「音楽&オーディオ」の小部屋

クラシック・オーディオ歴40年以上・・身の回りの出来事を織り交ぜて書き記したブログです。

読書コーナー~「闇の関が原」と「翳りゆく夏」

2010年03月20日 | 読書コーナー

 「闇の関ヶ原」(2000.9、PHP研究所刊)      

〔人生の)黄昏どきを迎えると「来し方」を振り返ってみて、さまざまな節目でいろんな選択肢があったことに思い当たる。

「あのときに、もし別の道を択んでいたら今ごろ自分はどういう境遇になっていたんだろう」と、もしかすると誰しもが(人生の行く末がレールの軌道に固定してしまい、もう引き返しが出来ないと感じたときに)

つい考えるのではなかろうか。

たとえば進学先、就職先、交際相手、結婚相手そして組織における人脈の選択など。

とはいえ、現代の平和な世の中ではどういう選択肢になろうと所詮は大同小異、せいぜい若干の快適さ、財産の増減とか多少の名誉程度への影響くらいで選択ミスによってまさか命まで奪われることはない。

ところが昔はまったく違った。ときは戦国時代。わずか1日の戦いで天下の帰趨が決まったとされる
「関ヶ原の戦い」。何と16万もの大軍が衝突したといわれる。

この「天下分け目の戦い」を前にして西軍(石田三成)につくか東軍(徳川家康)につくか、まったく勝敗の行方が定まらない中で国中の大名たちが最後の土壇場まで厳しい選択を求められた。

勝敗の如何によって「生きるか、殺されるか」、自分の命と家族の命運が文字どおり左右される実に厳しい時代。しかも自己責任のもと、まるで「運任せ」のようなものだが、「家名」存続のため、真田家などは親兄弟が敵味方に別れて五分五分の保険をかけた例もある。

また、武士のみならず、当時、時代を動かす推進力となっていた豪商たちも旗幟を鮮明にする(ショー・ザ・フラッグ)ことを求められたが、もし選択ミスをすると家業断絶となる極めて深刻な問題。

「闇の関ヶ原」は、「堺の豪商」の目を通して、そういう時代の切実さをひしひしと感じさせる本だった。

ストーリーは基本的に史実に立脚しており幾分かのフィクションが交っているものの全編リアリズムに貫かれている。

著者の中津文彦さんは、1982年「黄金流砂」で第28回江戸川乱歩賞を受賞。以後、歴史を題材としたミステリーで活躍されている作家。

余談になるがこの「黄金流砂」もスゴく面白い本だが、これに大いに触発されて、「僕もこういう歴史ミステリーなら書ける」と「写楽殺人事件」をものにして同じく江戸川乱歩賞を受賞したのが同じ岩手県の「高橋克彦」さん。その後の高橋さんの活躍ぶりは周知のとおり。

さて、この「闇の関ヶ原」の内容について。

関ヶ原の戦いは、何もあの9月15日、1日だけの戦いというわけではなかった。広い意味で「関ヶ原戦争」ともいうべき大きな内戦の、最後の結着をつけた戦いが、戦場を美濃関ヶ原としただけと理解したほうがわかりやすい。

関係したのは武将に限らず、女性も、公家も、職人たちも複雑にからまっており、中でも暗躍した〔武器)商人たちの存在は陰の立役者として無視できないものがあった。

著者はこの小説で一人の堺商人「今井宗薫」の目から見た関ヶ原の戦いを見事に描いてみせる。武将たちが最後まで迷ったように商人たちも迷いに迷った末の苦悩の決断は著者の描いたとおりだったろう。

本書の読みどころは複雑に入り組んだ人間模様の中での情報収集とその分析、そしてその一環として、関ヶ原の勝敗を決定づけた「小早川秀秋」寝返りのプロセスが克明に描かれた部分にある。

この”寝返り”は戦いの後になると、本人の決断でなされたかの印象を受けてしまうがそこが歴史の落とし穴で、そのプロセスに№2の家老「稲葉正成」に大きく焦点が当てられているところが興味深い。

したがって、タイトルにある「闇」というのは「隠された部分→裏工作」という意味に近い。

さて、読後感想だがまるっきり平和ボケしている自分には選択の悩みといえばオーディオ装置くらいのものだが、つくづく「のん気でいい時代に生まれてありがたかった~」と思わず感謝の念が沸き起こるほど「選択と命」が密接に結びつき苦悩する人間像の世界は厳しかった。

月並みな感想になったが、物凄く面白いし、絶対に読んで損はしないとはっきり請け負っていいほどの本だった。
 

 「翳りゆく夏」(2003.8、講談社刊)      

毎週、市内と市外の図書館から各5冊、県立図書館から10冊計20冊を借りてきて、ザット目を通して「面白そうな本」あるいは「ブログのネタになりそうな本」と鵜の目鷹の目で探しているが、なかなか行き当たらない。

まあ確率として1/20くらいのものだが今週は幸運だった。「闇の関ヶ原」に続いて「翳りゆく夏」が大当たり。

著者の「赤井三尋〔あかいみひろ)」さんは1955年生まれで、早稲田の政経卒。本書は第49回(平成15年)江戸川乱歩賞受賞作とある。この賞は賞金が1千万円ももらえるし、推理作家の登竜門として有名。

実を言うと自分もミステリーを読むのが好きなので、身の程知らずで何か書いてみようかと一時期、真剣になったことがある。

作曲家モーツァルトに題材をとったストーリーで、35歳で若死にした彼には傑作「魔笛」を上回る最後のオペラが残されており、結局、駄作とされる最後のオペラ「皇帝ティトスの慈悲」の音楽の中にその秘密が隠されていて、最高級のオーディオ装置で再生されて始めてその存在が明らかにされるといったあらすじ。

一人のモーツァルト・ファンとして、彼がもっと長生きさえしてくれたら、「魔笛」を上回る作品を鑑賞できたのにという切実な願望がなせる業での意欲だったが、才能なし、根気なし、ヒマなし(ウソつけ!)の三なしで結局断念。

さて、同賞の受賞作は大概読んでいるつもりだが、本書は未読だったのですぐに読んでみたところこれが想像以上の面白さ。

ミステリーなので未読の読者のために詳細を明かすことは厳禁だが、アット驚く犯人の意外性、見事な伏線の張り方、無理のないストーリー、ぐいぐい読者を引っ張っていく筆力など実に力量のある作家だと思った。

ただし、ミステリーといっても、鮮やかな謎解きとともに登場人物の人間像の掘り下げは絶対に不可欠だが、その辺がちょっと弱い気がした。

それにしても、今後が楽しみな作家である。


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