「音楽&オーディオ」の小部屋

クラシック・オーディオ歴40年以上・・身の回りの出来事を織り交ぜて書き記したブログです。

読書コーナー~「怪優伝・三国連太郎」~

2011年12月20日 | 読書コーナー

「役者と乞食は三日やったら止められない」という言葉を以前、目にしたことがあるが、「乞食」はともかく「役者」とはそんなに面白いものだろうか? 

映画俳優「三国連太郎」の映画人生を紹介した「怪優伝」(2011.11.20、講談社刊)を読んで、ようやくその理由の一端に触れる思いがした。

                 


とにかく映画の中の老人役に徹するために、大切な前歯を取ってしまうほどの打ち込みようだから、その執念たるや凄まじい。見るほうの観客は何もそこまではしなくてもいいのにと思うが、演じる本人にとってはそうもいかないのだろう。

通常のいわゆる一般人は、たった一度きりの人生の中で自分なりに培ってきた人間性と生き方のスタイルをずっと通したままで生涯を終わらざるを得ないわけだが、役者の場合はいろんな映画の役どころを演じることで仮初(かりそめ)とはいえ、様々な人格とか生き方を経験できるわけで、それが一番の「妙味」なのかもしれないと思った。

日本映画にはそれほど詳しいわけでもなし、「三国連太郎」という俳優はそれほどの大スターでもないと思うが、ある種独特の雰囲気を持った存在感があり、まさに本書の題名のとおり「怪優」という呼称がふさわしいように思う。

著者の「佐野真一」氏は「東電OL殺人事件」などのノンフィクション作家としても有名で、2009年に「甘粕正彦 乱心の荒野」で講談社ノンフィクション賞を受賞しているが、鋭い筆致で物事の核心に近づいていく迫力とスタイルはなかなかのもので、好きな作家のひとり。

本書は、佐野氏が三国氏にロング・インタビューしてその内容を紹介する形式で進められ、終わりに三国が自薦した10本の映画を三国の自宅でDVDで一緒に鑑賞しながら、三国の演技論や監督論、共演した男優や女優にまつわる話を聞いて、それを紹介するという内容になっている。

2010年の晩秋にインタビューが行われた内容が本書にそのまま結実したというわけだが、当時で三国は87歳だから、現在はもはや88歳の米寿である。本書の密度の濃さからいって、おそらくいずれは三国連太郎の映画人生を総括した記念碑的な著作になるのではなかろうか。

三国のただ一人の子息(長女は死亡)で同じく映画俳優の「佐藤浩市」との確執も興味深く紹介されている。

「浩市」の名前は三国が当時、一緒に仕事をしていた監督の「稲垣 浩」と「市川 崑」からそれぞれ一字を取ったそうで、同じ俳優としてのライバル心と父子の断絶に至る裏話(佐藤浩市が「役者をやりたい」と言ったとき、「だったら親子の縁を切ろう」と三国が言った)も面白いが、今でも親子の断絶は相当、根が深い。

映画の役作りに打ち込むあまり、一切、家庭を顧みることのなかった三国の方にどうやら非がありそうである。

三国がこれまでに出演したおよそ180本にものぼる映画の中から自薦した選り抜きの映画10本を本書に掲載された順に紹介すると次のとおり。

☆ 「飢餓海峡」 1965年 監督「内田 吐夢」

☆ 「にっぽん泥棒物語」 1965年 監督「山本 薩夫」

☆ 「本日休診」 1952年 監督「渋谷 実」

☆ 「ビルマの竪琴」 1956年 監督「市川 昆」

☆ 「異母兄弟」 1957年 監督「家城 巳代治」

☆ 「夜の鼓」 1958年 監督「今井 正」

☆ 「襤褸(らんる)の旗」 1974年 監督「吉村公三郎」

☆ 「復讐するは我にあり」 1979年 監督「今村昌平」

☆ 「利休」 1989年 監督「勅使河原 宏」

☆ 「息子」 1991年 監督「山田 洋次」 

著者によると、まったく、”ため息”が出るほどの戦後を代表する名監督ばかりだそうで、もちろん共演者たちも名優ぞろい。天皇として知られる「黒沢 明」の名前が見受けられないのが目を引くが、三国は監督から指示された通りの演技をしないタイプだからどうやら嫌われたらしい。

最後に、印象に残った記事を箇条書きに紹介すると次のとおり。

 役者同士って不思議ですよ。一緒にいると、どちらか必ず才能のある方にエネルギーが全部吸収されていくんです。

 共演した中で一番”きれい”と思った女優は「有馬稲子」さんで、”うまい”と思った女優は「望月優子」さん。共演してもまったく印象に残らなかった俳優として市川雷蔵、小川真由美などの名前が挙げられていて、緒方拳や二枚目スターだった鶴田浩二との確執も興味深い。

〇 私はつらい出征経験がありますが、一人で生き延びていくための術をいつの間にか身につけていました。たとえば危険を敏感に察知し、変わり身が早く危機的状況から退散する能力、これはほとんど動物的といってもいいくらいです。私が役者稼業を長く続けてこられたのも、ひょっとすると、この異能に負うところが大きかったかもしれません、と三国は述懐する。

このことを物語る話として、戦時中、中国で敵との交戦中に自分の所在が分かるからとあえて銃を撃たなかったと、およそ兵隊としてあるまじき卑怯な振る舞いを”あっけらかん”と語る三国の率直さ(?)にも驚いた。

最後に余計な一言だが、映画界というところは今さらながら男女関係が奔放なのには驚いた。本書の中でも監督と女優あるいはいろんな男優の女性遍歴が赤裸々に告白されているが、映画の究極のテーマは「愛」だろうから、芸の”肥やし”としてそれを地でいっているのだと言われればそれまでだが、何ともはや、表現のしようがないほどの乱脈ぶりである。

やはり一般人の常識では通用しないのが芸能界というところなんだろうか。それとも芸能界の方が正常なのかな~?

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