昨日福岡市婦人会館(アイレフ)で開催された、「デンマークの教育について」という銭本隆行さんの講演会を聴いてきました。銭本さんの講演会を聴くのはこれで3回目です。銭本さんは2006年にデンマークに留学のために渡り、いろいろあって、デンマーク人の奥さんと結婚されお子さんが生まれ、デンマークの居住権を取得され(国籍は日本のままみたいですが)、風力発電のプロジェクトの実現化を教える「風の学校」を作って、教えたり(日本の富山での最初の風力発電機の輸入設置をサポートされたとのこと)、現在デンマークの国民高等学校「日欧文化交流学院」の学院長をされていて、学院の仕事のほかにもデンマークの教育、福祉、医療のことを学びたい日本人の受入をサポートしたり、日本で今のデンマークのことを伝える講演活動や執筆活動をされています。
講演の内容はデンマークの国のこと(緯度や面積や高度産業、人口、経済、政治、)そして、教育、福祉、医療の概要を日本と比較しながら説明されます。
例えば平均寿命。日本が女性86歳(2010)、男性79歳(2010)。デンマークが女性81歳(2009)、男性77歳(2009)で日本が男女とも長生きです。デンマークは農業国で食糧自給率が300%くらいで肉もよく食べるし、乳製品もよく食べるなど食文化が異なっていることやデンマークでは死期を決めるのは医者や家族ではなく病人本人であり、胃ろうや延命治療をしたがらない傾向があるとのこと。日本人は一番が好きなので、長寿世界一がとてもいいことのように思っていますが、ただ長生きすることが幸福の目安ではないということでしょうか。国民の感じる幸福度はデンマークが世界一ですから。
僕がデンマークのことを高評価するのは、デンマークは日本よりこういう人生を生きたいと願う国民の夢が実現する可能性が日本よりずっと高いことです。学びたい人が学びやすいシステムが整っているのです。それは、国民一人平均6回転職をするという数字からも、よりよい人生の実現、やり直しが行なわれていて、それが実現されやすい環境があることが伺えます。
今回の講演での僕が気に留めたことを列記しておきます。
1、デンマークでは子どもをゆっくり成長させたいという考えが主流である。まあ28歳くらいまでに、自分で独立したりっぱな納税者に育てばいいという感じです(18歳からは独立し、それができない人は国が生活を保証してくれます)。
デンマークでは教育は「知識」と「社会性」2つの足といわれていて、知識も大切であるが遊んで社会性を学ばせることも学力と同じくらい大切であると国民が思っていて、「自立した人間」を育てようとしています。小国が世界に伍するには、教育に知識教育だけでは不十分で世界とビジネスできる社会性という能力が必要と考えています。
日本では学年というのがびっちり決められていて、その年度に6歳になる子どもは小学1年生に一律になっていきますが、デンマークではその子の習熟度に応じて、7歳で小学校1年生になっても全然おかしくない、ふつうのことです。幼稚園に小学校でやっていけるように学べる学級もあります。
デンマークには「子どもは退屈しなければならない。」という言葉があり、子どもは退屈すると、自分で遊びを創り出すので、子どもが自分で遊びを生み出そうとするまで大人はジャマをしてはいけないということらしいです。日本は親が子どもにああしろ、こうしろ言い過ぎで、子どもの自分からの想像力と創造力を摘み取っているのでは、とのことです。
デンマークに学習塾は無く、習い事で人気なのは男子がサッカーで女子がダンスだそうです。
17~19歳で高校に行くのが50%、職業別専門学校に行くのが約50%で、職業別専門学校を卒業してちゃんと就職できれば一般的に月給が50万円くらいもらえるとのこと。
大学入学試験はないが、高校時代に10科目の学力試験があり、その点数で大学に入学資格が与えられる。だから、教師や医者になりたい人は高校で勉強しなければならない。高校と大学に進級する前に1年くらい社会に出て、旅やバイトや、試験的に務めたりして社会に触れ、大学の進路の専門科目を決めてから大学に入学することも一般的です。つまり、大学には学びたいことや就職へ目的を持って入学します。日本のように、大学卒業前に企業に入ることを就職とは言わないということです。
以下は以前に聴いた講義にでてきたことですが、デンマークがいかに、国民の学習や成長に力を貸す存在かということを(僕の記憶から)伝えたいと思います。
デンマークでは大学とは勉強するところで、当然学生はめちゃくちゃ勉強しないといないのでバイトをしたりしている暇ありません。月10万くらいの返さなくていい奨学金がもらえ、自分で実家を出てアパートを借り学生生活を送ります。もっとお金が必要な人は、ローンを組んで利子を国が出してくれる制度もあり、これが日本の奨学金みたいになります。
