■昨日の常陸の国、谷田部細川家は幽斎の次男の家系であることは書いた。宗家は熊本54万石であり、現在の当主はあの細川護熙である。護熙の父親は細川護貞であり、近衛文麿の女婿である。従って、護熙は近衛文麿の孫ということになる。
■その護貞は先秋鬼籍に入ったが、その証言として、昭和19年夏に高松宮が「東條首相を暗殺する。だれかやる奴はいないか!」と護貞に言ったと、阿川弘之が文藝春秋2005年、12月号に書いている。
■天皇の弟宮が天皇の股肱の臣を殺す。
一方、護貞自身も東條を自分で殺そうとしたと記しているとのこと。理由は東條が「最早事実上逆賊」だからだそうだ。
護貞は近衛の秘書官をしていた。当の近衛もこの時期東條打倒に動き、皇道派の陸軍大臣への交代を狙っていたとされている(矢部貞治、『近衛文麿』)。さらには、近衛は天皇は木戸のロボットのようだと考えていたとのこと。
■それにしても、高松の宮が本当に東條を殺せ!といったのであろうか?よしんば本当だとしたら、その事実をどうして臣下の細川が口外するのだろうか?
これは、やはりためにするプロパガンダではないだろうか?東條が悪くて自分たち天上人はそれを阻止しようとしたいいこちゃんなのれす、とでも。東條内閣が成立せざるを得ない状況ができたのは、昭和12年という日中関係がむちゃくちゃになり始めたあとの事態収集に内閣を張っていた近衛・細川がなんら実効ある施策をとれなかったからである。
▼ちなみに、細川護貞は東條暗殺などできなかったであろう。なぜなら、口先三寸の長袖のお華族さんだからである。
▲東條由布子さんが、それなりに遠慮がちに世に語っているのに対し、近衛とか細川とか亡国華族は元気でいいな!というのが雑民の感想です。
■その護貞は先秋鬼籍に入ったが、その証言として、昭和19年夏に高松宮が「東條首相を暗殺する。だれかやる奴はいないか!」と護貞に言ったと、阿川弘之が文藝春秋2005年、12月号に書いている。
■天皇の弟宮が天皇の股肱の臣を殺す。
一方、護貞自身も東條を自分で殺そうとしたと記しているとのこと。理由は東條が「最早事実上逆賊」だからだそうだ。
護貞は近衛の秘書官をしていた。当の近衛もこの時期東條打倒に動き、皇道派の陸軍大臣への交代を狙っていたとされている(矢部貞治、『近衛文麿』)。さらには、近衛は天皇は木戸のロボットのようだと考えていたとのこと。
■それにしても、高松の宮が本当に東條を殺せ!といったのであろうか?よしんば本当だとしたら、その事実をどうして臣下の細川が口外するのだろうか?
これは、やはりためにするプロパガンダではないだろうか?東條が悪くて自分たち天上人はそれを阻止しようとしたいいこちゃんなのれす、とでも。東條内閣が成立せざるを得ない状況ができたのは、昭和12年という日中関係がむちゃくちゃになり始めたあとの事態収集に内閣を張っていた近衛・細川がなんら実効ある施策をとれなかったからである。
▼ちなみに、細川護貞は東條暗殺などできなかったであろう。なぜなら、口先三寸の長袖のお華族さんだからである。
▲東條由布子さんが、それなりに遠慮がちに世に語っているのに対し、近衛とか細川とか亡国華族は元気でいいな!というのが雑民の感想です。