じゅくせんのつぶやき

日々の生活の中で感じた事をつぶやきます。

シカによるケガ

2019-02-06 19:30:04 | Weblog
★ 奈良公園でシカによるケガが過去最悪だという。

★ 私は大学院が奈良教育大学だったので、キャンパス内をシカが普通に歩いているのを何度も目撃した。

★ 頻繁に見るものだから、相手をする気も起らない。野犬のように追いかけてくることも、ノラ猫のように逃げ回ることもなく、ただ優雅にキャンパス内の草を食べていた。

★ 確かに発情期や子育て期はいら立っていたり、角の生えたシカは恐ろしくもあるが、会えばお辞儀をしてくれるし、なかなかいい奴らだ。

★ そんな奴らがけがを負わせるというのだから、多分人間の方に問題があるのだろう。外国人観光客の増加が一因かも。

★ シカも堪忍袋の緒が切れるのだろう。
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奥浩平「青春の墓標」

2019-02-06 18:30:09 | Weblog


こちらも学生時代に読んで感動したなぁ。

「別冊 太陽」というムック。近代恋愛物語50の最後に、奥浩平と中原素子が取り上げられていた。

セクトの異なる二人の恋愛。もし奥浩平が死を選ばなければ、その後どうなったやら。

余計なお世話だけれど。

激動期にはドラマがある。犠牲も多いけれど。みんな気張って生きていたからね。
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高野悦子「二十歳の原点」

2019-02-06 18:15:30 | Weblog


学生時代に読んで感動したなぁ。

「独りてであること、未熟であること、これが私の二十歳の原点である」

学園紛争が盛んだった頃、一生懸命に生きようとして、結局自ら死を選んだ女子学生の日記。

立命館大学の学生だったと思う。

「シアンクレール」はまだあるのかな。
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岡林信康「私たちの望むものは」

2019-02-06 15:35:52 | Weblog
★ ふと耳にした岡林信康さんの「私たちの望むものは」にしんみりしたり、熱くなったり。

★ 若かったなぁ。自分もこの国も。どうしようもないいら立ちと、まだ見ぬ未来への希望にあふれていた。

★ 「連帯を求めて孤立を恐れず、力及ばずして倒れることは辞さないが力尽くさずして挫けることを拒否する」だったかな。

★ 私のひと世代上の人々。私の時代は三無主義(無気力、無関心、無責任)だった。

★ 年をとったなぁと思うけれど、もうひと頑張りしないとね。
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何を捨て、何を残すか

2019-02-06 12:33:35 | Weblog
★ ヤフージャパンのニュースに近藤麻理恵さんのインタビュー記事が載っていた。

★ アメリカに在住し「かたづけ」で活躍中の方だ。

★ そのインタビューの中に「はっ」とするところがあった。モノを残すか手放すかを決断していく中で、自分の価値観に気づいていく。これが大事だという趣旨だった。

★ 父母はモノがない時代に生きたせいか、包装紙1枚まで丁寧に残している。それはそれで大切なことなのだろうが、数十年たまると何かと邪魔になる。といって、一つ一つには思い出が詰まっていて、なかなか捨てられない。捨てるには勇気と決断がいる。

★ 残すことを重んじるのか、今の生活の快適さを求めるのか。限られたスペースを前にして決断を迫られる。

★ 人の命は有限だ。自分亡きあと身寄りのものがかたづけをするのは大変だろう。せめて自分がため込んだものは自分で行く末を決めてやろうと思った。
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かたづけ

2019-02-06 12:16:42 | Weblog


人生60年を過ぎ、先が見えてきました。思いきって、断捨離しました。
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