大学2年になると、勉強のし過ぎで疲れる人が多く、半年バイトして半年から1年くらい世界に旅に出たり、別の機関や文化にふれたり、人に会いに出かけます。そこで新しい文化や知恵に触れ、残りの大学時代に何を学ぶかを軌道を調整するのです。そして、やりたい専門性のある勉強をして、なんらかの資格を取り、大体28歳くらいまでに卒業と就職をするそうです。
卒業後も違う仕事をしたくなったら休職して、学校に行って資格を取ろうとするのが普通で、一生の間にデンマーク人は平均6回転職するそうです。休職中も国と組合から休職前の給与の8割くらいの保証をしてくれるし、女性の8割が仕事をしているし、子どもの教育費も家族の医療費も国が全部出してくれるので、勉強に専念できるのだそうです。
2.デンマークの民主主義は政治史システムではなく文化である。
国民誰もが自分の意見が言えることや、自分の決定で行動することを幼稚園から教育されてきている。だから徹底的に話し合うことが文化であり、ぎりぎりまで話し合い、お互いに歩み寄らなくてはならないことを認識している。だから組織のリーダーは責任を持って他者の意見を汲み取ることができる人であることを求められる。
「平等」の考え方の違い。1枚の円形のピザを平等に分けるといことは、日本ではおそらく中心から120度ずつ三等分することと考えられがちだが、デンマークでは誰が一番腹が減っているかが話し合われ、一番腹が減っている奴が他の二人のことを考え食べたい量のピザをまず切り取り、残りを他の二人で話し合って分け合うというのが、平等という考え方のようです。必要に応じて必要な分配がなされることが平等ということらしいです。
18歳になると成人となり、選挙権も被選挙権も持つデンマークでは高校在籍中に市議会議員になる生徒もいるそうだ。社会性を持つということは政治にも関心を持ち積極的に政治的活動に関わるのが当たり前で、デンマークでは選挙が平日に行なわれることが多いにもかかわらず、投票率も80%を下ることはまずないとのこと。国民の監視が厳しいので、議員はいいかげんなことをすればマスコミに発表され仕事を失います。
4.特別支援教育と特別準備教育のこと
デンマークでは「障害児」のことを「特別なニーズを持つ子ども」として扱っています。障害を持つ幼児、児童の教育負担はゼロです。
国の教育方針も障害者と健常者をいっしょに教育する方向から、障害児を分けて専門家に教育してもらう方針になり(生徒一人に対して3人の専門家が教育に当たることもあったりしてコストがかかりすぎるようになった)、2010年以降はまた障害を持つ児童とそうでない児童を一緒に教育しようという方針に変わったそうです。
一般の学校の中に発達障害が主な生徒の特別支援クラスを設けた学校があり、1クラスの生徒数が4~8人程度に1人の先生とペダゴーと呼ばれる障害者をサポートする専門家が付いています。クラス分けが年齢ではなく「できること」によって分けられているとのことも特徴的です。科目によっては特別支援クラスの生徒さんが一般クラスで学ぶことも有るそうです。
このペダゴーの存在が日本とデンマークの大きな違いです。
一般学校の他に特別支援学校もありますが、18歳ころまで在籍でき、16歳~18歳の高学年クラスは卒業後の進路や生活について、数年かけて探るそうです。こういう学校が福岡県とおなじくらいの人口のデンマークには184校もあるそうです。(ちなみに日本のおなじ高等部の障害者支援校は福岡県には10校あるそうです。)
特別準備教育は2007年8月に国の仕事としてスタートしました。1994年に発表された「万人に教育を受ける権利」があるというサラマンカ声明に基づいた教育制度です。障害を持つ若者の未来の可能性を焦点を絞って、時間をかけて広げるという人道的視点と、若い障害者が自分の力で経済的に独立できれば国からの早期年金や生活保護受給が減らせるという経済的視点で実施されています。
中学や高校卒業から25歳までの間の3年間が特別準備教育の期間となり、計算、読み書き、英会話などの教育から、働けるようになるための弾力性のある実習という就労支援だけでなく、一人でも暮らせるようになるための料理や洗濯などの生活活動の訓練、男女の出逢いや彼女彼氏の作り方なども含めた一生の余暇の過ごし方までが教育の内容になっているとのことです。
5.いじめ対策
デンマークでもいじめの問題が起きていて、2008年の調査によると、6年生の約三分の一がいじめの被害経験があり、調査時の最近の2ヶ月以内にいじめを受けたのは四分の一いたとのこと。2009年に12歳の発達障害児が一部グループからいじめを受け自殺したことが大きな事件としてデンマークでマスコミをにぎわしたこと、最近はネットによるいじめが増えているとのこと。
