見もの・読みもの日記

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動き出す怪物/ブリューゲル版画の世界(Bunkamura ザ・ミュージアム)

2010-08-11 23:56:33 | 行ったもの(美術館・見仏)
Bunkamura ザ・ミュージアム 『ベルギー王立図書館所蔵 ブリューゲル版画の世界』(2010年7月17日~8月29日)

 当ブログ的には、久しぶりの洋モノ。ベルギー王立図書館が所蔵する、ブリューゲル作品と、同時代の版画150点を展示。わくわくしながら会場に入ったが、あー原本って、やっぱり小さいんだなあ、と思って、ちょっと落胆した。判型はだいたい30センチ×40センチか、もう一回り小さいくらい。本来、遠くから大勢で楽しむものではなく、ひとりで手に取って楽しむメディアなのだと思う。調べてみたら、大判浮世絵(縦39cm×横26.5cm)とほぼ同じだ。しかも、ブリューゲルの版画は細部が命。原本に接することができるのは、またとない貴重な機会でありがたいが、会場は、かなり込み合っていたので、壁にかかった作品を、なめ尽くすように細部まで味わうのは、かなりの困難を覚悟して行ったほうがいいと思う。

 私は、会場では「雰囲気」を味わうにとどめて、いま、買ってきた図録を熟読している。最初に面白いなあ、と思ったのは、これらのブリューゲルの版画が、ベルギー王立美術館ではなく、「図書館」に保管されているということ。解説によると、王立図書館の「版画室」の2人の学芸員が、これら銅版画の再評価に大きな役割を果たしたらしい。そもそも、彼らの研究の出発点となった版画室の豊かなコレクションについては、「まさに創立期から、王立図書館は皇帝ヨーゼフ2世の治世における修道院の所有品押収やフランス革命期のフランス軍の略奪を通して得た何千もの版画作品を誇っていた」と語られている。ええー「押収」と「略奪」って、さらりと書いて大丈夫なのかな。

 図録の巻頭には、ブリューゲルの肖像に続けて、アントワープに「四方の風」という版画店を開き、ブリューゲルの版画作品の大部分を出版したヒエロニムス・コックの肖像が掲げてある。穏やかで朴訥な印象の画家に比べて、コックは、癇性で抜け目のない商売人の雰囲気。アントワープの蔦屋重三郎(江戸の出版人)である、と書こうと思ったら、今日の産経ニュースが同じことを書いているのを見つけてしまい、ちょっと悔しい(→産経ニュース:2010/8/11)。

 私は、ブリューゲルの描く怪物たちに、日本の妖怪や怨霊とは別種の気味悪さを感じる。血腥い悪さもしそうにないし、眺めている分には愛らしい(キモかわいい)けど、彼らとは到底コミュニケーションが成立しそうにない感じがするのだ。「中世」の果てしない遠さというべきか。

 ブリューゲル世界の薄気味悪さを、肌身で実感できるのが、版画『大きな魚は小さな魚を食う』を題材にした短編アニメーション。会場に吊るされたスクリーンでさりげなく流されているのだが、気づかないで通り過ぎていく人も多い。でも、絶対、観客の深層心理に刷り込まれている気がする…。図録を買って帰れば、詳しいことが載っているだろうと思って、何もメモを取ってこなかったら、いま、情報が探せなくて困っている。でも、スクリーン上でぎこちなく動き出した怪物たちの、悪夢のように似合いであること。はじめから「動き出す」ことを約束されていたかのようだ。そして、嫌だ嫌だと言いながら見入ってしまう、この魅力は何なのだろう。
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