけ、このアマダブラムを始め、タムセルク、クンビラ、タウチェ、マカルー、
ヌプチェ、ローチェ、私の一番好きな山・プモリ…そして世界最高峰・エベレスト…。
山の姿は変わりません。
山が映るたびに、その名前が口をついて出てくるのが、我ながら嬉しかったです。

最後のカルカを過ぎて、ゴラクシェプが近づく頃から、♀ペンと一緒に「このあとの
標高差100メートルがしんどかったなあ」とか言い合いながら、食い入るように見て
ました。



そして遂にカラパタールへ登頂の日。ゴラクシェプから僅か400メートルの標高差
とはいえ、高度5200メートルを超える場所での行動は流石に強気の♀ペンも苦しかった
ようです。変愚院が「十歩歩いては立ち止ったなあ」というと、「十歩も続かんかった
ワ」という返事でした。



そして頂上から見たサガルマータ。(TVでもこの名前を使っていました)
TV撮影隊は頂上岩場を少し下った場所にテントを張り、夕陽に黄金に、そして朝日に
バラ色に輝くサガルマータを鮮やかに映しだして終わりました。

「ああ、しんどかったなあ」。あのときの苦しさを追体験させてくれるような、まさに
迫真の映像でした。

そして午後は、宿敵ジャイアンツを相手に行き詰まる投手戦…。満員の甲子園のファン
とともにTVの前で必死に応援。7回裏にようやく金本、桧山の超ベテランの活躍で
1点を取ったと思うと、9回に藤川球児が2連打を浴び…平野の超ファインプレーで
なんとか勝ちましたが、二人とも気が抜けたよう…。

何もしなくても「シンドイ一日やったなあ」。

真弓はん、頼みまっせ

2010-09-17 10:05:08 | 矢田だより
秋風が吹き始めたと思うと、お得意様の横浜相手にまさかの連敗。
あっという間の三位転落。まあ、一日で二位に返り咲いたとはいうものの、首位・落合竜
とは2.5ゲーム差。
「池乃めだか」やないけど「昔はそうじゃなかった!」



この本(2001年刊 集英社文庫)を読んでみて欲しい。
過去、どれだけの名選手が甲子園で球史にのこる名勝負を繰り広げ、私たち虎ファンの
血を沸かせ肉を踊らせてくれたことか。

この本の最後は、かの名作映画「Field of Dreams」を彷彿とさせる。
『……芝生の緑が美しく映える甲子園。 がらんとしたスタンドにひとり腰かけたあなた
はこの球場を沸かせた男たちがグラウンドに楽しげに入って来てボールとバットとグラブ
で遊ぶのを見るだろう。
 グラウンド全体を見渡して内外野にノックを飛ばしている背番号9は松本譜治郎か。
サードにいるのは三宅秀史、三遊間深くまで球を追い、飛びついて捕るのはショート吉田
義男。一、二塁間から鎌田実がセカンドにバックトスをする。外野のフェンス沿いに
走っているのは村山実と別当薫か。ブルペンでは小山正明と若林忠志と山本和行が投げ
込んでいる。バッティング・ケージから順番に外野スタンドに向けて大飛球を放っている
のは田淵幸一と景浦将と掛布雅之とランディ・バースか。…』

読んでいるとなぜか不覚にも、涙が滲んでくる。カクテル光線に照らされた甲子園で、
またTVの画面で見た数々の試合。…毎年毎年今年こそは…と思わせておいてジャイアンツ
の後塵を浴び、シーズンオフにはお決まりのゴタゴタ。それでも何故、ファンはこれほど
までにタイガースを愛しているのか?

『それは絶望、あきらめ、期待、喜び、怒り、不条理、屈辱、誇り、復讐、人情、奇跡、
貧困、抗争、暴言など、われわれの人生に起こりうるあらゆるシーンが阪神タイガース
には存在するからであり、阪神タイガースとは人々の人生そのものであるからだ。』
(同書より)

『優勝なんか、せんでもええ。優勝なんかせんでもええから、興奮でその夜は寝つけない
ようなゲームを見せてくれ。優勝なんかせんでもええから、鳥肌が立つようなプレイを
見せてくれ。』



とは、いうもののやっぱり今年「こそ」優勝して欲しい。
あんたが一番バッターやったとき、ミッキーマウス・マーチの曲で何度叫んだことか。
「まゆみ、まゆみ、ホームラン。真弓、真弓、ホームラン」
「名選手必ずしも名監督ならず」といわれんように、もうちょっとしっかりしてヤ。
真弓ハン、ホンマに頼みまっせ!!