日本では学校内での携帯やスマホの使用を禁止する傾向にありますが、デンマークでは学校内にWifiが使え、携帯やスマホの使用も禁止していません。将来ITは必ず必要なものであり、ITの使用技術を高めることがデンマークの将来に必要だという国の考え方なんだそうです。あくまで悪いのはITを使う人間の問題であり、その人間の問題を解決することでいじめを無くそうという考え方のようです。
デンマークには児童教育省というのがあって、2009年8月からすべての国民学校に学校ごとに「対いじめ戦略」を作ることを義務づけ、各校ごとにいじめへの考え方、撲滅への方向性、発生後の対応の仕方を具体的に細かく決めさせているということです。
日本の市町村にあたるKommune(コミューン)の教育部署にはいじめ担当がいて、カウンセラーのような専門家の人がいるところもあるそうで、必要があれば学校をサポートするそうです。
学校においては、まず担当が対応しペダゴーが出てきて学校で対策に当たる、校内のいじめに対する知識や経験を持つ他の先生やスクールカウンセラーがサポートしてくれる場合もあり、校内で解決できない場合はKommuneのいじめ対策担当者が対策に参加する場合もあるそうです。そして学校ごとで作られた「対いじめ対策」が実施されるそうです。
いじめ対策の考え方として日本と違うのは、日本だといじめる側への対策がいじめ対策と考えられがちだが、デンマークのいじめ対策は、いじめる側と、いじめられる側の両サイドがあって、いじめられる側のサポートをするだけでなく、どうしていじめをしたのかの原因(性格、家庭、友人関係など)を探ってそれを解決していきます。デンマークではそうしないといじめの根幹がなくならないという考え方で対策が立てられます。
サポートは家族を巻き込むこともあります。
Kommuneにはファミリーハウス(ファミリーカウンセラー)と呼ばれる人がいて、この両サイドの人を会わせることもあれば会わせないこともあるそうだ。
デンマークではいじめ対策の講習や対いじめコンサルタント講習が(公的機関がやっているのではなく、民間団体が行なっていて、資格を発行しているところも)あります。デンマークの国民学校ではこういう講習を受けた人が2、3人いるそうです。
デンマークのいじめ対策の特徴の一つがマニュアル化しないということがあります。つまり、いじめのケースは一つ一つが異なり、マニュアルにならないというのがデンマーク流の考え方です。
日本のいじめ対策ができたというニュースも聞いたことがないので、まだ何をどうするかを検討中で、ずっと検討中にされそうな予感がします。
大体これが銭本さんの講演の内容でした。
講演後、銭本さんへの質問タイムがあり、僕も質問させていただきました。
僕の質問は「日本がデンマークのような人を大切にする教育や政治ができない原因はなんですか?日本は何をすべきですか?」
銭本さんのお答えは、「日本は小学校までの教育はまあまあいいところいっていて、悪くないと思うが中学校教育から以降が失敗しているように思うとのこと。日本の中学校以降の教育が受験勉強の知識一辺倒の教育で、社会に目を向け社会性を延ばす教育が出来ていないことと、部活の年齢ごとの先輩後輩の上下関係の強制が能力のある人間の能力を伸ばす道を塞いでいる。そして能力のある人を褒めないで埋もれさせてしまい、社会に必要とされる人材の未来をつぶしている。とのことでした。」「もう一つは女性がもっと社会にでていくべき。日本の女性は高学歴で能力が高いのにそれを生かすリーダーがいない。他人の才能を見出す先人が少ないのでは。」とのことでした。
そうですか中学高校で先輩後輩のけじめをつけられることがしつけだと思っていましたが、それが本当に才能がある人が評価されず出てこれない原因のひとつになっていたとは・・・
そういう教育に対するデンマークの姿勢や「成りたい自分になれる可能性を与えてくれる」システムを観ると、国民の自分の才能を発見させ 、国や他の人が、国民が才能を伸ばし能力を高めることに寄与し、その能力を高めた国民の個人の集合体が、いっぱい海外から富を国にもたらしているという構図が見えます。
ドイツに占領され屈辱的な時代を経て、デンマークの先人たちの苦い経験が、デンマークの明るい未来を作るために、人を育てるビジョンをつくり、能力が高くて他人を愛する国民を作る教育に務めてきたことが分かります。
これは講演の資料で銭本さんが活動している「日欧文化交流学院」についての情報です。
そして銭本さんのために著書も紹介します。今まで書かれた本の3冊分の内容のポイントをまとめられた感じです。これ1冊でデンマークの国の考え方や日本との違いがよく分かります。一度はデンマークのことを学ぶと、いろんなことが見えてくると思います。
銭本隆行著「デンマーク流『幸せの国』のつくりかた」 明石書店 ¥1,600 です。
半分くらいのところまで読みましたが、最終章の第8章が「日本にいま必要なもの」となっていて、いい示唆となるのでは。
今後の資料としてこのブログを残します。
長文ご容赦ください。