語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【詩歌】財部鳥子「龍 --杭州で」

2015年08月20日 | 詩歌
 四千年の修練をして、水の上に紅い寺を浮かべている見えない龍は、強い口調でいっている。たましひの話は嫌いだって。
 わたしだって龍の髭を抜くのは嫌だ。

 空の外にも空がある。たましひの外にもたましひがある。
 それなら空はない。たましひはないのだと龍はいう。
 しかし、わたしたちは乾いた笛の音のように龍を宙空に追いやって、あえて雲の上に浮かべておく。
 龍はどんなものなのか。たましひはどんなものなのか。
 今も、終にも、分かろうとせずにいたいのだ。

 白雨はたちまち止んで、みずうみをめぐる山の上の茶店で、わたしたちは喜々として蓮の実をたべた。
 おそろしい来世が必ずある。そのことを龍に言いあてられまいとして、熱い茶をすすり、目をつぶって笑う。

 黄龍洞のなかでは琵琶を弾く女が龍のことばを歌っている。木犀の香りがただようしめった琵琶歌を聞くうちに龍に謀られたのか、水の穴から、ふいに水に浮かびあがるわたしたち。

 空の外にも空がある。たましひの外にもたましひがある。
 水に浮かぶ紅い寺では偽物の龍の髭を展示している。
 やっとの思いでそこへ泳ぎ着く。龍はいない。龍はいる。

□財部鳥子「龍 --杭州で」(『中庭幻灯片』、思潮社、1992)
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 【参考】
【詩歌】財部鳥子「凍りついて」
【詩歌】財部鳥子「いつも見る死 --避難民として死んだ小さい妹に」




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