しまちゃんの愛し糸島ブログ

糸島を個人的に愛している人達の紹介と、ネットワーク作りを目的とした、愛し糸島プロジェクトの情報発信ブログ。

ビートたけしの思い出

2009年10月20日 01時58分51秒 | しまちゃん関係
たわごとを一つ。

ビートたけしがスマスマのビストロスマップに出演していた。
14年目のビストロに初出演したビートたけし。なぜかはにかみ気味で、おとなしかった。

 ビートたけしは芸人の中で最も東京下町の芸人らしい芸人の代表といえると思う。
ビートたけしの活躍を見ていると、人生そのものが伝説となるように笑い話(ネタとして、後で笑える話となる出来事作り)の積み重ねで人生を構築するように生きていると思う。まるで人生が良い映画作品になるよう頑張って新しく、深く切り込んで伝説を作っている。
おそらく、歴史に残るよう、ひとの記憶に残るよう、無茶なエピソードで綴っている。
大変だ。人生そのものがネタの稽古場であり、ステージであるのだと思う。笑いを創るということは、伝説を作るチャンスを逃さず、読み取って波に乗ることの連続だ。羞恥心をかなぐり捨てて、やりきってこその笑いが生まれると思うので、やっぱり大変だ。
 ビートたけしの最大の武器は「読む力」だと思う。一線に残るためには客や視聴者、スタッフや、会社、組織などの周りの気配を読む力も並大抵ではないし、時代を読む力も並大抵ではないと思う。
 そして、もう一つの武器は「毒」である。表現のなかに人間がそれほどたいしたもんじゃないこと、人間の悪というか負の部分を隠して美化しないことがっ徹底している。カンヌで賞を取った直後に、深夜番組で、軍団の人といっしょに白いブリーフのパンツ1チョ姿でチ○ポの歌を絶叫していた。
嗚呼この人は、人生一芸人として生きているんだなと、感動した、覚えがある。

今から30年位前、新宿の出来たばかりのアルタの前で、警官の格好をしたビートたけしさんが右手に鉄砲を持ってきよしさんの泥棒を全速力で「まてーっ!」と追いかけていたロケを見た。その頃はツービートはまだそんなに売れてなかったと思う。ロケ後の小さなモニターを真剣に見つめるたけしさんに声をかける人は、ひとりもいなかった。
たけしさんは回りの多くの見物人がまるでいないかのように、モニターに集中して、スタッフの人と少し話して、アルタの中に消えていった。かっこよかった。