見もの・読みもの日記

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最も身近な参照例/韓国社会の現在(春木育美)

2021-08-16 19:18:52 | 読んだもの(書籍)

〇春木育美『韓国社会の現在:超少子化、貧困・孤立化、デジタル化』(中公新書) 中央公論新社 2020.8

 韓国へは、2000年前後に3回行ったことがある。その後、しばらく関心が薄れていたので、本書を読んで、変化の速さと激しさにびっくりしてしまった。

 本書は「少子高齢化」「貧困・孤立化」「デジタル化」「教育」「ジェンダー」の5つの視点で、韓国の社会問題、政策とその影響を分析する。最初に著者が述べているとおり、韓国と日本は、共通の問題を多く抱えている。また、韓国法の基礎は日本の植民地時代に整備されたため、法体系がきわめて似ているそうだ。しかし、近年、日本とは異なる政策が次々にトップダウンで実行されている。

 「少子高齢化」では、韓国はとっくに日本を追い越してしまった。2019年の出生率は0.92だという(日本は1.36)。盧武鉉(在任:2003-2008)政権以降、各種の対策がとられてきたが、うまくいっていない。特に著者は、朴槿恵政権の「無償保育」を「典型的なポピュリズム政策」と批判する。韓国は国公立保育園の割合が低く、民間保育に依存していたが、無償化による利用者の増加が、保護者に選ばれるインセンティブの低下と保育ビジネスの乱立を招き、「安心して預けられる保育施設がない」という国民の悩みは解決しなかった。結局、得をしたのは高所得世帯(保育無償化で浮いた分を学習費にまわせる)だけだともいう。

 「デジタル化」の現状には本当に驚いた。ICT化推進の立役者となったのは金大中(在任:1998-2003)である。紙の書類をデジタル化するための行政情報データベース構築作業に延べ10万人を超える若手失業者を短期雇用したとか、国会図書館収録の国会議事録、統計資料や論文なども一斉に電子化されたとか、羨ましすぎて涙が出る。学校教育では、全国どの学校の教員にも1人1台のPCなどの機器整備だけでなく、韓国教育学術情報院が、質の高い教育用デジタルコンテンツを無償で大量に提供し、機器操作やデジタル教材の利活用について、不慣れな現場の教員をサポートする常勤のアシスタントが各学校に配置された。「こうした手厚い支援策にも予算を惜しまないのが、韓国の強みだ」という著者の評価に(我が国と比較して)言葉もない。

 韓国では住民登録番号を通じて、行政、医療、教育、銀行、クレジットカード利用歴まで個人のあらゆる記録が一元管理されており、いまだ紙社会に生きている日本人には夢のような行政サービスが実現している。もちろん弊害もあり、情報漏洩事故も何度か起きているが、そのたびに法改正や対策がとられている点は、日本でも参考にしてほしい。個人的には「eプライバシー・クリーンサービス」(住民登録番号や携帯電話などを入力すると、自分がこれまでに加入したサイトの一覧が表示され、脱退手続きができる)が日本にも欲しいと思った。

 「教育」(特に高等教育)については、日本と類似の経験が多いと感じた。李明博政権は英語の「読む、聞く、話す、書く」の4技能を測る新テスト(記述式を含む)を開発し、大学入試に導入しようとして失敗した。日本で同じことが起きる6年前のことだ。失敗の原因は、時間をかけて取り組まなければならない難事業だったにもかかわらず、李明博が自分の在任期間中に結果を出すよう急いだことにあると著者は分析する。本書を読むと、社会問題には、スピード重視でインセンティブを煽り「走りながら考える」韓国式の対応が適している局面と、そうでない局面があることが分かる。

 また2000年以降、政府は留学生誘致のため、英語講義比率を大学の評価基準に盛り込み、各大学は競って英語講義の拡大に乗り出した。しかし学生も教える側も英語講義の満足度は低い。これも日本の大学の話を聞いているかのように感じた。あと、海外留学に行く学生が多く、留学に来る学生が少ないと、外貨流出で国が貧しくなるという経済的デメリットは、考えたことがなかった。だから日本でも韓国でも、政府は(来る)留学生の獲得に熱心なのか。

 最も悩ましく感じたのは「ジェンダー」について。女性の社会進出、政治参画、賃金格差の是正等は、少しずつではあるが(日本よりは)成果を挙げている。2010年代後半からは、若い女性を中心とする「フェミニズム・リブースト」運動も起きている。一方で若い男性にはフェミニズムに対する拒否反応が強い。ジェンダー平等を掲げる現・文在寅政権の支持率は、20代では著しい男女差が見られるという。日本でも同様の分断の兆候は感じるが、好ましいものではない。日本と韓国が、それぞれの社会の分断や格差を乗り越えるために、互いの経験を参照し、うまく活用できたらよいのに、と思う。

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