アラ2本
夕方から急に南西の風が強くなった、空も暗雲が低くどうやら今夜あたりからシケらしい。
この調子では明日の出漁は到底むつかしい様子なので、一応帰投を考えたものの、クエが1本も
ないのは何としても淋しく、それで最後の夜釣りを決行することにした。
午後6時、薄気味の悪い大きな洞窟の入り口のハエに上がる。
水が古沼のように青黒くよどみ、ヒタヒタと足下を洗う波が夜光虫のせいか、蛍光灯のように
青白く光る、空には月影もなく、生暖かい潮風が嵐の来るのを予告して、クエには絶好の晩
である。
昼の疲れで、少しウトウトとし始めた頃、ストップレバー、を外してあったリールが、突如ジリジリと鳴る。「スワッ来た!」とばかり、飛び上がってパチンとストップを入れ、手袋をした手で、グイと6分の道糸を引っ張った。
しかし昼のヒサのことを思うと、ずいぶんと軽く、頼りないことおびただしい、簡単に取り込んでランプに照らすと2貫5百目あまりの小さいやつ、いささかガッカリする。
取り込む時に余り強引にやりすぎたので、竿の穂先が折れて駄目、それでは今度はロープに仕掛けを結んで拠り込んだ。
この仕掛けは、この地方独特のものでオモリがなく、従って底が取りにくいが、それでも魚の重みでどうにか沈む、ハリはこれがまた、この地方独特のものでゼンマイ型にくびれていて、絶対に根がかりする心配がなく、それでいて、一旦魚が食い込んだら地獄という重宝なもの。
こいつを抛り込んでしばらくすると、コマセた2貫の撒き餌が利いてきたのか、海底の辺りが
ボーッと青白く光ってきた。
南冥の海は夜光虫が多いせいか、ものが動くと凄くよく光る。
「アラです、来ましたヨ」林氏の声に緊張して待つ間もなく、手にしたロープがズルズルとゆっくり引かれていく、これは絶対に波の引きではない、しめたッ、とばかり、ソロソロと2ヒロほども送り込んでやってから、グイと力一杯たぐると、何と浮遊物でも引っかけたようなズッシ重たいだけの感触たぐり寄せると、ズルズルとついて来て、至極簡単に波の上に浮いてしまった。
ランプを当てると、それでも3貫4百あまりの、まあまあのヤツ、それにしても呆気ないこと
おびただしい。
この頃から、雷鳴しきり、それにポッポツ雨も落ちてきて、風が次第に強くなる、折角喰いが立ってきたのにと残念至極だったが、早々に切りあげて船に戻る。
船頭も2貫2百ぐらいのを1つ上げていた。