3匹ほどサナギになったが、まだまだ幼虫が7~8匹いて、
そして餌の葉っぱも尽きつつあり。
それで、今日はハサミを持って都心の用事に出かけ、
とある街角の、毒のある夾竹桃の隣に生えたる
夏みかんの、葉っぱをもらってきた。
夜半に帰宅して即、葉を与える予定だが、いつの間にやら
電車の外は雨模様。傘は無い。
着くころには止むとよいが。まあ、自分の濡れるはよいとして、
庭のアゲハはビンに挿した枝葉に付いてるから、
ひさしの下へ移動させ、玄関の灯りのもとで
いも虫の世話をしよう。
または早起きして朝行う。
かように、世話する対象があると、細胞はいきいきとするものだ。
庭の水貯めからミナミヌマエビもすくって、知り合いのグッピーの
水槽に仲間入りもさせる。
ナマズの餌としちゃって数が減ったが、ちょうど昨日
片付けしていた時、見つけた。
やはり、掃除をすると、ただ綺麗になってスッキリするだけでなく、
今必要なものが現れて、そしてその慣性にのって
色んなことが解決される。幾たびも痛感させられるのは、
掃除が全てということ。
掃除の響きに対する反作用が、人生を照らす光となる。
それにしても、ミカンの枝葉の匂いがすきだ。
アゲハの幼虫の角の柑橘の匂いも、見た目のみどり新幹線も、
触った感触も、だいすきだ。
そうだ、鉢植えのミカンがもっと大きくなるように
一所懸命心を尽くそう。
家のミカンで、余裕もって、たくさんのアゲハを育めるように。
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